新イタリアの誘惑

ヨーロッパ・イタリアを中心とした芸術、風景。時々日本。

ボローニャ⑧ ミケランジェロ、モーツアルト、天才たちはここから才能を花開かせていった。・・・聖ドメニコ教会

2018-09-04 | イタリア・ボローニャ

 サン・ドメニコ教会は1221年ドメニコ修道会を創設したドメニコ・ディ・グスマンに捧げられた教会だ。

 教会に入る前に高い塔が見えた。「ロザリオの聖母」。グイド・レーニがペストの終焉を記念して製作したもの。

 正面ファザードには聖ドメニコの絵が描かれている。

 中に入ると、まず目に飛び込むのが聖ドメニコの墓のある礼拝堂。その後陣ドームには「聖ドメニコの栄光」の絵。これもグイド・レーニの作品だ。

 聖ドメニコは1218年に初めてボローニャを訪れ、この街が伝道を行うのにふさわしいと感じてここに住み着いた。それから3年後、彼は亡くなったが、ドメニコ会は彼の遺志を継いで勢力を伸ばし、多くの教皇までもが排出するキリスト教の一大勢力になっている。

 この教会の最大の注目点は、ミケランジェロの制作した3点の彫像を所有しているところだ。

 ミケランジェロがボローニャを訪れたのは1494年。当時彼が住んでいたフィレンツェにはシャルル8世率いるフランス軍が接近しつつあった。まもなく 。まもなくフィレンツェは同軍に占領されたが、ミケランジェロはその直前にボローニャに脱出、約1年間のボローニャ生活を送ることになる。

 その間に依頼されたのがドメニコ教会の墓碑修復だった。依頼内容は,当時欠けていた3体の彫像制作。すでに完成していた墓碑の補修という、多くの制約を伴う作業だったが、若干19歳の若者は見事にやり遂げた。

 その、聖ドメニコの墓碑の全体像がこれだ。

 その中で、ミケランジェロの作品はまず上段左側にある聖ペトロニウス像(この写真では中央)。左足に重心を掛けた自然な立ち姿で制作した。隣の像たちが硬い立ち姿であるのとは対照的だ。

 2つ目は墓碑下段右側の「燭台の天使」。筋肉もりもりのたくましい天使だ。

 反対側にある別の燭台の天使(ニッコラ・デ・ラ・ルカ作)がほっそりとしているのとはかなりの違いだ。

 3つ目は墓碑裏側にある「聖プロクルス」。緊張をみなぎらせた立像は、後の彼の代表作となる「ダビデ」像の先駆けとなる要素が盛り込まれている。

 墓碑下段には、聖ドメニコの行った奇蹟の数々が示されている。

 また、墓碑の裏側にある聖遺物箱には、聖ドメニコの頭がい骨が入っているという。

 この礼拝堂の向かい側にあるのがロザリオ礼拝堂。

 アンジェロ・ミケーレ・コロンナらの天井画が飾られている。

 18世紀、この礼拝堂にはオルガンが置かれていたが、そのオルガンで当時14歳の少年が見事な演奏を披露したことがある。

 モーツアルトだ。1770年夏にボローニャに滞在し、マルティーニ音楽協会に入会して音楽理論を学んだことが記録に残されている。

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ボローニャ⑦ 「雲がその上を通るごとに、手前に倒れてくるような印象・・・」とダンテも記した2本の斜塔

2018-09-01 | イタリア・ボローニャ

 ボローニャの視覚的な特徴と言えば、市の中心部に建つ2本の斜塔だろう。
 
 高いほうの塔がアシネッリの塔で97・2m。12世紀初頭に建設され、現在までの約900年もの間倒壊せずに立っている。ただ、西側に2・23mの傾斜がついている。

 一方、低いほうの塔はガリセンダの塔。アシネッリの塔と同様に12世紀の建設で、60mの高さだったが、1360年に地盤陥没が起きたため危険となり、上部をすこしカットして現在は46・16mになっている。こちらは北東側に3・22mの傾斜になっている。

 低いほうのガリセンダ塔でも、真下からだと相当に高く感じる。

 13世紀ころにかけては、ボローニャには100本を超える塔が立ち、まさに百塔の街だったが、次第に地震や人災などで大半は倒壊してしまった。

 それでもこの2本を含めて20本程度は残っているという。

 ガリセンダの塔はダンテの「神曲 地獄篇」にも登場する。

 「ガリセンダの塔は傾斜している方から見上げると、雲がその上を通るごとに手前に倒れてくるような印象を受ける・・・」。
 ダンテはボローニャ大学で学んでおり、斜塔にも当時日常的に接していたことから、こんな描写が作品に登場することになったのだろう。
 つまり、ダンテの時代からすでにこの塔は傾いていたということになる。

 私が宿泊していたホテルは2本の塔のすぐ近くだったので、毎日街に出かけるときは斜塔の前を通る形になった。

 直下で見るとアシネッリの塔の根元はこのくらい傾いている。

 塔のヘリに腰掛けて読書する女性など、この周辺では毎日日常的な風景が展開される。

 そんなわけで、ホテルの屋上からは斜塔が間近に眺められる。2本の塔がまるで肩を寄せ合って語らっているかのように見えるときも。

 そして、夜明けのシルエットはちょっと神々しい感じも。

 2本の塔の真ん中には街の守護聖人聖ペトロニオが街を見渡している。

 夜、フィレンツェ散策から帰った時には、塔に挟まってライトアップされた聖人が、こちらに向かって「お帰り」と、手を振ってくれているように見えた。


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ボローニャ⑥ モーツアルトが学び、ロッシーニも学生だった音楽院のあるザンボーニ通り

2018-08-28 | イタリア・ボローニャ

 朝の散歩を兼ねてザンボーニ通りを歩く。ホテルがこの通りに面しているので、寝ぼけ眼でも迷う心配がない。

 この通りは16~18世紀の重厚な館が続き、大学、教会、美術館などが立ち並ぶ。そのため若者も多く、活気が感じられる。

 すぐ近くの小広場にはオープンカフェがあり、若者たちでにぎわっていた。

 また、通りの片側にはボローニャ名物のポルティコ(アーケード)が続く。

 天井のアーチの連続は視覚的にも魅力が一杯だ。

 マルティーニ音楽院が見つかった。少し中を見せてもらっていいですか、と受付で尋ねると、心地よく中に入れてくれた。
 中庭に入るとすぐに、日本人女性がベンチに腰かけているのを見つけた。

 聞くと、この音楽院に留学中とのことだった。

 この音楽院は歴史的にも重要なところだ。1770年には少年のモーツアルトがボローニャを訪れ、この音楽院を受験、マルティーニから様々な音楽理論を学んだという。

 また、ベルガモで生家を訪れたドニゼッティもここで学び、教鞭も執った。

 そんなエピソードに加えて、ロッシーニもまたこの音楽院の学生だったと聞いていたので女性に聞くと、「私はよく知らないので・・・」と答えを濁されてしまった。
 単なる噂話なのかも。そう思いながら入口に戻ると、実は正面入り口の上方の壁にプレートが掲げられていた。

 そこには「ここでロッシーニが学んだ」としっかり記されていた。

 音楽院の隣りは、サン・ジャコモ・マッジョーレ教会。左右に35もの礼拝堂を持つ大規模な教会だ。

 大小様々な彫像が並ぶ。

 これはキリストのむち打ちの光景か?

 いずれも水準以上のレベルに見える。

 尼僧の像もあった。

 アントレ・ガレアッツォ・ベレティヴォーリオの墓。15世紀にボローニャの政権を担っていたベレティヴォーリオ家の礼拝堂だ。

 また、音楽院近くの路地のポルティコ天井にも古い年代のものと思われるフレスコ画が残されていた。

 帰り道、マンゾーリ館やマンテーニャ館といった邸宅の並ぶ街路の美しさに見とれながらホテルに戻った。

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ボローニャ⑤ ホテル屋上からボローニャの街を俯瞰する。街角では変わったドアノブ探し

2018-08-20 | イタリア・ボローニャ

 ボローニャで宿泊したホテルは旧市街のザンボーニ通りに面したベストウエスタンホテル。実はネット検索でこのホテルの屋上からの眺めが抜群であるらしいことがわかったからだ。
 朝、屋上に昇ってみた。晴れ渡った空の下、見事に街の風景が眼下に広がる。

 日本の都市のような高層ビルは全くないため、教会などの歴史的建築がビューポイントとして目に飛び込んでくる。

 聖ペトロニオ教会がその中心だ。

 ボローニャの特徴でもある塔、中でも2本の斜塔はたっぷりの存在感だ。

 この屋上は結構広い。椅子もあるのでここでサンドイッチでもほおばりながら景色を眺めるのもいいかも。

 別の教会の塔も間近に見える。

 2本の斜塔を少しクローズアップ。

 高いほうの塔の先端には、アンテナか避雷針があるのがわかる。

 聖ペトロニオ聖堂の屋根のカーブが美しい。

 マクロの眺めを見た後は、街で見つけたミクロの面白スポット=ドアノブ色々をどうぞ!

 怒れる老人2人の恐ーい顔

 ライオンが立ち上がっている。しかもこっちを見つめてる。

 この2人の女性は間違いなく踊っている。

 丘の上にあるボスコ教会では、一見執事風な紳士と、

 召使と思える中年女性が出迎えてくれた。

 こんなドアノブは、この後訪れたヴェネツィアではあふれるほどの数を見つけたので、ドアノブフアンの方(そんな人がいるかどうかは不明ですが)どうぞご期待を!

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ボローニャ④ フレスコ画に囲まれた空間に数世紀前の楽器が並ぶ。コロンバノ楽器博物館

2018-08-17 | イタリア・ボローニャ

 コロンバノ楽器博物館に出かけた。

ここは16世紀ころから聖コロンバノ祈祷書所という教会の建物だった。

従って、壁にフレスコ画が描かれているなど、あまりミュージアム的な外観ではなく、見逃すところだった。

 まだ閉鎖中だったので少し周辺を散歩した後、改めて来てみると、学芸員の方が手招きして中に案内してくれた。

 入ってみてまずびっくりしたのは、数世紀前のチェンバロ、ピアノなどの古楽器が所狭しと陳列されていること。

 それも、ピアノの翼面にカラフルな絵が描かれている。

 まるで古きイタリアの風景が音楽を伴って見えてくるような錯覚にとらわれてしまう。

 絵のテーマはローマやその郊外の風景が多いという。

 さらに、建物も教会の面影を残して優美だ。

 こんな風にピアノの側面一杯に広がる絵もあった。

 そしてさらに驚くのは、上階に上ると部屋の壁面を埋め尽くすようにフレスコ画の世界が広がること。

 最上階の部屋は完全に360度のフレスコ画。

 1600年ころに描かれ始めた絵だが、最近になって建物修理の際次々とこれらの絵が発見されたという。

 作者もドメニキーノ、グイド・レーニなど著名な人たちが参加しているとのことだ。

 ちょうど演奏者が、夜のコンサートに備えて準備を始めたところ。ちょっとだけ古楽器の音色を聞くことが出来た。


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