新イタリアの誘惑

ヨーロッパ・イタリアを中心とした芸術、風景。時々日本。

奈良・寺社巡り 長谷寺② 小林一茶も紀貫之も、多くの知識人も訪れた山寺では満開の桜が、、。

2022-04-30 | 奈良旅

 中廊を上り終えたところは、ちょっとした広場になっていた。そこに1つの歌碑が立つ。

「人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける」

 紀貫之が訪れた時、咲き誇っていた梅の花を見て詠んだ詩だ。

 その梅の木がこれ。

 その隣には小林一茶の句もあった。

「我もけさ 清僧の都也 梅の花」

 もう梅の花は終わってしまったけど、代わりに桜の花が咲き誇る。

 一休みしたところで、もう1度上段の登廊に挑戦。それにしても、昔の人達がこの地を訪れるのは今より数倍大変だったろうが、それだけ信仰心も厚かったのだろうなあ。

 やっと本堂に到着した。小初瀬山の中腹に、どんと入母屋造りの建物が構える。

 ここには京都・清水寺を連想させる大舞台がある。崖の上、断崖絶壁に櫓を組んだ「縣造り」の舞台は壮観だ。

 舞台の前面には、まさに今が最盛期の桜のショーが展開されている。

 大舞台はこの桜のために用意されたもののようにも見えてしまう。

 しかも、八重桜、山桜、ソメイヨシノ、枝垂れ桜など、様々な品種が入り混じり、豪華絢爛。

 今上ってきた登廊の屋根までも、桜で覆われている。

 崖の下側には、本坊など寺の建築群も一望の下に臨める。

 また、源氏物語にも長谷寺は登場する。光源氏に愛された夕顔の忘れ形見・玉鬘が籠った寺でもある。

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奈良・寺社巡り 長谷寺① 長い坂道を下って上る。平安時代に出来た「登廊」に悪戦苦闘

2022-04-26 | 奈良旅

 長谷寺。686年に道明上人が天武天皇の病気治癒を願って開創した真言宗豊山派の総本山だ。桜井市初瀬の山懐に抱かれた寺。静寂の支配する山寺をイメージしながら寺を目指した。

 近鉄線長谷寺駅を出ると、正面に「長谷寺」と書かれた門がある。

「あれ、こんなに近くにあるの?」との思いは簡単に打ち砕かれた。

 門の先はすぐに階段。それも急こう配の下りで、いくつもに分かれた階段が続く。寺には山を登って到着するとは知っていたが、最初にこんな急階段があるとは全くの想定外だ。

 ようやく街並みの通りに出た。下り階段の終わりにほっと一息。

 今度は緩やかな坂道を上って行く。約15分、左手に寺が現れた。

 仁王門。長谷寺の総門で、両脇に仁王像がにらみを利かせる。この仁王像は明治になって再建されたものだという。

 門をくぐると、早くも登廊が始まる。屋根付きの上り階段で、こちらは平安時代に造られたもの。一段一段の高さが低く、階段を強く意識せずとも上れる。有り難い。

 脇から見るとこんな感じ。まあ、それほど苦労せずとも昇って行けそうかな・・・。

 路端には満開の桜。春ならではの華やかさを感じることが出来る。

 1つの登廊が終わったと思ったら、またべつの登廊が待っていた。聞くと、登廊は3段階に分かれており、上中下併せて399段あるという。やれやれ。吊るされているのは幅の広い長谷型灯篭。

 屋根の梁などには装飾模様が付いている。丁寧な造りだ。

 二層目の登廊が終わり、今来た道を見下ろす。やはり長いなあ。

 

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奈良・寺社巡り 室生寺⓸  台風によって倒壊した五重塔は熱い支援者たちによって奇跡的な速さで復活していた

2022-04-23 | 奈良旅

 五重塔は平安時代初期の建立。屋外の五重塔としては法隆寺に次いで2番目に古く、国内最小の塔でもある。 その真下に立つとそんな小ささは感じない。

 四角く区切られた五つの屋根。朱色に染められた軒下部分と外側を縁どる白のコントラストが鮮やかだ。

 背景は緑。まだ浅い緑だが、塔の朱との対比で塔を一層クリアに浮かび上がらせる絶妙の配置になっている。

 高さ16m。小さいとはいえ、直下の階段から見上げることで、その小ささは全く感じさせない風格を身に着けている。

 平安時代初期(800年ころ)の建立。勾配が緩い造りで、初層から最上層までほとんど同じ大きさに見えてしまう。

 間近に立ってあおる角度でシャッターを押すと、角のとんがりが重層に重なって、一瞬空に向かって飛び上がりそうにも思えてきた。

 1998年の台風で倒れた木の衝撃によって、五層すべての屋根が打ち砕かれるという大被害を被った。

 でも全国から寄せられた義援金によって2年後には修復されるという奇跡的な出来事もあった。其れだけ厚く広い支援者の支持を受ける五重塔だということも出来そうだ。

 ここからさらに奥の院に続く坂がある。到達までは700段以上の階段が待っている。さすがにそれは大変。引き返すことにした。

 最後に宝物殿に納められた仏像の一部を紹介しよう。

 (寺のポスターより)

 本来金堂にあったものだが、宝物殿に移された寅神。十二神将のうちの一体で、怒りの表情が生々しく素晴らしい。

 (寺のポスターより)

 対照的に穏やかな表情加えて安定感に満ちた姿が際立つ釈迦如来坐像。元は弥勒堂にあったものだ。

 春の朝に歩いた室生の里は、清々しい気分に満たされる時間だった。

 

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奈良・寺社巡り 室生寺③ 山深き里に佇む本堂には、天平の香りが漂っていた

2022-04-19 | 奈良旅

 さらに次の階段を昇る。

 途中でふと足元を見ると、一匹のチョウチョが階段に留まって休んでいた。

 本堂に到着だ。咲き誇る桜に囲まれて姿を現した。

 和様と大仏様の折衷様式で、趣を感じさせる。

 横からの角度で眺める。屋根の先端をグイと持ち上げて、羽のように翻らせた形が美しい。ここには本尊の如意輪観音菩薩が安置されている。

 堂の隅で僧侶が何やら書類の整理をしている所に出会った。

 高台に来ているので、下層にある金堂や弥勒堂の配置が見下ろせる。

 また、もう一段上がった所から見下ろす本堂は。まさに千年の歴史を彷彿とさせる風格と、山深くにたたずむ寺という風土を色濃くにじませた素晴らしい姿だった。

 本堂脇にもう1つの階段がある。これも長い階段だが、その先に見えるもの・・・。

 それが、まぶしく輝く五重塔だ。

 

 

 

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奈良・寺社巡り 室生寺② まるで少女のあどけなさ!?十一面観音菩薩像に心打たれる

2022-04-16 | 奈良旅

 金堂に到着した。

 室生寺は奈良時代の680年、天武天皇の勅命によって建てられた。 高床式、気品と風格にあふれる建物だ。

 (「週刊朝日百科 日本の国宝」より)

 中には国宝の釈迦如来立像がある。榧の一木造。どっしりと落ち着いた重厚さが際立つ。衣には朱色が残されていて今でも鮮やかに色が浮き出ている。その衣は漣波式という流れるような紋が印されている。

 金堂には、同時代としては唯一の蟇股に薬壺が刻まれているという。それは薬師堂として建てられたことを示すもののようで、この本尊の釈迦如来立像も、元々は薬師如来だったとも考えられているようだ。

                           (JRキャンペーンポスターより)

 また、十一面観音菩薩像も、今は2020年に新しく出来た宝物殿に移されたが、それまでは金堂に安置されていた。

 ふっくらとした下膨れの顔立ち。まるで少女のような優しくあどけないと表現してもよいような表情を浮かべ、伏せた瞳の清らかさを思わせる。

 (「週刊朝日百科 日本の国宝」より)

 頭上には異なる表情の仏様の顔が十面。いずれも慈愛に満ちた姿は、永年にわたって特に女性たちの崇拝の対象になってきたのもうなずける気がした。

 周囲には高い杉木立が並ぶ。

 金堂右側には天神社拝殿があり、

 その奥には天神社が見える。

 拝殿の横には岩の彫刻が置いてあった。これも実は立派な神様だということが、あとでわかった。「軍茶利明王石仏」。災いを取り除いてくれるという10本の腕を持つ明王様。へえー、えらいんだ!

 反対の左側には弥勒堂が建つ。

 そして、光の当たる杉の枝ぶりがまぶしい。

 金堂庇に残る彩色も興味深かった。

 

 

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