「宮城自然農園」ブログ  -GIAN'S ORGANIC FARM BLOG- 小笠原諸島・母島で自然農

小笠原諸島・母島で持続可能な暮らしを目指し百姓をしています。
その中で学んだことを紹介したいと思います♪

沖縄と米軍基地問題(沖縄本島滞在記③)

2017年02月20日 | 戦争と貧困

■今回の沖縄本島に行った目的の一つは米軍基地問題を
この目で見て、聞いて、感じることでした。

今回はメディアでもよく見にする辺野古と高江にフォーカスしました。
自分が住む小笠原も沖縄と同じくアメリカ統治時代がありました。
小笠原は沖縄と違い、徴兵された島民以外は皆内地に強制疎開されているので、
日本人が住んでいない長い期間があり、
文化も伝統もほとんど失ってしまった経緯があります。
今も激戦の地、硫黄島には一般住民は帰れず、
小笠原も沖縄も戦後が終わっていないと言えると思います。

※これは伊江島の山山民具資料館の外にある砲弾です。

■僕自身、沖縄は2000年、2006年と3回目。
2000年の時は僕自身がまだ10代で、新しい世界を見るだけで精一杯でしたが、
2006年は当時2歳半の長女を連れて家族で日本を回っている時でした。
その時は高江のヘリパットの問題は浮上していました。
同様に信州・大鹿村をぶち抜くリニアモーターカーの話も耳にしました(どちらも今は進んでます)。

その時、感じたのはこんなに反対している人がいるのに、
突き進める行政の理不尽さを感じていました。
しかし、今回は同様な気持ちも感じたのですが、
色々な側面から見て、聞いて、感じることが出来ました。

※伊江島の洞(ガマ)から出てきた遺骨。

■まずはじめに辺野古に行きました。
友人も知人も多くの自然を大切にする友人が反対運動に関わっています。

僕自身も基本的にはこれ以上今ある自然を破壊して、
基地を増やすのは反対だと思っていますが、
その土地に住んでいない僕が大きな声で言えないと考えています。

レンタカーでまず辺野古の集落に止めれる場所を探しました。
そこに年輩の方が現れて、声をかけられました。
「なにしにきたんだ?」
と聞かれたので、辺野古のゲート前の現状を見に来たと言ったら、
「あんなところに行くんじゃない!ここら辺じゃ反対している人は3人しかいない。
みんな賛成しているのに、外からきた奴らが反対運動している。とても迷惑だ」
と言っていました。
そこで僕は賛成反対をしに来たのではなく、
現状を見て学ぶために来たと話したら、
「そんならぜひ行ってこい!車も停めて良いぞ!」
と言ってもらえ、色々話を聞かせてくれました。
つまりは今の暮らしは米軍基地があるお陰で生きていけるから辺野古にとって必要ということでした。


■その後、基地ゲート前に行きました。
沢山の車が米軍基地に入り、出て行きます。
そのゲートを過ぎると、辺野古基地拡大のための工事作業入り口になります。

そこには多くのテントが並び、
これまでの経緯や記録、
機動隊や海保との衝突の写真が飾られていました。

その場書を過ぎると多くの人が座り込みをしているゲート前になりました。
その後ろには機動隊の人がずらっと並んでいました。

暴力や過激な方法でなく、
平和な行動として座り込みで反対する人々。
話を聞くと沖縄の人も多くいましたし、
僕が行ったは東京から来ている人達も沢山いました。

噂では反対運動をするとお金がもらえる、
座り込みをしている人は県外の人ばかり、
と聞いていましたが、
現実はそんなお金をもらえるならどこから?と思えるほど、
質素なものでしたし、
県外の人は土日は増えますが、
やはり沖縄の人が多く来ているようでした。

話を聞くと、もう3年も続けているが、
本当に疲れてくるが、政府には頭に来る。
日本の多くの人がこうして自腹を切って現場に来てくれるのはとても嬉しい、
お陰でまだやれる元気をもらえるということでした。

しかし、残念なことに反対運動しに来る人の中には
過激な思考をもつ人が時々来るのも事実で、
ネットで凄い嘘をかかれて、それが報道されて多くの人
が嘘の情報を鵜呑みにしてしまったことがあったそうです。

僕はこうして日当を頂いて、どういう本心かは分かりませんが、
警備や監視、作業にあたる人がいる中、
自分の仕事も休んで、3年も座り込みを続ける人達が心底、凄いと思ったのです。

全身に想いがつまったAKOちゃんがぜひ!
というので座り込みの前でマイクで発言することに。
僕は賛成反対ではなく、
もっとシンプルで
自然をこれ以上破壊しない方法を考えて欲しいこと、
自分たちの子供の未来に二度と戦争が起こらないようにしたい、
そういう意味でこの座り込みを応援していると話しました。

■今回行った伊江島では「命どぅ宝資料館」という戦争の悲惨な歴史、
戦後に政府やアメリカと血の滲む活動の歴史を展示している資料館があります。

生々しい戦場の遺品、
集団自決して生き残った手記、
壕の中で泣くわが子の首を絞めて、
その後抜け殻になってしまう母親。

一般住民は何も悪くないのに、
戦争はそんな市民を巻き込むことを忘れてはならないと強く思い知らされました。

国のために人は命を懸けて戦ったのに、
国は沖縄のために理不尽なことばかりをする、
そんなウチナーンチュの想いがグッと肩にのしかかります。

■東村高江のヘリパットは住民の反対の座り込みを無視し、
新たに2つ作られました。

政府の駆け引きや情勢は関係なく、
東村の人達は静かな平和な暮らしを望んでいました。
多くの人は昼夜けたたましい爆音で上空を戦闘機や輸送機が飛ぶのを望んでいませんでした。

ベトナム戦争時、この沖縄北部訓練場でジャングル訓練を行い、
沖縄の基地から直接戦争に、人殺しに行っていたそうです。
まともな感覚では戦争はできないので、
そんな銃を持った訓練中の兵隊と住民が畑や山のやぶから現れて恐ろしかったそうです。
同じことをするなら、
もっと一般人のいないところですればいいのに。
純粋にそう思いました。


■小笠原を含め、東京の人は中国と沖縄が仲がいいのが許せない印象を感じることがあります。
しかし、沖縄は琉球王朝の時代から中国との交流は深いのです。
マイクでも話したのですが、
僕は中国人も日本人もアメリカ人も大好きです。
でも中国政府、日本政府、アメリカ政府は好きではありません。

小笠原も中国の密漁船が来て珊瑚を取り、
住んでいた私たちが怖かったことも記憶に新しいのですが、
やはりそれで中国のすべてを否定する気にはなりません。
チベットの問題も納得はいかないのですが、
やはりみんな平和に暮らせることを強く望みます。

そのためにはインドネシア政府からの虐殺を耐えて、
27年間ずっと愛を持って自分の家族を殺した相手を許していって、
そしてついに独立を勝ち取った東ティモールの国民のような姿勢が大事な気がしてなりません。

侵略、防衛、武力保持、なのではない、
新しい国の在り方を模索する時期にきていると感じます。


■原発もこの米軍の基地の問題も、
結局、問題はお金なんだと思いました。
人はずっと利権や資源、お金でずっと争っている。
そんなことのせいで家族内でいがみ合い、
集落でいがみ合い、
国内でいがみ合い、
世界でいがみ合う。
なんてくだらなくて、
なんて悲しいんだろうと思いました。

これを根本的に解決するには、
ひとりひとりが気付いて行動して、
お互いが自分も相手も大事にする心の時代にシフトするしかないと思いました。


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馬と暮らすという事~伊江島 (沖縄旅行記②)

2017年02月15日 | 旅行記
■沖縄に馬と畑を見に行った伊江島。
人口4000人。
平らでとても美しい素敵な島でした♪


伊江島で飼育されていた与那国馬、
思っていたよりも大きく、スレンダー☆

制限体重は60kgくらいだそうです☆

いつか母島で飼いたいと夢見ているのです。
馬は道路交通法上は「軽車両」。
車検も保険も草さえあれば燃料代も要りません。
しかも車では得られない心の交流や、
生き物を飼うことで得られるメリットの数々!

毎日のお世話はもちろん大変ですが、
それ以上にメリットは多い気がします☆

伊江島にとって乗馬も観光の大事な要素になっているようです☆
綺麗な海を馬と進むのは心地いいだろうなぁ~

今回は馬の長距離輸送の
現実的なお話も聞くことが出来ました♪

前川さん、いっちゃんどうもありがとうございます!!


■伊江島は美ら海水族館のある本部港から船で30分。
はは丸とは比べものにならないほどの立派なカーフェリーが一日4往復もしてくれます。


大きなトレーラーもガンガンそのまま乗り込んできます!

これはちょっと母島ではあり得ない感じでした。
運賃は往復で1300円。
伊江島に米軍基地があるお陰で、
こうした部分で恩恵を頂いているそうです。
島の人は基地の地主さん以外は基地賛成の印象でした。


そしてまず目に付くのは島の中央にそびえ立つ城山(グスクヤマ)です。

麓からは15分くらいで山頂に登れます。
山頂は島の景色を360℃展望することが出来ます!

集落のある南側に比べその他は広大に農地が広がっています。

目に付く作物は限られていました。

まずは葉たばこ。

これは丁度定植の時期でした。

伊江島の至る所に葉たばこ定植に使う機械が置かれていました。

これにおじいとおばあが乗って、
どんどん定植していきます。

若い農業者に逢うことはほとんどありませんでした。


あとは伊江島で有名な小麦。

穂が立っているのもありました!

定食屋では沖縄そばとは違う、
伊江島の小麦を使用した麦そばがメニューにありました♪


他には島らっきょです。

比較的砂地に近い伊江島は深く植えて、
白い部分が多く、太くて立派ならっきょを作れる土壌が特徴のようです。


他には菊の花の栽培が盛んでした。

島の8月の戦没者追悼式典に使うアレです☆
こういう風に栽培されているんだなぁと感触深いものがありました。


ざわわざわわで有名なサトウキビ畑も沢山!

束になって置かれています。

あとは数年ぶりにサトウキビの製糖が再会されたそうで、
24時間稼働でガンガン収穫→搬入→運搬が行われていました。

凄い大規模な施設です。

サトウキビの収穫は本当に重く重労働で、
最近の若い人があまりやりたがらないのが問題なのだそうです。

やんばるではとにかく過疎化が問題なようです。
Iターンで来た人も地域に打ち解ける前に
自分たちの主張をし過ぎてしまい、
軋轢を生んでいる話を沢山耳にしました。

他にはこじんまりと細かな野菜がありました。

豊かですね~


気になる伊江島産のローゼルを使用したアイスや

ハイビスカスティーも売っていました。

どれも淡いピンクで個人的にはローゼルの味気は薄めに感じました。
我が家のは真紅ですからね(笑)☆

■伊江島は川が一切ありません。
なので島民は水をどうしているのかというと、
飲み水は井戸水と沖縄本島から水道管を引いて水を頂いているそうです!
農業用水は地下ダムを築き、
地下水を貯めて汲み上げ、
島内各所に貯水池がありました。

今小笠原も深刻な水不足に陥っていますが、
離島というのは水にいつも悩まされるのです☆

■あとは母島も今頃咲いている頃でしょうが、
沖縄の至る所でカンヒザクラが美しい花を見せてくれました♪

大きな木も沢山あって、うらやましくなってしまいます☆

そんなこんなで伊江島を一周自転車で回りながら、
美しい洞窟も発見!

ここはニャティヤ洞(ガマ)と言って、
持ち上げると子宝に恵まれるというビジル石と言うのがありました。

戦時中は防空壕として利用されて、
多くの命を戦火から守ったと言うことで「千人ガマ」とも呼ばれたそうです。
確かにとても大きなガマでした。

後に記事に書きますが、
戦争の悲惨な歴史を語る部分も多く、
沢山の思いを学ぶことが出来ました。

■伊江島を2泊3日過ごして素直に思ったことは、
美しく綺麗なこの島を戦争が大きく変えてしまったということを随所に感じることが出来ました。

それは戦時中の悲惨な殺戮、
戦後の占領だけではありません。
どこか大切な何かを諦めてしまったような、
妙な寂しい雰囲気…

米軍基地があるからが為に、
地域に落とされる補助が莫大で、
島の人がそれに慣れてしまっていることも、
島の自立を妨げる大きな要素になっていると感じました。

小笠原もそうですが、
補助が地域を支えていることは有り難いし、
事実その恩恵を受けていますが、
その為に失ってしまった心が確実に存在することを
これから生きる私たちは強く意識しなければいけないと思います。

そんなおもいを再発見させてくれたのも、
やはり大事なギフトでした♪



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楽しい自家製味噌造りで発見!~木の記憶

2017年02月13日 | 母島 日常 日記
■僕が旅に出る直前の話になりますが、
我が家恒例の味噌造りをやりました。

前回、今回とかまどで豆を煮てみて心底ガスではない「熱量の深さ」というものに心底感心しました。
というのは、今までは前日から豆を水に浸して、ガスの火で似ていたのです。
が、去年からかまどが手に入り、同じように煮てみてあまりの違いに愕然としたのです!

圧力釜を使わない我が家にとって、
結構時間もガスも使う豆を煮る作業。

同じ火を通す作業をかまどでやってみると、
ガスみたいにグツグツ沸騰していなくてもなんだか見事に火が通っているのです!
これはガスで沸かしたお風呂はすぐ冷めるのに、
薪で沸かしたお風呂は温泉みたくずっと温かいのと似ているのかもしれません。

個人的には遠赤外線だからもあるのでしょうが、
木を燃やすときに、その木が育った年月のエネルギーを伝えてくれている、そんな気がしたのです。
化石燃料も途方もない長い年月を使ってできた生き物の成れの果てだから、
同じでは?と自分でも思うのですが、それはダイレクトではなく、
精製されたりガスコンロから出てくる段階でそのいのちが弱くなっている気がします(ただの当てつけかもしれませんがw)。




■まずは豆を煮て
水気を十分に切ってから米袋に入れて口を閉じ、
家族総出で足で踏んで豆をつぶします。
ミンチ器にかける方法もありますが、
足でやる方が断然楽しく、楽に思えます。

この作業でかまどによる豆の柔らかさが実感できました。
とても柔らかくてらくちん♪

同時に妻は塩と米麹を混ぜて塩麹を作ります。


つぶした後は米麹と混ぜて団子を作ります。

次女が結構好きな作業です☆


団子が出来たら味噌を寝かす器に思いっ切りぶつけます!!
何かの恨みがあるのかと思うほど、みんなすごい勢いでぶつけます(笑)!

これがかなりエキサイティングで楽しい♪
お陰で、団子の中も器の中も空気がなくなり、
しっかり寝かせる状況に仕上がります☆

この作業を繰り返し、約10kgの味噌が出来上がりました♪


しっかりと手のひらで押して中の空気を出します。


最後に前回作った味噌を上一面に敷き詰めます。
本来はカビ防止のために塩を敷き詰めるのですが、
それだとしょっぱくなりすぎてしまうところ、
父島の知人がこのアイディアを教えてくれました♪


最後にラップで蓋をして出来上がり!
ひと夏を越せばもう美味しい手前味噌の出来上がりです☆

■そんな味噌造り、このほとんどの段取りを仕切るのがうちの奥さんです♪
そもそも自分たちが味噌を作って育ってきた訳ではないのですが、
こうして調味料を自分たちで、
子供たちと当たり前に毎年作って食べれることが
本当に有り難いことだなぁと思います。

出来る限り丁寧に暮らしたいと思うので、
季節の行事や食事、こうした味噌造りを仕切ってくれる奥さんに感謝です♪
どうもありがとう~☆

なんて旅先でしみじみと思うのでした。
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沖縄本島への旅路

2017年02月10日 | 旅行記
■今、なんと成田空港にいます。
これから昼の便で沖縄に向かいます。

結婚して15年目、初めての一人旅です。

沖縄本島は自分の曾祖父がいた宮城という名字のルーツにもなる場所です。
今回はこんな貴重な時間を頂いたので、
沖縄本島の北部(やんばる)と伊江島に標準を定め、
行くことを決めました。

伊江島では馬のいる暮らし、
同緯度のローゼル栽培や小麦など農産物の学び。

沖縄本島北部は
自然農の実践者、
パーマカルチャー、
ヤンバルクイナ保全の野猫捕獲やマングース対策、
そして沖縄における米軍基地の現状、
を映像やネットの情報ではなく、
自分の足で歩き、
見て、感じてきたいと思います。

こんな一人旅は初めてなので、
今はとてもワクワクしています♪

島で畑や家畜のお世話をしてくれている友人、
仕事で抜けた部分をさせてくれるみんな、
大好きな家族のみんな、
みんなのお陰でこの貴重な体験をさせてもらいます。
本島にどうもありがとう!


■昨日おが丸から降りたら外はミゾレでした(笑)。
やっぱり寒い!!
でも思ったほど辛くない!?

足下は裸足にぎょさんで何とか耐えれるし、
上着はダウンを着るほどじゃない。(一応用意はした)

寒いのが辛くて、仙台から母島に引っ越したはずなのに、
自分でも意外なほど平気でした(笑)。

とても寒い外はほんの短い時間しかいないし、
乗り物や建物内は暖房が効き過ぎていて暑いほど。
できるだけ靴下と靴を履きたくなくて母島に住んでいる身としては、
ぎょさんで歩く方が全然気持ちいいのです♪

もちろん周りにそんな人は皆無で、
道行く人はすごい顔で見てきます(笑)。
お陰で店員さんとは話が盛り上がりました♪

そうこうしているうちに飛行機に乗り込む時間が近づいてきました。
もし飛行機が落ちたらできる限り生還するつもりはありますが、
死んでしまった場合は化けてでるからよろしくねと娘たちには伝えてから家を出ました。

では、行って来ます!!
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人もあるのか!?固有種・外来種!?

2017年01月30日 | 母島 暮らし 子供
■小笠原に住んでいると「固有種」「在来種」「外来種」などとよく耳にします。
主に自然を舞台としたフィールドで語られることが多い言葉です。

固有種はそこの限られていエリアにしかいない種の生物たちのこと。
在来種は人の手を借りず、自力か風、波、鳥に付着などして渡ってきた生き物たち。
外来種は主に人の手や暮らしの影響で渡ってきた外来の生き物たちのことを指します。

一般的に多くの生物多様性の中で生き残って進化してきた外来種は強い傾向があり、
逆に限られた生態系の中で進化してきた固有種は外来の勢いに負けやすい傾向があります。
そこで、限られた固有種・在来種が絶滅の危機に瀕する場合があり、
それの保全に向けた取り組みが小笠原では各所で行われています。

僕はその中でフィールドで自然の中で仕事をする事が多いのですが、
そんな時、ふと子供たちのことに思いを馳せることがよくあります♪



■島で育つ子供たち。
僕自身は娘二人を授かりましたが、
母島はとても小さな狭い社会ですので、
島で知らない子供は存在しません。

どの子も愛おしく、
成長を見守り、
時には助け、叱り、笑い、泣いたりしながら、
いっぱいいっぱい、癒しと学びを頂いています。

そんな島の愛おしい子供たちは、
高校のない母島では
中学を卒業すると母島を出ていくのです。

そんな時、
島の子供は固有種にも似た気持ちを抱くときがあります。



■日常のいろんな場面で子供たちと接するのですが、
子供は本当に素直で、可愛くて、
ずるくて、正直で、
そして一生懸命です。

そんな中、内地から時々親の転勤や移住などで転校してくる子供がいます。
そんな内地から来た子と接すると、
「強いなぁ」
と思うことがよくあります。

子供たちはいろんな場所で人と関わります。

主張する場面、
人と意見がぶつかる場面、
物を取り合う場面、
話し合いをする場面、などで
やっぱり大人数の中で生きてきた子はそれなりの強さがあります。

島の子はそんな時、
どこかのんびりしていて、
どこか優しすぎて、
どこか緊張感が低くて、
大丈夫かな?って思う時があります。


サッカー前にクジラの観察をする次女☆


■島の天然記念物のアカガシラカラスバトを見ていると同じように思う時があります(笑)。
外敵に襲われる心配がない環境で育っているので(在来の外敵はノスリのみ)、
地上に巣を作るし、
ネコがいても、仲間が食われていても平気で地面の上で採餌しているのを見たことがあります。
人の足元にも平気で寄ってきます。

それって、島の子供によく似ています☆

島で育った子供はあまりに素直すぎて、
知らない人でも挨拶するし、
人を疑わないし、
大勢の中で自分を強く持って生き残るのが苦手に思えます。

全然悪いことではないのだけれど、
これから外の社会に出て行って生きていくのは確実なので、
親としては、
地域の大人としては時々心配になるのです。

中学を卒業して一生懸命、
内地の競争社会に飛び込んでいく可愛い島っこ達…
慣れない環境で色々大変なおもいをすることも多いと思うけど、
小さな時期にこの優しい人々と
素晴らしい自然に囲まれて育った時間は、
宝物と誇っていいと思います!

母島の子供たちは
小さい子をちゃんと面倒見れるし、
進んで発言できるし、
とても健やかだ!!

島から温かく見守っているぞ~!!
頑張れ島っこたち!!
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ライヴで伝えたかったこと

2017年01月24日 | 音楽
■先日、大盛況に終わった母島冬の音楽会 あさりちゃんありがとうライヴ

企画そのものは母島を離れてしまうあさりちゃんに感謝を捧げる為に企画しました。
本当に多くの人が参加してくれて、
温かく盛り上げてくれて、
とても素晴らしい時間となりました。

僕は企画の他にあさりちゃんと2つのバンドで一緒になっていたので、
2バンド参加しました。
「母島ジャズバンド」と
「Giant Pine Shellz」です。

今回はヴォーカルとギターで参加したGiant Pine shellzについて書こうと思います。



■僕がライヴで訴えたかったことはひとつ。
「戦争と平和」についてでした。

後述しますが、本来は3月に島を離れる中学生に送りたいメッセージは何か?で考え、
2016年、硫黄島に行って痛烈に戦争と平和について感じ、考えました。

そして、2015年に見た「カンタ!ティモール」という映画を見て、
日本に平和にのほほんと暮らしていながらも、
知らずに戦争に加担している事を知り、衝撃を受けました。

今回はそれで感じたことを元に2曲選曲しました。

選んだのは「星降る島」と「イマジン」です。
※歌に関しては元々音痴なのでご了承ください(笑)。



■1曲目は映画「カンタ!ティモール」から一番印象に残った曲を使わせてもらいました。
映画では屈託のない子供がみんなで合唱しています。
しかし、内容はとても心に刺さるものでした。

監督の広田奈津子さんが語ります。
「僕らは過ちを犯す 大地はそれを理解する」
と直訳されるこの歌。

日本では映画の撮影と音楽を担当した小向定さんや
ソウルフラワーユニオン等がこの曲を日本語でカバーしています。

しかし、僕にはその日本語詞があまりに綺麗で美しく、
映画で僕が感じたものと少しニュアンスが違っていたので、
自分なりに勝手に意訳させてもらいました。
何度も何度も直して、
本番で歌いながらもニュアンスを変えながら歌詞を変えさせてもらいました。

ちょっと紹介したいと思います。

【星降る島】
作詞:中川敬/ヘルデール・アレキソ・ロペス/広田奈津子 
作曲:ヘルデール・アレキソ・ロペス

ヘイマルシーラ  ヘイウルシーラ
星降る島に 夜が明ける

小さきものを 言葉が誘う 大きなものを 追いかけさせる
踏み外すな きみの足は 大地とひとつ つながっている

ヘイマルシーラ ヘイウルシーラ
僕らは犯す 過ちを
ヘイマルシーラ ヘイウルシーラ
大地は見つめる 過ちを

土の記憶 唄は続く 眠る魂が見守る島
泣かないで 伝えていく 大地が笑う 過ちを

ヘイマルシーラ  ヘイウルシーラ
みんなの願い 大地と共に

小さい素足よ 大地に響け 太陽に海に幸(めぐみ)が満ちて
祈りの歌に 月が出逢う 果てしない 弧を描く

ヘイマルシーラ  ヘイウルシーラ
星降る島に 夜が明ける
ヘイマルシーラ  ヘイウルシーラ
みんなの願い 大地と共に



この曲はインドネシア占領下の東ティモールで、
映画の主人公でもあるアレックスが戦火の中に描いた曲だそうです。

何度も歌われるヘイマルシーラ ヘイウルシーラは、
ねえみんな ねえ大人たちという意味で、
色んな事を戒めてくれている曲と思っています。



■ライヴの時にも話したのですが、
東ティモールは2002年にインドネシアから独立した(国際法上はポルトガルから独立した)、
21世紀最初の独立国です。

インドネシアの占領は東ティモールの人々にあまりに酷いものだったようです。
家族の誰かは必ず殺されている状況。
弱き女性はレイプされ、
老人、子供、男性は“行方不明”にされます。
事実上の死亡です。

それでも東ティモールの人々は
27年間をかけて奇跡ともいえる独立を果たします。

どんなに家族や友人を殺されても、
復讐でなく、理解を求めたそうです。
インドネシアの兵士を捕まえては、
「自分が望むのは侵略ではない。独立だ。
復讐はしない。本当に大切な気持ちを理解してほしい」
と説得し、解放することをただただ続けたそうです。

それはとても困難の一言では表せない、
非情な道のりだったと思います。
そしてその背景には、インドネシア政府を資源欲しさに支援した日本が背景にあったそうです。

国際世論はインドネシア政府の非情な行いを抑圧しようと、
経済制裁を行いました。
しかし、その減額を補填するかのように、
日本は援助額を増やしたというのです。

結果、インドネシアはヨーロッパの経済制裁にはビクともせず、
強気を続けたということです。
その後、独立の世論が高まり、独立を決める国民投票につながります。

その国民投票自体も
非情に危険で、
独立に投票するものは殺される脅しを受けたそうです。
それまでに東ティモールの人々は20万人も殺されているのです。

しかし、東ティモールの決死の決意は固く、
98.6%の投票率で78.5%の独立支持を勝ち取り、
悲願の独立を果たします。

僕は映画を見て、を読み、
自分たちが知らない間に戦争に加担していたことを知りました。

僕はこの歌を通じて、
自分たちが生きる背景について、
表現したかったのです。

少しでも多くの人が東ティモールの悲劇を
他人事ではないと感じてもらえればと思います。

映画の予告編です↓


後日談として、
ある幼児が、毎日ずっと「ヘイ マルシ~ラ」と歌っているよ~、と言われた時は、
なんだか恥ずかしいけど、嬉しかったです☆


■イマジンについては、今さら語る必要がないほど有名なジョンレノンの平和ソングです。
僕は忌野清志郎が歌う日本度バージョンで歌いました。

彼が独自に意訳したシンプルな日本語に感動しました。
特に最後の「僕らは薄着で笑っちゃう」は、
きっと武器を持たないで、笑顔でみんな過ごす平和な世界を祈って付けた歌詞だと思っています。

この曲ではツナさんがとてもカッコいいハーモニカで参加してくれました。
はじめて練習で合わせたときは鳥肌が立ったほどです♪

あさりちゃんのピアノに合わせて、
とても素晴らしいイマジンになったと思います☆



■このバンド自体は、去年の春の段階で声をかけてはじめて、
途中からあさりちゃんに手伝ってもらい、
どういうわけか(笑)、そのまま形となったバンドです。

何から何まであさりちゃんに支えてもらって、形になりました(#^.^#)

何でも積極的に挑戦するドラムのシンタロウは2016年の春からドラムを始めました。
そのいつもどんなことにもアクティヴな姿勢にはいつも刺激を受けます♪


僕自身は初めてのバンドでのボーカルです。
基本、あだ名の通り超音痴なので、最初の音を外すともう全滅です(笑)。
歌もギターも技術はないに等しいので、
あとはスピリットで勝負です!

元々は3月の恒例ライヴ「船待ちライヴ」を目指して練習していました。
3月の船待ちライヴは
年度末に卒業して島を離れる子供、
離任する人たちに向けて贈る意味合いのあるライヴです。

選曲も自ずとそれ向けに準備していました。

今回は急きょあさりちゃんが3月でなく1月に島を引き揚げるということで、
ライヴの進行も考慮してこの2曲にしました。

どんな楽器でも見事に弾きこなすあさりちゃんに、本当に助けられました!
このバンドではピアノを弾いてくれています。

演奏後、長女が「おとうさん、すごくカッコよかったよ~♡」と声をかけてくれて嬉しかったです♪
次女は僕の声が大きく、途中から耳を塞いでいました(笑)。

なんやかんやでとても気持ちよく演奏できたので、
本当に良かったです。

歌うことで少しでも伝えたかったことが、
伝われば有難いなと思います。

そして、僕はこうした表現がしたかったのだな~と
おぼろげに見えてきました。
実現させてくれたメンバーにも感謝です☆

次回は3月のライヴで演奏するつもりですが、
あさりちゃんが不在の今、どうなるか未定です!
お楽しみに~
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冬の音楽会2017.01.09~あさりちゃんありがとう

2017年01月13日 | 音楽
■先日行われたあさりちゃんありがとうライヴ。
いくつも掛け持ちしまくった(笑)、あさりちゃんはもちろん、
みんな本当に素敵で終始アットホームで楽しいライヴとなりました♪


人口450人の母島で60名を超える人が集まり、
こうしてみんなであさりちゃんと音を楽しむ最高のひと時でした。

ライヴ後、みんなで「あさり」のポーズ!!
※かめはめ波ぢゃあありません(笑)!
最高のライヴでした!
みんなありがとう♪

準備、運営、片付けに関わってくれた人、
朝からずっとPAをしてくれたBさん、
急な呼びかけに応えてくれた素敵な演奏者の皆さん、
素敵な司会をしてくれたAiちゃん、

写真を撮ってくれたTくん、
ずっとビデオをまわしてくれたMくん、
そして、わざわざ足を運んで聴きに来てくれた島の皆さん、
ほんとうにありがとうございました!

多くの方のお蔭でライヴは大成功に終わることができました♪


■せっかくのなので出演者の紹介をしたいと思います♪

1 ツナノリじゃんきーず
一発目は島の素敵なベテランメンバーによる素敵な演奏でした。

トークといい、演奏といい絶妙すぎます!

見事に会場の空気をほんわか温めてくれました♪

ハーモニカのカッコよさが半端なかったです!!

2 しょうたいむ

2番手は島の誇るイケメンヴォーカリストの登場です♪
あまりにさわやかでカッコいい演奏にみんなうっとり(*^_^*)

あさりちゃんとは懐
若いのに藤井フミヤの名曲を知っているとは!
世代の人には一気に思い出してしまう曲ですね~♡かしい藤井フミヤの「TRUE LOVE」。


安定した素晴らしい歌声とギターを聴かせてくれました☆

個人的にはカホンの彼があまりにいい顔をしているのがとても良かったです☆



3 ひみつの三線者

3番手は沖縄の楽器、三線の登場です!
ひみつと言っても、三線と言えば彼女というくらい有名な方の演奏。
やっぱり沖縄の節はいいですね~
会場が一気に沖縄になってしまいました!



4 LR surf
4番手は最高に楽しいブラジルさんとカズ君のボサノヴァタイム♡

スーパーマリオのテーマを背景に愉快な語りの後、
イパネマの娘(あさりちゃん)、
涙そうそうあさり、
We will rock you ゴーヤチャンプルーあさり、などなど(笑)。

さすがな二人のパフォーマンスをお楽しみ下さい♡


5 Giant Pine Shellz
五番手は僕があさりちゃんと組んでいるロックバンドの出番でした。
音痴な僕が初めてバンドでヴォーカルを務めました!
なんて緊張したことか(笑)!!
あさりちゃんはピアノです。

やった曲は
映画「カンタ!ティモール」の中から「星降る島」

「イマジン(忌野清志郎ver)」
でした。

今回僕の中では「戦争と平和」がテーマだったのです。
「星降る島」はソウルフラワー・ユニオンが付けた日本語詞をさらに僕なりに意訳しました。

「イマジン」はどうしても日本語でやりたかったので、
RCサクセションがカバーしたのをアレンジして演奏しました。
聴いている人に伝わったかな~?
まったくさわやかさのない歌ですが、
とても気持ち良く歌うことができました。

曲の感想から入ったTさんのハーモニカが本当にカッコ良く、
演奏者も含め、みんながシビれておりました(笑)!

演奏を終えたら、長女が走り寄ってきて、
「かっこ良かったよ!お父さん!」
と言ってくれて嬉しかったです。
次女は、ライヴ後に
「声がうるさかったけど、ドラムは上手だったよ♪」
と言ってくれました(笑)☆


6 K.U(シークレットゲスト)

六番手は島の誰もが驚いたあの人の登場です。
有名な「カエルの合唱」を使い、世界各国の旋律風にアレンジして、
観客を世界旅行に連れて行ってくれるという粋な演出をしてくれました♡
なんていい時間だったのだろうと思います☆


7 あさりの味噌汁

大人数で三線とウクレレで楽しく演奏してくれました♪
三線は二人もいて、ウクレレも3人いてすごく豪華なラインナップでした。

ここにもあさりちゃんはギターで参加しています☆
聴いていても思わず踊りたくなるいい演奏でした(*^_^*)


8 taeKoni!

島でウクレレと言えばこの二人!
みんなが息を呑むほどの超絶ウクレレプレイで魅了させてくれました!
僕はこの二人がやる映画「フラ・ガール」のテーマ曲が大好きです♪


9 びっち

島の音楽会をずっとひっぱってくれているびっちさんによるオリジナルの1曲。
朝からずっとPAとして、ずっとこのライヴを成功に導いてくれた方です。
本当にありがとうございます!
軽やかな歌声は、青空を感じる素敵なひと時でした♪



10 母島ジャズバンド
あさりちゃんが加入してから急に進化したジャズバンド。
これであさりちゃんとしばらく音を出せないと思うと名残惜しい気持ちでいっぱいです。

今回やった曲はこの2曲。
・Autumn Leaves
・Watermelon Man
それぞれソロの場面も聴きどころです♪
僕以外はみんな上手いので、
とても味のあるプレイが演奏していても楽しいです♡

僕は慣れないジャズドラムに苦戦しました。
演奏しているときは気持ち良かったのですが、
あとで録音した音源を聴いてみたら、
ほんとうに酷いドラムでした(笑)!
みんなが素晴らしいだけに申し訳なかったです!

各パートのソロが観客を沸かせ、
最後はみんなでWatermelon Manのメインテーマ曲をやってフィニッシュ!!

演奏後は最高に気持ち良かったです♪


11 あさりちゃんソロ
トリはやっぱりあさりちゃん自身の音楽でしょう♪

あさりちゃんの
人が良くって、
いっぱい周りに気を配って、
子供たちが好きで、
人に優しくて、
シャイな部分、
み~んな正直に音に出ていました♪


やっぱ音楽は凄い!

最後は妻が気に入っていたあさりちゃんのオリジナル曲「ハートランド」でした☆


6時半スタートしたこのライヴも気付けばもう9時!!
あっという間の2時間半でした。

終了後も色んな方から好評を頂いて、
本当にいい時間になったなぁ~としみじみ思いました。

これもみんなあさりちゃんと
関わった皆さん、
来てくれた島の皆さんのお蔭です。

本当にありがとうございました!


■昨日、あさりちゃんを見送りました。
「なんかすぐにまた来そうで全然寂しくないね」と夫婦で話していました。

あさりちゃんと一緒に奏でた音がまだ鳴っているからかな?

あさりちゃんのお蔭で結婚して14年、
初めての妻のJAZZテナーサックスを聴き、
一緒にバンドをやることができました!
どうもありがとう♪

島を引き揚げる前日、
ギリギリ時間を作ってもらってやった最後のジャズバンド初期メンバーのセッション。

人に演奏を聴かせるのではなく、
自分達が楽しめるリラックスしたソロを各自していて、
とても楽しく、
うちらなりに餞別になった気がします♪


あさりちゃん、
ほんと俺のヘッタくそなドラムに怒りもせず、
楽しく付き合ってくれてありがとう♡


これからは
ゆっくり寝て、
ちゃんと胃と肝臓を大切にして(笑)、
また音を奏でに島に来てください。

だからお別れは、
さよならは言わず、
「いってらっしゃい!」
なんだよ~
元気でね~(*^_^*)
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正月のごみ回収

2017年01月08日 | 母島 日常 日記
■2017年の今年も母島のゴミ回収は
なんと正月でも生ごみ、燃えるごみ、リサイクルごみの回収を行ってくれています。


みんながお休みの正月に、
人の暮らしのゴミを片付けてくれる人がいる…
感謝してもしきれません。

感謝の気持ちは言葉にして伝えたいし、
ゴミの出し方のマナーも気を付けたい。

本当にありがとうございます!




■そして、年末に気になる記事を見つけました。
【「アマゾン多過ぎ」ヤマトドライバーから悲鳴続出、「利便性」が生んだ過酷な実態】
僕も島で配達しているので、少しは気持ちわかります。
注文もするので買う方の気持ちも分かります。

送料無料というのは、有難いけど持続可能ではないと思っています。
宅配業者が健やかに過ごせるように、
買い物も工夫したいと思っています。
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2017年 新年を迎えて

2017年01月07日 | 母島 日常 日記
■新年、明けましておめでとうございます。

今年も母島の小富士山頂で日本一早い初日の出が拝めました♪
今年はより素敵な1年にしたいと思います。

どうぞよろしくお願いしますm(__)m

今年の初日の出ツアーは、次女が年末に熱を出して寝込んでしまい、
長女と僕で参加しました。

丁度僕はTVのスタッフを暗いうちに小富士山頂に案内し、
初日の出の中継をするという仕事を頂いたので、
朝の4時前から出発しました。

小富士に行きたいけど、
勇気ある断念をした次女は妻と鮫が先に展望台に向かい、
小富士の僕とライトで交信することになりました。

無事に5:30に交信できたので、嬉しかったです♡

長女はみんなとワイワイ小富士に来れて超エンジョイしていました(笑)。

長女と母島で過ごすのもあと2年と考えると、
この正月の小富士もあと2回だけどなります。
限りある時間を大事にしなければと思いました。


無事に中継も成功し、みんなで記念撮影☆
沖ではザトウクジラが元気に跳ねていました♪
そして、美しい朝焼けを終えてからの下山となりました。


■小富士の登山から帰ったらちょうど青年会の獅子舞が集落を回っていたので、
長女も噛んでもらいました♡


獅子舞いがとっても怖い次女(小1)。
だけど、獅子舞いは気になるらしく、
こんなに可愛い獅子舞を折り紙で作ってくれました♪


僕も負けじと、年末に玄関用に門松を作ります。


しかし、それもあっさりと次女の芸術性に負けてしまいました(笑)。

家にあるものを使って、こんなにも可愛い正月飾りを作ってくれました♡

書いてあるのを読むと、

門松に
クジラが乗り、
メグロがいる梅の花。
そしてアオウミガメと砂浜…

大人の取って付けたような門松とは大きくかけ離れた、
自由なこころいっぱいの門松!!
こりゃまいった!!!


■2016年は僕にとってとても大きなターニングポイントとなる1年でした。
色々と辛いことや珍しく悩むこともありましたが、
今思うと何一つ不必要なものはなく、
すべてが大事なギフトでした。

まだまだ色んな課題が出てくるとは思いますが、
なるべく謙虚に、
上手くいっても奢らず、
誠心誠意を務めれる1年にできればと思っています。

そして、この1年のテーマは「一生懸命」でいきたいと思っています。

ここ最近、自分には一生懸命さを忘れていたような気がしたのです。
少しふんどしを締め直して、
心機一転、頑張りたいともいます!


■また、元旦の初夕日も綺麗なものでした♪


朝日とは違い、
夜の帳が迫り、
一日を終える安堵を含んだ情景です。


鮫が先展望台で家族でザトウクジラを眺めながらゆっくり見る夕日も、
また大好きな時間のひとつです♡


お正月の漁港には1羽のカモメが来ていました。
電信柱の上で何を考えているのでしょう?
それとも、何も考えてないのでしょうか?

そんなこんなですが、今年もどうぞよろしくお願いしますm(__)m
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JAZZバンドとあさりちゃん

2016年12月29日 | 趣味
■年明けて1月9日(月)、とあるライヴが母島で開かれます。
このライヴ、大事なのはサブタイトルで、
島の音楽界に影響を与えまくった「あさりちゃん」が1月に引き揚げが決まってしまったので、
送別の意を表し、素敵なあさりちゃんに敬意を表し企画しました。

島のあんな人やこんな人が、
素敵な音を奏でてくれる夜になると思いますので、
ぜひお楽しみに♪

あさりちゃんについては、
自身のブログがあるので詳しくはそちらを参照してください。

あさりちゃんは僕からすれば超スーパーバンドマンです!

最初に見たときは、
坊主頭の女の子が、
どえらい派手な模様のアコギを抱えて歩いていて、
えらいロックに見えてカッコ良かったのを覚えています。

彼女は島に来て1年も経たないのですが、
ギターをやっても、
ベースをやっても、
ドラムをやっても、
ピアノをやっても、
ヴォーカルをやっても、
それはそれは何でも見事にこなし、
そのほとんどが即興に対応できる技術と柔軟性の持ち主です♪

いや~ほんとにすごい。
ほぼ同じような年で、
ここまで違うもんなんですね~!
尊敬に値します♪

内地のライヴハウスでお仕事していたので、
その業界のプロからインディーズまで、
現場ならではの面白い隠し話のオンパレードも楽しいです♪

そして気付けば、僕は2つのバンドを一緒にやっていたのです(笑)。
ジャズバンドとロックバンド☆
手伝ってもらっているうちになんだか、毎回一緒に音を出しているという展開♪

もちろん僕のドラムもギターも
普通の中学生程度の技術しか持っていないまま、
なかなか上達してないので、
申し訳ないばかりなのですが、
彼女と組んで音を出すのはいつも刺激的です☆
僕は一生懸命演奏するだけです♪

島を去ってしまうのは本当に寂しいし、
バンドとしてもとっても痛手なのですが、
彼女は間違いなく前を向いて進む先が本土なだけなので、
別に悲しくはないのです。

なので、
残されたこの2週間を目一杯、音を楽しんでやるつもりです。



■そしてJAZZ BAND。
僕は中学でロックンロールに目覚めてからずっと、ロックばかりを聴いていました。
もちろん演歌やクラシック、ポップス、ラテン音楽も好きでした。

でも何故かJAZZだけは、あまり聴かなかったのです。
カッコいいのも難しいのも少し感じてはいました。

亡くなった母親がジャズが好きで
ピアノもドラムもやっていたそうなので(あまり聴いた覚えがない)、
天邪鬼に聴かなかったのだろうかとも推測しています。

結婚した妻も大のジャズ好きで、
演奏もするほどです。

でもいままで、僕にとってJAZZは遠い存在でした。

しかし、今年になってあるきっかけがあり、
春先にJAZZバンドを母島で結成することになりました。
僕はドラム担当に名乗り出ました。
ジャズ知らないのに(笑)。

思ったら行動が早いのが取り柄みたいなものなので(笑)、
どんどんメンバーが集まってきました。
その中のピアノがあさりちゃんだったのです。

今大好評のビックコミック連載のJAZZ漫画「ブルージャイアント/著 石塚真一」も大いに引き込まれます!

音のない漫画でここまで音を感じる感を描けるこの作者はすごいです!!
最初の舞台が僕の地元・仙台、
使っている楽器も身近な人と同じというのもなんだか縁を感じます♪



■やってみるとJAZZはとても勉強になります!

YOSHIKIや菊池哲、中村達也やコージー・パウエルに憧れて始めた
中学生ドラムの僕にとって、
即興は大得意でしたが、
人の音をずっと聴いているのは不得意でした(笑)。

ロックドラムをしているときは、
みんなが自分のタイコに合わせてくれるし、
主にベースの音だけを聴いて、
ガンガンに大きな音で、
力いっぱい叩いてやって、勝手に気持ち良くなっていました。

しかし、JAZZは全然違い、
人の音を聴いていないで叩いていると、
即興にも対応できないし、
バランスを欠いて、
雰囲気ぶち壊しになってしまいます。

人生で初めて、静かに叩く必要性を感じた瞬間でした。

ずっとJAZZをやっている人には当たり前のことなのでしょうが、
僕にとっては衝撃的な感覚でした!

今はまだまだJAZZらしく叩けてはいませんが、
人の音を聴いて、
自分が叩いているのを忘れるほどうっとりすることができます♡
(JAZZ BANDのサックス、トランペットがこれまたイイんです♪ピアノもベースもですが。)

ジャズを聴くことも鳴らすこともまだまだ慣れていませんが、
面白いな~と思って楽しんでいます♡


写真は船待ちライヴ2015より

■今年になって、こうして音楽を純粋に楽しめる状況になってきていることにとても感謝をしています。
島に来る前は仙台でバンドをずっとやっていて、
下手くそですが、
ずっとやっていくつもりでいました。

しかし、19歳の時に初めて小笠原に来てみて、
人生観がひっくり返るほどの衝撃を受け、
2年後に移住し、結婚してからは音楽がなかなかできない状況でした。

小さな子供も抱え、
結婚生活という慣れない環境の変化もあり、
気付けば10年の月日が流れていました。

今使っているアコギは島に来るときに持っていた弦楽器をすべて友人に譲り、
仙台の中古屋で選んできた1本です。

それ以外の島に持ってきた楽器はスネアやバスドラのペダルでした。
でも、それらは鳴らしてあげれない状況が楽器が可哀そうに思えて、
父島で知り合いに譲ってしまいました。
いつかまた出来るようになったら、いい楽器に巡り合えると信じていました。

母島に移り住んで3年目かな?
2012年に「ドラムやってみない?」と声をかけてもらえ、
10年ぶりにやったときは、
たった2曲でしたが、本当に楽しくて、嬉しかったです♪

その後、バンドを組んで2014、2015年とライヴを重ねることができました。
2016年は色々な状況でできませんでしたが、
今こうして大好きな音楽をやれることがとても嬉しいです。

自分にとって大切な人も、
同じく音楽を楽しめる様な時期になってきて、
それも本当に嬉しいです♪

あさりちゃんには俺の演奏について印象を聞いてみたら、
「ギターもドラムも歌もズバリ『青春パンク』だと思います」
と言われて嬉しかったなぁ(笑)!

今度の1/9のライヴ、そして3月のライヴと続きます。
色んなおもいは交錯しますが、
純粋に音を楽しんでいければと思います♡


写真は真夏の音楽界2015より
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母島のPTA広報誌「万年青」

2016年12月27日 | 母島 暮らし 子供
■母島の全戸に配布されるPTA広報誌「万年青(おもと)」
僕はこの「万年青」の大ファンです。

それは地域の方や保護者・先生方が、
それこそ愛情たっぷりの眼差しでそれぞれの表現で投稿してくれた文がいっぱい詰まっているからです。

この狭い人口450人の母島の地域全体が子供たちを温かく包んでいるのが伝わってきます☆
季節の行事やイベント、
PTA活動を通して保護者や教員が感じたことを書いてもらっています。
ここで中身を紹介できないのが残念ですが、
島の人もかなり楽しみにしてくれているようです♡

この2年は編集部長もやらせて頂き、
色々と新しい試みをしてみました。

この2年で割と好評なのが巻末の「先輩からの手紙」です。
これは島を離れた子供たちや教員にお便りをお願いするコーナーです。

海外に留学した島の高校生、
内地の大学や専門学校で頑張っている島育ちの子供たち。
就職して、故郷を振り返る島っ子。
母島に赴任して、色んな感動や思いを語ってくれる教員…
どれも島を離れてより母島の良さを再認識した内容が多いです。
これからも新しい試みを続けていければと思います。

お忙しい中、本当に素晴らしい原稿を寄せていただいた皆様に、
心よりお礼を申し上げます。
ありがとうございましたm(__)m


■そして今回は巻頭言を書かせていただきました。
若ミズナギドリの頭に残る産毛を見ながら想ったことを書きました。
良かったら読んでみて下さい。

「全ての若き野郎ども~All the Young Dudes」宮城 雅司

『普段、野生動物と関わる仕事をしていることがあるのですが、
そんな野生動物の行動をみていて人も野生動物も同じなんだなぁとしみじみ感じることがあります。
それは特に若い時期の生物や人に共通することなのです。

例えばこの冬の時期、島の海で跳ねるザトウクジラ達がいます。
夏場は北極圏の豊かな海で過ごし、
冬は比較的安全な暖かい小笠原やハワイの海にやってきます。
その中でも若いクジラは本当に面白く、
好奇心に負けて人の船に近づいてきては親に制止されたり、
色んなことにちょっかいを出しては痛い目にあって経験を積んでいきます。
そしてクジラもアホウドリも渡りの長距離移動の際には若い個体ほど寄り道や回り道が多いそうです。
それらは年を重ねていくと、
しだいに自分の好きなルートや目的地がはっきりしてきて、
あまり寄り道をしなくなるそうです。
若い時期の好奇心による沢山の失敗は、成熟した大人になる為の大事な道なのです。
クジラや海鳥、ネコやコウモリを見ていてもそれを感じられるのがとても面白いのです。

そう、私達人間の子供達。
大人になると色々億劫になってしまうことでも、
子供の時期は失敗すら考えず、
どんどんチャレンジしていきます。
そして失敗を重ねて、経験を積んで、より確かな生き物になっていく気がします。
大人は老婆心で色々忠告しますが、
やっぱり失敗を重ねて自分の経験にしていくことは、
子供時代にはほんと大事なことなんだなぁと思います。
そして、子供や若い野生動物を見ていてどちらにもそう思えることがなんだか不思議で微笑ましくもあるのです。
失敗は恐れるなってことですね。

でも親として、地域の大人としてやっぱり気をつけてほしいのは、
死んではダメだなということ。好奇心や目測の誤りで、自分の命を失うことだってあるのです。
船のスクリューで命を落とすクジラも実は好奇心だったのかもしれません。
光りで寄せられて集落に落ちるミズナギドリもそのほとんどが巣立ち後間もない若鳥達です。
結果、電線で羽を失ったり、壁に激突して死んでしまう若鳥もいます。
私達大人はそんな極限の状態を避けれるよう気を遣い、声をかけます。
そして、子供達はあとは失敗から自分で学んでいくと思うのです。
たくましく巣立つ子供たちの出発とその後の顔を見るたびに、
母島のもつ素晴らしさを感じられずにはいられないのです。』


■表題に使わせてもらったのは70年代にヒットした、
モット・ザ・フープルの名曲です。
作詞・作曲は今年の1月に亡くなったデヴィット・ボウイです☆

クイーンの亡くなったフレディ・マーキュリーの追悼ライヴで、
デヴィット・ボウイとイワン・ハンター・、ミック・ロンソンが奇跡の競演を果たした映像があります♪
良かったらどうぞ☆


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オシドリ夫婦参上!!

2016年12月23日 | 母島 鳥
■昨日の昼は終業式を終えた娘たちと玉川ダムで家族ランチをしました♪

まるで静かな湖畔の情景に、
長女はうっとり♡

今年の冬は内地で鳥インフルエンザが猛威を振るっています。
僕も鳥獣保護員として、島の各所を随時パトロールしています。

そんな中、
美しいオシドリのペアがいました☆

母島では約3年振りくらいだと思います。

他の渡り鳥はほとんどがメスばかりな場合が多いのですが、
さすがオシドリ夫婦(笑)。
ちゃんと寄り添うようにペアで来ています。

美しすぎるオスも見事ですが、
なんかひょうきんなメスもいいですね~(*^_^*)



次女は学校で作った怪しいお面を被って参上(笑)!


今回、玉川ダムにいた鳥は、
・オシドリ♂♀
・バン幼鳥
・オオバン多数


・カルガモ


・マガモ♀

でした。

小笠原に渡ってくるまでにとても長い陸地と真水のない旅をしてきています。
ゆっくりと母島で羽を休め、
また春先には北に向かって飛んで行きます。

ザトウクジラもそうですが、
カレンダーや時計を持たない彼らが、
いつもこうして季節で渡ってくるということが、
当たり前なのに、なんだかいつも不思議に満ちています。

渡りの途中、どんな気持ちなのでしょうか?
目的地に着いたときは、どんな気持ちのなのでしょうか?

ザトウクジラがよく見え始めた冬の母島で色んなことに想いを馳せます☆
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ミズナギドリが運ぶ、島のクリスマス♪

2016年12月17日 | 鳥獣保護員 活動
■12月中旬、ようやく11月中旬から続いていたミズナギドリの不時着が落ち着きました。
今年は約50羽のミズナギドリを保護し、そのほとんどを無事に放鳥する事が出来ました。

例年だとほとんどが小笠原を代表する海鳥、オナガミズナギドリが不時着します。

国内では小笠原諸島でのみ繁殖が確認されている、
「ザ・小笠原のミズナギドリ」の代名詞ですね(笑)。

多い年では200羽近くシーズンで保護したこともあります。


しかし、今年はなんとシーズン開始頃はオオミズナギドリの方が多く不時着しました!

オナガミズナギドリに比べて、一回り大きく、頭部の霜降り模様が特徴です☆

オオミズナギドリは現在、小笠原諸島では繁殖が確認されていません。
(石門の鍾乳洞からは多くのオオミズナギドリの骨が出てきているので、
昔はかなりの数が繁殖していたと考えられている)

しかも、父島ではほとんど不時着せず、母島で約20羽も保護しました!

伊豆諸島の御蔵島が一番近い繁殖地なのですが、
それなら父島でももっと不時着するはず…。

それなのに母島が圧倒的に不時着数が多いということは…
もしかしたら母島の属島で繁殖しだしていて、個体数が増えてきているのかも知れません!


う~ん、自然の流れや力というものは、
人が届かないところで確実に作用し、常に流動的に息吹いている…
そんな神秘を感じさせてくれました♪



■そして、集落にはミズナギドリが運ぶ島のポスターを張りました。

オナガミズナギドリの巣立ちがほぼおわりました!!
不時着鳥の回収や連絡、ライトダウンに
ご協力くださったみなさま、ありがとうございました♪

【母島列島のオナガミズナギドリは
鰹鳥島や南崎で 子育てをします。

夏に産卵し、冬にヒナ鳥が巣立ちます。

光に飛び込む習性があり、
特に巣立ち時には、街灯りに迷い、不時着します。

夜間回収やライトダウンでヒナ鳥が救われています。

今年は50羽程度の不時着鳥を保護・回収することができました。
残念ながら激突の影響で命を落とした個体もいます。

すべての巣立ちが終わるのは12月中旬から下旬。

小笠原のクリスマスはオナガミズナギドリが
運んでくるのかもしれません♪】
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ザトウクジラがやってきた!ヤア!ヤア!ヤア!

2016年12月10日 | 小笠原 野生動物
■12/8、8:40頃鮫が先展望台より
2頭の親子らしきザトウクジラを確認しました。

まずはブロウ(潮吹き)!!

11月末に姪島沖、
12月2日の南崎に続き、
ようやく鮫が先からも陸から
確認することができました♪

場所はホカケ岩付近です。


見事な潜りも見せてくれました♪

いよいよ湾内(母島属島~本島のエリア)にもクジラ登場です☆

これでようやく母島にも冬が来た感じになりました♪
クジラさんたち、おっかえりなさ~い!!


■そしてこの時期、オナガミズナギドリの巣立ちが始まってから
毎日毎日保護しては翌朝放鳥を繰り返しています。

小笠原を代表する海鳥のオナガミズナギドリ。

11月中旬から巣立ちを開始し、
おもに2月中旬まで続きます。

巣立ちの鳥はみんな個性があり、産毛が面白いように残った個体もいます♡

この個体は若干、モヒカンのように産毛が残っています(*^_^*)

夜の不時着鳥は保護して翌朝放鳥すればネコにも交通事故も防ぐことができます。
うずくまっている鳥を見かけた場合は、ぜひご連絡ください!
(連絡先は母島内の各掲示板に掲示してあります☆)

保護した海鳥は、大きな怪我などなければ、
翌朝に浜で放鳥し、沖に帰っていってもらいます。



■秋~冬と言えば、渡り鳥の季節です。
この時期は母島にも様々な渡り鳥がやってくるので、
とても楽しきな季節でもあります。

沖港にはカモメが来ています。
たぶん、セグロカモメの冬羽と思いますが、
カモメの同定はほんと難しい!!(←できる人は変人の域です!w)

他にウミネコらしき個体もいるそうです。
鳥たちはこの陸地の少ない大海原を渡ってくるわけです。

いつもいつもその神秘的な力にただただ圧倒させられます。


■先日は夕焼けと三日月がほんとに綺麗な日がありました。

少し前まで家の中で
険悪な空気になっていた妻と次女が一気にご機嫌に早変わり(笑)。

やっぱ自然の力って偉大だな~と感じました♪

さあ島の冬シーズンも存分に楽しむぞ~!!
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CAFE KATY

2016年12月08日 | 旅行記
■少し、前になりますが、
雑誌「散歩の達人」に友人のカフェが掲載されました♪

以前、父島に住み込んで働いていたこともある
奥さんの麻ちゃんが料理を作り、
とっても旅の話が大好きな
素敵な旦那さんがウエイターの夫婦の素敵なお店「CAFE KATY」の紹介です。


94~95ページです♪

市ヶ谷外堀り通り沿いにあります♪
内地に行くたびにお邪魔させてもらっています☆

夫婦ふたりでできる範囲で、
精一杯のおもてなしを大事にしてくれる雰囲気のお店です♪

近くに立ち寄りの際にはぜひどうぞ♡


■笑顔の素敵な麻ちゃんは、
料理上手でパスタもケーキのお手の物☆
島では良く小さなころの凪穂と良く遊んでくれました。

僕は麻ちゃんが作るパスタとアップルパイが大好きです♪

そして旦那さんは一見真面目そうですが、
いわばスルメのように、
噛めば噛むほど味が出てくるとても面白い変人です(笑)!←超ほめ言葉!

北海道のライダー時代、
橋の上にセットしたセルフタイマーの愛機カメラが
真っ逆さまに谷底に落ち、木端微塵になった話は
お腹が痛くなるほど笑ってしまいました(笑)。

ぜひ夫婦で小笠原に遊びに来てほしいものです♪

読んでみて、家族で笑顔になってしまいました(笑)。

店を開くまでのエピソードや、
休日の二人の過ごし方、
深夜2時まで続く“店を良くするための会議”まで(笑)、

楽しく読めますのでぜひどうぞ!!

CAFE KATYのHP↓
http://www.cafekaty.com/

CAFE KATYのFacebook↓
https://www.facebook.com/cafekaty/


■KATYと言えば、忘れられないエピソードがあります。
2015年に家族で初めてKATYに行った日。
北海道旅行の帰りで、興奮そのままで行った感じでした。

はじめは久しぶりの再会と、初めてのお店への訪問でワイワイ話していました。

しかし、美味しくごはんを頂いてる最中のことです。

確か、長女(当時、小6)がトイレに行っているスキに、
次女(当時、年長)が姉のハンバーグの上にのっている目玉焼きを平らげてしまい、
長女が大泣きして、いじけて、店の外に出て行ってしまったのです(猛爆)!!
(我が家では日常のことですw)

普段、オフィスのビジネスマンやOLさんが賑わうこの店に、
見事に島の風を吹き荒らした我が家(笑)。
中村夫婦も思わず笑顔♪

そこで、素敵な旦那さん、中村淳一さん登場(笑)。
わざわざ外でいじけてる長女のところに向かい、
「わかるわかる。俺も兄弟がいて、そんな仕打ちを受けたよ~」
と、慰めに行ってくれたのです♡

そして数十分後に旦那さんに慰めてもらって帰ってきた長女には、
そっと麻ちゃんが失った卵焼きを持って来てくれました♪

そんな愛溢れる中村夫婦の対応に長女は機嫌を取り戻し(笑)、
幸せな気持ちで帰路につきましたとさ…

そんな愛と真心が溢れる、
素敵なCAFE KATYに皆さんも行ってみて下さいね♡

ああ、今思い出しても笑えてくるエピソードでした(*^_^*)

Youtubeにも「個人事業主という働き方」についてアップされていました♪
店の雰囲気も分かるので、よかったらどうぞ♡
※2013年度法政大学キャリアデザイン学部「メディア実習(秋)」 4班作品だそうです。
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