「宮城自然農園」ブログ  -GIAN'S ORGANIC FARM BLOG- 小笠原諸島・母島で自然農

小笠原諸島・母島で持続可能な暮らしを目指し百姓をしています。
その中で学んだことを紹介したいと思います♪

川登りアオウミガメ救助☆バク転して海に帰るの巻!

2017年06月20日 | 小笠原 野生動物
■つい少し前のことです。
良く振った恵みの雨の梅雨を終えて、
島の景色が一気に夏色に変わりました。

海も空も青く輝いています♪

そんな梅雨明けした昼下がり、
何やら島の川の周囲に人が集まっています。

何事だろうと覗いてみたら、なんとカメが集落内を流れる大谷川にいるぢゃありませんか!!!
これは珍しい珍事件です♪

きっと産卵を終えて海に帰ろうとして、
そのまま増水した川を上って来てしまったのでしょう。

海に帰そうとカメを押すのですが、
100㎏を超えるアオウミガメは、
バカ力でまったく言うことを聞いてくれません(当たり前かw)。


■うずくまったカメを見かねて、
漁師さんたちと整備工場がコラボして救出劇が繰り広げられました!


漁師さん数人がかりでカメを捕獲し、
腕にロープを引っ掛けます。
この段階でもカメは大暴れしており、
凄く大変そうでした!!


その後はユニックでゆっくりと慎重に吊り上げられていきます。
アオウミガメの腕はとても強くて、
自分の体重を十分に支えることができるそうです。


島はウミガメを食べる伝統文化があります。
が、このカメは繁殖期のメスです。
漁師さんたちが当たり前に海に帰す前提で対応しているのが、とても素敵でした。


よっこらしょとユニックの荷台に載せて、
いざ海へ!!


さすがウミガメを普段から扱っている漁師さんたちです。
捕獲も運搬もとっても手際がいいです!


どう海に帰すかと思ったら、
大岸壁でフォークリフトに乗り換えしていました(笑)。


■最後はフォークリフトの上からバク天で海に戻っていきました!
アオウミガメのムーンサルトプレスは初めて見ました(笑)。

めでたしめでたし。

関わった漁師さんたち、整備工場の皆さん、どうもありがとうございました♪

ちなみに海に戻ったカメは、すぐに水面に来ませんでした。
湾内には他にも複数のカメがおり、
どの個体化は分からないので、
そのまま行方知れずです。

いつか、竜宮城に連れに来るかも知れませんね♡

僕は住民の通報ですぐに漁師さんなど、あっという間に対応して、
カメを海に帰してしまうこの母島の連携の軽やかさと優しさに、
ほんと素敵だなぁとしみじみ感じる初夏でした♪
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

こんだけ降ってもまだ溜まらない!?玉川農業用水ダム

2017年06月14日 | 母島 農 日記
■小笠原は5月中旬までの渇水が嘘のように前日雨、雨、雨。
本当に有難い限りなのですが、
正直、度が過ぎるほどの雨ばかりです(苦笑)。


■5月の観測史上1位の雨でもっても満水にならなかった玉川農業用水ダム。
もういい加減オーバーフローしているかと思って行ってみました。


なんと、7m40cm(8mが満水)!!
こんなに降ってもまだ溢れていないとは!!!


満水の8mまでを視覚的に見るとこんな感じです。

あと50cmが本当に遠いんです。

驚くほど貯水に難があるダムですね。

ダムに対しての流入の沢が1本であること、
標高が高い位置のダムであること。

何より使用量が年々増えていることが、
近年の農業用水枯渇に繋がっているようです。

年々施設栽培が増え、
24000tのダムに対し、
使用水量は30000t/年を超えて、
10年で使用量は3倍になりました。



■先日は農業用水利用組合の総会で、
農業者が夜遅くまで水について語り合いました。

まずは雨の後に怒涛のように海に流れてしまうあの濁流をどうやってキープするか。
ダムか貯水池、
ハウスの雨水を貯めて中に流し、
雨の日は農業用水を使わない仕組みなど、
色々アイディアが出ています。

今度はそれを形にしていく番です!

父島でも母島でも、
行政に頼ってばかりではなく、
自分たちで貯水タンクを購入したり、
貯水池を掘ったりする方もいます。

自分たちで課題をクリアしようとする気概は、
やはりカッコいいです!

補助付で、やってもらうことに慣れてしまっている小笠原。
今回の渇水で見えてきた課題も大事なギフトの一つと思っています。


■梅雨を終えた小笠原。

一気に景色が変わりました!
僕はこのハッキリと夏になる日が分かる瞬間が大好きです♪


夜の満月ですら、夏は格別に違う気がします☆


久々にコグンカンドリや、


ひょうきんなツバメチドリちゃんを見ることもできました!

さあ、大好きな夏だ~!!
いっぱい堪能するぞ~(#^.^#)


★6/23 追記
毎日夜に雨が降る、梅雨明けした!?母島。
昨日、玉川農業用水のダムを見に行きました。

なんとあと5cmで満水!!
5月から現在まで、母島では605mmの雨が降りました。
農業用水のダムはようやく、ほぼ満水まできました!


さあ、念願のオーバーフローになるか!?
乞うご期待♪




コメント
この記事をはてなブックマークに追加

やんばるの百姓たち~自然農とパーマカルチャー(沖縄本島滞在記⑤)

2017年06月07日 | 旅行記
■2月に行った沖縄。結婚して15年、初の単身旅行でした(笑)。
もう随分の前の事のように思えますが、
最後に書ききれていない部分、それがやんばるで出逢った百姓の皆さんです。

ちなみに農業者や農家と言った言葉がありますが、
僕は敢えて「百姓」という呼称を使っています。

いずれ記事に書こうと思っていますが、
「百姓」という言葉には、作物を作るだけでなく、
“暮らしで必要とされる仕事を数々こなしていた大勢の人々”という意味で捉えています。

今回の沖縄滞在でやんばるに住むそんな素敵な百姓達に出逢った報告です♪


■まずはずっと逢いたかった森岡尚子さん。

彼女は大好きな本「沖縄島ごはん」「ニライカナイの日々」の著者で、
家族で丁寧な暮らしをしていて、
畑をしながら、冷蔵庫を使わずに、自然のリズムで暮らしている様が描かれています。

父島に住んでいる友人が丁度紹介してくれ、
10年前にやんばるに来た時にお伺いしようとしたのですが、
丁度お子さんが熱を出していて断念...
今回、念願の逢ってお話しすることができました♪

尚子さんは本で読んで想像したままの、
とてもナチュラルで素敵な方でした♪

ぽかぽかとした陽気の縁側で、
美しい自然を眺めながら、
暮らしの話をする贅沢な時間を過ごさせて頂きました☆

そして予想外だったのは本にはあまり書かれていない旦那さんの存在でした(*^_^*)

それはもお、最高に楽しい旦那さんと農や移住にまつわる話、家族や男のあり方など、
今日初めてあったとは思えないほど(笑)、あっという間の一時でした!
最高の笑顔がタマらない素敵なナイスガイでした(#^.^#)

畑の方も見せて頂き、小笠原の畑に想いを馳せました☆


いつも旅をしていて、根底に大事にしているものが同じ感覚の人に出逢えると、
ずっと前から知っていたような感覚にとらわれます。
また家族で訪れたい仲間が増えました!

森岡さんに頂いたうちなーローゼル2種類は、
今期の母島の畑で元気に育っています♡

これが小さなうちなールビーローゼル。


こちらはうちなーローゼル(勝手に命名)。


これは母島ローゼル。
今回は母島ローゼルの種で交換しました♪


■そして、沖縄に行く前に友人に「ぜひこの人に会って来て!」と紹介してくれた人に逢いに行きました。

最も美しく持続可能に近いと思われる自然農を
専業農家として実践している「むい自然農園」の益田航さん。

無農薬、無肥料栽培で
耕さず、外のものをなるべく入れず、
畑の中で循環させる自然農。

その方法で専業農家をしている凄腕の方です。
話す言葉一つ一つに重みがあります。
そのどれもが丁寧で、自然に対する謙虚な姿勢を感じました。

中でも獣害や鳥害に対して対話で解決するという話が素敵でした。
とにかく話しかけてお願いするそうです。

そう、父島の友人もその方法でネズミの害を限りなくゼロにしたのです。
僕も母島に帰ってから実践中です♪

元気な自然農のソラマメです☆


お土産には乾燥に強い沖縄のサトイモの仲間、ココヤム(ちんぬく)をお土産に頂きました。
早速、母島に帰ってきて植えました!

本当に忙しい中、貴重な時間をありがとうございました!!


■そしてやんばる大宜味村にはパーマカルチャーの実践者がいると紹介を受けたのが、
やんばるシンカヌチャーヴィレッジ」の相川ファミリーです♪

とっても可愛い娘さん二人と犬と素敵な奥さんとmasaさん!
持続可能な農的暮らしのデザインのパーマカルチャーを実践している相川さんファミリーは最高でした♪
宿も経営しているので、興味のある方はぜひどうぞ☆
定期的にパーマカルチャーの教室も開催しています!

沢山の実りあるお話を聞けて、とても楽しかったです!
この出会いに感謝です☆

「生きていて今が一番楽しい」と語るmasaさんの前職の話はプロの音楽関係で、
なんと僕が学生時代に大好きだったバンド関係(大好きなバンドの数々)!
そんな予想外の話で盛り上がりつつ、
話題は実践やこれから沖縄の問題、家庭など多岐に渡りました♪(夜遅くまで、ありがとうございます)


アースオーブン(土釜)。


チキントラクター、スパイラルハーブガーデンなど、


パーマカルチャーに溢れた暮らしはとても美しく、
子どもに飢えていた僕には相川ファミリーの子供たちが可愛すぎました♡
一緒にワンちゃんの散歩行けて最高でした☆

奇跡的な偶然で母島の農協にいたSくんにこんな場所で再開し、
なぜか一緒にひよこ豆で味噌造りをしました(笑)♪


今度は家族を連れて行きます!!

世の中の一人でも多くの人が、
自分の生き方と暮らし方が持続可能か考え、気付き、動き、
シフトすることを願う素晴らしい出逢いとなりました。
ありがとうございました!


■やんばる東村でお世話になるところはなんと農家民宿「島ぞうり」!


宿のすぐ横ではおじいがらっきょの出荷の準備をしていました。


さっそく母島でも作っている島らっきょの選別作業を手伝わせてもらいました。

ほんのり温かい日差しの中、
畑や島のことを快く話してくれる東村出身のおじい。
この時間がいつまでも続けばいいのにと思ってしまいました☆


夫婦で宿と畑をしているのですが、

なんと夫婦で東村出身!
米軍統治時代の話から、
ヘリパットから辺野古の基地の話、
畑の話などいろんな話をさせて頂きました☆

数泊する中で、おじいは畑や東村を案内してくれました♪

「沖縄の水甌(みずがめ)」と言われるほど水が豊かです。
沖縄本島の全域と離島にですらやんばるの水が引かれています。
その重要性が伝わってきます。

その中で大きかったのはリュウキュウイノシシの存在です。

かぼちゃが無残にも食われています。


ダムの下の方には飼育されているリュウキュウイノシシがいました。
すごく人馴れしていました(笑)。


■また、やんばるでアースパックハウスを作ったなおちゃんを訪ねて来ました!

アースパックというのは、つまりは土嚢袋に土を詰めて叩いて固め、
それを重ねて家を造ると言うもの。

3層に分けて作ってあり、可愛らしいルックスのおうちは台風の豪雨でも大丈夫だとか。

中には楽器などがあり、創作活動にはもってこいの空間に思えました☆


■やんばるに生きる百姓たち。

共通しているのは、
みんな地域との調和を大事にしながら、
自分たちの信念を持ち、
楽しく過ごしているという事。

やんばるはそんな素敵な人たちが沢山いました。

なんだか故郷のような気持ちになってきます☆

やんばるに来てから多くの素晴らしい実践者に出逢えて、
とても充実した時間を過ごしています。

その時思った感じは、
これから母島に帰って、色々やりたくてうずうずしてくるのが、
なんだか子供の頃、
新しいおもちゃを買ってはやく家に帰って遊んでみたい衝動に似ている気がしました(笑)♪


東村にはこんな僕の苗字の地域や島があったりしました。
色んな縁を感じずにはいられません☆

多くの人に支えられて素晴らしい旅をすることができました。
どうもありがとうございました!


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

母島 春の目白押し!

2017年05月31日 | 母島 日常 日記
■「目白押し」という言葉があります。
意味としては多人数が込み合って並ぶこと。また、物事が集中してあることを指すのですが、
語源は【メジロが樹上に押し合うように並んでとまるところから】できた言葉だそうです。

そう、母島の春は6月の返還祭が終わるまでは、まさにそんな目白押しの状態です(笑)。


これはパキラの美しい花です。
園芸作物ですが、島では花が咲き、実を付けます。
実はパンに入れたりするナッツになります☆
そんな、母島の日常をちょっとだけ書いてみました。

■まず春と言えばアオウミガメの産卵の季節です。
朝、次女と畑に行く途中、
前浜で産卵を終えて埋め戻している大きなアオウミガメに遭遇しました☆


基本は夜に行っている行為なので、
こんな朝方まで見れるのは少し珍しいです。

島の人が横のコンクリートで滑って動けないのでは?と心配していましたが、
産卵を終え、無事に見送られながら海に帰っていきました。

元気でね~☆


■5月中旬、すっかり夏の海のような北港になりました。

我が家は家族全員が北港の海の大ファンです☆
夏のような休日はカヤック持って北港スイム♪

次女のカヤック技術もなかなか上手になってきました!


早速潜ってみると…

大好きなユウゼンにホンソメワケベラもいっぱいいました♪


長女は北港で宿題…(笑)。
↑しかも遊んでて終わらないというお決まりのパターン。

やっぱり北港は最高です☆

■GWが過ぎるとザトウクジラ達がいなくなってきて、
いよいよ夏の到来かという雰囲気になりつつ、梅雨になります。

水不足で心配されていたダムも、
梅雨でしっかり雨が降り、父島も母島も満水となりました!!

おかげで子供たちのプールの授業でも水を張れることになりました。
本当に感謝感謝です♪

■また、そんな梅雨の最中、母島小中学校では運動会も無事に終えることができました♪

いつもこの梅雨時期は天気に悩まされますが、今年は無事に晴れ/曇りで終わって本当に良かったです。

競技と運営に目一杯頑張った子供たち、
準備に出場に運営に沢山動いてくれた先生方、
応援と準備と出場に明け暮れた保護者と地域の皆さん、
リレーにも出てくれたアカペラチームの皆さん、
終わった後のお風呂の水と
無事に開催できた天気を恵んでくれたこの自然、
本当にありがとうございました!
お疲れ様でした☆

我が家の子供たちも元気に頑張っておりました♪
みんないい顔してたね~♡
運動会が終わった後に入った海は格別でした☆


無事にダムの水も満水となり復活した脇浜と前浜のシャワー。
そして、昨年より故障続きでどちらか1つしか使えなかった脇浜シャワーが改修されて復活!

蛇口も使いたい分だけ使える捻り式に代わり、
出しっぱなしにしなければ、
節水にもなります。

恵みの雨を降らせてくれたこの自然、
直してくれた業者さん、
管理してくれている都&村のみなさん、
どうもありがとうございます


■そして、最後に春に大好きな人とのお別れがありました。

島を離れる人には色々な状況があり、一言では語れませんが、
島で共に過ごした時間はかけがえのない、
素敵な時間だったと思います。

いつもお別れは切ないのですが、
今生の別れなのではなく、
それぞれがまた別の道で頑張っていく船出なので、
なんだかわくわする気持ちも混在していて複雑です。

気持ちのいい母島の青空を眺めながら、見送り、手を振る。

そんな日常を噛みしめながら、
目白押しのような母島の春はまだまだ続いていくのです♪



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

水不足の小笠原に恵みの大雨!!

2017年05月23日 | 母島 日常 日記
■今年の春は小笠原にとって20年に1度の大干ばつに見舞われています。
しかし、現在の母島は土砂災害・大雨警報が発令されるほどの大雨に見舞われています!

この日をどれだけ待っていたことか☆
水の有難みをひしひしと感じています。
土砂災害の心配はありますが、
島中が歓声に包まれている気がします♡

いつもは嫌いな雨の日。
今は感謝の気持ちに溢れています!!

5/18日の雨が約100mm/日降って、
その3日後に飲料水の乳房ダムは貯水率50%を超えました(約15%の回復!)。
今日の雨は185.5mmでした。
なんとここ4か月分以上の雨が1日で降ったことになります!
そして、5月の観測史上最大とのことです!

学校のプールに水を張るのですら見合わせている現状でしたが、
先ほど、村内放送で乳房ダムの貯水率が100%を超えたと放送がありました!!!
やった~~~~~!!

人が車で運び、海水淡水化をフル稼働させて一生懸命作り出す真水を、
大自然はたった1日でそれ以上の水を恵んでくれました。
干ばつも雨も大自然の織り成す大いなる恵みなのだなと感じさせられます♪


左が朝の6時、右が昼の1時の大谷川の同じ位置での様子です。
透明の水が赤土の混じった濁流に変わっていくのが分かります。
ちなみにここ最近はずっと枯れていました。
久々に聞く川のせせらぎを超えた水音が嬉しいなんて!(←人は身勝手ですw)


100mmの降雨量を超えたので都道北進線は土砂災害の危険もあり、通行止めになりました。


モットレイ・ロースのお墓の入口の階段には滝ができていました!!

凄い!!

この干ばつを機会に当たり前の水の大切さを確認する貴重な機会になりました。
日々に感謝の気持ちを忘れないでいきたいです☆

※父島は18日は20mmちょいしか降らず、
今も母島の半分の62mm。
まだまだ深刻な水不足の状況です。
50km離れているだけで、こんなにも違うものなのですね~
人口も観光客も多い父島なので、ぜひとも降ってほしいと願うばかりです。


■さて、今回の水不足。
気象庁のホームページからデータを拝借して表を作ってみました。

黄色で示した、去年の9月から雨が極端に少ないのが分かります。
頼みの綱の台風も去年はカゼ台風(雨が少ない風ばかりの台風)でした。

折れ線グラフにしてみると、もう少し比較しやすいでしょうか。

2015年の夏は台風が連続で来襲し、しっかり降ってくれたのです。

島にとって、春と秋の雨季と台風はとても必要なものであることが分かります。
災害に繋がると事態は深刻ですが、
やはり人は自然の中で生かされているのだなと感じます。

ダムがなければ雨水のほとんどは地表を流れ、
私たちが暮らす水が不足します。

昔は、沢が枯れることはなかったといいます。
気候なのか植生の変化なのかは分かりませんが、
今の私たちの暮らしにはとても大切な水であることは間違いないです。

4月の乳房ダムです。
草が生えていない周囲の部分が満水時の水位です。
とても水位が減っているのが分かると思います。
増えすぎた有機質を吸収するための空芯菜の栽培イカダが浮いています。

乳房ダムの貯水率が40%切った段階で海水淡水化装置を内地から取り寄せ、
稼働させています。
同時に農業用水のダムから飲料水用に転用、
随時大谷川に集まる水の汲み上げを行っています。
休日返上で大変な労力とエネルギーを浪費して私たちの暮らしを支えてくれていました。
本当にありがとうございます!

※ダムの立ち入りには許可が必要です。

■もう1方、深刻なのは農業用水のほうです。
母島には大沢ダムと玉川ダムの2つが農業用水のダムです。

大沢ダムは集落より北部にあり、
西浦の低い標高からソーラーシステムを使ってポンプアップし、
標高の高い蝙蝠谷の畑の上まで水を上げて使用しています。

水量は少ないのですが、
この渇水でも枯れずに水があり、飲料水の方に転用されていました。


もうひとつの玉川ダム。
貯水量は23000㎥。
こちらは集落南部の畑用で、
乳房山の中腹の比較的標高の高い位置にあり、
舟木山に面して作られています。

そこからポンプアップして見廻山のタンクに上げられ、
そこから評議平や中ノ平までパイプラインでひかれています。

こちらは入る沢の流入が1本で標高が高いため、なかなか溜まりません。

18日の雨でも10%貯水率が上昇した乳房ダムに比べて、
数センチしか上がりませんでした。

19日の段階で4.5m以下。6200㎥以下の状態です。

10年前は現行水準の6割程度の使用量だったそうです。
近年の春の使用量は大体ひと月に約3000t/月だそうです。

これは大型のハウスなど施設栽培の面積が増えたことも理由の一つになっています。
今回に限らず、3年前も農業用水は切迫した状態になりました。

現在の使用ペースで行くと、
単純計算であと2月持たない状況でした。

なので、現在母島南部の農地は
し尿処理場の最終処分の水(あとは海に流す状態の水)を
利用したりして、頑張ってしのいでいる現状です。
※ちなみに最終処分水は検査済みで飲んでも差し支えない品質の水だそうです。
 これも毎日せっせと水を車で運んでくれている人のお蔭です!
 ありがとうございます!

僕は微量ながらも含まれる可能性がある
界面活性剤と放射性物質、その他の化学薬品の畑への混入を避けるため、
現在農業用水を圃場には一切使用していません。
洗剤を使わないで洗濯をしているので、
家の最終洗濯水を運搬して畑にまいています。


水を大量に使うパッションフルーツの栽培、
そして施設栽培が増えた現在、
こうした雨の後にできる濁流を貯めておく仕組みが必要に迫られていると思います。

世界自然遺産になり、
大きなダムは作れない今、
新しい農のあり方も問われている気がします。

有難いことに今日の雨で乳房ダムはなんと1日で満タンに回復しました!!
玉川ダムは夕方に見に行ったら5.5m(9200㎥、約40%)にまで上がっていました♪
約1m上がったことになります。

明日も沢からの流入は続くと思います。
どのくらい溜まるのか気になりますね!
分かり次第、報告します♪



■当たり前に蛇口をひねれば出てくる真水。
この渇水を期にその大事さを有難さをひしひしと感じました。

世界にはそんな蛇口すらなく、
毎日数キロも水を運んで暮らす人たちがいる、
気候の変動ではなく、人と人の紛争でその蛇口どころか平和な暮らしを奪われている人がいる。

島でも農業用水を飲み水に車で運んだり、
川の水を汲み上げる人たちがいたり、
大雨で埋まった側溝や道路を掃除してくれる人たちがいる。
自然にも人々にも感謝の気持ちが溢れてきます。

このあまりにも嬉しい有難い天水は、
色んなおもいを交錯させてくれました。

ふと気が付くとこの大自然に対して驕る(おごる)態度になってしまう自分がいます。
日々、こうして生きていけるのは地球の自然があって、
そしてそれを支える人たちのおかげなのだなぁと、
感じさせてくれる有難い機会になりました。

ほんとうにありがとうございます。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

あかぽっぽ

2017年05月14日 | 小笠原 野生動物
■畑で作業をしてたらいつまにか天然記念物が横におりました(笑)。


数年前まで、森の奥深くにしかいない”幻のハト”と言われたあかぽっぽ。
小笠原諸島だけに生息する固有亜種のカラスバトです。
正式名称はアカガシラカラスバト。


野猫対策が進んで、絶滅を免れて、こうして普通に見れるようになりました。
明るい陽の下で見ると首元の光沢が何とも美しい♡


「ウ~、ウ~」と鳴きます♪


こちらは母島に雀の様にいっぱいいますが、
なんと世界で母島列島にしか生息していない、ハハジマメグロ。

こちらはなんと特別天然記念物に指定されています。
以前は聟島などにもいたようですが、
現在は絶滅してします。

■夜も満月がとても綺麗になってきて、
散歩が気持ちよくなってきました♪


次女は夜の遊具で楽しそうです☆

まさに夜遊び(笑)!

脇浜に写る美しい月の明かりも、


はるか沖に沈む太陽も、

本当にいつも同じ景色はなく、ハッとするほど美しいです。


■今年は記録的な渇水で、父島のダムも20%台、母島は36%という事態です。
本来であればGWが明けて梅雨入りするはずなのですが、
海はすっかり夏模様…


この景色を素直に喜べない自分がいるのですが、

友人が、
「太陽も雨もつながっている」
そうかー太陽は水分を蒸発させ雲を作り、そして雨に。
とってもスッキリして、今日は存分に太陽を浴び、海で泳ぎ
久々に心から感謝に包まれた。ありがとう。


とブログに書いていて、
僕も同じように気持ちよくなってしまいました♪

海に入るとほんとに気持ちがいい☆

水不足は深刻ですが、
今を楽しむのも忘れてはいけませんね♪


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

沖縄のローゼルとの出会い

2017年04月28日 | ローゼル
■2月に単身沖縄に行った際に、沖縄のローゼルの話も色々聞かせてもらいました。
そして分かったことは、
小笠原で生産しているローゼルとは系統が違うようです☆

この写真は母島のローゼルとそのローゼルを使ったハイビスカスティーです。
丸みを帯びていて、肉厚でずっしりした印象の小笠原のローゼル。
沖縄のローゼルはどちらかというと左の実に似た印象で、
すらっとスレンダーなローゼルがほとんどでした。

見事なまでのうっかり者の僕は、母島に用意してあった配る(交換)用のローゼルの種を忘れて旅立ってしまいました(笑)。
そんな訳で、後日郵送という手段を使って、
やんばるのローゼルの種と母島のローゼルの種を交換させて頂きました(MNさんありがとう♪)。

届いたローゼルの種はなんと2種類!

ひとつは「ルビーローゼル」という小さな種。

左が母島産ローゼルの種で、右が沖縄産ルビーローゼルの種。

蒔いてみたら、
そのまま可愛い双葉が出てきました♡
可愛い実を今から想像してワクワクしちゃっています(*^_^*)


もう一つはただ「ローゼル」と書かれた種。

右が母島産ローゼルで、左が沖縄産ローゼルの種です。
母島のローゼルと沖縄産ルビーローゼルの丁度中間の大きさです☆
勝手に「うちなーローゼル」と命名しました(笑)!

写真を撮り忘れてしまいましたが、
沖縄のローゼルは実がスレンダーなのと、
葉っぱが細く、切れ込みが入っていました。

母島のローゼルはこんな感じです。

父島で栽培されているものも、
母島から種を分けている人も多いので、
小笠原のはほとんど同じと言えそうです。

しかし、今期からは3種類のローゼル栽培に挑戦です☆
木や味の違いなど検証していこうと思うので、お楽しみに♪

■今がローゼルの種蒔きのベストシーズンです。

こうして種を蒔いたら3日~2週間で発芽します。


雨季が来るとマイマイが猛威を振るうので、
その前にできるだけ大きくさせ、
多少やられても問題ないくらい、数を多く作っておきます。

雨季の後半にはしっかりした1本に間引いていきます。

ここ数年、ポットで作ったり、いろんな時期に蒔いたりして検証しましたが、
母島では2月~5月蒔きの直播きが一番僕には合っているようです☆

■先日の小笠原アースデイのお弁当にもローゼルの塩漬けが使われていました♪
妻が塩漬けにして保存してくれていたやつです。

梅干しみたいに酸っぱくて、美味しくて、
紅くて綺麗☆
どうもありがとう♪


今年もインディアンウォーク(裸足で静かに歩くこと)で乳房山を登りました♪


裸足は大地の湿気や葉っぱや土の状態など、
靴を履いては伝わらない素敵な感覚を沢山教えてくれました♪

NPO法人小笠原ネイティヴエコロジーライフ(通称・ワンライフ)のブログもぜひどうぞ!


■畑では様々な場面に春を感じさせてくれます。

コリアンダー(パクチー)が可憐な花を咲かせていたり。


ゴボウも根っこからは想像もつかない美しい花を咲かせてます♪


先日、父島の友人の農家の所に遊びに行きました。

小さな子供も交えて、小川を挟んでの平和な時間♪

子供たちも畑の周りで、ワイワイと遊びます。

なんて気持ちがいいのだろう♡

ストイックに父島の畑で頑張る友人のO家族とSちゃん、森本智道農園の皆さん。
いつもいつも訪れるたびに刺激を頂きます。

今年は沖縄に行ったせいもあるのか、
少しいつもと違うやる気がでてきています。
自分でもどうなるか分からないので、
謎ですが(笑)、
とても自分自身が健やかと思えるので、
このまま進んでいこうと思います♪

今年のテーマは「一生懸命」と「謙虚」。
そしてリスペクト!!


■ところで我が家の次女さん。

最近、毎日のように練習して楽しんでいるブレーブボード。
超ハマっています♪
スケボーと違い、2輪で捻りを入れて進むやつです。

本人はとても楽しいらしく、
色んな場所で練習したがっています。
どんどん上手くなって楽しいみたいです♪

子供が成長し、
伸びていく様はほんとすごくて、
見ていて感動を覚えるし、嬉しいです☆

そして、
我が家では基本的にブレボの道路や歩道での使用を禁止しています。

他の家のルールは分かりませんが、
他の子供はいっぱい島の一般道をブレボで走っています。

でも、危ないと思った時は相手の家のルールも無視して叱ります。
先日は入港日の車が多い中、
低学年の子が道路の真ん中を進んでいたので叱りました。

轢かれてからでは、遅いからです。

みんな本当に気を付けてね。
車は簡単に人を殺してしまう代物なのだから。

母島はみんな運転がゆっくりだし、
集落は気を付けて運転してくれているけど、
中には観光の人やそうでない人もいないわけではないので、
痛ましい事故が絶対に起きては欲しくないです。

父島でも清瀬なのでとても危険だという話も聞きました。
事故があってからでは遅いので、
ぜひみんなで子供のいのちの安全を考え、
モラルのある共通認識を築けれればなぁと思う今日この頃です☆












コメント
この記事をはてなブックマークに追加

硫黄島訪島記⑧ ~硫黄島訪島事業について

2017年04月20日 | 硫黄島
■去年初めて訪れた激戦の地、硫黄島。
あまりにも美しく、
あまりに悲しい戦争の爪痕を残す島。

このブログ内でも去年から何度も記事を書かせてもらいました。
今年は長女が中学2年生となり、
学校の授業として硫黄島を訪れる予定です。

しかし今年の小笠原は近年稀にみる渇水で、
硫黄島も例外でなく、滞在の職員を減らしているとか。
このまま行くと上陸の心配、開催時期の変更が検討されているでしょう。

この機会に硫黄島訪島事業について振り返りたいと思います。
まだまだ書ききれないことが沢山あります(笑)!


■この訪島事業の歴史は遡ると平成6年に始まりました。
それまで、硫黄島旧島民の心情に報いる措置として、
年2回(春・秋彼岸)、航空機を利用した日帰りによる墓参を実施していたそうです。

ですが、限られた時間の中で島内を巡るため、
出身集落への里帰りや、
当時、軍族として残され亡くなった島民の所属部隊への墓参もままならない中で、
慌しく故郷の島を後にせざるを得ない状況となっていたとのこと。

そこで、
ゆとりある墓参や里帰りを熱望する旧島民の心情を察し、
おがら丸による硫黄島訪島事業を、開始したそうです。

平成6年~8年までの3回は東京都が実施、
それからは小笠原村が毎年実施してくれています。

訪島にあたっては、
硫黄島旧島民の他にも戦没者遺族、
小笠原村立中学校生徒及び、
一般村民も参加し、
慰霊墓参と共に村内の一島である硫黄島の現状をつぶさに視察する機会となっています。

小笠原村役場の硫黄島のページより

僕もこの事業のお蔭で念願の硫黄島に行けました。
戦後70年を迎える今もなお、
このような戦争の爪痕を色濃く残す硫黄島に上陸して学べたことは本当に大きかったです。
貴重な機会をどうもありがとうございました!


■訪島事業で硫黄島に泊まるのは硫黄島旧島民、戦没者遺族、中学生のみなので、
一般参加だった私たちは日中の活動後はおが丸に戻ります。

そこでスライドショ-があり、硫黄島訪島事業の歴史について学ばせてもらいました。

都実施 1994   2/12天皇皇后両陛下行幸啓 小笠原諸島強制疎開から50年
都実施 1995   8/15平和都市宣言
都実施 1996   6/21行幸啓記念碑除幕式
第1回 1997 6月 上陸できず
第2回 1998 6月 小笠原諸島返還30周年
第3回 1999 6月
第4回 2000 6月 2日目は上陸できず
第5回 2001 6月
第6回 2002 6月 6/21平和祈念館開所式
第7回 2003 6月 1日目上陸できず
第8回 2004 9月 台風の影響で9月に実施 2日目午前中で引き返す
第9回 2005 6月 6/19小泉総理大臣が硫黄島訪島
第10回 2006 6月
第11回 2007 6月
第12回 2008 6月 小笠原諸島返還40周年
第13回 2009 6月
第14回 2010 6月 12/14管総理大臣訪島
第15回 2011 9月 東日本大震災・水不足で洋上慰霊祭のみ、6/29世界遺産登録
第16回 2012 6月
第17回 2013 6月 4/14安倍総理大臣訪島 小笠原諸島返還45周年
第18回 2014 6月
第19回 2015 6月
※参加者は年によって80名~190名と幅あり



■僕が参加した2016年の訪島事業の工程を順を追って記したいと思います。
○出発

まずは母島からの参加の場合は入港日朝にははじま丸が臨時便を出してくれ、
参加者は父島に渡ります。
いってきま~す!

そして、おが丸の入港を終えて、夜に硫黄島に向けておがさわら丸に乗船します。


夜に船が出ること自体珍しいので、
とても新鮮な光景でした。


私たち母島参加者は同じ班に割り当てられ、特2等船室で過ごします。
廊下では、この旅を有意義なものにしようと、
いたるところで語り合う人たちがいました。



○到着 硫黄島1日目
夜が明けて、朝を迎えるともう280km南下し、硫黄島に着いていました。

息をのむほど、美しい朝焼けでした。

簡単なレクレーションを終え、
通船の順番待ちをします。

これが結構時間がかかります。

硫黄島は現在も隆起が激しく、なかなか桟橋が作れないらしく、
小さな船で何度も往復して150名以上を硫黄島に運んでくれます。

悪天候の年はこの通船が難しくなり、上陸を断念したり、予定を切り上げる場合があるようです。

上陸した釜岩からはおがさわら丸と硫黄島の象徴でもあるすり鉢山が見えます。


上陸後は海上自衛隊のバスでまずは硫黄島旧島民平和記念墓地公園へ向かいます。
戦没者慰霊祭に参加するためです。

その後は平和記念館に移動し昼休憩です。


おが丸のレストランが作ってくれた美味しいお弁当を頂きました♪



硫黄島は日中はとても暑いのでテントの下で海風に当たっているととても気持ちがイイです☆

昼食をおえたら、今度は島内視察に向かいます。
塹壕や砲台などの戦跡、慰霊碑などを周るのです。

移動はすべてバスです。
ギンネムとシマグワばかりが生い茂る乾いた硫黄島のダートを冷房を利かせて走ります。
(※ちなみにうちの班のバスの冷房は故障していて、冷房嫌いの僕にはラッキーでした♡)

運転と案内は海上自衛隊の隊員さんです。
沢山の色んな話を聞かせて頂きました。

強制疎開から50年の節目を迎えた1994年。
天皇皇后両陛下が硫黄島に来た時のこと。
それまで駐屯していた自衛隊員の周りで起きていた沢山の心霊現象が、
天皇陛下の行幸啓によって、一気に落ち着いたと言っていました。

戦争当時、天皇陛下は兵隊たちにとって絶対的な存在でした(諸説ありますが...)。
代が変わってもその陛下が硫黄島で祈りを捧げる。
これほど祖国を想って散って逝った兵士たちにとってどんなに慰めになったことでしょう。

未だに1万の骨が眠る硫黄島。
私たちはそんなところを体感させてもらう貴重な機会を頂いたのです。


島内のいたるところにある慰霊碑や壕に、
水やお米を供えて、祈りを捧げます。

硫黄島の兵隊は飢えと乾きで苦しんで死んでいったといいます。
私たちができる、せめてものの供養です。


年によって気候は色々ですが、僕が行った時の硫黄島は
程よく暑くて、青い空がどこまでも綺麗でした。
バスから降りて、色んなところを歩くのですが、
戦争がなければどんなに楽園だったのだろうと、何度も思わざるを得ませんでした。


アメリカの占領後、大きな岩に描かれた壁画。
「あいつは英雄じゃない」と仲間が撃ったといわれる銃痕がありました。


米軍が初上陸してきた南海岸(二ッ根浜)。
70年前、約3kmに及ぶこの黒い砂浜から洋上を戦艦で埋め尽くした米軍が一斉に上陸してきたのです。


1日目の巡視を終えて、一般参加の私たちは再度おがさわら丸に戻ります。
そこで一斉に夕食を頂きました。
日中の重すぎる戦争の爪痕を見て周り、疲れていたのでより美味しく頂けました♪


硫黄島の船上から月を眺めます。
きっと戦争中も同じ月を見ていたのでしょう。


○硫黄島2日目

2日目もいい天気に恵まれ、
通船で硫黄島に再上陸。
米軍にパイプ山と呼ばれたすり鉢山が相変わらず美しく見えます。


2日目は1日目に周りきれなかった戦跡と
自衛隊の基地などを視察しました。


人が沢山乗っても平気な頑丈な飛行機の残骸。

戦跡に関しては過去にブログにまとめていますので、
そちらをご覧ください。
戦跡パートⅠ
戦跡パートⅡ

昨日はすり鉢山の上から見下ろした米軍上陸の海岸。

その地に自分が立っている。
目の前にはすり鉢山。

映画でしか見たことはありませんが、
ここから沖を見ていた日本兵の気持ちを考えると、
胸が張り裂けるおもいでした。
二度と戦争なんてするもんじゃない。
そう、強く思いました。

昼過ぎには自衛隊の基地で昼食を取り、
売店などでお土産を買い、
その他色々周って
船に戻りました。

そしてその後、おがさわら丸で硫黄島を一周し、
洋上献花を行いました。

慰霊祭をはじめ、この時の献花もそうですが、
こんなに厳かな気持ちになるのは本当に貴重なことでした。

過去の記事にも書きましたが、
最後のおがさわら丸の長い汽笛。
その時の感情は言葉で言い表せないほど、
静粛な気持ちと辛い気持ちが入り混じり、
そして、力強くこれからの未来をつくろうといういう思いで溢れました。

もし小笠原に住んでいるなら、
誰もが応募する権利があります。
もし行ける機会があるなら、
ぜひ自分の足で歩き、
自分の目で硫黄島を見て、感じてほしいです。

言葉や写真ではまったくもって伝えきれないほど、
大事な経験になると思います。

最後に硫黄島訪島事業の実施にあたって、
小笠原村の職員の皆さん、
おがさわら丸のスタッフの皆さん、
通船を安全に行ってくれた小笠原建設の皆さん、
そして、海上自衛隊及び鹿島建設さんに沢山の支援と協力を頂きました。

本当にありがとうございました。

最後に、次回、
硫黄島の美しい写真を載せてこの長かったシリーズが完結します(笑)。
長々とお付き合い頂き、ありがとうございました!
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

春の種まき

2017年04月12日 | 母島 農 日記
■出逢いと別れの島の春。
そして、そんな季節は種まきにも追われています。

この小さないのちを見つめながら、
いつも、この小ささからは
信じられないほど大きな双葉を出す不思議さに
魅せられます♪

そして、
こんな小さな種ひとつですら、
人間は作ることができない。
なんて自然は偉大なんだろうと思います。

これは「宮古島の黒あずき」。

去年、ネズミに全滅させられてしまい、種が取れなかったので、
父島の友人に分けてもらったのと、2年前自家採種した種を合わせて蒔きました☆


これは「三尺ささげ」です。
長い鞘の豆で、夏に作れるいんげん系ではとても重宝します♪


こちらは黒大豆。
「丹波大粒黒大豆」という品種です。
これの枝豆がまた美味しいのです☆


こちらは「ふくゆたか大豆」。
枝豆が大好きな家族がいるので、なかなか完熟豆が採れないのが悩ましい(笑)。


四角豆です。
その名の通り、豆も少し四角の形をしています♪


あとは毎年懲りずに挑戦する陸稲です。
今年は干ばつなので、まともな梅雨が来ないと植えるときに正直厳しいのですが、
無事の天候を祈りつつ作付けしなければ今季のチャンスを失うので、
それらを見越して蒔いていきます。


■じつは種の存在というのはとても大切なものなのです。

インドの環境活動家ヴァンダナ・シヴァさんが分かりやすく訴えてくれていました。

経済優先の大量消費のグローバル社会から、
一人ひとりが抜け出し、大地とつながろうと言っています。
そのために、
企業に独占されようとしている種を守って行こうと訴えています。

よかったらこちらのリンクをお読みください。

「グローバリズムや工業的農業は、たねをお金儲けの道具のように扱っている。
たねを、企業による独占や支配から守らねばなりません」と訴えています。

私たちが口にするほとんどの食べ物は、
もとを辿れば1粒の「たね」から生まれたもの。

ところがいま、世界で売買されている種子のうちのなんと75%が、
5つの多国籍企業に所有されていることをご存知ですか?
それらの企業は、遺伝子組換え技術と特許を利用して種子を私有化しつつあるという見方さえあります。
いま、見えないところで「たね」に何が起きているのか――



この観点から自分ではできる限り自家採種を行い、
母島の種づくりを頑張っています。

そして種が続いていると、
なんだか安心感が芽生えてきます。
持続可能ってこういうことなんだなって、
ちょっと感じたりしてます☆


■自然に負荷をかけることなく、ありのままに過ごす野生動物。

船の上からザトウクジラやカツオドリを眺めながら、
人間の存在の不思議さをおもいます。

過去に行くもの文明を自分たちの暮らし方で滅ぼして来たニンゲンたち。

戦争や核の存在。
森林破壊や化石燃料、資源の浪費。
どこまで自分たちの世界を汚染したら、
人は気付いてシフトできるのだろう。

それこそ「風の谷のナウシカ」の腐海のような世界にならないと、
人は変わっていけないのでしょうか?

そんなことを思う春でした☆

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

島のお別れと出逢いの春

2017年04月10日 | 母島 日常 日記
■夏野菜の作付けに追われるこの記事は島の出逢いとお別れの季節です。
毎年、気持ちが落ち着きません。

4月も10日を過ぎて、ようやくちょっと落ち着きました♪
3月のお別れを振り返ろうと思います。

3月は卒業して内地に旅立つ島の子供たち、
赴任していた学校の先生や家族が島を離れる季節です。

連日のように送別会が島の各所で繰り広げられ、
中の良い者同士が離れる友人と最後の島の時間を過ごします。

港では盛大なお見送りが行われます。
付き合いの深かった人などは涙なしではいられないほどです。


港にはこんなに人がいたのかと思うほど、
見送りの人で溢れます。

胴上げされる人もいたりします(笑)。

僕にとっては次女も長女も担任を務めてくれた方とのお別れ、
一緒にバンドで音を出した仲間との別れ、
震災で6年前に福島から避難してきた家族との別れ、
長女の同級生のお別れなど、
今年は特に関わりの深い人が多く島を離れるので、
猛烈に寂しかったです。

でも、みんな今頃新天地で新しい生活をはじめ、
きっと元気に過ごしているんだろうなと思うと、
なんだかほかほかとしてきます♪


目一杯のお別れの挨拶を済ますと、出港です。

お別れの時に渡される沢山の花で飾られた首飾り「レイ」。
船が離れるときに海に投げて、
それが島にたどり着けば、
その人はまた島に帰ってこれると言われています。


今回は島の漁師さんが見送り船を出してくれたので、
乗せてもらい、子供達と一緒に沖まで見送りしました。


この日は少し海況が悪かったのですが、
みんなできる限りの声で
「ありがとう!!」「いってらっしゃ~い!」「元気でね~!!」
と叫びます。

卒業生が作成した旗をなびかせながら、見送りました。

見送り船がはは丸と並走し、最後に減速した瞬間、
はは丸が長い大きな汽笛を鳴らしてくれました。

なんて粋なことを!!
お蔭でずっと耐えていた涙が溢れてしまいました。


いつもこの時期は仲の良かった大切な友人も離れる場合が多いので、
15年住んでいても、この時期は慣れません。
毎回寂しい気持ちになります。

でもこうして4月を迎え、
新しい人たちが島にやってくると、
寂しい気持ちは少しずつ薄らいできて、
新しい気持ちで過ごすことができます。

狭い社会で、公務員も家族もどの職種も近い小笠原。
それだけの人と人との繋がりがあるのが、なんだか好きです。

最後に島の知人が作成した素敵な動画をどうぞ。

「Natsuki Yamazaki」彼は母島を中心にナイスなセンスで素敵な映像や写真を撮っている若者です。
ブログに貼るにあたっては、本人の許可を得ています☆

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

母島 春の芽吹きと季節

2017年04月04日 | 母島 農 日記
■4月を迎え、島では島を離れる人とのお別れと出逢いの季節となり、
気持ちも動きも慌ただしい時期です。

3月には卒業式があり、今年は母島のたった一人の中学3年生、4人の小学生が卒業を迎えました。

そんな中、畑では夏野菜の作付けで大忙し。
2月に沖縄に行ってしまったので、
そのツケを取り戻すのに必死です(笑)。

そんな中、ローゼルが芽を出してくれました。

いつもいつもこの小さな種から大きな双葉が生まれてくるのが、
不思議でなりません。

春は畑に限らず、
様々な事象で新緑や芽吹きを感じる季節。
やっぱりはじまりの生き生きとした躍動感を感じる季節です♪


自家採種をしていて、今年は豊富に種があるので、
一か所に3~8粒蒔きます。
そのうちの元気な1本を生かします。

毎年気象条件が違うので、
難しいのですが、何より種を絶やすわけにはいきません。

一度にいろんな方法で蒔いて、
どれかが残ればいいという戦法を取っています。


島らっきょは今年は不作!
残念ですが、出荷は厳しそうです。


■2月上旬に植えたジャガイモも元気です。

今年は異常な干ばつに見舞われているためか、
乾燥地帯が原産のジャガイモとトマトはとても調子がイイです(笑)。


うちの子ヤギさんもジャガイモの横でせっせとお花を集めております♪

この子ヤギの衣装、
小1の次女が去年の秋の学芸会で演じた子ヤギの衣装です♡

大のお気に入り(*^_^*)

こんな格好で畑でお花を摘んでいます。


小さな手に、
可愛いちいさなお花。

この小さな手に無限の広がりを感じます。

畑が大好きな彼女は畑でいつも創作しています。
膨大な時間でも足りないほど、
子供の想像力は果てしないです。

大人になって、
頭が固くなると、
何もないとすぐに退屈してしまいます。

こんなとき、
子供の柔軟さにいつも刺激を頂きます♪

やっぱり、こどもはすごい。
大人の忘れてしまった大事な部分をいっぱい持っている気がします。



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

コビレゴンドウクジラ(2013年座礁)の掘り起し大作戦!!

2017年03月25日 | 小笠原 野生動物
■2017年3月23日、母島の集落全域で多くの方が
「なんか、くさやを焼いてるにおいがするな~」と思ったはずです☆
しかし、その匂いの発信源は脇浜に眠っていた、ある生き物だったのです!!

4年前に埋めたコビレゴンドウクジラ!!

そう、2013年4月27日に母島の南京浜でコビレゴンドウが座礁(ストランディング)しました。
その時のブログの記事にも書いています。
骨格標本にするために脇浜に埋めたあのコビレゴンドウをついに掘り起こす日がやってきたのです☆

この一つ下までの写真は2013年の時のものです。

埋めるのに日が暮れるまでかかりました。

去年、確認した時はまだまだ腐敗途中で、断念したとのこと…
今回はどうなるか掘ってみないと分かりません。

今回は前回の教訓も生かし、
重機を投入しての作業となりました。

これがすごい助かりました!
重機ってやっぱりすごい!!


OWA(小笠原ホエールウォッチング協会)母島支部の母島観光協会、クラブノアのスタッフの他、
声掛けで集まった島の有志による掘り起しが始まりました!!


■掘ること1時間、
ちらちら隠れていたブルーシートが全貌を表し、
ついに全体像が見えてきました。
※ブルーシートでくるんだのは、骨格標本として回収するために小さな骨などを紛失しないようにするためです。

おそるおそるめくってみると…

…とここまでさらっと来ていますが、
この段階でかなり香ばしい状況になっていました(笑)。

でも、腐敗したウジ虫がわくような悪臭ではなく、
ほんのりくさやに似た、匂いでした。

やはり4年も経過すると、色々ある意味、熟成して、
発酵してきているのだと思います。

※写真提供 小西さん
僕も妻もちょうど風邪をひいていて鼻が詰まっていたので、
「大好きなくさやみたいだね♪」と言って臭いは気になりませんでした(笑)。

わずかに黒い皮膚が残っている部分もありましたし、
尾びれ付近は立派な筋肉の筋が残っていました。

それ以外はほとんどが肉が溶けてドロドロ状態(笑)。
写真ではミイラっぽく見えますが、
実際はウエットで生々しいです(#^.^#)

頭骨付近の骨は少し骨自体が腐敗して崩れており、
当初は骨格標本は厳しいかもという空気が流れていました。
しかし…


■父島の研究者、
内地の専門家に写真を送り、
電話で話しながら進めていきます。

しかし、僕らと同じくボランティアで参加しているHさんが、
目をキラキラさせて、
「ほら~これが肩甲骨♡きゃあ~背骨~♡♡」

と形が完全に残っている骨を見つけては盛り上がり(笑)、
見事、午後からすべての骨を洗浄し、
骨格標本として収集する方針に決まりました!!


写真の右側に見えるのが頭骨の下あごの部分になります。


本来は潜ってイカなどを採取する種類の歯鯨の仲間です。
立派な顎を持っています。

骨格を見てみると、
なるほどやはり魚類とは全然違います。

内臓と呼吸器系を包む立派なあばら骨の部分。

そして5本指の骨がある胸びれ部分。
この指の骨が歯の次に細かくて探し出すのに苦労しました。

腐った肉の中に潜む数々の骨に触れながら、
海から陸に進化した哺乳類が再び海に戻る、遠い時間の流れとドラマを思い描きます。
きっと考古学ってこういう気持ちになるものなのかなと思い、
少し面白さに気付くことができました♪


■せっかくの機会なので、普段なかなかお目にかかれないコビレゴンドウについて調べてみました。

ゴンドウクジラ属はイルカとして扱われる種が多く属するマイルカ科に分類されるそうですが、
形態的に口がバンドウイルカみたいにあまり長く突出していないので、
イルカとしては扱われず、
クジラとして扱われることが多い様です。
ゴンドウイルカと呼ばれることもあるそうです☆

※ちなみに「イルカ」とは4m以下の小型のハクジラの総称です。

漢字で書くと「巨頭鯨・五島鯨」と書くらしく、
和名の由来「ゴンドウ」は五島が変化したものではないかとのことです。
「ゴンドウ」=「巨頭」という頭の大きいクジラの意味もあるそうです。

コビレゴンドウは英名で「 Short-finned Pilot Whale」と呼ばれています。
直訳するとヒレの短い水先案内人。
う~んロマンチックですね♡

水族館で飼育されることもあるみたいですが、
比較的外洋性で野生の生態は分からないことが多い印象があります。

小笠原の海域では外洋に行けば比較的見かける種類のようです。
普段よく見るハシナガイルカやザトウクジラと違って、
外洋に多い個体だから普通に暮らしている私達には中々お目にかかれれないのですね。
(沖で見ても分からない可能性も多々あります☆)

今回の個体は体長約3.5mと小柄なので、若い個体だと推定できます(大人は雄で約5.5m)。
2000m以上も潜る事がわかっているマッコウクジラに比べると、
どれぐらい潜れるものなのでしょうか?
コビゴンの謎は深まるばかりです☆

Youtubeにはコビレゴンドウの群れが悠々と泳ぐ動画がアップされていました。

なかなか力強い太い筋肉を感じさせる美しいフォルムをしていますね♪

■そうこうしているうちに作業を進めていきます☆

ということで午後からは骨を大きく部分に分けながらネットに入れ、
海で洗浄するという作業に入りました。


※写真提供 小西さん
最初はまだ赤い血も残る腐った肉を海で洗ったら、
サメたちが集まって大変なことになるかもと思いましたが、
脇浜のネムリブカ達、とっとといなくなりました(笑)。
新鮮な死肉を好むのですね☆


※写真提供 小西さん
何度も何度も海と陸を往復します。


海の洗浄で腐った肉が落ちて、
立派なあばら骨が見えてきました。


■今回の掘り出し作業で一番気になった骨が幾つかあります。
まずはこの骨です。

この地味な形の骨は、退化した骨盤と後肢の骨格です。
海から陸に上がった哺乳類が、再び海に戻り、骨盤と後肢の骨格は著しく縮小しました。
今は皮膚の中に埋もれたまま肢として役に立つことはないその骨を、この手で確認することがでいました。
腐った肉の塊の中からクラブノアのスタッフの方が見つけてくれ、歓声が上がりました!!

あと僕がひそかに気になっているのが顎の下にある骨です。

このブーメランみたいな骨。
まだまだ勉強不足でこれが何を意味するか分かりませんが、
今回発掘にあたって調べて特に気になった部位でした。

そして極めつけはやはり大きな頭骨です。

この写真は裏返して、下から見ている向きになります。

上から見ると、

鼻の孔のような穴が口の先の方からこ頭の上の噴気孔(呼吸孔、鼻孔)に伸びています。
そしてメロンと言われる、歯鯨に特徴的な頭にある大きく膨らんだ油が詰まっている部分が平らに凹んでいます。
ここの器官を使って、超音波(エコロケーション)で地形を感じたり、仲間と会話したりしていると言われています。


あとこれは耳骨でしょうか?

イルカの耳骨はその形から「布袋石」と呼ばれ、古くから珍重されてきました。
これもそれによく似ている気がします。


あとは5本だけ回収できた歯です。

4年前、ストランディングしている時から歯はかなり抜けていて、
少なかったので、5本だけでも見つかって良かったです♪

最後にまだ腐りきっていいない肉の部分と皮の部分に細かな骨が残っている可能性も否定できないし、
今回完全に洗えたわけではないので、
ネットに小分けしたまま、また砂の中でしばらく待つことになりました。


■掘り始めてから、埋め戻すまでになんと6時間!!
臭いは凄まじかったですが(笑)、
今回は人は生まれつき、どの分野にも向き不向きというのがあるのだなぁということがわかりました♪
(植物好き、動物好き、鯨類好き、骨好き、探索好きなどなど)
鯨類好きの僕はとても楽しかったです!
そして、妻は僕より楽しそうでした(笑)!!

お蔭様で、こうして
本当に貴重な体験をすることができました♪

普段なかなか島でも見ることのできない、
コビレゴンドウという小さなハクジラに興味を持つことができました!

どうもありがとうございました☆

次掘り出すときには、かなり楽になっているハズです(*^_^*)

みなさん本当にお疲れ様でした!!

おまけにYoutubeにあった大量の群れのコビレゴンドウ(ヒレナガゴンドウではないと思います)と泳ぐ動画です☆

いつか沖で逢えるといいな~


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

じゃがいもの植え付け

2017年03月18日 | 母島 農 日記
■もう2月の沖縄に行く前の話ですが、
ジャガイモを植えました♪

母島では植え付け時期が12月~2月で、
今年は水不足で悩ましいほど雨が降らないので、
ジャガイモやトマトにとっては逆に好都合です☆


今年も次女がお手伝いをしてくれました♪


種イモを切ったら、切り口に灰をつけていきます。
職人肌の次女さん。
とにかくよく働きます(笑)。
一人でやるより、格段に速く、楽しくなります♡


種イモを切ったら、約30センチ間隔で植えていきます。


イモ目線でいくとこんな感じです♪


そのあとは鍬を使って、土をかけていきます。
その手際の良さと言ったら(笑)!!
さすが、毎年やっているだけあって、言わなくても覚えています♪

作業を終えて、
体格には不釣り合いな三輪車(笑)で圃場を後にする姿を見ると、

なんだか随分とたくましくなったように見えます。


■今季、大豊作のマイクロトマト。

内地で流行ってるって噂です。


原種寄りでとても強くて、
味も濃くて家族に人気だけど、とにかく細かくて収穫に手間がかかる…
でもちっちゃくて、可愛いやつなんです♡


■そして次女には最近のブランコの楽しい乗り方を教わりました。

僕にはできませんでした(笑)♡
うーむ、あっぱれ!!
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

やんばるの自然~ヤンバルクイナという存在(沖縄本島滞在記④)

2017年03月10日 | 旅行記
■自分が忘れないうちに(笑)、再び2月の沖縄のお話です。
馬と米軍基地に続いて、今回学びたいテーマその4は「やんばるの自然とそれに関わる人々」です。

沖縄本島の北部は別名「やんばる」と呼ばれています。
それは森林が多く残っており「山原」と書いてやんばると読むそうです。

100万人を超える人口の水道水をこのやんばるの豊かな水が支えており「水甌(みずがめ)」と言われています。

その豊かな自然の中にそこにしか住んでいない貴重な鳥が生き残っていました。
ヤンバルクイナです。

1981年に新種として報告されました。

翼は退化しており、
高く飛翔することはできません。(1m位は飛べるそうです)
日本で唯一飛べない鳥なのです☆

食べ物はミミズやカタツムリ、
木の実や種も食べるそうです。

とても警戒心が強く、
滅多に人前に現れないそうです。

主に日中に活動し、
夜は高い樹上で休んでいます(枝から枝に飛び乗って高くに上がるみたいです)。
走るとかなり早いです!

キョキョキョキョキョというとても特徴のある大きな声で鳴きます。
これは一度聴いたら忘れません☆


母島でも見られるバンの仲間なので、確かによく似ています。

やんばるには「ヤンバルクイナふれあい公園」というのがあり、
きょんちゃんという珍しく人前でも堂々と行動できる個体が生態展示されていて、
色んな事が学べます☆


■ヤンバルクイナは今から10数年前、絶滅に瀕していました。
外敵は元々ハブとカラスなどだった様ですが、
人が持ち込んだマングースとネコが深刻なダメージを与えてしまったそうです。

一時は500羽以下にまで減ってしまったヤンバルクイナも、
環境省をはじめ、地元の人々の活動のおかげで1300羽程度にまで回復してきたそうです。

今回は僕が小笠原でノネコから貴重な鳥を守る仕事をしているので、
ヤンバルクイナの保護に関わる関係者の皆さんを訪ね歩かせて頂きました。
そして、マングースの対策をしている現場を見させてもらいました。

色んな施設や活動、動物病院などを見学させてもらい、
とても充実した学びとなりました。
やっぱり現場で動いてきている人たちは本当に素晴らしいです!

戦前の1910年にネズミ・ハブ対策としてインドから21匹が沖縄に導入されたマングース。

ハブは実験でハブに噛まれても死なずに退治したので、
さとうきびをかじるネズミと、
猛毒のハブに悩まされていた為、導入したのですが、
予想に反して、肝心のハブはあまり食べず、
ニワトリやアヒル、野鳥などを襲いながら次第に数を増やしていったそうです。

そして、ついに沖縄にしかいない貴重なヤンバルクイナが生息するやんばるにまで範囲を広げたそうです。


生きているマングースはとてもすばしっこく、
とても愛らしい存在でした。

■大宜味村と東村にはやんばるの南の縁にマングース侵入防止柵が設置されていました。

ところどころ、跡切れ目はありますが、効果はあるようです。

ヤンバルクイナの絶滅の危機に人がものすごい活動を展開し、
どうにかやんばる地域のマングースは低密度化に成功したそうです。
ノネコの捕獲も進め、
今ではヤンバルクイナは推定1000羽を超えるまでに回復したそうです。

しかし、沖縄ではGWなどにやんばるにネコやイヌなどペットを捨てに来る人が
今でも後を絶たず、困っているそうです。
生き物は最後まで人が責任を持って飼わねばなりません。

去年からニュースになっている野犬の問題もあり、
事態は深刻でした。

小笠原はそういう意味では捨て猫はゼロになり、
飼い猫はほとんどが登録されているので、
ネコ対策ではとても進んでいると沖縄の関係者の方に言われました。

小笠原でのネコ対策のページ(捕獲したノネコの譲渡、飼い主を探しています!)

小笠原のネコも沖縄のマングースも悪いのは生き物ではなく、それを自分勝手に入れた人間です。
人間の不始末のせいで、絶滅する生き物がいるということを知るのはとても大切だと思います。
そしてそれに対して何ができるかを考え、動くこと。

希少なヤンバルクイナやケナガネズミを補食してしまい、
本来の意図していた働きはあまり望めないことが分かり、
今度は駆除される身になったマングース…
小笠原のノネコ対策と同じで、
マングースは何も悪くありません。
いつも悪いのは人間です。

手前勝手な倫理観で態度を変える私たち人間達。
対策をしている方も
「子供に説明するときにとても困っている」と言っていました。

僕が学校で授業するときにいつも話すことですが、
「今していることが正解かどうかは分からない。
でも今対策をしなければ地球上から滅んでしまう命は確実に存在する。
悩みながら実践しているということ。
大人達が言うことを鵜呑みにしないで、
自分たちでも考え行動していって欲しい」
と話していると伝えました。

本当に貴重な時間を割いて、
多くの人が関わる現場を見させて頂きました。
ありがとうございました!


■他にはヤンバルクイナは交通事故「ロードキル」で死亡するケースが続いており、
様々な対策を進めていました。


道路下にバイパスを作り、
ヤンバルクイナが道路を横切らず下を通れるように工夫したりしています。


道路に飛び出さないように、フェンスを張ってある個所がありました。
道路には出にくく、
山側には入れるように穴を開ける工夫がしてありました!

他にはL字側溝に雛が落ちて、出れなくならないように、
片側がスロープになっている側溝も設置されていました。

多くの方の努力が様々な野生動物の命をも守っているのだなとひしひしと感じました。

沢山の案内をしてくれたTさん、N先生、Nさん本当にありがとうございました!


美しい東村の日差しです♪


■僕が生まれたのもヤンバルクイナが発見された1981年。
「宮城」の名字のルーツも沖縄のやんばる。
これは何かの縁があるといっても過言ではないでしょう(笑)♪

東村には美しいマングローブの森が残っていました。


朝早くに向かっては小さなシオマネキが集まるこの美しい景色に見とれていました♪

沖縄は

ツバメもいたし、


カンムリワシなど、


猛禽類の宝庫でした♡



そして、こんな可愛いイモリもいたり、


2mを超えるハブの死体をカラスが食べていたりしていました。

僕は蛇を含む爬虫類が大好きです♪

沖縄本島にはやんばるを除くとほとんど山林が残っていません。
そういう意味でやんばるは
野生の生き物の貴重な聖域でした☆

これは歴史の皮肉ですが、
小笠原も米軍統治時代がなくて、
戦後の高度経済成長の時代にもずっと日本人が住んでいたら、
今のような自然は残っていなかったかもしれません。

そう思うと、人という存在が自然界に与えるの影響の大きさを感じさせられました。
しかし、人は自然がなければ生きていけません。

もっともっと、残された自然を大切にして、
謙虚に生きていかなければいけないなと感じるきっかけになりました。

どうもありがとうございました☆




コメント
この記事をはてなブックマークに追加

島に帰って来た感触♡

2017年03月01日 | 母島 農 日記
■夢のような沖縄の2週間から無事に母島に帰ってきました!!
島に帰ってきてみんなに言われることは、
「お帰り~!大きくなったね~w」

そう!
安くて美味しい沖縄&内地でとっても増量してしまいました(笑)!
一応もう2㎏は落ちましたが、
育った体重をなんとか減らさないと(笑)!!

何はともあれ、
無事、久々に家族のみんなに再会できてとっても嬉しいです。
留守中は子供たちも随分と家事を頑張ってくれていたようです♪
奥さんも大人一人で目一杯自分のペースで楽しみつつ、
それなりに大変だったはずっ(笑)!?


大好きな母島のこの青空を見ていると、
ああ帰ってきたなぁとしみじみ感じる事が出来ます。

やっぱときどきのアウェイは大事だけど、
ホームは最高です♪


子供たちと脇浜で過ごしたり、

綺麗な夕陽を見たり、
たまらなく愛おしい母島の日常が有難いです♡


■15年以上前、内地に住んでいた頃は夕陽を見る習慣自体がありませんでした。


島に住んでみて、
こうして当たり前に毎日違う夕陽を見れるのはとても嬉しいひと時です。

内地で電車に揺られているときも、
こうして当たり前に太陽が沈んでいく…
島に来てみて、そのことが分かったのがなんだかとても嬉しい気がしました。



■母島に帰ってみると、島はすっかり春の気配でした☆


出かける前はちょい咲きだったカンヒザクラは満開に♪


じゃがいもの作付けリミットを知らせる菜の花も満開です。


島の菜の花は西洋カラシナです。
昔はこの種から洋からしを練り、島寿司に使っていたそうです。


■2週間留守にしていた畑も帰って来てみて無事だとやっぱり嬉しいものです♪
留守中に家畜の世話をしてくれた友人に感謝です☆

今年は遅れに遅れたジャガイモの作付け。

ようやく芽が出てきました☆

水不足で報道されるほど今年の小笠原は雨量が足りません。(秋以降、例年の半分以下なのです!)
お蔭で冷乾燥地帯の原産であるトマトがとっても好調です♪


こちらはミニトマト。
今年は「甘っこ」を作っています。

無農薬、無化学肥料、無ホルモン剤栽培です。
自然農で作ると皮がしっかりしていて、甘味の他に酸味もちゃんとあります☆

そしてこちらがマイクロトマト。

より原種に近いトマトで、ひと粒がとっても小さいです!

収穫も細かくて、えらい手間がかかります!

しかし、旨味は抜群!!
我が家では一番人気です♪


圃場ではえらい繁茂していて、手に負えなくなっています(笑)!
夏も実が採れるといいなぁと密かに企んでいます☆

あとは天王寺カブや


茎ブロッコリーでもあるスティックセニョール。


小松菜なんかも頂いています。


緩やかではありますが、
こうして当たり前に自給ができてきているのが嬉しく、そして有難いです。

少しずつ品種も作物も増えて来ています。

いつか、内地から物資が来なくても、
平和に暮らしていける持続可能な暮らしを夢見て、
沖縄でさらに学んだことを生かして、
楽しく実践していければと思います♪
コメント
この記事をはてなブックマークに追加