ジュンの国語の教科書に、載っているお話です。
杉みき子
「わらぐつの中の神様」
ある雪国での冬の夜のお話です。
マサエは、明日学校で使うスキーの靴を乾かしています。
その日も夕方までスキーをしていたので、なかなか乾きません。
見かねたおばあちゃんが、マサエに言います。
「かわかんかったら、わらぐつはいていきない。」
「やだあ、わらぐつなんて、みっだぐない。」
マサエは反発しますが、おばあちゃんは、また言いました。
「わらぐつは、あったかいし、軽いし、すべらんし。それに、わらぐつの中には神様がいなさるでね。」
「神様だって?そんなの迷信でしょ、おばあちゃん。」
「なにが迷信なもんかね。正真正銘ほんとのはなしだよ。」
おばあちゃんはまじめな顔になって、眼鏡をはずしました。
こたつに入りながら、おばあちゃんの話が始まりました。
━昔、この村の近くに、おみつさんという娘が住んでいました。おみつさんは特別器量よしというわけではありませんでしたが、体がじょうぶで、気立てがやさしくて、いつも朗らかによく働いたので、村の人から好かれていました。
ある秋の日です。町の朝市に野菜を売りに行ったおみつさんは、げた屋さんの店先でかわいらしい雪げたを見かけます。
ぱっと明るいオレンジ色の鼻緒。上品な、くすんだ赤い色のつま皮は、黒いふっさりとした毛皮の縁取りで飾られています。
おみつさんは、その雪げたが欲しくてたまらなくなりました。
しかしとてもおみつさんの小遣いで買える値段ではありません。
朝市でもあの雪げたのことが、おみつさんの頭をはなれません。
いつもは余計なものなど欲しいと思ったことがないおみつさんなのに、どうしたことか、この雪げたばかりは、なんとしてもあきらめきれないのです。
市の帰りに見たときも、赤いつま皮の雪げたは、お店の朝と同じところに並んでいます。
「ねえ、私を買ってください。あんたが買ってくれたらうれいな。」
おみつさんには、雪げたがそう呼びかけているように思われました。
うちに帰ったおみつさんは、思い切って両親に頼んでみます。
「そんなぜいたのなもん、わざわざ買うことはねえだろう。」
と相手にしてもらえません。
小さい兄弟がいるおみつさんの家庭は、暮らしがたいへんで、買ってもらえないのも無理はないのでした。
「そうだ、自分で働いてお金を作ろう。そしてあの雪げたを買おう。」
おみつはそう考えました。
おみつさんのお父さんは、わらぐつを作るのが上手でした。
おみつさんもいつも見ているので、作り方は分かります。
おみつさんは、早速、毎晩、家の仕事をすませてから、わらぐつ作りを始めました。
自分でやってみると、なかなか思うようにはいきません。
でもおみつさんは、すこしぐらい格好が悪くても、履く人が履きやすいように、あったかいように、少しでも長持ちするようにと、心を込めて、しっかりしっかり、わらを編んでいきました。
さてやっと一足作り上げてみましたが、左右大きさも違うし、いかにも不恰好です。
その代わり、上からつま先まで、隙間なく、きっちり編みこまれていて、丈夫なことはこの上なしです。
「そんなおかしなわらぐつ、売れるかいなあ。」
うちの人からは笑われましたが、おみつさんは朝市に野菜とわらぐつを持って元気よく出かけて行きました。
げた屋さんの前を通ると、あの雪げたは、まだちゃんとそこにありました。
その雪げたが、ほんのちょっぴり自分の手の届くところへ出てきたような気がして、おみつさんは楽しくなりました。
ところが朝市では不細工なわらぐつは売れません。
「それはわらぐつかね。おれはまた、わらまんじゅうかと思った。」
と悪口を言うお客もいました。
「やっぱり、わたしが作ったんじゃ、だめなのかなあ。」
お昼近く、おみつさんはあきらめて帰ろうとしていると、
若い大工さんから声をかけられました。
「あねちゃ、そのわらぐつ、見せてくんない。」
「あんまり、みっともよくねえでー。」
おみつさんは、きまりが悪くなって、おずおずとわらぐつを差し出します。
若い大工さんは、わらぐつを手に取り、しばらく眺めてから、おみつさんの顔をまじまじと見つめました。
「このわらぐつ、おまんが作んなったのかね。」
「はあ、初めて作ったもんで、うまくできねかったけどー。」
「ふうん。よし、もらっとこう。いくらだね。」
おみつさんは初めてわらぐつが売れたので、うれしくてうれしくて、若い大工さんを拝みたいような気がしました。
そして次の朝市まで、またひとつわらぐつを編み上げました。
前のよりは、いくらか形よくできました。
「今度もうまく売れるといいけどー。」
次の朝市。
今度は余り待たないうちに声をかけられました。
「そのわらぐつくんない。」
顔をあげると、それはこの間もわらぐつを買ってくれた、あの若い大工さんなのでした。
その次の市にも、またあの若い大工さんが来て、わらぐつを買ってくれました。
その次も、またその次も。
おみつさんは、どうしてこんなに続けて買ってくれるのか不思議で、とうとうある日、思い切ってたずねてみました。
「あのう、いつも買ってもらって、ほんとにありがたいんだけど、あのおらの作ったわらぐつ、もしかしたら、すぐ痛んだりして、それでしょっちゅう買ってくんなるんじゃないんですか。そんなんだったら、おら、申し訳なくてー。」
すると大工さんはにっこりして答えました。
「いやあ、とんでもねえ。おまんのわらぐつは、とてもじょうぶだよ。」
「そうですかあ。よかった。でも、そんなら、どうしてあんなにたくさんー。」
大工さんは、おみつさんが作ったわらぐつは、丈夫でいいわらぐつだからと、仕事場の仲間や近所の人の分まで、買ってくれたのでした。
「まあ、そりゃどうもー。だけど、あんな不格好なわらぐつでー。」
おみつさんが恐縮すると、大工さんは、急にまじめな顔になって言いました。
「おれは、わらぐつはこさえたことはないけれども、おれだって職人だから、仕事の良し悪しは分かるつもりだ。
いい仕事ってのは、見かけで決まるもんじゃない。
使う人の身になって、使いやすく、丈夫で長持ちするように作るのが、ほんとにいい仕事ってもんだ。
おれなんか、まだ若造だけど、今にきっと、そんな仕事の出来る、いい大工になりたいと思っているんだ。」
おみつさんはこっくりこっくりうなづきながら聞いていました。
自分といくらも年が違わないこの大工さんが、なんだかとても頼もしくて、偉い人のような気がしてきたのです。
それから、大工さんは、いきなりしゃがみこんで、おみつさんの顔を見つめながら言いました。
「なあ、おれのうちへ来てくんないか。
そして、いつまでもうちにいて、おれにわらぐつを作ってくんないかな。」
おみつさんは、ぽかんとして、大工さんの顔を見ました。
そして、しばらくして、それが、おみつさんにお嫁に来てくれということなんだと気がつくと、白い頬が、夕焼けのように赤くなりました。
それから若い大工さんは言いました。
「使う人の身になって、心をこめて作ったものには、神様が入っているのと同じこんだ。
それを作った人も、神様と同じだ。
おまんが来てくれたら、神様みたいに大事にするつもりだよ。」
おばあちゃんの話は終りました。
洗い物がすんだお母さんも、マサエと一緒にこたつで聞いています。
「ってね。どうだいいい話だろ。」
「ふうん。そいで、おみつさん、その大工さんのとこへお嫁にいったの」
「ああ、行ったともさ。」
「そいで、大工さん。おみつさんのことを、神様みたいに大事にした。」
「そうだねえ。神様とまではいかないようだったけれど、でも、とても優しくしてくれたよ。」
「ふうん。じゃ、おみつさん、幸せにくらしたんだね。」
「ああ、とっても幸せにくらしているよ。」
「くらしてる。じゃ、おみつさんて、まだ生きてるの。」
「生きてるともね。」
「へえ、どこに。」
おばあちゃんは、にこにこ笑っています。
お母さんもにこにこ笑っています。
「変なの、教えてくれたってー。」
お母さんが言いました。
「マサエ、おばあちゃんの名前、知ってるでしょ。」
「うん。おばあちゃんの名前は、山田ミツ。 -あっ。」
そうして、おばあちゃんは、押入れの中から、ほこりだらけのボール箱に入った、あるものを見せてくれました。
それは、赤いつま皮のかかったきれいな雪げたなのでした。
「このうちへお嫁に来るとすぐ、おじいちゃんが買ってくれたんだよ。
だけど、あんまりうれしくて、もったいなくてね。
なかなか履く気になれなかった。
そのうちにそのうちにと思っているうちに、年をとってしまってね。
とうとうそれっきり履かずじまいさ。」
「ふうん。だけど、おじいちゃんがおばあちゃんのために、せっせと働いて買ってくれたんだから、この雪げたの中にも、神様がいるかもしれないね。」
「ああ、きっといなさるだろうね。
だから、履けなくなっても、こうして大事にしまっておくんだよ。」
そのとき、玄関のたたきで、カッカッと雪げたの雪をはらく音がしました。
お風呂に行っていた、おじいさんが帰ってきたのです。
「おかえんなさあい。」
マサエは、赤いつま皮の雪げたをかかえたまま、玄関に飛び出していきました。
国語
⑤下 大地
光村図書
杉みき子
「わらぐつの中の神様」
ある雪国での冬の夜のお話です。
マサエは、明日学校で使うスキーの靴を乾かしています。
その日も夕方までスキーをしていたので、なかなか乾きません。
見かねたおばあちゃんが、マサエに言います。
「かわかんかったら、わらぐつはいていきない。」
「やだあ、わらぐつなんて、みっだぐない。」
マサエは反発しますが、おばあちゃんは、また言いました。
「わらぐつは、あったかいし、軽いし、すべらんし。それに、わらぐつの中には神様がいなさるでね。」
「神様だって?そんなの迷信でしょ、おばあちゃん。」
「なにが迷信なもんかね。正真正銘ほんとのはなしだよ。」
おばあちゃんはまじめな顔になって、眼鏡をはずしました。
こたつに入りながら、おばあちゃんの話が始まりました。
━昔、この村の近くに、おみつさんという娘が住んでいました。おみつさんは特別器量よしというわけではありませんでしたが、体がじょうぶで、気立てがやさしくて、いつも朗らかによく働いたので、村の人から好かれていました。
ある秋の日です。町の朝市に野菜を売りに行ったおみつさんは、げた屋さんの店先でかわいらしい雪げたを見かけます。
ぱっと明るいオレンジ色の鼻緒。上品な、くすんだ赤い色のつま皮は、黒いふっさりとした毛皮の縁取りで飾られています。
おみつさんは、その雪げたが欲しくてたまらなくなりました。
しかしとてもおみつさんの小遣いで買える値段ではありません。
朝市でもあの雪げたのことが、おみつさんの頭をはなれません。
いつもは余計なものなど欲しいと思ったことがないおみつさんなのに、どうしたことか、この雪げたばかりは、なんとしてもあきらめきれないのです。
市の帰りに見たときも、赤いつま皮の雪げたは、お店の朝と同じところに並んでいます。
「ねえ、私を買ってください。あんたが買ってくれたらうれいな。」
おみつさんには、雪げたがそう呼びかけているように思われました。
うちに帰ったおみつさんは、思い切って両親に頼んでみます。
「そんなぜいたのなもん、わざわざ買うことはねえだろう。」
と相手にしてもらえません。
小さい兄弟がいるおみつさんの家庭は、暮らしがたいへんで、買ってもらえないのも無理はないのでした。
「そうだ、自分で働いてお金を作ろう。そしてあの雪げたを買おう。」
おみつはそう考えました。
おみつさんのお父さんは、わらぐつを作るのが上手でした。
おみつさんもいつも見ているので、作り方は分かります。
おみつさんは、早速、毎晩、家の仕事をすませてから、わらぐつ作りを始めました。
自分でやってみると、なかなか思うようにはいきません。
でもおみつさんは、すこしぐらい格好が悪くても、履く人が履きやすいように、あったかいように、少しでも長持ちするようにと、心を込めて、しっかりしっかり、わらを編んでいきました。
さてやっと一足作り上げてみましたが、左右大きさも違うし、いかにも不恰好です。
その代わり、上からつま先まで、隙間なく、きっちり編みこまれていて、丈夫なことはこの上なしです。
「そんなおかしなわらぐつ、売れるかいなあ。」
うちの人からは笑われましたが、おみつさんは朝市に野菜とわらぐつを持って元気よく出かけて行きました。
げた屋さんの前を通ると、あの雪げたは、まだちゃんとそこにありました。
その雪げたが、ほんのちょっぴり自分の手の届くところへ出てきたような気がして、おみつさんは楽しくなりました。
ところが朝市では不細工なわらぐつは売れません。
「それはわらぐつかね。おれはまた、わらまんじゅうかと思った。」
と悪口を言うお客もいました。
「やっぱり、わたしが作ったんじゃ、だめなのかなあ。」
お昼近く、おみつさんはあきらめて帰ろうとしていると、
若い大工さんから声をかけられました。
「あねちゃ、そのわらぐつ、見せてくんない。」
「あんまり、みっともよくねえでー。」
おみつさんは、きまりが悪くなって、おずおずとわらぐつを差し出します。
若い大工さんは、わらぐつを手に取り、しばらく眺めてから、おみつさんの顔をまじまじと見つめました。
「このわらぐつ、おまんが作んなったのかね。」
「はあ、初めて作ったもんで、うまくできねかったけどー。」
「ふうん。よし、もらっとこう。いくらだね。」
おみつさんは初めてわらぐつが売れたので、うれしくてうれしくて、若い大工さんを拝みたいような気がしました。
そして次の朝市まで、またひとつわらぐつを編み上げました。
前のよりは、いくらか形よくできました。
「今度もうまく売れるといいけどー。」
次の朝市。
今度は余り待たないうちに声をかけられました。
「そのわらぐつくんない。」
顔をあげると、それはこの間もわらぐつを買ってくれた、あの若い大工さんなのでした。
その次の市にも、またあの若い大工さんが来て、わらぐつを買ってくれました。
その次も、またその次も。
おみつさんは、どうしてこんなに続けて買ってくれるのか不思議で、とうとうある日、思い切ってたずねてみました。
「あのう、いつも買ってもらって、ほんとにありがたいんだけど、あのおらの作ったわらぐつ、もしかしたら、すぐ痛んだりして、それでしょっちゅう買ってくんなるんじゃないんですか。そんなんだったら、おら、申し訳なくてー。」
すると大工さんはにっこりして答えました。
「いやあ、とんでもねえ。おまんのわらぐつは、とてもじょうぶだよ。」
「そうですかあ。よかった。でも、そんなら、どうしてあんなにたくさんー。」
大工さんは、おみつさんが作ったわらぐつは、丈夫でいいわらぐつだからと、仕事場の仲間や近所の人の分まで、買ってくれたのでした。
「まあ、そりゃどうもー。だけど、あんな不格好なわらぐつでー。」
おみつさんが恐縮すると、大工さんは、急にまじめな顔になって言いました。
「おれは、わらぐつはこさえたことはないけれども、おれだって職人だから、仕事の良し悪しは分かるつもりだ。
いい仕事ってのは、見かけで決まるもんじゃない。
使う人の身になって、使いやすく、丈夫で長持ちするように作るのが、ほんとにいい仕事ってもんだ。
おれなんか、まだ若造だけど、今にきっと、そんな仕事の出来る、いい大工になりたいと思っているんだ。」
おみつさんはこっくりこっくりうなづきながら聞いていました。
自分といくらも年が違わないこの大工さんが、なんだかとても頼もしくて、偉い人のような気がしてきたのです。
それから、大工さんは、いきなりしゃがみこんで、おみつさんの顔を見つめながら言いました。
「なあ、おれのうちへ来てくんないか。
そして、いつまでもうちにいて、おれにわらぐつを作ってくんないかな。」
おみつさんは、ぽかんとして、大工さんの顔を見ました。
そして、しばらくして、それが、おみつさんにお嫁に来てくれということなんだと気がつくと、白い頬が、夕焼けのように赤くなりました。
それから若い大工さんは言いました。
「使う人の身になって、心をこめて作ったものには、神様が入っているのと同じこんだ。
それを作った人も、神様と同じだ。
おまんが来てくれたら、神様みたいに大事にするつもりだよ。」
おばあちゃんの話は終りました。
洗い物がすんだお母さんも、マサエと一緒にこたつで聞いています。
「ってね。どうだいいい話だろ。」
「ふうん。そいで、おみつさん、その大工さんのとこへお嫁にいったの」
「ああ、行ったともさ。」
「そいで、大工さん。おみつさんのことを、神様みたいに大事にした。」
「そうだねえ。神様とまではいかないようだったけれど、でも、とても優しくしてくれたよ。」
「ふうん。じゃ、おみつさん、幸せにくらしたんだね。」
「ああ、とっても幸せにくらしているよ。」
「くらしてる。じゃ、おみつさんて、まだ生きてるの。」
「生きてるともね。」
「へえ、どこに。」
おばあちゃんは、にこにこ笑っています。
お母さんもにこにこ笑っています。
「変なの、教えてくれたってー。」
お母さんが言いました。
「マサエ、おばあちゃんの名前、知ってるでしょ。」
「うん。おばあちゃんの名前は、山田ミツ。 -あっ。」
そうして、おばあちゃんは、押入れの中から、ほこりだらけのボール箱に入った、あるものを見せてくれました。
それは、赤いつま皮のかかったきれいな雪げたなのでした。
「このうちへお嫁に来るとすぐ、おじいちゃんが買ってくれたんだよ。
だけど、あんまりうれしくて、もったいなくてね。
なかなか履く気になれなかった。
そのうちにそのうちにと思っているうちに、年をとってしまってね。
とうとうそれっきり履かずじまいさ。」
「ふうん。だけど、おじいちゃんがおばあちゃんのために、せっせと働いて買ってくれたんだから、この雪げたの中にも、神様がいるかもしれないね。」
「ああ、きっといなさるだろうね。
だから、履けなくなっても、こうして大事にしまっておくんだよ。」
そのとき、玄関のたたきで、カッカッと雪げたの雪をはらく音がしました。
お風呂に行っていた、おじいさんが帰ってきたのです。
「おかえんなさあい。」
マサエは、赤いつま皮の雪げたをかかえたまま、玄関に飛び出していきました。
国語
⑤下 大地
光村図書
子どもたちがしらないのがもったいないぜひ紹介します
おかげさまで、久しぶりに「わらぐつの中の神様」を読んでみました。
心温まるとてもいいお話ですよね。