農村ライフ 日々是好日

山形・庄内平野でお米を作る太ももの会広報部長の農村日記

2時間でまわる伊勢神宮 外宮編

2018-01-21 20:36:43 | 
念願かなって伊勢神宮を参拝してきました。

ただし出張の日程に無理して繰り込んだため、
外宮と内宮を参拝してまわれる時間は正味2時間。

そこで元旦にNHKのテレビで放映していた
「究極ガイドTV 2時間でまわる伊勢神宮」
を大いに参考にさせていただきました。

伊勢を訪れたのは1月16日のおおよそ午前8時から10時の時間帯。
朝早かったのでまだ混雑もなくゆったりと境内を歩くことができました。

伊勢神宮の正式名称は「神宮」。
大小125の寺社から成り立っています。

その中でも有名なのが天照大御神を祀る内宮(ないくう)と、
豊受大御神を祀る外宮(外宮)です。


近鉄とJRが並ぶ伊勢市駅から歩き始めます。


駅からまっすぐ500mほど参道を歩くと外宮です。






一般の民家からの延焼を防いだ「火除橋」を渡って境内に入ります。


本来は海などに入って体を清める禊(みそぎ)を
簡単にしたのが手洗水なのだそうです。


境内に入ってすぐ右手にあるのが「清盛楠(きよもりぐす)」。
平清盛が参拝したときこの木の枝に冠がぶつかったため、
怒った清盛が枝を切らせたという逸話があります。


玉砂利を踏みしめて鳥居をくぐります。
なお外宮は基本左側通行。
真ん中は神様の通り道なのだそうです。






この木もりっぱな神様。
「四至神(みやのめぐりのかみ)」。
外宮の四方を守っている神様なのだそうです。


豊受大神宮の正宮をお参りします。
鳥居の中は撮影禁止。

豊受大御神は衣食住や産業を司る神様で、
天照大御神が祀られてから2千年のち、
時の雄略天皇に夢でお告げしました。

「ひとりでは食事の支度もままならない」

そこで雄略天皇は天照大御神の食事のお世話をするために
丹波から迎えたのが豊受大御神だというわけです。


正宮に隣接する一見空き地に見えるのが「古殿地(こでんち)」。

かつて正宮があった跡地です。
20年に一度行われる神様のお引越し「式年遷宮(しきねんせんぐう)」で
5年前空き地になりました。

式年遷宮は1300年間続けられてきた儀式で、
唯一神明造のお社がヒノキだけで一から造り直されます。

20年ごとに新築されるのは、
神明造のお社が雨や風で傷みやすいだけではなく、
神様の若々しさを保つためとも言われています。

中央奥の小さな社の中には、前の神殿の御柱が保存されています。
形や役割はトップシークレットなのだそうです。






亀石を渡った先にあるのが・・・


別宮「土宮(つちのみや)」。
大土万御祖神という土地の守り神で、古くから信仰を集めています。


別宮「風宮(かぜのみや)」。
風と雨をつかさどる神様で、元寇のとき神風を吹かせました。


さらに石段を上った先が・・・


別宮「多賀宮(たかのみや)」。
ここは豊受大御神の荒御魂を祀っています。

神様には穏やかな性格の「和魂(にぎたま)」と、
元気でエネルギッシュな「荒魂(あらたま)」という2つの顔があります。

荒魂には人を積極的に助けたり怒ったりするイメージがあって、
「願いをかなえてくれる」という考え方から、
別に祀られて大切にされています。

豊受の荒魂を祀る「多賀宮」には正宮よりも熱心に通う人がいるそうです。


2人の神様がそろって食事をなさるのが奥に見える「神饌殿」。


その食事を作るのがここ「忌火屋殿(いみびやでん)」。
1日に2回、毎日食事が作られて「神饌殿」に運ばれます。


比較的静かな裏参道。

しかし江戸時代は宇治川から近いため、現在の表参道よりがぜん賑わっていました。

江戸時代のお伊勢参りの人気はたいしたもので参拝者は年間300万人。
当時の人々の10人に1人は参拝に訪れたことになります。

一生に一度はお伊勢参りはまさに庶民の夢だったのです。

(以下内宮編に続きます)











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