2022 備忘録

思いついたことを書き残す。

2月終わる。

2017年02月28日 | ひとりごと

あっという間の一ヶ月。極寒からいよいよ春に。やはり過ごしやすい季節に向かうのは嬉しい。
仕事は平穏に着々と。

自己中心主義が最近の潮流のようだ。アメリカはじめ「ファースト」なる語彙をつなげて「自己中」を宣言している。「自己中」は他人が「自己中」であることに寛容ではない。だから争いごとが絶えない。
「理想」のためではなく「利益」のために動いているようにも見える。理想があってその実現のために一歩一歩どう進むかが大切だ。

地方に暮らすと世界の動きとは違う時間が流れている。時間をただ消費するだけではなくよく考えよう。臆病者にはなかなか重たい宿題だ。

休日は自分で決める。

2017年02月27日 | ひとりごと

プレミアムフライデーとかが話題になっている。一方金曜日、仕事帰りの人の行先で働いている人達がいる。思いつきで就業時間短縮などそう簡単にできるものではないのだ。また人生では不眠不休で仕事を覚えなくてはならない時期と、体を労りながら仕事を続けなくてはいけない時期もある。法律で規制する話でもない。ただし人の弱みに付け込み不当労働行為をする輩がいるのも事実。とにかく賢く生きなければ。



こちらは日月休み。土曜日は仕事の打ち合わせが多く入る日。休日は自分で決める。官製主導の休日はなじまない。
今日は結局仕事の対応が混ざり休日の感じがあまりない。とはいえ強くなってきた日差しを浴びに少々外出。ちょっとのんびりもした。

前橋の美術1970

2017年02月26日 | ひとりごと

銀座通りにかつて「東電サービスセンター」があった。いまも空きビルのまま建っている。
1階が電気器具関係のショールームや東電の広報。2階が貸し画廊になっていた。高校に入って美術部に所属した。用務員室に行ってリヤカーを借り、作品を積んで街中を引いて搬入した。「高美展」という市内の高校の美術部合同の展覧会も開いた。当時は明治生命ビルや鈴木ストアー、福田屋画廊などでも展覧会を開いた。
卒業設計展の真似事のようなこともやった。設計事務所に勤めていた先輩からロットリングの製図ペンを借り受け初めて作品にした。
社会人になっても「小見辰男」先生のアトリエに通っていた頃の発表会としてもお借りた記憶がある。



めったに立ち入らない「アーツ前橋」。「前橋の美術2017」という展覧会があったので覗いてみる。ロビーでは三名の知人に会う。地元にちなむ展覧会の予感。
前橋にちなむ作家の展示ということで目録を読むとかつての居酒屋「きさく」隣り合わせで飲んだことのある5名の作家の名前もある。
同年輩以上であるから出展者の中でも高齢の方であろう。長く活躍されてきた人たちだ。

絵は自分で描くものと思い込んでいるので美術鑑賞というのはあまり縁がないのでよくわからない。ただ熱を感じる作品が少ないのが気になるところ。繊細ではあるが何か弱々しい・・・作品が多いのが気になった。



もともとこの建物は「西武系」の物販店舗だった。1960~70年代、「麻屋」「前三百貨店」「スズラン百貨店」「前橋西武」「ニチイ」「マルイ」「十字屋」「長崎屋」、等が中心市街地に軒を連ねたものだが今は「スズラン百貨店」のみとなってしまった。自然、人も集まらない。

空き店舗を有効活用しようということと中心市街地に美術館に建てようとすること自体悪い話ではない。巨大なパンチングメタル装飾で建物を隠すという手法で生まれ変わった。猥雑な街の入り口に対峙するようにそびえる。もっとも現市長は市長選出馬のときは反対していたようだが。高崎と比べても意味のないことではあるが圧倒的に美術分野への関心は低い街である。

45年前当時、前橋では「深谷徹」「清水刀根」「南條一夫」「近藤嘉男」「川隅路之助」「狩野守」等々の作家が活躍していた。これらの作家の名前や作品を覚えている人も少なくなった。残念ながら歴史の流れにほんの一握りの作家を除いて地域レベルの作家は埋没してしまう。その名前が美術史に残る残らないなどさほど大きな意味を持たないのかもしれない。同じ時代を生きた人の共感を得られれば良いのだろうか。

清遊

2017年02月26日 | ひとりごと

風流とまでは行かないが週末、粕川の先輩と飲む。いつもはご自宅で手料理をごちそうになっているのだが、前橋に来たついでに坂下に降りる。
最近できた「The Test kitchen M」に案内する。さいわい口に合う食材があったようで長居しながら料理の話、カメラの話、そして建築の話をした。

それぞれ老人の段階の節目の65歳、70歳。話すことがたっぷり溜まっている。

節目

2017年02月24日 | ひとりごと

高崎の現場の行政完了検査が終わり、引き渡しまであと僅か。3年に渡った仕事の目処が見えてきた。
帰り道、榛名に沈む夕日が冬空に映えるのを見る。いつ見てもきれいな故郷の山の夕景。



事務所に戻るとまた次の仕事の準備。また新しい仕事が始まる。



久しぶりに「余市」を飲む。懐かしい力強い味わい。仕事へのこだわりを忘れたくない。

卒業

2017年02月23日 | ひとりごと

JIAでは学生作品コンクールを主催しているが今日は「第20回JIA群馬クラブ 学生卒業設計コンクール2017」の一次審査会に参加。JIA群馬地域会会員7名による合同審査だ。
群馬県内には前橋工科大学しか無いが、6月に開かれる全国作品展への群馬予選でもある。



卒業設計は建築設計の世界に進むものの通過儀礼のように存在してきた。が大学院に進学する学生が多くなってきて社会へ出る前の最後の作品という意味合いは薄くなってきたとは言うものの4年間の修業の成果であることには違いがない。このコンクールが始まった20年前とは表現に雲泥の肌ある。今年も楽しい、立派な作品にいくつも出会うことが出来た。

3月26日には北関東甲信越エリアの在校生の課題設計コンクールと合わせて公開本審査が行われる。今年の審査委員長には「藤村龍至」氏をお招きして開催される。
会場は「前橋工科大学」キャンパス。ぜひお出かけください。

2017年02月22日 | ひとりごと

春に向かって木々の蕾も大分膨らんできた。もうじき開花か。
昼休みの散歩コース、お目当ての花がいくつかある。庭園木だからそうジロジロ覗くわけにもいかないが開花が楽しみ。
一年は一月から始まるとは言え生命を吹き替えしたような春の芽吹き、開花が一年の始まりのようにも思える。

日本では新年度は4月。的を得ているように思える。3月15日に現法人の前身である「米田設計」を1991年に立ち上げてからまる26年が過ぎようとしている。
長かったようで短い時間。納得できる人生かどうかの総括はまだできる状況にはないがまず大過なく過ごせた。
これから先はまだ見当もつかない。元気な両親の世話、自分自身の老の引取り、まだまだ未経験なことが待ち受けている。

日々時間を大切にというより他はない。

仕事の一週間が始まった。

2017年02月21日 | ひとりごと

可も不可もない一日が終わろうとしている。「ユーシカフェ」の36コーヒーを淹れてホッと一息。
昼間ほぼPCとにらめっこ。GSに給油と洗車でちょっと外出。合同庁舎の売店で「よもぎ入りの豆大福」をおやつに買う。よもぎがもうすぐ川の土手に出てくるのかな。
夜は自室でよせばよいのにまたまたPCで画像整理。コピーの繰り返しでファイル名がぐちゃぐちゃなのでリネームソフトでスッキリ。
もっとも数が多すぎて検索に手間取ることには変わりない。何か良い方法はないものか。

大室公園

2017年02月19日 | ひとりごと

今日はほぼ快晴。そしてこの時期特有のからっ風も吹き始めた。
赤城山はどこからも見えるが邪魔なものも一緒に写り、なかなか撮影場所がない。はじめて大室公園に行く。古墳マニアであれば興奮すること間違い無しといったところだが今日は目的は赤城山。前橋市街とはちょっと違った一面を見せる。火山活動が長期に渡ったため山容は複雑を極める。



この公園は広大な敷地に古墳や移築された民家などが点在している。雑然と統一感のないデザインの施設群が残念なところ。そして園内に飲食サービスの施設がない。市街地中心部から車で30分余り。来園者目線に立った施策が欲しい。ともあれ冬晴れの静かな園路を散策するひとときを楽しんだ。



赤城山はくっきり、しかし浅間山は少し霞む。春の兆しだ。防寒着で厳重に支度をしていったら園内を一周する頃には汗ばむ。



五料沼はキラキラ輝いている。水鳥の姿もちらほら。



公園内の紅梅はもう終わり間近だが白梅は大きな花を咲かせている。



最近勢いが悪いといわれる(ひげおやじさんのブログ)「オオイヌノフグリ」は健在。しかし「ホトケノザ」もやはりしっかりはびこってる。



街に戻って「ヤギカフェ」で一休み。「デライトバイクカンパニー」に自転車のパーツを受け取りに寄り、上電を撮してほぼ一日終わり。趣味の一日となった。



線路内にはもちろん立ち入らない。望遠レンズの威力。


夕焼け、そして「ヨーソロー」

2017年02月19日 | ひとりごと

いよいよ日が長くなった。今日は夕焼け。最も夜には風花が舞い、寒さもしっかり残る。



TVドラマに「ヨーソロウ」というジャズ喫茶が出てくる。港町神戸らしく海員用語で「直進」のことを差すらしい。
海自では転舵のあとの方向の確認として「了解」の意味で発声するとか。
海から離れた群馬ではあまり縁のない言葉だ。

叔父が横須賀海兵団で上海事変の際、市街戦で戦死されている。重巡「高雄」や空母「赤城」にも乗艦し「南雲忠一」中将の従兵を努めたこともあるとか。
そこで父親は海軍用語が好きだ。「甘太郎焼」を食べに行くときは須藤写真館の前を「取り舵一杯」といって坂下に降りたものだ。
「ヨーソロー」ちょっと懐かしい言葉だ。

薄日差す

2017年02月17日 | ひとりごと

日中はポカポカ、夕方から強風。「春の嵐」の予感。



木々の芽がだいぶ膨らんでした。昼休みにカメラを持って定点観測。白木蓮と山茱萸、四季咲きのド根性薔薇。
春が近い。



仕事は一段落。久しぶりにみっちり書き込む。というより一軒分そっくり図面のまとめ。
普段スタッフ任せにしていたツケが回ってどうも要領よくいかない。そもそも自分で考えて構築してきた作図システムも所員がそれぞれ推敲して更に良くなっている部分と、まだまだ気がついてくれない部分とよくわかった。図面チェックも自分の書いた図面となるとつい甘くなる。これも反省。



レンズフード

2017年02月16日 | ひとりごと

レンズフードをがさばるのであまり使わないできたが最近手に入れた古いレンズが逆光時に映りがどうもよろしくない。
合いそうなレンズフードを探して付けてみる。若干画面が暗くなるようだがしまった画面になったようだ。
なかなか面倒なものだ。フードの先端には赤い線が入っていてちょっとCANON風になってしまった。

仕事は久しぶりに外出せず内勤。まだまだ描ける。

日が長くなった。

2017年02月16日 | ひとりごと

2月も下旬に差し掛かった。夕方5時でも明るい。
高崎の現場も佳境に入った。全容がほぼ分かるようになり、月末の引き渡しまで急ピッチの仕事が続く。
打ち合わせで度々夜遅くなる。結構疲れる。まだ疲れるだけの仕事がある。ありがたい。

なんということのない一日

2017年02月14日 | ひとりごと

週の始まり、ばたばたと。なんということもなく一日終わる。
歯の定期検診。このよう習慣は最近のこと。ご縁あって「前橋宮久保歯科」で歯の具合を診ていただくようになって以来。
残念ながら失った歯が一本あり、残りも大分ガタが来ている。噛みしめる力が強すぎて顎の形も変形しているとか。

そう、歯を食いしばって生きてきたのだよ。
大阪万博の見学旅行の集合写真が出てきた。現群馬県建築士事務所協会、当時の群馬設計協会の旅行だった。
ちょっと過去を振り返る

とにかく自前の歯を大事にしなくては。
朝血圧を測ったらここのところちょっとまた高い。仕事のことなど考えず朝寝坊すると下がる。そんなものだろう。