鬼平や竹鶴~私のお気に入り~

60代前半のオヤジがお気に入りを書いています。

お気に入りその1432~移植医たち

2017-10-23 12:10:58 | 鬼平・竹鶴以外のお気に入り
今回のお気に入りは、「移植医たち」です。

初めて谷村志穂の作品を読んだのは「大沼ワルツ」。
北海道の三兄弟と四国の三姉妹が結婚するという嘘のような本当の話を描いた素敵な作品です。
舞台になったユースホステルは、学生時代に部活で利用したことがあったため、親近感を抱きつつ読みました。
近いうちに著者の他の作品を読んでみようと思っていました。
以前、新聞広告で「移植医たち」を見かけ、次はこれ、と決めていたところ、妻から近所の書店で著者のサイン会があると聞かされ、ちょうど良い機会なので行ってきました。
そのとき著者から大沼のユースホステルはまだ建物が残っていますよ、と教えていただき、改めて懐かしさがこみ上げたものです。

臓器移植については以前から興味があり、これまで渡辺淳一の「ダブル・ハート」「白い宴」、吉村昭「神々の沈黙」を読みました。
渡辺・吉村らはこの手のものを多く手掛けている作家ですが、谷村志穂ってこういうのを書く人ではないのでは?
と疑問があり、調べてみると、彼女は北海道大学農学部応用動物学科出身の立派なリケジョであることを知りました。
それなら安心と勝手に決めつけて読み始めました。

AMAZONの内容紹介を引用します。
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情熱、野心、そして愛――すべてを賭けて、命をつなげ。
先端医療に挑む医師たちの闘い!
1985年、当時は「人体実験」とさえ呼ばれた臓器移植。
最先端の医術を学ぶために渡米した三人の日本人医師を待ち受けていたのは、努力も夢も報われないシビアな命の現場だった。
苦悩し、葛藤しながらも、やがて日本初の移植専門外来を設立する彼らを支えた想いとは……。
命と向き合い、不可能に挑戦し続ける医師たちを描く感動作。
=====
情熱、野心、そして愛―すべてを賭けて、命をつなげ。
1985年、まだ実験的段階にあった臓器移植。
最先端の医療を学ぶため渡米した3人の日本人医師を待ち受けていたのは、血の滲むような努力も崇高な理想をも打ち砕く、シビアな命の現場だった。
苦悩し、葛藤しながらも、やがて彼らは日本初となる移植専門外科を立ち上げるが…。
命を救うための最終手段である臓器移植。
限界に挑む医師たちを支える想いとは。
命と向き合い、生きていくことの意味を問う傑作長編。
=====

臓器移植の現場の過酷さは読んでいて辛かったです。
いつドナーが見つかるか判らない、という緊張感。
呼び出しがあればどこへでも駆けつけ、新鮮な臓器を丁寧に摘出し、急ぎ戻っては待ち受ける患者への緊急オペ。
それを一人の医師が連続して行うなんて無茶苦茶です。
たとえ手術が無事に終わっても、今度は拒否反応との長い闘いが待っています。
気が休まる暇などありません。
移植技術、移植医の数、拒否反応をおさえる薬、そのすべてが発展途上の時代。
移植医たちは精神と体力の限界の中、闘い続けます。
永遠に続くと思われる苦闘の中、状況はわずかずつ前進していきます。
人が育ち、新薬が開発されていきます。
彼らの苦労が少しずつ実を結び、救える患者が増えていきます。
読者が、医師たちの辛い現実を追体験しながらも本書を読み続けることができるのは、未来に希望が見えるからでしょう。

また患者の側に視点を移して描かれた現実も胸を打ちます。
患者たちはみな、移植を受けなければ命を失う末期症状。
患者と家族は、移植医たちとともに生存への最後の闘いに臨みます。
患者が亡くなる度に打ちひしがれる医師たち。
それでも医師たちが再び立ち上がり闘いに臨むことができるのは、一緒に闘う患者たちのおかげでもあるのことを知りました。
ある時は亡くなった患者が臓器提供の申し出を遺したことを知り、医師は涙します。
またある時はヒトの肝臓を移植できない男性がヒヒの肝臓の移植を望みます。
彼は、例え自分が助からなくても次につなげて欲しいと明言して手術に臨み、亡くなっていきます。
恋人を移植後に亡くした女性は、移植ネットワークの立ち上げを目指します。
このように移植を受けた患者とその家族は、移植医と共に闘う、まるで同志。
彼らが心を一つにしてくれたからこそ移植医たちは頑張れたのでしょう。

そして舞台は日本へ。
脳死を人の死として受け入れることが定着していない日本では、手術以前の問題が山積しています。
移植医たちは、一人でも多くの命を救うため、諸々のタブーに挑戦し、移植医療の定着を目指します。

あっという間に読み終えました。
著者には申し訳ありませんが、サインをいただいた時にはこれほどの作品だと思っていませんでした。
本書には移植医療を前進させる力があります。
正面から人命に向き合う移植医たちと彼らを支える患者や家族、その素敵な関係にシビレました。
そして例え脳死状態とはいえ温かい体から健康な臓器を取り外すときの医師の心の内、手術中に手の施しようのない事態に直面した時の医師の心の内。
プロとして自分を律して立ち向かう彼らに尊敬の念を抱かずにいられません。
それらが見事に描かれていました。
主人公たちの胸の内を実に丁寧に描きつつ、大きなテーマを描き切る。
小説の醍醐味を満喫できる名作です。

私は免許証の裏に脳死による臓器提供を望むと記載しています。
移植医たちの同志になったようで誇らしいです。
万一の時は、命の失われたこの体で何人もの人が救われることを願います。

コメント
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