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ずっとあなたを愛してる

2010年02月03日 | 洋画(10年)
 『ずっとあなたを愛してる』を、吉祥寺のバウスシアターで見ました。

 この映画は、銀座テアトルシネマで昨年末から上映されていてなかなか評判がいいと聞いていたので、そのうちになんとかと思っていたところ、先週より近くの吉祥寺でも公開されていることが分かり、そんなことならと出かけてきた次第です。

 期待に違わず素晴らしい作品で、心から感動しました。

 実は、見る前は評判がいいという情報以外には何の予備知識を持っておらず、題名からだけでは(注)、この映画は、専ら男女の関係を巡る物語に違いないと思い込んでいました。
 ちょうど、太田治子氏の『明るい方へ―父・太宰治と母・太田静子』を読んだばかりで〔1月24日の記事のロでも触れましたが〕、その中に「太田静子の手紙から、太宰は今も自分が初枝さん(内縁の妻)を愛していたことにしかと気付いた。ずっと愛していたのだと思うと、彼女に抱いていた罪の意識はいくらか和らいでいくように思われた」(P.86)などと書かれていることも影響したのでしょう。

 ですが、この作品は、むしろ家族愛を巡って展開されています。特に、主人公の女性が、なぜ犯罪を犯してしまったのか、15年もの長期にわたる刑務所生活の後、妹夫婦の家で一緒に生活することになりますが、果たしてうまくいくのか、認知症の母親とこの姉妹との関係はどうなるのか、など、さまざまな次元での家族の物語が相互に絡み合いながら進行していきます。

 言うまでもなく挙げようと思えば問題点はいくつもあるでしょう。例えば、
・日本だったら、犯罪人の親族というだけで、妹は周囲から冷たい目で見られるでしょうから、どんなに姉のことを思っていても、この映画のようにサポートし続けることはできないのではないか。
・姉は犯罪者だとしても、知識水準の高い研究者だったようで、加えて美貌でもあるから、出所後かなり恵まれたポストを手に入れることができるのではないか。
・妹は、姉が入所中はほとんど接触しなかったにもかかわらず、出所間際になって姉と接触して、その後もサポートし続けるのはどうしてなのか、余りうまく描かれていないのではないか。
・妹の同僚の教授で、奥さんを亡くしてもいるミッシェルが、以前刑務所に週3回通って講義をしたことがあり、刑務所生活が長かった姉の気持ちをよく理解できることになっているところ、あまりにもご都合主義的な設定ではないか。

 ですがそんな点などは、この映画が与える感動に比べたらマッタク些細なことです。

 映画は、非常に厳しい設定の下で展開していきますから、なにか劇的な盛上がりがあって、問題が一挙に解決すると期待されるところ、現実の世界同様、実に緩慢にしか物語は進行しません。
 例えば、出所後の姉の身に起こる事柄は、大体2度繰り返されます。就職先に関しては、1度目の中小企業では断られ、2度目の病院で採用されます。2週間おきに出頭する警察の担当者は、当初の警察官は途中で自殺してしまい、別の人に変わります、等々。
 ただ、このように物語の細部をジックリと描き出すことによって、この作品の奥行きやリアリティは増大し、観客は一時も目を離すことができなくなります。
 加えて主演のクリスティン・スコット・トーマスの演技には目を見晴らせるものがあって、様々のエピソードにおける振る舞いに対して「きっとそうだろうな」と共感してしまいます。

 さらに、この映画で特徴的だと思える点としては、回想シーンが設けられていないことではないかと思います。普通の映画であれば、主人公やその妹が小さい時分の両親との関係などが、回想シーンで辿られることでしょう。特に、主人公とその息子との関係は、様々に回想されるはずで、観客の涙を一層誘うのであれば、そういった場面をアチコチに挿入すれば良かったのではないかと一見したところ思ってしまいます。
 にもかかわらず、この作品では、安易な回想シーンに頼らずに、すべて現在時点で物語が描かれるのです。逆にそのことが、表面的ではない、より深い感動を観客にもたらすのではと思いました。

 それに、この映画は家族愛を巡る話のところ、現代的な視点も忘れてはいません。例えば、妹の二人の子供は、養子縁組でこの家族となった東洋人の子供なのです。いくらフランスがインドシナの旧宗主国だとはいえ、フランスの地方都市に住むフランス人家族が2人も東洋人を養子にもらう設定になっているとは、すごい時代になったものだと思いました〔妹の夫の友人も、イラン人の女性と結婚しています!〕。

 映画評論家も、総じてこの映画を高く評価しています。
 岡本太陽氏は、「塀の中に15年いるという事はどういう事だろう。本作では世界に取り残された中年女性を演じるクリスティン・スコット・トーマスが特に素晴らしい」などとして80点を与えています。
 また、渡まち子氏も、「心に抱いた悲しみを描く物語にふさわしい、抑制の効いた演出が光る佳作だ」として70点です。
 さらに、福本次郎氏も、「罪の意識と死の影にさいなまれながらも生き続ける道を選ぶ彼女を、クリスティン・スコット・トーマスが抑制の中にも鋭い悲しみを利かせて演じ、物語に深い奥行きをもたらしている」として70点を付けています。
 ただ、福本氏は、「胸の中の重荷を誰かと共有すれば少しは楽になれることも発見する。彼女がミシェルの呼びかけに元気に応えるという未来への希望に満ちたラストに、救われた思いだった」と述べているところ、福本氏には珍しく楽観的すぎる論評ではないか、と思いました。
 どんなに親身になってくれる男性が現れても、姉は、自ら犯した犯罪にやはり一生苛まれるのではないでしょうか?裁判においても一切釈明せずにいて、また15年間の刑務所暮らしの中でもそのことばかり考え続けてきたらしいのに、妹に真実を話しただけで別の方向に向かって生き続けられるとは思えないところです〔むろん、光明がなくなったわけではないでしょうが〕。


(注)原題の「Il y a longtemps que je t'aime」は、英語なら「A long time ago that I like you」でしょうから、邦題は原題を素直に翻訳したものとなっています。


★★★★★

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