映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

ボローニャの夕暮れ

2010年07月22日 | 洋画(10年)
 ロマンティックなタイトルについ惹かれて、『ボローニャの夕暮れ』を渋谷のユーロスペースで見てきました。

(1)タイトルから、この映画はイタリアの古都を背景とする心温まるヒューマンドラマかなと思ってしまいました。なにしろ、「ボローニャ」といえばヨーロッパ最古の大学のある都市として有名ですから、日本で言えば京都嵯峨野あたりを舞台とするラブストーリー物に相当するに違いないと先入観をもってしまったわけです。
 ですが、実のところは、第2次大戦の末期のイタリアを舞台とするかなり深刻な作品でした。

 原題が「ジョヴァンナの父」というように、主役は、高校の美術の教師ミケーレ。
 彼には同じ高校に通う娘ジョヴァンナがいますが、なぜかいつも父親がそばに寄り添って、色々娘の面倒を見ようとします。
 そして、「もっと自信を持って接すれば、男の子とも仲良くなれる」などとポジティブに生活するよう説得します。
 それで娘の方も、イケメンで人気のある男の子と話をするようになり、それを見つけたミケーレは、ひそかにその生徒を呼びつけて、私の娘とうまく付き合ってくれたら成績評価の方もなんとかしよう、などと言い出す有様。

 とここまでは、まあ取り立てて言うべきことはないのですが(過保護が過ぎるとは言え)、突然、ジョヴァンナの親友である女子生徒が体育館で殺される事件が持ち上がり、アレヨアレヨという間にジョヴァンナが犯人となって、と話が急展開し、まさかこの映画で殺人事件が取り扱われるなんて、とアッケにとられてしまいます。

 こうした話の上に、イタリアにおけるファシスト党の躍進と凋落という歴史的社会状況が重ね合わされます。たとえば、ミケーレが住んでいるアパートの隣人で年来の親友の警察官セルジョが大のムッソリーニ支持派で、ジョヴァンナの事件においても様々にミケーレをサポートしてくれるものの、最後にはパルチザンにつかまって悲惨な運命に見舞われることになります〔こうした反体制の動きは、同じ枢軸国だったドイツや日本では全く目立ちませんでしたが、ファシズムを標榜する党が最初に誕生した国で反ファシスト派パルチザンが活躍したとはなかなか理解しがたいことです〕。

 予想とはだいぶストーリーが違ってしまったものの、まあこんなところであれば十分に受け入れ可能です。ですが、この映画でとても理解し難いのが母親デリアの行動なのです。

 父親ミケーレの風貌にはそぐわない美貌のデリアは、ジョヴァンナに酷く冷淡なところがあり、彼女が警察につかまって結局は精神病院送りになったところ、ミケーレの方は足しげく面会に行くものの、ジョヴァンナが母親と会うことを強く求めているにもかかわらず、なぜか一度も行こうとはしないのです。

 あるいは、ジョヴァンナに会うと、耐え難い真実を彼女が口にするかもしれないと恐れていたのでしょうか。というのも、病院の医師によれば、彼女がこうした精神状態に陥った原因は母親にあるようだからです。すなわち、母親が、ミケーレ以外の男性(具体的には、警察官のセルジョ)を好きになっていることをジョヴァンナがひそかに感じて、そういう錯乱状態になっているのでは、と医師は指摘します〔医師によるこの説明は理解不能ですが〕。

 そのことを医師から聞いてミケーレは納得し、自分はジョヴァンナの面倒を見ることに専念するから、セルジョ(妻を空襲で失って独り身になっていました)と一緒になった方がいいとデリアを説得すると、あろうことかデリアはそれを受け入れてしまうのです。
 そればかりか、終戦直後、セルジョがパルチザンにつかまって処刑されそうになっても、じっと見守るだけで彼を救出しようとはしません。
 加えて、しばらく経ってから、ミケーレと一緒に入った映画館でジョヴァンナ(そのころまでに、精神病院から解放されていました)がデリアを見つけ微笑みかけると、同行していた男性とは別れていともあっさりと元の鞘に収まってしまうのです。これはこれでハッピーエンドとはいえ、“エーッ!それでいいの”という感じになってしまいます。

 確かに、この映画の主人公は父親のミケーレかもしれないところ、母親のデリアの特異過ぎる行動が全篇を隅々まで支配しています。ですから、それを一般人にも納得いくように説明してもらわないと(あるいは理解できるように描いてもらわないと)、とてもこの映画を評価する気にはなれません〔イタリアでは大ヒットした映画とのことですから、おそらくクマネズミの理解力が劣っているがためにこの映画の良さが分からないのでしょう!〕。

(2)この作品では、母親デリアの行動とともに、ジョヴァンナの精神状態が中心的な位置づけを持っています。
 親友を殺してしまうという事件を引き起こしたジョヴァンナは、結局、精神障害によって責任能力なしと判定され、裁判では無罪を宣告されますが、代わりに精神病院への入院が義務付けられます。
 映画から受ける感じからは、一度てんかんの発作を引き起こしたり、思い込みが激しすぎるといったところが見受けられるものの、それほど酷い精神障害があるとは思えません。
 ですが、酷く汚れた精神病院に入れられると(注)、なぜか次第におかしなふるまいをするようになります。そこから受ける印象では、無理やり一定の枠組みの中に彼女を押さえつけようと病院側が対応したことや、もっと奇矯な振る舞いをする患者と一緒に隔離され彼らの影響を受けたのではないか、などと思えてしまいます。
 とはいえ、終戦直後には精神病院から解放され、父親との落ち着いた日常生活を取り戻していますから、病院でどういった治療を受けていたのか映画からはわかりませんが、かなりの程度治ってしまったのでしょう(7年余り入院していたことになります)。

 いったいこの精神病院は何なんだと気になっていたところ、次のようなネットの記事(2007年3月30日)に遭遇しました。同記事によれば、イタリアでは精神病院の大部分が公立のものであるところ、「3年ほど前に、ついに全土で公立精神病院が廃絶された」そうなのです!
 すなわち、「1960年代から精神病院の開放運動が始まったイタリアでは、78年に公立精神病院の廃止をきめる法律180号(運動の中心だった医師の名からバザーリア法とも呼ばれる)が成立しました。といっても、それですぐに全国で病院が閉鎖されたわけではなく、脱施設化と地域への開放は条件の整った町からすすめられていき、20数年かけてようやく完全に実施された」とのこと。
 非常に興味深い話なので、『精神病院を捨てたイタリア―捨てない日本』(大熊一夫著、岩波書店、2009.10)を読んでみようかと思っています(この本については、評論家の柄谷行人氏が読売新聞に書評を掲載しています)。


(注)なんだか『愛のむきだし』の後半において主人公ユウが隔離される精神病院に雰囲気がとてもよく似ている印象を受けました。そして、それらは、松尾スズキ監督の『クワイエットルームにようこそ』(2007年)で描かれている閉鎖病棟の明るく綺麗な様子とは正反対の感じです。ちなみに、後者の作品については、渡まち子氏が、「内田有紀が魅力的で、脇を固める個性的なキャラも豪華。拒食症の患者を演じた蒼井優が特に印象深い。精神病棟という密室空間にふさわしい狂騒に、舞台のような演出がさえまくる。寂しいのに前向きになれるラストが秀逸」と絶賛し85点をつけています。

(3)映画評論家はこの作品に対して、総じて好意的です。
 小梶勝男氏は、「いろんなことを考えさせるが、少しも難解な映画ではない。プーピ・アヴァーティ監督の演出は娯楽色豊かで、むしろエンタティンメントとしてよく出来ている。女子高生殺人事件をめぐるサスペンス、意外な犯人とその動機。娘や妻の性。戦争によって次第に壊されていく日常。それらがボロネーゼソースのように混じり合い、酸味も甘みも苦みも旨みも、様々に感じさせてくれる」として85点を与え、
 福本次郎氏も、「あらゆるものを犠牲にしても娘に無償の愛をそそぐ父親と、彼らから少し距離を置いている母親の姿が対照的だ。映画は第二次大戦をはさんだ激動の時代を生きぬいた親子を通じて、家族の絆とは何かを問う」として60点を与えています。

 小梶勝男氏は、哲学者ハイデッガーを持ち出しながらも「少しも難解な映画ではない」としていますが、どうして母親デリアの行動に疑問を持たないのでしょうか、ジョヴァンナの精神状態についてよく理解できるのでしょうか、不思議な感じがします。


★★☆☆☆



象のロケット:ボローニャの夕暮れ


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2 コメント

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Unknown (がっちゃん)
2010-08-12 15:35:15
はじめまして。
私はこの母親について、理解できるとは思わないけれど、女性としてその根底にある恐れのようなものを感じ取ることは出来ました。
男と違って女は自分の身体を犠牲にして子供を産みます。いわば分身・・・
で、その子が目に見える形ではないにせよ、なんらかの障害を抱えていると思ったとき、母親はまず自分を責めるのではないかと思います。
例えば、妊娠してタバコはやめたけれど、以前吸ってた影響ではないかとか、自分は喫煙しなかったけれど、タバコを吸う人の側にいったせいではないかしら?とか、食べ物、生活、聞いていた音楽、様々なことに影響を感じ、子供がそうなったのは自分のせいではないかと思う余り、受け入れがたくなのではないかと思うので。一種のネグレクトかもしれませんね。
その恐怖が娘を遠ざける原因になったのではないかと思いながら観てしまいました。
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Unknown (がっちゃん)
2010-08-23 13:58:27
引き続きの投稿ですいません。
ご紹介のあった、『精神病院を捨てたイタリア捨てない日本』を読みました。
私は、うーーーーん。な感想です。
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