映画的・絵画的・音楽的

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グランドフィナーレ

2016年04月29日 | 洋画(16年)
 『グランドフィナーレ』を渋谷ル・シネマで見ました。

(1)タイトルやポスターから面白そうな音楽映画かもしれないと思ったので、映画館に行ってきました。

 本作(注1)の冒頭は、スイスのホテル(注2)が舞台。ホテルの庭に設けられた回転する円形舞台の上で、女性歌手がバンドの演奏でポピュラーソング(注3)を歌っています。そのまわりでは、若者が踊っています。

 次いで、庭の長椅子に座っている映画監督のミックハーヴェイ・カイテル)の姿。

 さらに、別の場所で、2人の男が話しています。
 イギリス女王の特使と称する男(アレックス・マックイーン)が、「バリンジャーさん、休暇はいかがですか?」と尋ねると、もう一方の男(マイケル・ケイン)は「快適だ。以前はよく妻と来たが、今回は独りだ」と答えます。
 特使が、「なぜスイスに?今も指揮と作曲をされているんですか?」と尋ねると、バリンジャーは、「いいや、今は引退したよ」と答えます。
 特使がイギリス女王の話をすると、バリンジャーは、「君主が亡くなると、たった一人がいなくなるだけにもかかわらず、世界が変わる。結婚も同じだ」と応じます。
 そして特使が、「女王はあなたに勲章を授与されます。承諾していただけるのならば、女王もお喜びでしょう」、「フィリップ殿下の誕生日に授与式が行われますが、その際にあなたの「シンプル・ソング」をご自身の指揮で演奏していただきたい。女王の所望です」と言うと、バリンジャーは、「あの曲はやらない」と答えます。
 特使は、なおも「ソプラノのスミ・ジョー(注4)が歌いますが」と食い下がるものの、バリンジャーは「スミとはやらない。ふさわしい歌手はいない」とニベもありません。
 特使は、仕方なく「そのように伝えます。ごきげんよう」と言って立ち去ります。

 特使たちが出口に向かって歩いて行くと、プールがあり、水の中から男が上がってきます。
 非常に太った体をしており、背中にはマルクスのタトゥーが(注5)。

 他方、バリンジャーは、水浸しになっているヴェニスのサンマルコ広場にいて、水の上に敷かれた細長い板の上で女(注6)とすれ違ったと思ったら、水位が増してきて水の中に潜ってしまいます。



 彼が「メラニー!」と叫ぶと(注7)、目が覚めて椅子に座っています。

 こんな具合にバリンジャーはスイスのホテルで暮らしていますが、さあこれからどのように物語は展開するのでしょうか、………?

 タイトルやポスターなどから、本作は、以前見た『オーケストラ!』のような指揮者とオーケストラを巡る音楽映画なのではと推測していました。



 ですが、実際は大違い。冒頭でポップスが歌われる映画の大部分においては、引退した音楽家の主人公とその親友の映画監督とを巡るエピソードが描かれます。画面は様々に工夫を凝らしていて、一筋縄では捉えきれない感じが残るものの、80歳になる男の現在が、若者らとの対比の中で実に巧みに描かれていると思いました。

(2)それでも本作は、音楽映画ではあるでしょう。
 何しろ、上に書いた映画の冒頭のみならず、途中においても、そしてラストにおいても、ふんだんに音楽的な場面が描かれるのですから。
 例えば、バリンジャーは、切り株に座って牧場を見下ろしながら、牛の首についているカウベルなどを相手に指揮をとる動作をします。すると、彼の腕の動きに合わせてカウベルが鳴ったりするように見えてきます。
 また、映画監督ミックの息子・ジュリアンエド・ストッパード)は、バリンジャーの娘のレナレイチェル・ワイズ)を捨ててイギリスの歌手パロマ・フェイスに走りますが、ジュリアンの運転する車に乗りながら、彼女は実に奔放に「Can’t Rely on You」を歌うのです。
 さらにラストでは、バリンジャーの指揮するオーケストラが『シンプル・ソング』を演奏します。その場面では、スミ・ジョーが歌い、ヴィクトリア・ムローヴァがヴァイオリンを弾いています(注8)。

 でも、音楽だけではありません。
 引退して長閑な余生を送っているように見えるバリンジャーながら(注9)、離れたところにいる妻・メラニーや(注10)、アシスタントとして彼と一緒の生活をしている娘・レナとの関係が複雑なもの(注11)であることが次第にわかってきます。



 また、60年来の友人とされるミックとの関係も簡単なものではなさそうです(注12)。

 そのミックは、実績のある映画監督(注13)。引退しているバリンジャーとは異なり、依然として創作意欲が旺盛で、新作映画『人生最後の日』を制作することに熱心です。でも、順調には行きません(注14)。



 本作では、スイスのアルプスの美しい山々が背景となる大層美しい画像が映し出され、また様々な音楽も溢れるなかで、80歳という高齢の男たちが直面する問題を、大層巧に捉えていると思います。
 原題が『Youth』であることからわかるように、本作では、“老い”だけではなく(注15)、むしろそれを“若さ”と対比させながら物語を展開させていくのです。
 モット言えば、本作において特徴的なのは、主人公らが自分の青春を回想するという常識的な手法を採らずに、主人公らを若者の間に置いて、すべてを現時点として描いていることでしょう。
 例えば、バリジャーの娘・レナやミックの息子・ジュリアンだけでなく、もう一人、ハリウッドの若手俳優のジミー・ツリーポール・ダノ)も、バリンジャーやミックに接近してきます(注16)。
 上記(1)で触れたサンマルコ広場でバリンジャーがすれ違った女性(注17)とか、バリンジャーの体をもみほぐすマッサージ師の若い女も挙げられるでしょう。
 それにミックは、『人生最後の日』の脚本作りに参加している若い脚本家たちにいつも取り囲まれています。

 さて、妄想好きなクマネズミながら、仮に、バリンジャーと同じような年齢に達するとして、はたして彼と同じように振る舞えるでしょうか、それともミックのようになってしまうのでしょうか、それとも、………?

(3)渡まち子氏は、「中庭で催されるイベントの優美さや、全員が同じポーズをとる前衛的な構図など、完成度の高い映像の連打にしびれるが、とりわけアルプスの緑あふれる大自然の中で、フレッドが動物たちを前に指揮をする場面の美しさに思わず心を奪われた。老いをみつめながら、なおも人生を肯定する稀有な佳作である」として70点をつけています。
 村山匡一郎氏は、「人は老いに向かって生きるが、老いと若さとの境界はどこにあるのか。「若さ」という原題を持つパオロ・ソレンティーノ監督の新作である。高級ホテルでバカンスを過ごす有名な老作家を主人公に、老いることの実相を通して、生きることの意味を独特の映像美で描き出している」として★4つ(「見逃がせない」)をつけています。
 林瑞絵氏は、「後悔や恐れを手放し、もう一度自分の人生を愛したくなる、若き巨匠の新たな代表作だ」と述べています。



(注1)監督・脚本は、『グレート・ビューティー 追憶のローマ』(見たものの、エントリを書きませんでした)のパオロ・ソレンティーノ
 原題は『Youth』。

 なお、出演者の内、最近では、マイケル・ケインは『キングスマン』、ハーヴェイ・カイテルは、レイチェル・ワイズは『アレクサンドリア』、ポール・ダノは『プリズナーズ』、ジェーン・フォンダは『大統領の執事の涙』で、それぞれ見ました。

(注2)公式サイトの「Production Notes」には、「(このホテルは)トーマス・マンがかの傑作「魔の山」を書いた場所だった。マンと所縁のあるホテルということで、オーナーが改築などには慎重だったために、当時のままをとどめている」との記載があります。

(注3)The Retrosettes Sister Band による「You Got the Love」(歌詞はこちら)。

(注4)本文の(2)で書くように、本作のラストにスミ・ジョーが本人名で登場します。

(注5)カストロとゲバラのタトゥーがあるとされるマラドーナを模しているのでしょう(Wikipediaの「ディエゴ・マラドーナ」の項の「フィデル・カストロとの関係」参照)。
 公式サイトの「Production Notes」では、「実はソレンティーノ(監督)はマラドーナに特別な思い入れを持っている。16歳の時、両親が別荘の暖房装置の事故で亡くなったのだが、いつもなら同行しているところを、たまたまその週末はマラドーナの試合を見に行っていた。以来、ソレンティーノはマラドーナを命の恩人と慕っているという」と述べられています。

(注6)女(マリーナ・ゲネア)が肩からかけているタスキには「ミス・ユニバース」とあります。

(注7)「メラニー」はバリンジャーの妻の名。

(注8)このサイトで聴くことが出来ます。

(注9)例えば、いつもレストランで出会う夫婦がいつも互いにひと言も口を利かないので、今回の食事で口を利かないかどうか、バリンジャーとミックは賭けをするなど、実に他愛ない過ごし方をしています。

(注10)ヴェニスにある精神病院に長年入院しているように思われます。

(注11)ジュリアンに捨てられた娘レナに対して、バリンジャーが、「お前の気持はよく分かる」と言うと、レナは、「分かるわけがない。ママなら分かる。何度もパパに同じ目に遭わされたから。ママは耐えた。愛していたから。パパは、私たちには何も与えてくれなかった。音楽がすべて。ママに何でも任せっきり。男性への愛を綴ったアノ手紙も、ママと私も読んだ」と吐き捨てるように言います。

(注12)例えばバリンジャーは、若い時分に共通の知人であったギルダ・ブラックという女性とミックが寝たことがあるかどうかという点に酷くこだわります。

(注13)彼の映画に出演した女優が山の斜面に次々と現れる幻想的なシーンは、とても興味深いものがあります(ミックは、「自分は50人以上の女優を育てた。女優を育てる名監督だと言われている」と呟きます)。

(注14)ミックの監督作品に11本も出演し、新作への出演も依頼されている大物女優ブレンダ・モレルジェーン・フォンダ)がミックの元にやってきて、「最近のあなたの作品はクソ、新作もあなたのキャリアを傷つけるだけ。あなたの映画には出演しない」と言うのです。

(注15)バリンジャーとニックは、例えば、小便の出の悪さについて話したりします。

(注16)例えば、バリンジャーはジミーと、ストラヴィンスキーやノヴァーリスの話をします(ジミーは「ハリウッド俳優だって、ノヴァーリスは読むのです」とバリンジャーに言います)。また、ジミーはミックに、「僕は、欲望で動いている。だから恐怖で動くヒトラーを演じることは出来ない」等と言ったりします。

(注17)上記「注6」でも触れた「ミス・ユニバース」の彼女は、バリンジャーとミックが浸かっているプールに全裸で入って来て、彼らの度肝を抜きます。



★★★★★☆



象のロケット:グランドフィナーレ