
(9月9日 バスラで使われた自動車爆弾 “flickr”より By multimediaimpre http://www.flickr.com/photos/79137904@N07/7962237732/in/photostream/)
【全土でシーア派を主な標的としたテロ】
フセイン政権崩壊後に激しい宗派間紛争で多くの血が流れたイラクでは、多数派であるイスラム教シーアを基盤としたマリキ首相が権限を強めています。そうした状況で、スンニ派のアルカイダ系武装勢力によると思われるシーア派住民を標的にした爆弾テロや銃撃事件が相次いで起きています。
激しかったイラクの宗派間紛争が下火となり、米軍が撤退できる状況になったのは、スンニ派部族が米軍に協力してアルカイダ系武装勢力の掃討作戦に参加したことが大きな要因でした。
その後もアルカイダ系武装勢力は、シーア派を標的にしたテロで、宗派間の緊張・対立を煽る活動を続けています。
強引とも批判されることが多いマリキ首相の政治運営のもとで、シーア派・スンニ派の宗派間対立が高まる危険性が懸念されています。
****イラク全土でテロ、109人死亡=首都で50人以上犠牲―シーア派狙い宗派対立再燃****
イラク各地で9日、爆弾テロや銃撃事件が相次ぎ、ロイター通信によると、少なくとも109人が死亡した。特にバグダッド一帯では、イスラム教シーア派住民が多く住む各地で6件の自動車を使った爆弾テロがあり、51人が死亡した。
一方、裁判所は9日、軍准将らの暗殺に関与したとして、スンニ派有力政治家のハシミ副大統領に欠席裁判で死刑判決を言い渡した。バグダッドでのテロは判決後に発生。全土でシーア派が主な標的となっており、宗派対立が再燃する恐れがある。
南東部アマラでは、シーア派宗教施設や市場で自動車爆弾が連続して爆発、16人が殺害された。北部キルクークでも警察などへの攻撃で15人が死亡。南部ナシリヤではフランス名誉領事館前で自動車爆弾が爆発し、警官が死亡した。このほか、バグダッド北方バクバや南部バスラなどで爆発があった。【9月10日 時事】
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【スンニ派副大統領に欠席裁判で死刑判決】
上記記事にもあるハシミ副大統領への欠席裁判による死刑判決については、下記のように報じられています。
ハシミ副大統領はスンニ派の有力政治家で、シーア派のマリキ首相らと対立。マリキ首相がスンニ派に対して政治的迫害を加えていると非難していました。
****イラクのハシミ副大統領に死刑判決、女性弁護士の殺害などで****
イラクのヌーリ・マリキ首相を批判する最高位の人物で殺人など約150の罪に問われ、本人不在のまま5月から裁判が行われていたタリク・ハシミ副大統領に9日、死刑判決が出された。
今回の裁判では約150の罪のうち、女性弁護士、軍の准将、治安当局高官の殺害について扱われた。9日の公判の冒頭、検察側はハシミ副大統領に女性弁護士と准将の殺害について死刑にするよう裁判所に求めたが、治安当局高官の殺害への関与については訴追を取り下げた。
裁判所は9日、ハシミ副大統領の義理の息子で秘書のアフメド・カータン被告にも同じく被告人不在で行われた裁判で死刑判決を言い渡した。
イラク当局は2011年12月、爆弾テロなどに関与したとしてハシミ副大統領に逮捕状を出した。ハシミ副大統領は、政治的な動機に基づく動きだとして全ての容疑を否認していた。
ハシミ副大統領はイラク国内のクルド人自治区に逃れた後、カタールやサウジアラビアを経て、今年4月から家族とともにトルコのイスタンブールに身を寄せてトルコ政府の保護を受けていた。
トルコの首都アンカラにいるある上級外交官によると、判決が出た9日、ハシミ大統領は以前から決まっていた予定に従ってトルコのアフメト・ダウトオール外相と会談したという。
国際刑事警察機構(ICPO、インターポール)は今年5月、イラク当局の求めに応じて「テロ攻撃を指導し、資金を提供した」疑いでハシミ副大統領についてレッドノーティス(被疑者を手配国に引き渡す方向で加盟各国に協力を要請する文書)を出したと発表していた。
一方、イラク全土では8日夜から9日までに30か所以上で銃や爆弾を使った攻撃があり、88人が死亡、400人以上が負傷した。これにより今月に入ってイラクで起きた攻撃で死亡した人は118人になった。【9月10日 AFP】
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【イラン・イラク戦争での恩讐を超えて】
中東地域全体でみても、シリアにおけるシーア派の一派とされるアラウィ派アサド政権とスンニ派反体制派勢力の武力衝突激化を反映して、国家間の宗派対立が厳しさを増しています。
ハシミ副大統領は、現在カタールのドーハに滞在中であることを明らかにしていますが、カタール、そしてこれまでに身を寄せたサウジアラビア・トルコはスンニ派が主流の国家で、アサド政権への厳しい対応を求めています。
これらの国が警戒するのが、イランを中心としたイラク、そしてレバノンのヒズボラなど、シーア派の結びつきです。
****イラン:イラクとの関係強化「反米シーア派連合」構築か****
反体制派との内戦でシリアのアサド政権が揺らぐ中、シリアと同盟関係にあるイスラム教シーア派国家・イランが隣国イラクとの関係強化を進めている。
シーア派の聖地・イラク中部ナジャフでの大型建設計画への巨額投資などを通じ、80年代のイラン・イラク戦争での恩讐(おんしゅう)を超え、イラク政府や国民に浸透を図っている。中東地域で新たな「反米シーア派連合」を構築する狙いもあるとみられる。
ナジャフ中心部の礼拝所アリモスク。内部にはシーア派初代イマーム(宗教指導者)のアリの聖廟(せいびょう)があり、シーア派を国教とするイランから巡礼者が訪れる。イラン人の巡礼は両国関係が悪かった旧フセイン・イラク政権時代には困難だったが、03年の政権崩壊後に可能になった。
昨秋、モスクの隣で大規模事業の工事が始まった。博物館などを併設した宗教施設で、敷地面積約5万4000平方メートル、総工費約6億ドル(約480億円)。イラン政府と直結する巨大な宗教財団が資金を支援し、地元事業担当者の男性は「イランの協力なしで建設は不可能」と語る。
ナジャフ郊外では今年6月、イラン政府が約3億ドル(約240億円)を負担して発電所の建設も始まった。イラク国内では米軍侵攻後続く混乱で社会基盤の整備が進まない。真夏の最高気温が50度を超えるナジャフでも停電が多い。地元の自動車販売業、アデルさん(40)は「電気が通じるのは1日4、5時間。シーア派の仲間イランが助けてくれるなら歓迎する」と話す。
イラン・イラク戦争(80〜88年)で数十万人の犠牲者を出した両国。しかし、イスラム教スンニ派偏重だった旧フセイン政権が03年に崩壊し、シーア派重視のマリキ首相がイラクで力を握ると、イランはイラクへ急接近した。イラン外務省によると、両国の11年の貿易総額は約100億ドル(約8000億円)で09年の2倍に増えた。
イランがイラクを重視するのは、周辺スンニ派諸国や米・イスラエルへの対抗上、アサド政権崩壊が懸念されているシリアに代わる強固な同盟国を作りたいためだ。イランのメディアによると、イランのジャリリ最高安全保障委員会事務局長は今月8日にバグダッドでマリキ首相と会談した際、両国関係の重要性を強調し、「イスラムの目覚めにより、米・イスラエルは孤立する」などと語った。
イランが「重点投資」するナジャフはシーア派の中でも反米強硬派の宗教指導者ムクタダ・サドル師の拠点。イランはナジャフを玄関口にして「反米シーア派」の結束を図りたい考えだ。両国関係に詳しいイラン人研究者のパシャング氏は「イランは経済支援を通じ、米欧諸国になびかない強いイラクを作るのが狙いだ。しかし、イラクがイランの望み通り(反米シーア派)の国になるかは疑問だ」と話している。【8月15日 毎日】
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最近では、シリアのアサド政権に武器を供給するイランの航空機が領空を通過するのをイラク政府が認めたとの情報が流れ、アメリカが神経をとがらせています。
****イラク、イランによるアサド政権支援の領空通過を黙認か 米議員がイラク首脳と会談****
シリアのアサド政権に武器を供給するイランの航空機が領空を通過するのをイラク政府が認めたと伝えられている問題で、米上院の複数の議員が6日までにイラクを訪問し、政府首脳と会談したことがわかった。
イラク政府は領空通過を否定している。政府の報道官は6日、「イラクはいかなる国に対しても、自国の領土や領空を通ってシリアの対立する各陣営に武器や兵士を供給するのを認めるつもりはない」と述べた。
一方で米国務省の報道官は5日、「イランがアサド政権支援のために、隠れてできることなどほとんどない」と指摘した上で、「私たちはイラク側に対し、いくつかの懸念を表明した」と明らかにした。
同報道官は、イランがイラク領空を通ってシリアに武器を供給している点について米政府は確信があるのかとの質問に対して、イラク側に問題を指摘したことは認めたものの、それ以上のコメントは避けた。
同じころ、イラクを訪問した米上院のマケイン議員、リーバーマン議員らは、イラクのマリキ首相やジバリ外相と会談した。イラク政府は会談の詳細について公表していないが、リーバーマン議員は短文投稿サイト「ツイッター」上で、米政府はシリア情勢が悪化する中で「真の戦略的パートナーシップ」をイラク政府との間で築くべきだと述べるとともに、シリアに飛行禁止区域を設定すべきだと呼びかけた。
イスラム教シーア派が国民の多数を占めるイランは、シーア派の分派とされるアラウィー派が主流のアサド政権と緊密な関係にある。【9月7日 CNN】
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アメリカとしては、多大な犠牲を払って何とかスタートさせた新生イラクが、宿敵イランと協力関係を強めるというのは認めがたいところでしょう。
ただ、政権運営に自信を深めたマリキ首相のもとで、反米はともかく、イランとの連携は強まっています。
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