黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

いまどき「訴状を書けない弁護士」は当たり前!?

2013-04-22 23:00:43 | 弁護士業務
 黒猫も加入している法曹人口問題全国会議のMLでお話をしていて,先輩の先生方から非常にショッキングな指摘を受けましたので,今回はそのあたりの話について御紹介します。

1 訴状とは?
 このブログの読者さんなら大半は既にご存知だと思いますが,裁判所に訴えを提起するときには,原則として「訴状」を提出しなければなりません。訴状には,請求の趣旨及び請求の原因を記載するほか,請求を理由づける事実を具体的に記載し,かつ,立証を要する事由ごとに,当該事実に関連する事実で重要なもの及び証拠を記載しなければなりません。
 請求の趣旨及び原因については,具体的な請求内容を特定する必要があるので,訴訟の当事者や対象となる物件を一字一句正確に記載する必要があります。そして,請求を理由づける事実については,関連する事実関係を簡潔に分かりやすく記載する必要がある上に,事実関係と適用される法令を的確に関連づけて記載する必要があります。
 わが国では,人身保護事件などごく一部の例外を除き,民事事件における弁護士代理は強制されていないので,弁護士に事件を依頼しないで自ら訴えを提起することもできますが,法的知識の乏しい一般人が自ら訴状を書き上げることは極めて困難であり,訴状の内容が裁判官に理解できないものであれば,まともに訴えを取り上げてもらえないこともあり得るため,通常は弁護士に訴状を書いてもらうことになります。

2 旧試験時代における訴状作成の訓練
 弁護士になるには,司法試験に合格する必要があることは割と知られていますが,司法試験で問われるのは主に理論的な法的知識及びその応用能力であり,訴状の作成を直接の目的にするような問題は出題されません。したがって,司法試験に合格したからといって,直ちに自分の力で訴状を書けるようにはなりません。これは旧試験時代も新試験時代も変わりありません。
 実際に訴状の書き方を教わるのは司法修習であり,具体的にはまず前期修習における「民事弁護」の科目で,訴状や答弁書など裁判手続上必要な書面の書き方について,具体的な事例に基づいて修習生が実際に起案し,教官がそれを添削して講評を受けるといった形で学びます。
 こうして基礎的な知識を身に付けた後,実務修習で実際の事件に触れることになります。訴状については,弁護修習で機会があれば,実際の事件に関するものを実際に起案し,指導担当弁護士に添削してもらいます。むろん,3~4ヶ月程度の弁護修習では,実際に訴状を書く機会に恵まれないこともありますが,答弁書や準備書面の起案も書き方は訴状と共通するところがありますし,弁護修習の期間中に弁護士会等で集合修習が行われ,その場で訴状の作成方法等についても指導が行われますので,最低限の指導を受ける機会は確保されています。
 そして,実務修習を終えた後は司法研修所の後期修習があり,民事弁護の科目では法律相談の実習なども行われますが,起案は最終準備書面が中心となります。民事訴訟で当事者の主張内容を記載する書面は,訴えの提起時に原告が提出するものを「訴状」,被告が最初に提出するものを「答弁書」,それ以降に当事者双方が提出するものを「準備書面」と呼びますが,最終準備書面は結審の段階で,当事者双方が自らの主張の総まとめを記載するものであり,最終準備書面が書けるようになれば,それ以外の準備書面も大体書けるだろう,と一般的に考えられています。司法修習の最後に行われる考試(二回試験)でも,民事弁護の科目では最終準備書面に関する問題が中心になります。
 このような訓練を通じて,司法修習を終えれば何とか簡単な事件の訴状くらいは書けるようになりますが,実際にはそれでも十分というわけではなく,慣れないうちは請求の趣旨及び原因について書式集を見ながら慎重に記載し,それ以外の部分については事案ごとに内容が大きく異なるため書式集も役に立たず,事務所のボスや先輩に添削してもらって学ぶことになります。それで2~3年くらい実務経験を積めば,一人でもきちんとした訴状を書けるようになるかな,というのが通常の流れです。
 以上は旧司法試験時代,すなわち司法修習が2年間ないし1年6ヶ月行われていた時代の話ですが,これが新司法試験時代になってどうなったかを御説明します。

3 新試験時代では・・・?
 法科大学院制度と新司法試験の実施に伴い,新司法試験合格者の司法修習は1年間に短縮されました。新司法修習の内容は,最高裁司法修習委員会の取りまとめでその大枠が固まったのですが,これによってまず前期修習が廃止され,修習生は訴状や答弁書の書き方について何も知らないまま,いきなり実務修習に送り出されることになったのです。
 このような制度設計は,法科大学院である程度の実務教育が行われていることを前提としたものですが,実際の実務教育は各法科大学院により内容のばらつきが大きく,訴状の起案など行わせないところも多いようです。また,法科大学院の学習時と司法修習時は数年単位の開きがあるため,現実には法科大学院における実務教育の成果はほとんど期待できない状況になっています。
 これでは,実務修習を受けてもまともな成果は期待できませんので,仕方なく2ヶ月しかない弁護実務の時間を削って,司法研修所の教官が実務修習地に出張講義を行ったりしているわけですが,これによって弁護修習の内容はますます薄いものになってしまっています。
 それに加えて,最高裁司法修習委員会の取りまとめには,以下のようなことが書かれています。

「指導方法についても,例えば,民事・刑事の裁判修習では,各司法修習生ごとの判決書全文起案にこだわらず,審理に立ち会った司法修習生全員に事件の争点及び争点に関する判断のポイントを簡潔に記載した書面(サマリーライティング等)を作成させ,これを基に討論させた上,裁判官が指導するなど,できるだけ多数の多様な事件を体験させるとともに,実質的な能力の養成に焦点を絞った指導を行うなど,質,量ともに修習の実が上がるような工夫をしていくことが必要である。」

 要するに,2ヶ月しかない実務修習で判決の全文起案を行わせるのは困難であるため,一種の要約書面のようなものを起案させるということになりますが,この考え方を弁護修習に適用すると,弁護修習では訴状や準備書面の全文を起案させることにこだわらず,事件のポイントに関する書面を書かせる程度にせよ,ということになります。事実,最高裁の司法修習委員会では,実務修習では訴状や準備書面の起案はしないという方針が繰り返し確認されているということです。
 「繰り返し」確認する必要があるのは,実際に修習生の指導を担当する弁護士としては,司法修習で訴状や準備書面を起案させないでどうするんだ,訴状や準備書面を書けない弁護士など役に立たないと考える人が多く,しかも修習生の多くが準備書面など書けないレベルだと言って苦情が来るからですが,とにかく現在の実務修習では,訴状作成を学ぶ機会はほとんどないわけです。
 そして後期修習(2ヶ月)では,実務修習で準備書面等の起案をさせない以上,以前のように最終準備書面を起案させるわけにも行かず,簡略化された二回試験も含め,起案ではいくつかの小問を出題するしかないという状況になっているようです。

 こうして,新司法試験の合格者は,結局訴状の書き方についてはほとんど何も修得する機会がないまま,司法修習を終えて弁護士資格を取得してしまうことになります。司法修習委員会の取りまとめでは,「各分野に特有の専門的知識・技法や技術的・形式的事項については,むしろそれぞれの法曹資格取得後の継続教育(OJTを含む)に委ねることが望まし」いとされています。
 しかし,現在は弁護士の数が激増して供給過多状態となっており,既存の法律事務所に就職できない即独弁護士が多くなっています。また,何とか既存の事務所に就職できても,従来の弁護士は司法修習を終えれば準備書面の基礎くらいは知っているだろうと思い込んでいるため,準備書面を書かせてろくでもないものが出来上がると,こいつは使い物にならないと早期に追い出してしまう例が少なくありません。早期に追い出された弁護士は,多くの場合そのまま独立するしかありません。
 このような即独弁護士及び早期独立弁護士は,法科大学院でも司法修習でも,訴状や準備書面の書き方をほとんど習っていないほか,弁護士としてのOJTもほとんど受けていない状態で独立するわけですから,まともな訴状を書けないのはむしろ当たり前なのです。
 このような状況では,若手の早期独立弁護士が間違いだらけの訴状を出してきても,それは必ずしも本人だけが悪いというわけではなく,何度も補正しながら何とか訴状の送達まで漕ぎ着けたのは,むしろ即独弁護士の中ではまともな部類に属すると考えた方がよいのかも知れません。

4 「訴状を書けない弁護士」の問題点
 しかし,一般市民である利用者の側にとって,このように「訴状も書けない弁護士」が役に立つ機会は本当にあるのでしょうか。訴状を書くのは弁護士の最も基本的な業務であり,それが出来ないというのは,司法書士が不動産の登記申請書を書けないとか,税理士が確定申告書類を書けないとか,調理師が包丁を使えないとかいった状態と同レベルです。
 裁判所では,近年における弁護士の急激な質の低下に頭を痛めており,裁判所と弁護士会との協議の場で裁判所が問題点を指摘したり,愛知県ではたまりかねた裁判所が新人弁護士向けの研修会を行う事態にになっているなど,裁判実務に与える弊害も相当深刻なものになっているようです。
 最近テレビで,まつげエクステの問題が取り上げられていましたが,その中で美容師を目指す学生の一人は「まつげエクステは十分な知識と技術のある人がやらなければ,美容師の社会的信用が低下してしまう」と言っていました。弁護士は基本的に訴訟の専門家である以上,十分な知識と技術を持った人だけが訴状を書くようにしなければ,弁護士の社会的信用が著しく低下してしまうことは明らかです。法曹養成制度検討会議では,そんな美容師の卵ですら分かりそうな当然の理屈さえ理解していない委員がのさばり,法曹養成制度の改善を妨げているのです。
 検討会議の中間的取りまとめに関するパブリック・コメントは5月13日までですが,黒猫の主張にご賛同頂ける方は,例えば
「法科大学院制度は早く廃止すべきだ。訴状も書けないような弁護士が増えても意味がないので,司法試験の合格者数を絞った上で司法修習を充実させ,司法修習生の給費制も復活させるべきだ」
などといった簡単なものでも構いませんので,なるべく多くの方の意見提出をよろしくお願いします。

30 コメント

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Unknown (Unknown)
2013-04-23 00:03:56
「法科大学院制度は早く廃止すべきだ。訴状も書けないような弁護士が増えても意味がないので,司法試験の合格者数をガンガン増加させた上で司法修習を充実させ,司法修習生の給費制も復活させるべきだ」

司法試験の合格者数を絞った上で…は余計です。
Unknown (Unknown)
2013-04-23 01:44:16
そこなんだよねえ、結局。
Unknown (Unknown)
2013-04-23 07:53:11
現在の修習生にとって、前期修習がなくなった問題はかなり深刻です。

いきなり全国に飛ばされて、そこで実務を見てみろ、と言われても、どんな頭で実務を見ればいいかも判然としません。

さらに、その期間も短すぎて、ごく短い訴訟でも期間内に解決しません。

もやっとしたまま実務修習が終わってしまいます。

集合修習の段階か、全部終わった段階で、はじめて、あれをああいう見方で臨めばよかったのか、と気づいても後の祭りです。
Unknown (Unknown)
2013-04-23 07:57:36
合格者を無駄に増やしたことで、修習の期間が短くなり、貸与制になったのです。
合格者も増やせ、給費制に戻せ、修習も2年だ、
で、どこからその予算は来るの?

一番上の投稿の人はもしかしてロー関係者がまぜっかえしに来ただけ?
Unknown (Unknown)
2013-04-23 09:03:45
三振しそうな人でしょ?
Unknown (Unknown)
2013-04-23 09:09:16
ローは無くなっていいと思うよ。
でも、合格者削減というと、急に自己の利害が絡みすぎて信用できないんだよね。
大義名分は色々あるんだろうけど。
Unknown (Unknown)
2013-04-23 09:15:20
まあ、現実、法科大学院を廃止して、給費制復活すれば、合格者が増えても、ある程度は法曹志願者は戻ってくるかもね。
資格価値が低下したままだから、最優秀層は戻ってこないだろうけど。

今国も予算が乏しいけど、法大学院の補助金をカットすれば、増員のまま2年修習の予算とか何とかなるのかねえ。現実問題として、文科の予算をカットできるかだけどね。

いずれにしろ、法科大学院の廃止は必定だね。
Unknown (Unknown)
2013-04-23 09:50:49
>合格者削減というと、急に自己の利害が絡みすぎて信用できないんだよね。大義名分は色々あるんだろうけど。

合格者大増員、つまり合格基準大幅切り下げの理由は、「需要があふれてる」でしたが、
これがウソだとばれた以上、合格基準切り下げをやめるのは当然では。
そこにわざわざ大義名分がないとだめだってのは、利害もしくは「なにかを叩きたい」という欲求がみえて信用できませんな。
Unknown (Unknown)
2013-04-23 09:57:53
また、仮にロー強制制度がなくなれば、理由が虚偽だとばれてもなお合格基準切り下げを続けようとする圧力が消滅する。
だから、「ロー強制制度廃止かつ合格基準大幅切り下げ継続」ってのは、えらく夢想的な話。
そもそも合格基準切り下げを継続すべき根拠もないだろうし。
Unknown (Unknown)
2013-04-23 14:02:29
適正な合格者数って何人なんでしょうね。

色々な意見を聞かなくちゃいけません。