黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

問われる弁護士会の「経済感覚」

2013-08-08 00:55:22 | 弁護士会関係
 法曹人口問題全国会議のMLで,弁護士ないし弁護士会の「経済感覚」が最近話題になりました。

 日弁連や各地の弁護士会では,法律相談事業や法律援助事業に力を入れており,会員から徴収された会費収入の多くがそれらの事業に費やされていますが,それらの多くに疑問の声が挙がっています。
 例えば,各地の弁護士会が主催している法律相談センターは,もちろん弁護士会の会費で運営されているわけですが,実際にはあまり利用されておらず閑古鳥が鳴いているようなところが多いようです。それでも法律相談センターの運営は続けられ,担当を割り振られた弁護士は,実際に相談者が来なくても1日そこに滞在しなければなりません。
 また,弁護士会では刑事事件の被疑者に対する当番弁護士制度を今でも続けており,会員はそのために月額4,200円の特別会費を支払わされ続けています(平成23年4月から平成26年5月まで)。既に,一定の重大事件では被疑者段階でも国選弁護人が付けられることになっているのですが,日弁連は,全ての身体拘束事件を対象にした被疑者国選弁護制度を実現するまで,当番弁護士制度を続けるつもりのようです。
 当番弁護士は,出動にあたり被疑者から料金は取っていません。そのため,単なる伝言程度の用事で当番弁護士を頼む被疑者も少なくないようです。出動した弁護士に対しては弁護士会から若干の手当てが支給されますが,担当日に待機していても出動要請がなかった場合は無給です。
 このような事業に一体何の意味があるのか,こんなことをするなら収入のない若手会員等のために会費を下げるべきではないかという意見は当然出てきそうですが,どういうわけかどこの弁護士会でも,そのような意見はごく少数にとどまっているようです。
 上記の特別会費(少年・刑事財政基金のための特別会費)については,最近徴収期間を延長するという提案が日弁連から各単位会になされ,どこの単位会でも反対者はごく少数にとどまったようですが,このように弁護士会が多額の費用をかけて法律相談センターや当番弁護士などの「公益事業」を行っても,弁護士以外でこれを積極的に評価している人はほとんどいないのではないかと思われます。
 とある先生のお話では,弁護士以外の人にこのような公益活動の話をしたときの反応は,ほぼ100%「へえ,弁護士ってそんなに余裕あるんだ」というものだそうです。一般市民から「余裕あるんだ」と思われるということは,それがもっと弁護士を増やしても問題ない,法曹になろうとする人に経済的支援をしなくても問題ないという発想につながることは,容易に想像できます。
 以前書いた「空港当番弁護士」の件もそうですが,弁護士会には世間からどのように思われていても,「公益」の名が付く事業に関しては採算度外視で突っ走ってしまう体質があります。一方,実際に会費を取られる側の会員からもほとんど反対の声が挙がらないというのは,2通りの解釈をすることができます。
 1つは,個々の弁護士自体も弁護士会と同じく,公益のためとなれば思考停止してしまう体質の持ち主が多いという解釈。もう1つは,現在の会務運営には経済的に困窮している若手弁護士の声はほとんど反映されておらず,弁護士業で食べていけるベテラン弁護士は,食えない若手を弁護士業界から締め出すために,会費を敢えて高い水準に維持しようと考えているのではないか,という解釈です。
 これは,あくまでも黒猫の想像でしかありませんが,ほとんど仕事が取れず弁護士業では食べて行けず,弁護士資格を維持するために年間何十万円もの会費負担を強いられている今時の若手弁護士が,当番弁護士のための特別会費徴収に賛成するとは通常考えられません。
 そうであれば,実質的には後者の思惑が働いて特別会費の徴収が続けられているという可能性も高く,今後「食えない若手」の人数が増えるに従って,弁護士業界内部の世代間対立は深刻になるでしょう。


 弁護士会の事業関係では,横浜弁護士会の「顧問弁護士紹介制度」も最近話題になりました。この制度が白紙撤回に至った経緯については,元「法律新聞」編集長の弁護士観察日記で取り上げられています。
 横浜弁護士会は今年の7月から,個人事業者や従業員数5人以下の法人を対象に,月5000円で顧問弁護士を紹介するという制度(小規模事業者顧問弁護士紹介制度)を立ち上げようとしたものの,それを知った会員からものすごい反発の声が挙がり,理事者は結局これを断念したものの,今度は今回の騒動の責任追及が会員間で取り沙汰されているというのです。
 反対の理由は,顧問弁護士料の価格破壊に弁護士会が拍車をかけるというものです。10年くらい前であれば,30分の有料相談で5000円の料金を取るのが当たり前であり,他のコンサル業でも有料相談ならそのくらいの料金を取っているのが普通なので,従来の相場が特に高かったというわけではありません。
 日本では,無形のサービスに料金を払うという慣習が根付いていないので,このくらいの料金でも高いと思われる方はいるかも知れませんが,せめてこのくらいの料金は取らないと,弁護士のような専門職はサービス業として成立しないのです。
 しかし,横浜弁護士会がやろうとした構想は,5000円の顧問料で月3時間まで相談できるという内容のものであり,ほとんど仕事が取れない若手弁護士ならともかく,現状で何とか食えている弁護士なら薬にもしたくない価格水準です。
 おそらく,この制度が実際に施行されたら手を挙げるのは仕事のない若手ばかりでしょうが,彼らはもともと仕事がないというだけでなく,OJTが不十分で訴状どころか内容証明もろくに書けないというレベルの人も少なくないのです。そういう弁護士を弁護士会が月5000円で紹介しても,依頼者の役に立つ法的サービスを提供できる可能性は低いと言わざるを得ません。弁護士会の名前で顧問として紹介した弁護士が不祥事を起こし,弁護士会の法的責任が追及される可能性もゼロではありません。

 また,弁護士会によるそのようなサービスが世間に知られるようになった場合,月5000円という顧問料が世間の相場になってしまう可能性もあります。破産事件では,通常の相場よりはるかに安いものであった法テラスの料金がいつしか相場になってしまい,かなり手抜きをしなければ個人の破産事件は業務として成り立たないものになりました。
 それと似たようなことが顧問弁護士の分野にまで広がり,顧問料は月5000円程度が当たり前という認識が一般事業者の間にも広まったりすれば,弁護士は「低価格,低サービス」という印象が定着してしまい,弁護士業は崩壊します。
 一時期,マクドナルドが低価格戦略で失敗したように,どんなサービスも価格が安ければよいというものではないのですが,弁護士の場合,あまりの低価格だと見えない所で依頼者を食い物にしないと商売にならないという話になってしまう(実際,一時期流行った債務整理系ではそういう傾向がありました)ので,その弊害はマックの比ではないのです。弁護士一般に対する評判が悪質出会い系サイト並みになってしまったら,もはや名誉挽回は絶望的になります。

 もっとも,横浜弁護士会の理事者たちが,市民のためにもなる,仕事のない若手弁護士のためにもなるという発想でこの制度を立ち上げようとしたのも事実であり,少なくとも表向きは「公益」のためです。
 これに対し多くの弁護士が反対した理由は,前述の「公益のためなら思考停止してしまう体質」からは説明が付きにくく,むしろ「若手弁護士を業界から締め出そうという思惑」の方が親和的です。
 横浜弁護士会では,反対論が圧倒的に多数というわけではなく,内部でも相当に意見が割れたようなので,公益論と自分たちの利害が正面からぶつかるような事業では,弁護士も公益論を採るか現実的な利害を取るか,考え方が大きく分かれるというのが実態なのかも知れません。そうなると,当番弁護士制度は公益論と自分たちの利害が一致しているから続いている,と考えるべきことになります。

 それにしても,今の弁護士会というのは汚い社会です。病気療養中という正当な理由で会費免除申請を出している黒猫にさえ,任意の登録抹消を促してきたことが何度かありますし,依頼者のお金を横領した会員の多くはせいぜいが業務停止処分なのに,会費を滞納した会員には容赦なく退会命令を出します。弁護士会は,依頼者のお金を横領してでも会費を払えというつもりなのでしょうか。
 今の弁護士会が,本当に「公益のためなら思考停止してしまう」体質で突っ走っているのか,それとも既存会員の権益を守るための巧妙な計算で動いているのかは,黒猫も正確には分かりません。あるいは両方の性格が混じっているのかも知れません。
 黒猫にも分かるのは,このような弁護士会はいずれ破綻するだろう,ということだけです。