黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

「前向き思考」の精神論がもたらした末路

2012-11-09 13:25:52 | 弁護士業務
 最近,私の記事について内容が後ろ向きだという批判があるようですね。
 まあ,全体的に後ろ向きであることは認めますよ。というか,病気が一向に良くならなくて,精神的にも不安定な状態が続いているので,前向きなことなど書けるはずもないのですが,批判の中にはこれを弁護士全体に一般化して,新たな業務を開拓すれば弁護士はまだやっていけるはずだなどということをコメントで書いておられる方もいるようです。
 日本は,太平洋戦争で米軍相手に圧倒的不利となっても,精神論を振りかざしてひたすら現実から目を逸らし続け,完膚無きまでの敗戦を喫しましたが,今の弁護士業界も概ねそれと似たような末路を辿っています。外部の人には今の法曹界がどうなっているか理解されていない可能性がありますので,以下項目別に現状分析をしてみることにします。

1 法曹養成制度(主に法科大学院関係)
 法科大学院については,ここ数年で入学志望者が激減し,もはや制度自体が破綻状態になっていることは,これまで散々繰り返して来たとおりです。法曹関係者の間でも,現状にかなりの問題があるということ自体に異論は見られませんが,現状をどう変えようかという話になると,なかなか意見の一致を見ません。その「意見の一致」を妨げているのが,現実を見ない「前向き思考」の主張をする人達です。
 現状の法科大学院制度が,当初期待されていないような教育成果を全く挙げていないばかりか,法科大学院を修了するための経済的負担が法曹を目指す人にとっての足枷になっていることを素直に分析すれば,改善策としては法科大学院制度自体を廃止し,現在に比べれば上手く行っていた旧司法試験制度をベースに制度の再構築を図るしかないと誰しも思うはずです。
 しかし,弁護士業界内部の法科大学院推進論者は,旧試験時代に戻すというのは後ろ向きの発想だ,法科大学院制度に問題があるというのなら,廃止するのではなくまずそれを改善しようと考えるのが筋だ,この危機にあって弁護士業界が分裂している場合ではない,今こそ団結して危機に立ち向かうべきだ等々,ひたすら「前向き思考」で物事を解決すべきだと主張しています。弁護士業界では,既に法科大学院廃止論者も相当数にのぼっていますが,未だにこういう「前向き思考」の人達がいるので,話がなかなか前に進みません。
 法科大学院に関しては,黒猫自身は最初から上手く行くはずもないと思っていたので匙を投げた,というより匙を取ろうともしませんでしたが,結構な数の弁護士さんはそれでも前向きに,新制度の下で何とか立派な法曹を育てようと,懸命な努力をされてきたようです。
 しかし,旧試験時代には司法試験合格まで5~6年,あるいはそれ以上かかる受験生も珍しくなかったところ,新制度では旧試験の合格者数をはるかに上回る多数の学生を受け入れ,わずか2~3年の教育期間で卒業生の少なくとも7~8割に司法試験合格レベル+αの法的素養を身に付けさせようというのは,はじめから目標設定自体に無理がありました。
 そして,法科大学院の人気低下に伴い入学者の質は下がる一方で,教員の大半を占める研究者教員はほとんどやる気がなく,大学当局も当面の経営維持のことしか考えない,少数の実務家教員のみが孤軍奮闘しているというのでは,その実務家教員がいかに奮闘しようとも先は見えています。
 法科大学院が発足した当初は,弁護士の中で新制度を正面から批判する人は少数派でしたが,新制度の下で真面目に取り組んだ弁護士の多くが,制度自体の破綻を目の当たりにし,もはや法科大学院制度を維持していたのではどうにもならないと考えを改めるに至ったのです。
 なお,最近は司法試験のレベルが下がり,司法修習も中身が薄くなり実務経験も得られないまま放り出される人が増えた結果なのか,例えば離婚事件で市民法律相談に行っても,担当の弁護士から「慰謝料の相場は分かりません。弁護士に聞いて下さい」などと言われることがあるそうです。たぶん,相談者が知らないのを良いことにでたらめな回答をしている弁護士はもっと多いでしょうね。司法改革で,日弁連に弁護士として登録している人の数は増えましたが,中身はむしろ空洞化しているのです。

2 「弁護士の業務拡大」の限界
 司法制度改革では,法科大学院制度の創設とともに,年間3000人を当面の目標として司法試験の合格者数を激増させる政策が採られました。平成の初め頃まで司法試験の合格者は年間500人前後でしかなかったことから,約20年間で一気に6倍も増やそうとしたことになります。
 もともと,このような政策が決められた時点では,6倍にも膨らんだ法曹人口を吸収できるような法的需要の具体的な見通しは一切無かったのですが,それでも激増政策が強行された背景には,とにかく弁護士業務を改革して需要を開拓すれば大丈夫だ,という極端な「前向き思考」がありました。
 以前から法曹人口問題に取り組んできたベテランの先生に言わせると,日弁連は30年も前から延々と「弁護士の業務拡大」を唱えてシンポジウムなどを続けてきたそうですが,実態は企業や自治体への広報活動などをやっているだけで,お世辞にも満足な成果が挙がっているとは言えません。
 そもそも,裁判外の業務というのは,基本的に弁護士資格を持たなくてもできる仕事なので,弁護士がそういう業務に進出しようとすれば,税理士や社労士,公認会計士といった他の士業や,経営コンサルタントなどとの競業関係を余儀なくされます。弁護士業の世界には,無限に職域を開拓できる「ブルーオーシャン」など始めから存在しないのです。

 企業法務に関しては,日本経済そのものが不況のため需要は頭打ち。そこへ過当競争により多数の弁護士が群がってくるので,仕事の単価は下がる一方です。大手の渉外事務所では,最近相次いで地方進出や海外進出を試みているそうですが,海外には当然外国の弁護士がおり,特にアメリカの弁護士が海外市場の先駆者としてノウハウを築いています。
 日本の大手渉外事務所も,たしか1990年代頃に海外進出を試みたところ,競争に勝てず撤退を余儀なくされた経験があり,その当時と比べて特に勝算が高まったわけでもないのに再度海外進出を試みるというのは,相当やぶれかぶれの判断であると言わざるを得ません。おそらく,大手事務所の経営も相当追い詰められているのでしょう。
 そういう事務所の内部に,大した仕事もしていないのに大金をもらっている人が実際にいるかどうかまでは知りませんが,仮にいるのであれば,それは倒産寸前の会社などで良く見られる現象に過ぎません(倒産寸前の会社では,従業員が会社に行っても仕事がないので,暇を持て余してぶらついていたりすることが結構ありますね)。
 かつて,三井安田とかいう法律事務所が一時は四大大手に迫る勢いで勢力を伸ばしたかと思ったら,あっというまに解散に追い込まれた例もありますが,少なくとも法律事務所に関しては,大手でも将来安泰などということは全くありませんから。

 地方進出に関しては,大手事務所のみならずクレサラ系の新興事務所にも見られる現象のようですが,弁護士数が少ない地方ではもともとの事件数が少ない上に,東京・大阪への弁護士偏在が長く続いた結果,弁護士業界では地方の事件を東京や大阪の弁護士がくみ上げる仕組みが確立していますので,弁護士が地方に行ったからと言って新たな需要を掘り起こせるわけではありません。
 では,裁判外の法律事務はどうかというと,地方には司法書士,税理士といった他の士業が多く,お金になる法的需要は大抵そちらに吸い上げられている上に,裁判所に行かなくても良い法律事務であれば,近年はインターネットの普及により東京や大阪の弁護士が全国で法律相談サービスを行うことも可能になっているため,尚更地方に事務所を構えるメリットはありません。地方の方が事務所代などの経費は安く付くかも知れませんが,地方の弁護士会はそれを補って余りあるほど会費負担や会務活動の負担が重いので,地方で開業しても割に合いません。
 それに加え,弁護士過疎地域には法テラスの事務所や日弁連の公設事務所が設置され,一般の弁護士が開業する場合にはそれらの事務所が強力な競争相手になります。法テラスは実質国営企業なので採算を考える必要はありませんが,最近は相談件数が減っているらしく,このままでは予算削減の対象になってしまうので,相談件数を増やすべく資力要件の撤廃などを検討しています。一般市民の法律相談が,資力に関係なくすべて法テラスで賄われてしまうのであれば,自営業でやっている弁護士の出る幕はなくなりますね。
 日弁連の公設事務所は既に大赤字で,撤退して法テラスに任せるか,それとも会費で赤字を補填して経営を続けるか議論が続いているそうですが,限界が来る日もそう遠くないでしょう。
 それでも地方に進出する事務所というのは,おそらく弁護士や事務員の「口減らし」を目論んでいるのではないでしょうか。都内の事務所で抱えきれなくなった余剰人員を,地方進出という名目で地方の事務所に飛ばし,地方事務所の経営が上手く行かなくなったら事務所ごとクビを切る,という感じです。数年後には過払い事件もほぼなくなるので,弁護士の失業者が今以上に巷にあふれることになりそうですね。
 余談になりますが,最近は「B型肝炎訴訟」がちょっとしたブームになっているようです。国の特別措置法で,幼児期に受けた集団予防接種が原因でB型肝炎に感染した人は,病状に応じて一定額の給付金を受け取ることができ,一定額の弁護士費用も支払われるということで,弁護団のほか複数のクレサラ系事務所がB型肝炎訴訟の広告を出しています。黒猫自身は,電車の中吊り広告でその存在を知り,唖然としました。
 B型肝炎訴訟で特別措置法(5年間限定)が出来たといっても,対象者がそれほど多いとは思えませんし,損害(病状)と予防接種との因果関係は個別に立証しなければならないので,過払いのような大量処理は無理ではないかと思うのですが,過当競争時代には,こういう僅かな需要でもお金の出るところには弁護士が群がるのですね。

 なお,司法改革推進派の人たちが口にしている「弁護士需要」は,全くお金にならないボランティアのような仕事の需要ばかりです。弁護士業は自営業が基本とされているため,お金儲け目的とまでは行かなくても,弁護士業務によって採算が取れなければ弁護士を続けることはできません。
 特に,法科大学院を修了した最近の弁護士さんたちは,弁護士会費の負担に加え,多額の奨学金や教育ローンなどの返済に追われているため,少なくともそれを返済できるくらいの収入が得られなければ,弁護士業を続けることはできません。そうなると,少しでもお金になる仕事を見つけようと企業法務関係に志望が殺到してしまうのもやむを得ないところでしょう(もっとも,企業法務は弁護士であれば誰でも出来るような仕事ではなく,多くは特別な知識やノウハウが必要であり,またその方面での名声がないと企業からの仕事も来ないので,門戸は非常に狭いですが)。
 新人弁護士の年収が600万円などと言われていたのはもはや遠い昔のこと,今ではまともに就職できた人でも,年収300万円もあればまだ良い方です。年収300万円で,そこからさらに会費や借金返済などが引かれるとなると,もはやその日の生活を維持するのが精一杯で,職域拡大のため新たな研修に励むとか,お金を貯めて独立するとかはまず不可能ですね。
 もちろん,弁護士資格を得てもまともに就職できない人や,お金がなくて弁護士登録すらできない人も着実に増えています。何かのアルバイトと兼業で弁護士をやるとしても,基本的に弁護士は兼業でやれるような仕事ではありません。最初のうちはアルバイトをしながら何とか弁護士の肩書きだけは維持したいと頑張っていても,肩書きの維持にお金と時間がかかり過ぎて割に合わないので,そのうち撤退することになります。
 弁護士資格を得ても,弁護士の業務を行い経験を積む機会がないのであれば全く意味はなく,お金にならない弁護士需要だけが転がっていても,経済的裏付けがなければ弁護士の業務拡大には結びつかず,その需要が満たされることもありません。
 現役の弁護士の中にも,別の仕事に就く機会さえあれば,廃業したいと考えている人は多いのではないでしょうか。最近では,某クレサラ系の事務所が回転寿司店を開業し話題になったことがありますが,その他にも政治家やら政策秘書やらは大人気ですし,また都内で弁護士をやっていると,不動産投資などの勧誘電話(ほとんどが投資詐欺まがいのもの)がうるさいほど掛かってきます。法律には詳しくても金融関係には疎い人が多い弁護士業界は,彼らにとって絶好のカモなのでしょう。
 ちなみに黒猫自身は・・・病気が快方に向かったら作家か農業関係にでも転身するかも知れません。業界事情が大きく変わらない限り,もはや弁護士業で食べていくのは諦めた方がいいと思っています。

 これは重要なことなので何度でも言いますが,今の法曹界に必要なのは,現実を見ない「前向き思考」で無意味な旗振りをする人ではなく,司法改革そのものが失敗であったことを率直に認めた上で,法科大学院制度を廃止し司法試験の合格者数も需要に照らし現実的な数に絞り,弁護士会の会務活動も会員の負担で賄える内容と規模に縮小した上で,再出発を図ることができる人です。今の合格者数でも,潜在的需要を掘り起こせば弁護士はまだやっていけるなどという議論をする人には,「それならお前がやってみろ」と反論するしかないですね。
 ・・・それにしても,いい加減話を先に進められる環境になってほしいです。同じようなことを繰り返すのでは書く方も疲れてきますから。

17 コメント

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黒猫さん、全然わかってないと思います (miracletoypoodle )
2012-11-09 13:45:31
黒猫さん、全然わかっていらっしゃらないのは、多くの今の弁護士の先生方も、法解釈適用能力が十分に備わっていないということです。

だから、弁護士の方々の方でも無駄に処理に無駄に時間がかかることになるのでしょうか。一般市民が、そのような弁護士の方々に仕事を依頼しようという気にならない、それが物事の本質です。
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Unknown (a)
2012-11-09 20:06:04
資格の維持に異常なほど金がかかるというのはその通りですね。自宅で事務員なしでも年60万~100万の会費はかかりますからね。
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Unknown (Unknown)
2012-11-09 21:42:54
結局、裁判所はどう考えるのかなあ、ってことだからね。
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Unknown (弁護士)
2012-11-09 22:38:04
少子高齢化のうえ、原発停止問題で電力を必要とする工場が海外に脱出し、他国に例を見ない財政問題。ドメ専門(渉外以外)の弁護士の需要が先細りなのは確実ですから、資格維持に金がかかりすぎる弁護士以外の仕事を探すのは後ろ向きではないと思います。
ダメと思ったら、昔の栄光にこだわらずに、パッと諦めて、次の道を探すのも十分前向きだと思います。
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Unknown (Unknown)
2012-11-09 23:58:50
大手法律事務所は儲かりまくっているのだから,ガンガン新人を採用すべきだと思います。そして,司法試験合格者数も3000人以上に激増させるべきでしょう。
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潜在的に需要はあります (miracletoypoodle )
2012-11-10 02:21:07
実際、私もそうですし、潜在的な需要があるのは確かです。
それを受けていただく弁護士の方々こそが少ないように思っています。

報酬が高く設定されていると、もうそれだけで、個人からの依頼は少ないもののはずです。
本格中華が売れないようであれば、インスタントラーメンに変えられればいいんじゃないかと思います。

今の弁護士の先生方の仕事のやり方に、依頼人を合わさせるのではなく、依頼人のニーズに、弁護士の先生方の仕事のやり方を合わせる必要があるのではないかと思っています。

他の専門職を見ていただければと思いますが、医者でも政治家でも、そういった方向に向かっているように思います。

弁護士の仕事が今よりも軽いものになれば、例えば、依頼人に代わって、役所や企業と何かの交渉ごとをしたりもできるわけですし、それこそ社会正義の実現に向けて活動されると、社会が明るくなる可能性もあるわけですし、何か依頼人のニーズを掘り起こそうとする姿勢をお持ちでないというのはいかがなものかと思います。
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Unknown (通りすがり)
2012-11-10 05:24:53
現状は問題だとは思いますが、議論が前に進まないのは多くの人にとって、どーでもいい問題だからですよ。
もちろんこれから法曹を目指そうとする学生や現役の弁護士さんからしたら、とんでもない死活問題です。でも、一般国民にはあまり影響がないと思います。
よく「質の低い弁護士の増加は国民の損失だ」みたいなこと言いますが、多くの国民はそもそも弁護士とほとんど関わらないし、仮に関わるとしても、数が多い方が希少価値が減る分、コストやサービスの面でこちらの要求が通りやすい気がします。
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需要はないけど・・・ (さかいB)
2012-11-10 08:45:14
弁護士業で食べて行くのは楽勝です。
既存の弁護士ダメな人多いから、仕事奪うの超カンタン!
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潜在的に需要がある? (成仏)
2012-11-10 15:12:45
無料だとか採算割れするようなものは、ニーズとは言わないの。そういうのは公共サービスかボランティアのカテゴリ。
受験対策商品販売をしてるみたいだけど、無償頒布か100円位で提供しろって言われたら腹が立つでしょ?
弁護士一人の一月ランニングコストって、考えたこと、ある?

なんでもいいけど、どんな潜在的ニーズがあるか、そろそろ具体例をしめしてほしいもんだわ。
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潜在需要はあります (miracletoypoodle )
2012-11-10 18:25:51
もし仮に弁護士が、一件の処理に時間がかかりすぎるようであれば、それは、法解釈適用能力が乏しいからだと思います。

クラスメートの多くは、例えば、企業vs個人といったシーンで、どちらかというと、企業側についてする仕事を望んでいます。

企業側の仕事というのは、法解釈適用について、形式的に留めるところがあり、あまり頭を使わない印象です。
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