黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

「活動領域を拡大できる弁護士」の条件

2013-03-20 20:10:51 | 弁護士業務
 今日,CFP資格の更新手続きを何とか終えました。弁護士になって間もなくCFPの資格を取ったはいいものの,資格を維持するには2年間で30単位以上を取得しなければならず,昨年は単位取得が間に合わないので延長申請をし,今日で何とか必要単位を取得。DCプランナーなどは既に放棄しましたが,資格をたくさん取りすぎると維持するのが大変です。

 ところで,法曹人口問題に関連し,司法試験合格者年間3000人という政府目標を撤廃するという報道(http://www.asahi.com/national/update/0316/TKY201303160408.html)が最近ありましたが,具体的に年間合格者数をどの程度にするつもりなのかは,現時点では分かりません。
 司法試験を実施している法務省が具体的な見直しの方向性を示しておらず,検討会議内部でも意見が割れているので,このまま行けばなし崩し的に年間2,000人程度という水準が維持されるのかも知れませんが,現状ではとても食べていけない若手弁護士があふれかえっているので,このままでは法曹養成制度そのものが破綻するということは,これまで何度も書いてきたとおりです。
 法曹人口を増加させた上で,新たに法曹資格を取得した人の多くが実働法曹として社会に定着するようにするには,法曹の新たな職域を拡大させなければなりませんが,能力面の問題や採算面の問題を度外視すれば,まだ法的サービスが十分に開拓されていない分野もないわけではなく,例えば相続の分野は未だに十分な専門家が多いとは言えません。
 すなわち,安倍政権のもとで相続税法の改正が検討されており,相続税の基礎控除が現行の「5,000万円+法定相続人の数×1,000万円」から「3,000万円+法定相続人の数×600万円」に変更されると言われています(現在,国会に法案が提出されており,予定どおり成立すれば2015年1月から適用される予定)。従来,相続税の納税義務がある人は全体の約4%程度に過ぎないと言われているところ,この改正によって相続税の納税義務者は大幅に増える可能性があります。相続税の納税義務者が増えれば,これに伴い相続税対策の相談需要も増え,これに弁護士が参入する余地があるのではないか?
 この問いに対する答えは,まあ無いとまでは言えませんが,その実現にはかなりのハードルがあると言うしかありません。
 例えば,一般市民から「うちは相続税の課税対象になるか?」という相談を受ける際,上記のような相続税の基礎控除額を知っているだけでは不十分であり,最低限必要な実務知識の一つとして「小規模宅地等の特例」があります(以下,紫色の部分はかなり専門的な話になるので,興味の無い人は読み飛ばして下さい)。
 相続財産に不動産が含まれている場合,課税価格はその不動産の路線価によって計算するのが通常ですが,相続税の課税によって一般国民の生活に不可欠な居住用財産までが失われてしまう事態を防ぐため,一定の要件を満たす宅地等(特定居住用宅地等)については,その評価額を80%減額することが認められています(租税特別措置法第69条の4)。当然のことながら,「小規模宅地等の特例」の適用を受けられるか否かにによって,相続税の課税対象となるか否かの判断も大きく変わることになります。
 この「特定居住用宅地等」に該当するためには,主に以下の要件を満たす必要があります。
1 宅地等の面積の合計が240平方メートル以下であること
2 相続開始の直前において,被相続人または被相続人と生計を一にしていた被相続人の親族の居住の用に供されていた宅地等であること
3 次のいずれかに該当すること
 (1) 被相続人の配偶者が当該宅地等を取得すること。
 (2) 相続開始の直前において当該宅地等の上に存する家屋に居住していた親族(配偶者を除く。以下同じ)が当該宅地等を取得する場合であって,その者が相続開始時から申告期限まで引き続き当該宅地等を有し,かつ,当該家屋に居住していること。
 (3) 被相続人に配偶者及び同居の親族がいない場合において,相続開始前3年以内に日本国内に自己またはその配偶者の持ち家に居住したことがない被相続人の親族(制限納税義務者を除く)が当該宅地等を取得する場合であって,かつその者が相続開始時から申告期限まで引き続き当該宅地等を有していること。
 なお,被相続人が自宅ではなく老人ホームで亡くなった場合,被相続人の居住用建物が複数存在する場合,それが分譲マンションである場合などには色々細かい問題があり,事業用不動産や農地等については別の特例があったりするのですが,きりがないのでこの記事では割愛します。

 このように,相続に関する相談業務をやろうとするのであれば,相続税に関する様々な細かいルールを学習しなければならず,税理士やFPはこのような制度について既に資格取得の段階で学習しています(ただし,制度が頻繁に改正されるので,その度に学習し直さなければなりません)が,弁護士は資格取得後にこれらを一から学習しなければなりません(司法試験選択科目の「租税法」では,相続税法は出題範囲に含まれていません)。弁護士になった後,(能力面,意欲面及び経済面において)さらに税理士やFPの試験に挑戦できるような人でなければ,この分野に参入するのは事実上無理でしょう。
 なお,最近は相続税法の特例だけではなく,最近は「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」で遺留分に関する民法の特例が定められたりしていますので,相続税以外の問題でも司法試験レベルの知識だけで相続の相談に対応するのは難しくなっています。
 相続の分野に関する専門家が「多いとはいえない」というのは,相続の分野では弁護士は相続税が分からない人が多く,税理士は民法が分からない人が多いという状態になっており,民法分野と税法分野の両方に目配りして依頼者に適切なアドバイスができる専門家が多いとはいえないという意味ですが,このようなニーズに応えるためには弁護士だけでなく税理士かFPの勉強もしなければならず,法科大学院で借金まみれになった若手弁護士が容易に参入できるとは思えません。

 国内の分野でさえもこんな感じですが,これが外国法の分野になってくると,もっと大変な話になってきます。
 外国法分野の専門家になるためには,当然ながらその国の語学力だけでなく(日本とは異なる)その国の法制度を理解しなければなりません。しかも海外勤務の経験が重要になってくるので,実際にその国で受け入れてくれる法律事務所を自分で探さなければいけません。
 そういった受け入れ先が見つかっても,一般的にはトレーニングさせてもらえるだけで給料は支払われませんので,政府や日弁連などが注目している中小企業の海外支援業務に若手弁護士が参入しようとすれば,まず自費で長期間海外留学しなければならない,ということになります。
 さらに,実際にはそこまで勉強しても,日本の企業は外国法の分野であれば欧米系の法律事務所に依頼するのが当然であり,むしろ「なぜ日本人の弁護士なんか頼む必要があるの?」という考え方になっているところが多いそうです。そのため,日本の弁護士が日本企業の渉外案件に参入しようとしても,日本人独自のメリットをアピールできなければ成功は望めず,こうなってくると,そもそも「なぜ日本の弁護士が海外進出する必要があるの?」という根本的なところから疑問が生じてきます。

 法曹人口(司法試験の年間合格者数)についてはこれからも議論が続くのでしょうが,法曹固有の職務領域である訴訟事件などは減少しているにもかかわらず,「活動領域の拡大」が必要であることを理由に年間合格者数を増やせ(あるいは維持せよ)と主張しようとする人は,法科大学院で数百万円ないし一千万円以上もの借金を背負い,能力的にも低レベルの司法試験で中途半端な知識を身に付けたに過ぎずろくな実務訓練も受けられない新人弁護士たちが,現実的に活動領域の拡大(新たな業務分野の発掘)などという高度な仕事ができるのかどうか,真剣に考えてもらいたいです。

10 コメント

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能力面に加えて (Unknown)
2013-03-21 07:08:16
活動領域云々と政府等は、未開拓分野への参入を促していますが、なぜそれを新人にやらせるのかが疑問です。弁護士業界のルールや相場などを知らない人間に、新しい仕事など土台無理な話でしょう。専門職と言うのはそういう意味なのではないでしょうか。

アメリカのベンチャー企業家を想定しているのかもしれませんが、そうであるなら、新規参入に弁護士資格など要らないでしょう。新人が新規参入出来る分野=専門的知識がそれほど必要でない分野ということでしょうから。アメリカのベンチャー企業家は大体、最終学歴が大学中退ですし。
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Unknown (Unknown)
2013-03-21 11:39:00
新分野を開拓してそれが起動に乗ると、「あれっ、これって弁護士登録しなくても出来るけれども、これだけ高い弁護士会費を支払い続ける必要があるのか?」という疑問に悩まされることになるのです。
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Unknown (Unknown)
2013-03-21 12:23:48
日本は役所の窓口をあまりにも作りすぎです。

税理士にしろ、自分でなんとかなることが、仕事の独占業務であったりする。相続税の計算、地価など、パソコンをたたけばたちどころわかります。それでもパソコンに触ったことがない高齢者人口が相対的にあるので、有資格者のビジネスとして成り立つのでしょうね。いつまで続くか、わかりませんが・・

資格を目指し、取った人はそれなりに素晴らしいと思いますし、否定しませんが、ファイナンシャルプランナーの知識なら、税理士の資格だけで十分に賄えますし、それに相談者のほうこそ区々なのに、全員について当てはまるでしょうか?

弁護士なら「特認制度」をもう少し広げたり、専門分野からその人に司法試験を受けずに、弁護士の資格を付与するばいいじゃないでしょうか?(なれる条件を厳しくして)

資格商法という言葉がありますが、その根源こそ、法曹改革からきていることをまず問題点として知っておきましょう、それより、起業しやすくしたほうが、遥かに経済的に投資の市場が活性化します。この国の官僚システムこそが、最大の社会の病理です。
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Unknown (Unknown)
2013-03-21 12:40:04
過払い事件に、弁護士がよって集りましたが、その理由の一つがそれほど専門的知識が必要でなかったという点にありますからね。そのおかげで新62期あたりの即独弁護士も、どうにか仕事をこなせた。

そういえば債務整理系大手の大事務所の代表弁護士が、離婚紛争にもそれほど専門的知識がいらないなどと言って参入を前向きに検討していたようですが、周りの失笑を買っていましたね。施設に入れられる子供が増えない事を祈るばかりです。
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Unknown (Unknown)
2013-03-21 12:46:41
>日本は役所の窓口をあまりにも作りすぎです。

まあこういう歴史もありますし。

司法制度改革審議会第12回

それでは、明治維新のときから、戦前の弁護士制度の軽視という問題について論じていきたいと思うのであります。戦前の弁護士制度というものは、司法制度上、ほとんど顧られたことがなかったと言ってよいと思われるのであります。軽視というよりかは、むしろ弁護士制度は敵視するという政策がとられてきたわけでありまして、元最高裁長官の服部高顕さんは『日本の法曹その史的発展と現状』という本の中において、「当時の政府は十分な訓練を受けた裁判官及び検察官の発展を図ることには極めて積極的であったにもかかわらず、代言人の発展に力を致すところは極めて少なく、代言人は、1872年、明治5年に至って、ようやく、しかも民事事件についてのみ訴訟当事者を代理することを認められたにすぎなかった。代言人に対するこのような消極的な態度は、一つには、近代の弁護士の前身とも言うべき公事師が一般の信望を得ていなかったことと、私的職業よりも、公職を尊重する長い封建時代の全般的傾向に由来したものであろう。それに加えて、代言人が治外法権打破という国策にとって裁判官や検察官ほど重要なものではなかったこともその一要素を成しておった」と、このように書かれておることであります。 まさに封建時代を背負ってきた歴史の流れの中において、そのような軽視、あるいは敵視作戦がとられてきたわけであります。

そういうことに関連をいたしまして、むしろ法律事務の隣接業種関係、今も問題になってきておりますが、隣接業種については、これらの隣接業種によるむしろ法律事務の切崩し政策がとられてきたわけであります。したがいまして、基本的には戦前の政府といたしましては、弁護士の仕事が、今、問題になっているような訴訟活動以外のところへ臨むことはむしろ好ましくない、流出しては困る、訴訟業務のみに限定されてくるべきであるとの政策の下に、それ以外は弁護士とは別の制度を設けまして、それをむしろ補助的存在として位置づけ、なお、遺憾なことには、監督官庁が自分の息のかかったものを据えつけていくという、弁護士以外の幾つかの制度をここに設けてきたものであります。その典型例が、今、問題になっております司法書士、当時の代書人の問題であり、あるいは税理士の問題であり、弁理士の問題であります。これらの方々は今も御承知のように、例えば司法書士であれば裁判所の書記官、あるいは法務省の登記に関係した者が、当然に試験を受けなくてもなれることになり、弁理士も特許庁の審判官であればなれる。税理士もまた、国税庁の職員であれば無試験でなれるということになっておって、まさに監督官庁の下部組織として存在をしてきた。そして、弁護士のところから外してやってきた。これは既に御承知のように、外国では余り例を見ない。だから、アメリカではローヤーというのは、全部仕事をしているけれども、なぜ日本ではこんないろんなものがあるんだ。全部合わせれば数が多いじゃないかということが出てくる根拠もここにあるわけであります。 むしろ、それは在野法曹というものが反骨精神に固められていくということに対する在朝側の防衛対策、自己の息のかかった者を自分の周辺に配置していくという政策によるものであるわけであります。ここに二元主義的な弁護士制度というものが生まれてきた。弁護士一本ではないということになるわけでありまして、三ケ月さんの本によりましても、まさに隣接業種が私生児的制度としてしか生まれてこなかったと。このことが、我が国司法制度運営のがんになり、日本の司法制度の一つの悲劇であると、三ケ月さんが『現代の法律家』のところでお書きになっているところでありまして、このように弁護士制度というものと、ほかの隣接業種というものは、どのようにして生まれてきて、どのような政策の下に生まれてきたかということをまずもって我々としては理解をしていかなければならないと思うわけであります。
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Unknown (Unknown)
2013-03-21 21:35:38

そういう「私生児的」「司法制度運営のがん」隣接業務を駆逐してしようと始めたのが司法改革・法科大学院制度だったと思うと、もうね・・
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Unknown (Unknown)
2013-03-21 23:01:07
>司法制度改革審議会

アメリカの場合、紐解いてみましょう、たとえば、わが国のような士業のような、隣接資格は存在しませんが、他民族社会で、三権の分立はわが国以上に徹底していますし、何より「法曹一元」がロースクールから徹底しています。裁判官は弁護士を経験してからほとんどがなります、救急車を追うと言われるほど、だれもが弁護士を利用し、裁判を起こしやすく、弁護士が日本の士業を兼ねていますね、皮肉なことですが、わが国は、ドイツ法から英米法体系へと法教育も変わってきていますよ。日本の司法は誰のものか?といえば、国家体系の維持と一部の特権階級を擁護するために造られたのですよ。明治の司法と現代の法曹改革は二元対立的な官僚的政策である点、批判的論点を落とすととんでもない歪曲司法制度を擁護してしまいま。
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Unknown (Unknown)
2013-03-22 09:06:32
グラビアで活動領域を拡大された方もいらっしゃいます。
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Unknown (Unknown)
2013-03-22 09:34:15
「法曹一元」を唱えながらそれが「士業一元」でないことに疑問を持たない人は、既得権死守の官僚的発想と批判されても仕方ないでしょう。
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Unknown (Unknown)
2013-03-24 20:41:35
法科大学院や増員を支持する気は全くないのだけれど、
職域を拡大するのは、若者で、しかも普通の
弁護士業務で無理なく食えていない人たちがするという
ことは割と真実じゃないかね。(過払いでない)クレサラ系にせよ
消費者問題に早くから取り組んできた人たちは、うまくメイン
ストリートに乗れなかった人たちだったわけでね。
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