新しい法律を作る、ということは、それまでの法律では間に合わない問題が存在することを意味する。
たとえば先月「自動車運転死傷行為処罰法」という法律が成立した。ぼくは法律についてはあまり詳しくないので、もしかすると間違っているかもしれないが、この法律は特別刑法と呼ばれる法律群の中に分類されるのだと思う。多くの方がご存じの通り、交通事故・事件において一部の悪質な行為(ひき逃げとか、薬物とか)が、現行の法律の網の目をくぐって処罰が軽くなる場合があり、それを是正するための法律である。
すでに「危険運転致死傷罪」という罪が決められているが、たぶんこれまではこの罪を取り締まる法文は、狭義の刑法(刑法典)に載っていたのだが、これを刑法から分離して新しい法律に載せ替えることになるはずである。
様々な議論がずっと以前から行われてきて、少しずつ社会的なコンセンサスが作られてきて、今この法律が成立するに至ったと言える。もちろんこれではまだ不十分だと思う人も多いし、ここからさらに実際に法律を運用していく中で、よりよい方向に法律が整備されていくだろうと期待されるところだ。
さて「特定秘密保護法」である。
これもおそらく特別刑法ということになるだろう。ちゃんと調べたわけではないがウィキペディアには、日本の特別刑法で廃止された特別刑法が三つ掲載されている。「戦時刑事特別法」と「軍機保護法」「国防保安法」だ。いわば「特定秘密保護法」はこうした法律の〈穴〉を埋める位置にあることが見て取れる。もう少し踏み込んで言えば廃止された法律の復活が目指されているのである。
もちろん現状の法律でも「国家公務員法」「地方公務員法」「自衛隊法」などで、職務上知り得た秘密の意図的な漏洩は当然処罰対象になっている。アメリカのスノーデン氏や海上保安庁のビデオ流出実行者のような一部の思想的確信犯などはどんな法律があっても防ぐことは出来ないのだから例外として、現行の法律の不備によって大きな問題があったという話は聞かない。だから危険運転致死傷罪のような多くの人が時間をかけて検討してきた結果、新しい法律が成立するという流れとは全く異なり、今回の「特定秘密保護法案」は突然降って湧いたように現れたのである。ついでに言えば、この間の選挙の自民党の公約にも入ってはいなかった。
もうひとつついでだが、この法律は自民党が中曽根内閣の時から作りたかった「スパイ防止法」(最高刑は死刑)の延長上にある。更に言えば、これも長年政府が作りたかった「共謀罪」(旧協議罪)がこの法律の中に紛れ込むように組み込まれている。
参考-「
秘密保護法 共謀罪 心の中も取り締まる」(信毎web/信濃毎日新聞)
ところで、この「特定秘密保護法案」には激しい賛否の声があるわけだが、なかなかこの法律の問題を素直にストレートに指摘する論評は少なかった。あまりに範囲が広すぎるし、「何が秘密かは秘密」とか「なぜこの法律が必要なのかも秘密」「指定する範囲には全部『その他』が付いている」とか、もう笑い話にもならないあいまいさで、さらに大臣の答弁は食い違ったり揺らいだり、修正協議をすればするほど内容が悪くなったり、最終段階で首相が第三者機関ではない意味不明のチェック機関の設立を表明したりと、論評する側も何から手をつけたら良いかわからなくなっているのかもしれない。
しかし本質は単純である。冒頭に書いたとおり、新しい法律はこれまでの法律で取り締まれなかったことを取り締まるために作られるのである。つまり、すでに国家秘密の漏洩を罰する法律がある以上、この法律はそれ以外の〈新しい〉問題に対処するための法律なのである。それは何か?
もちろん「特定秘密保護法」が戦争を実行するための準備の一環であることは明らかだ。今回の国会で議論された日本版NSCと秘密法は、自民党が来年に上程する「国家安全保障基本法」成立の前提条件だと言う。「国家安全保障基本法」は集団的自衛権の行使を可能にする、すなわち戦争を実行するための法律だ。
ここでも付け加えるならば、つまりこれはまさに麻生財務大臣の言う「ナチスの手法」である。手続き上の改憲はせずに憲法を無効にする法律を作るということだ。
ただそれならば「特定秘密保護法」はいったい戦争に向けてどのような準備になるのか。
それは少しずつ垣間見える事柄から推測することが出来る。
ひとつは担当の森雅子大臣の国会答弁で、違法な取材活動とは何かを問われた時に、例として西山事件(沖縄返還密約漏洩事件)を挙げたことだ。
西山事件の詳細はここには書かないが、これは政府が不正を犯した事件である。しかし政府の必死の世論操作によっていつの間にかスキャンダラスな取材方法が問題にされるようになり、いつの間にか話が逆転して政府の重大な不正はうやむやにされてしまった。
政府の不正を暴くのは通常の方法では難しい。なにしろ国家の最高権力である。アメリカのウォーターゲート事件に象徴されるように、多くの場合は非合法もしくは非合法ギリギリの取材をしなければ隠されたものを見つけることは出来ない。こうしたとき手段は結果によって正当化される。
なにより違法か否かを決定するのは権力の側である。小さい話を例にすれば、みのもんた氏の息子の事件が起訴されなかった件とか、大きな話では民主党政権のときの中国漁船員の強制帰国処分だとか、それを違法として問うかどうかは権力者の裁量の部分が大きい。
事実上、西山記者が行ったことはジャーナリストが公務員に取材し何かの情報を聞こうとする行為でしかなかった。これが秘密漏洩の教唆とされたのである。秘密保護法だとこれは共謀、つまり共犯とされるかもしれない。
また先日から問題となっている石破自民党幹事長の発言がある。
詳細を書くまでもないが、石破氏は自身のブログで「絶叫」するデモをテロと同じと断じた。その後の批判の中であいまいな謝罪もどきをしたが、事実上、発言は撤回されていない。
よく引用される「特定秘密保護法案」の条文にあるテロの規定がある。テロとは
「政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう」
というやつだ。
素人には「政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要」することがテロであると書いてあるように読める。もっとも法律の専門家によれば、これは「国家若しくは~強要し、又は~殺傷し」がひとまとまりのセンテンスで、このセンテンスと「又は重要な~破壊する」が同列で「活動」にかかる文章なのだという。
もし本当にそうなら、全くわかりにくい文章だと言うしかない。というよりわざとわかりにくく書いてあるのではないかと疑いたくなる。あえて条文を一人歩きさせるためにこういう書き方をしているのかもしれない。
こういう批判があることを十分分かった上で、この条文の修正をしない自民党の姿勢が、まさにこの条文の意味を逆に鮮明にしていると思う。
いずれにせよ、今回の石破発言を重ね合わせると、政権に反対するデモは民主主義的ではない=違法行為だと言うことになってしまう。これではもはや中国や北朝鮮の政府が主張していることと何の違いもない。
そしてもうひとつ。「特定秘密保護法案」の所管省庁が内閣調査室(内調)だという点である。普通に考えれば外交機密や防衛機密の問題であれば外務省や防衛省が担当するはずだ。しかも担当大臣も消費者庁や少子化問題を担当する森雅子氏である。そもそも法務や金融関係を担当してきた人物で、とても機密保護問題の専門家にふさわしいとは思えない。彼女はただの張りぼての頭でしかない。つまりこの法律は構想から運用まで基本的に内調が完全にコントロールしているのである。
内調とは何か。スパイ機関である。スパイを取り締まるのが公安警察であるなら、スパイを実行する役割の方が内調なのである。どこかチグハグしていないだろうか。
ぼくは、この法律はおそらく「スパイ防止」の法律ではなく、「スパイ活動」法なのではないかと思っている。なぜなら前段に書いたようにスパイを防止するための法律はすでに存在しているからだ。新しい必要性とはこれまで何も法律でコントロールできなかった闇の任務をスムーズに行えるようにすることなのではないのか。
それはもう少し言えば表向きに言われている他国との秘密の共有化ではなく、文字通り「秘密保護」を目的としているのではないのか。
内調のスパイ活動がどこでどんな風に行われているのかは、もちろん全く明らかにされていない。しかしおそらく当然国内でも活動しているはずだ。そしてそれはまたおそらく、かなり非合法的手段が含まれているのではないだろうか。
ぼくが疑っているのは、こうした政府機関による非合法活動が表ざたになることを防止するための法律が特定秘密保護法なのではないかということなのである。
戦争を行うために必要なのは国内世論の形成と、反対派の排除である。まさにこれは内調の仕事である。この法律はそのための法律なのではないのか。
以前のブログにも書いたと思うが、この法律は別に容疑者を起訴して処罰する必要は無い。容疑をかけるだけでよい。逮捕ぐらい出来れば上等だ。あとは「世間」がその人物を社会的に抹殺してくれる。まあ実際にはその容疑さえ無くてもよいのだ。その人物の関係者を排除するために、その人物がこんな奴と付き合っているんだと言いふらしさえすればよい。その人物自身が直接のターゲットでなくても、その人物が「不適格者」であると宣言するだけで、結果的にターゲットである関係者を排除することにつながる。
もっといろいろと思いつくことはあるが、もう自民党による強行採決が行われてしまうだろう。
恐怖政治の第一歩が始まろうとしている。