ブログ雑記

感じることを、そのままに・・・

友と行く時間列車の座席

2016-11-21 10:51:26 | Weblog
時々2000字で作文をしてみる。
難しいけれど楽しい時間が過ごせる。
何だこれは、と思われても、もしかして共感してくれる人はいるかも知れない、、、と

「只今列車は七十五番駅を通過しました」と変なアナウンスが流れた、と思って顔を上げると、今夜も本を読んでいるうちにまどろんでしまって暖房が切れて寒く、ぞくぞくっとした拍子に目が覚めた。ぼんやりした目をこすりながら電気スタンドヘ手を伸ばすと辞書の側に置いてあった砂時計を倒した。ハッとして思わず砂時計を起こすと砂は見る間に下に落ちて溜まった。今まで気にかけた事もなかった砂の崩れ具合の速さに驚き、もう一度確かめようと砂時計を見据えながらひっくり返して、耳もそば立てた。音は聞こえないものの目には砂の動きはハッキリと見えた。年をとって、時の過ぎ去る速さに気付いても手遅れだ、と思いながらベッドに潜り込むと電気毛布が冷えて縮んだ身体をじわじわとほぐしていった。少しの間丸まってじっとしていて徐々に手足を伸ばし寝心地のよい向きになろうと体勢を変えたがいつも通りに落ち着いた。手を大きく後ろに伸ばしスイッチを探ってスタンドの電気を消すと暗闇にこうこうと月の光りが射し込んでいた。晴れ渡った空には妖しい輝を放つ月を背にして、手を伸ばせば届きそうなところにひと群れの雲が漂っていた。外は静かで風の音も絶えているのに上空では風が渡っているのか、雲は急に動き、立て髪をなびかせて疾駆する馬のように見えたかと思うと次は定かではない形に崩れて風と雲の競演はあっという間に終った。その様子はこれまでの生活と時間が消え去る淋しさに思えたが、その向こうに子供時代の元気よく遊ぶ姿が薄っすらと浮き上がったようにも見えて少しなごんだ気持ちになった。
月光は寒空を突き抜けて寝室を占領し、眠気を追い払ってしまった。
寝返りを打って体の向きを変えても部屋に満ちた月光は陰ることはなかった。
一度過ぎてしまった眠気は目を閉じていても一向に戻らなかった。雲を吹き払われて月は妖しいほど輝いていて目は益々冴えて眠ろうとすればする程眠りは遠のき、寝るのをあきらめ、空を見上げていると徐々に月がにじみ始めて瞼もゆるみ、まどろみながら夜空の階段を昇り、夢遊空間に迷い込んで部屋もベッドも消え失せて月光と星々の散らばる夜空の中にひとり漂って、知らぬ間に眠り込んでしまっていた。

 溺れかけて空気を吸い込もうと必死で水面へ顔を出した人のように、大きく口を開け、肩で息をしながら、溢れる涙を拭いもせず、ペダルを踏み続けていた。何処へ向かっているのか、何かに追っかけられているのか、わからない。突然松林と海が広がっていた。無意識に海へ向かっていたのだった。そこは雲ひとつない青空と松林が続く穏やかな砂浜に小さく打寄せる波がザブっと砂に砕け、スッっと白い砂に吸い込まれる繰り返しの音がするだけで人の声も船足の響きも聞こえなかった。奇妙なほど静まりかえった昼下がりだった。人の気配はまるでなかった。自転車を降りて涙の痕を袖で拭うと、空と大地と海の間に自分以外誰もいない砂浜に座り込んで両手を大きく背伸びするように突き上げて後ろへ倒れると視界から周りが消えて満天の蒼空が覆いかぶさるように広がった。真昼に夢を見たわけではない。不思議だが、一瞬蒼空に浮かんでいる錯覚に襲われた。どうして一人でここへ来たのだろう。友人も多勢いるし、何ひとつ不自由もない日常なのに、どうして一人になりたかったのか、一瞬友の顔がフラッシュのように現れて消えた、そうだった、友人の事故死を知らされ、頭が真っ白になって思わず飛び出し、涙が溢れ、淋しさが頭の中いっぱいで何も考えられなかった・・・友の顔が浮かんで、ぼやけて・・・又現れて・教室でふざけ合って・・・笑顔が近づいて、立ち上がると友はいなくて、国語の先生がいた。どうしたの、と思って瞬きすると私を指差して宿題の詩を暗唱しなさい、と言った。一体誰の、と戸惑っていると・・かすかなつぶやきが聞こえて来て・・・僕の前に 道はない 僕のうしろに道はできる・・・聞こえるままの言葉を自分の心臓の音の響が聞こえる程真っ白くなっている頭の中で繰り返し、ふるえる声で、僕の前に 道はない 僕のうしろに道はできる、と暗唱を始めた・・・誰の声が聞こえたのか・・・きっと友の声だ・・
 
 朝ごはんですよ、と呼ぶ声で夢から覚めた。瞼に力を入れて目を開けると部屋はいつもと変わらず、七十五才の朝だった。
 必死でつぶやいていた詩は・・ええと・・あれは・・・口に出かかりながらはっきりしない、ええ~と・・あっそうだ、高村光太郎 の道程だった、とやっと思いだした。
 同じ時間列車に乗り合わせた友とはいつまでも、時間列車の記憶座席に一緒に腰掛けてずっと旅を続けて行くことになるだろう。