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定年ジジイの夕焼け人生

朝日ほどの力強さはなくてもいいが、人生の黄昏期をせめて夕焼けほどに輝いていたい。

冬来る

2016-11-25 16:14:44 | 夕日/朝日
今年の冬は早い。

昨日の東京の雪は、11月としては54年ぶりだそうだ。

54年前といえば、さすがの小生もまだ二十代中頃のことだ。
そんなことが有ったのか、全く覚えていない。
確か社会に出て間もなくのことで、会社勤めに夢中で、寒さなど眼中になかったのかもしれない。




今朝6時過ぎの浜松の東の空。
まだ明けやらぬ、しかし寒くなりそうな予感を十分に与えてくれる、夜明けの空だ。


寒いのは嫌だ。歳と共に寒さに弱くなる。

これから3,4ヶ月は冬眠に入りたい気持ちだ。
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柿を買いに

2016-11-16 13:56:05 | 食べ物
柿;治郎柿を買いに出かけた。




浜松市の北部にフルーツパークがある。
そこから更に車で10分ほど北上すると、大平というがある。
遠州地方では、治郎柿の産地の一つとして有名である。


今年は柿の当たり年だそうだ。
道路の両側に広がる柿畑は、今が盛の事もあって、見事な柿色に染まっていた。
一面の柿畑が、枝もたわわに実った柿で覆われている景色は見事だ。

大振りな美味そうが柿を一袋買ってきた。




帰り道に豆腐料理があった。


ウイークデイだと言うのに、混んでいた。
この地方では有名な豆腐工場が経営しているのだそうだ。

豆腐・油揚げ定食を注文した。確かに豆腐はしっかりした味だった。



小春日和の日の半日のドライブだった。






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一日遅れのスーパームーン

2016-11-15 18:41:39 | 夕日/朝日
昨夜のスーパームーンは残念ながら天候の加減で見ることができなかった。


日中ポカポカと暖かく、絶好の秋日和だった今宵は、薄い雲が有ったが見事な満月が視られた。



今宵ほどのスーパームーンが見ることが出来るのは、次は18年後だそうだ。

まれに起こる自然現象や、何年かごとの世界的世界的行事の日本での開催などを解説する時に、よく次は○○年後だという表現を使う。

以前には、ああそうか、となんとなく聞き流していたこの類の言い回しが、このところ身につまされる歳になったとつくづく感じる。

今回のようなスーパームーンをもう見ることもないだろう・・・・・・・・



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孫の手

2016-11-13 17:47:23 | 老人、友人


秋が深まり、空気が乾燥してきて、冬一番が吹く頃になると、一つ憂鬱なことが出てくる。

近頃始まったわけではない。もう20年近く前、確か定年退職した頃からだった。
痒みが、脛付近から始まり、腰回り、背中へと登ってくるのは、秋の爽快な空気が原因だ。皮膚から水分を奪い、カラカラに乾燥させるからだ。

人はそれを「老人性そう痒症」という。


ベッドに入り、身体が適当の温まる頃になると、その痒みはやってくる。

痒いと感じるところを掻くと、それをあざ笑うかのように、痒みは次の場所に移る。そこを攻めると敵はするりと場所を変える。
痒みはどんどん場所を変え、範囲を拡大する。
手の届くうちはまだ良い。本来体の硬い小生はかける範囲が狭い。背中の2/3程度は手の届く範囲外だ。


かくして、孫の手の出番になる。
11月に入ると、孫の手を枕もとに置いて寝る。
夜中に痒みで目が覚めると、無意識の内に孫の手を取っている。ひとしきり背中をひっかき回し、やっと眠りにつく。


多分背中は孫の手での無数の引っかき傷が残っているだろう。


かくして、今夜も孫の手を枕元に置いていることを確認してから、就眠することになる・・・・・・・・・・







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アメリカ大統領選挙に思う

2016-11-11 13:54:12 | Weblog
大方の予想を裏切ってトランプが当選したことに、アメリカ国民の多数が驚愕し、悲嘆にくれている報道が溢れている。
ヨーロッパもアジアもアフリカも、政権担当者はこの事実にどう対処していいのか、暗中模索の最中であろう。

しかし個人的には、ある意味、これでアメリカが、いや世界がどのように変化して行くかという興味が大いにある。



そもそも投票の予想を最新の知識と技術で行い、ほとんどの場合、その計算結果が予想として正確であるという昨今の流れに、何か違和感を覚えたというのも今回の感想だ。

現代の統計予想では、サンプルの質も量も十分で、それに依る計算結果が投票の予想として殆ど外れることがないというのも事実であろうが、その予想が外れると何かどこか愉快に感じるのは小生だけではないだろう。

今回の予想の外れた原因は、正確に広げられたと思われていた予想調査の網にかからなかったサンプルが相当数有ったということらしい。

事前に意思表示せずに、じっと息を殺して調査の網に掛からないようにしていた隠れトランプ支持者が相当数いたと言うことだろう。トランプ支持のサイレント・マイノリティが投票当日突如姿を表し、トランプに僅差の勝利をプレゼントしたという図式だろう。


これは英国のEU離脱の国民投票の結果とよく似ている。
統計予測という現代テクノロジーの敗北とも取れる結果だ。


またその2つの予測が、いわゆる「世間の良識」と考えらていた方向で、結果がいわゆる異端で危うい方向に向いていると思われたのも同様だろう。


しかし現代の議会民主主義を前提に考えれば、いかに結果が「良識と考えらてていた」予測から外れていようが、それが進みべき道であり、その社会が出した「正解」としか言いようがない。


どんな「愚かな」1票でも、それは「賢人」の1票と重さは変わらない。それが民主主義と言うものだ。

この体制に異を唱える人は、民主主義とは共存できない人である。
一党独裁とか宗教独裁とか、人類の歴史的な流れから見れば時代遅れな体制を信じるのであれば別だが・・・・・・・・


しかし「衆愚」の決めた方向性が果たして人類にとって正しい道であるか、という疑問はどうしても残る。
例えばもしそれが「戦争への道」のような危険な方向であっても、正解であろうか?


人類にとって、多数決を基本とした民主主義に変わる新しい知恵が出てきても良さそうな時期のような気もするが・・・・・・・









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サイクリング

2016-11-07 08:35:57 | 散歩
(天竜川河口付近)

あまりにも気持ちのいい秋晴れに誘われて、サイクリングに出かけた。
ちょっと友人の家までと思い、自転車に乗ったのだが、もう少し先まで、もう少しと、なんとなく天竜川河口まで来てしまった。

子供の頃、天竜川河畔に近い所に住んでいたから、天竜川は日常の風景になっていたが、遠州灘とまともに出会うこの河口までは1,2度しか来たことはなかったと思う。

何時建てられたのか、数基の風力発電用風車が穏やかな風に出会い、ゆったりと回転していた。
晩秋としては、なんとものんびりとした風景だった。


河原には無数の薄が銀色の穂を揃えていた。

遠州地方特有の西風もなく、穏やかな日には薄の穂先も温かみを感じさせてくれる。




自転車でゆったり気の向くまま走っていると、普段車で出かける時には殆ど目に入ってこない風景が現れる。


(休耕田一面のコスモス畑)



(エシャレット=ラッキョウの畑では小さな花が一面に咲いていた)


天候に恵まれた、と言うより秋の好天に誘われサイクリングを楽しんだ午後だった。
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