この近くなのは確かなのだから、途中で誰かに道を聞こうと言うことになり、再出発。
歩き始めてすぐに出会った中年の女性に聞いてみました。「カルチエ・ラタンを探している
んですけど」と言うと、彼女、開口一番に、「あら、それならここだってそうよ。」
そもそもカルチエ・ラタンと言うのは、中世からルネッサンス頃、当時の知識人の共通語
だったラテン語の日常会話があちこちで聞かれるところからついた呼び名。つまるところ、
当時の学生街で、ソルボンヌ付近を闊歩していた私たちは、文字通り、カルチエ・ラタン
のど真ん中にいたわけです。「青い鳥」に出てくるチルチルミチル並の間抜けさですね。
彼女のお薦めは、中世博物館から、ソルボンヌ大学、パンテオン、理工大学校を通り、
パリVII大学まで歩くと言う純アカデミックなコース。五区には、市場や色とりどりのカフェ、
お洒落なレストランなどが並ぶ、Moufftard 通りと言う名の小道があって、以前、誰かが、
「カルチエ・ラタンだよ」と見せてくれた覚えがあったから、「あそこもそうですか」と聞くと、
「そうだけど、あそこはシックな地域ね。」
彼女が去った後、E嬢と話しました。「今のフランス人がカルチェ・ラタンの正確な場所を
言えなくても当たり前だよね。今時、ラテン語を話す住人なんて、どこにもいないのだから。」
以前、この辺は、書店、古本屋、画材屋などが建ち並び、知的芸術的雰囲気が満ちて
いたとか。その面影は今も健在ですが、最近では、レストランやカフェ、お土産屋など、
観光客相手の店に押され気味のよう。時代こそ変われ、学生が貧乏なのは今も同じで、
そのせいか、美味しくて値段も良心的なレストランが多いです。
もやもやが晴れてすっきりした私たちが、意気揚々とパリ散策を続けたことは言うまでも
ありません。