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ナビゲーターは魂だ

谷崎 潤一郎訳   源氏物語より 5

2010-07-22 | 箏のこと
月の出の 遅い頃 ですから、 

燈籠(とうろう)を あちら こちらに 懸けて、

灯(ひ)を ほどよく 点(とも)させ られました。




  姫宮の おわします方を 覗いて 御覧になりますと、


人並みよりは 目立って 小さく、 可愛らしく、

ただ お召し物 ばかりが あるような気がします。


 幽婉(ゆうえん)というところは 乏しくて、

 ひたすら 気高く、 お綺麗で、


二月(きさらぎ)の二十日頃の 青柳の、

わずかに しだれ初めたような 感じがして、

鶯の羽風 にも 乱れそうに、 華奢に お見えになります。


 桜の 細長に、お髪(ぐし)が 右左(みぎひだり)から こぼれかかって、

 柳の糸の 風情 なのです。


これこそ 限りなく やんごとない人の おん有様かと見えますのに、



    女御の君は 同じように 優美な お姿ながら、


  今少し 餘情があって 動作や 素振りが 奥床しく、 

  故ありげな 様子を していらっしゃいますので、


よく 咲きこぼれた 藤の花が 夏にかかって、

その 傍らに 並ぶ花もない 朝ぼらけの 感じでいらっしゃいます。


  あいにく ただならぬ お体で、 

  大分 人目につくように なっていらっしゃいまして、

  御気分も すぐれませんので、


おん琴を 遠ざけて、 脇息に 靠れて いらっしゃるのでした。 


小柄な方が ぐったりと 凭(よ)りかかって いらっしゃいますのに、

おん脇息は 普通の大きさですから、 背伸びを したような 形になって、

特別に 小さいのを 作って上げたく 思えるほど、

傷々(いたいた)しくて いらっしゃいます。


 紅梅の おん衣(ぞ)に、 

 お髪(ぐし)の はらはらと 清らかに 垂れかかった 

 灯影(ほかげ)の おん姿が、

 またとなく 美しく 見えますのに、



     紫の上は、  葡萄染(えびぞめ)でしょうか、

     色の濃い 小袿(こうちぎ)に 

     薄蘇芳(うすすおう)の 細長を召して、


  お髪が 床にたまるほど ゆらゆらとして おびただしく、

  身の丈なども ちょうど 頃合いで、 

  体つきも 申し分なく、

  
   あたりいっぱいに 匂うばかりの 心地がして、
 

   花に 喩(たと)えるなら 桜 ですけれども、

   実は その桜よりも 立ちまさって、 

   人と 違っていらっしゃいます。


 
 こういう方々の おんあたりでは、


      明石は 気壓(けお)されて しまうはずなのですが、

      なかなか そうでもありません、 


    態度なども こちらが 恥ずかしくなる くらいな 品があり、

    気だての 床しさも うかがわれて、

    何ということもなく 気高くて 艶に 見えます。

  
  柳の 織物の 細長に、

  萌黄(もえぎ)ででも ありましょうか、 小袿(こうちぎ)を着て、

  羅(うすもの)の 裳(も)の
  
  あるかなきかに ほのかなのを 引きかけて、


  ことさら 卑下していますけれども、
  
  その けはいも 用意も 心にくくて、 侮(あなど)りがたいのです。


 高麗の 青地の 錦の縁を取った 茵(しとね)に、

 正面(まとも)には すわらないで、 

 琵琶を ちょっと置いて、 

 ほんの少し 弾きかけて、 

 しなやかに 使いこなした 撥(ばち)の 扱いかたなど、

 音をきくよりも なお結構で 情趣があって、


   五月(さつき)待つ 花橘(はなたちばな)を

   花も 実も 一緒に 折り取った香りが するように 思えます。。。




 紫 式部   源氏物語  若菜より