yasminn

ナビゲーターは魂だ

大木 実                    鉈(なた)

2011-05-31 | 
小さな 一丁の 鉈(なた)が

ある朝は 哀しみで 重い


けれど 僕は 哀しまない  僕の 弱さも 力なさも



むしろ 僕は 怖れる


哀しむべきとき  哀しみを 忘れ


怒るべきとき 怒りを さける 心を



今日 僕が信じ また 恃(たの)むのは

打ち砕かれても やまぬ 一つの意思


疲れを知らぬ 若い力



僕の 割るのは 薪(まき)

割らねばならないのは 昨日の 僕

鉈(なた)は 千万斤の 重さをもって 僕に迫る

寺山 修司           目

2011-05-28 | 
目は なによりも 質問である

その返答は 世界である



目は 燈台である

心は 孤独な 航海者である



目は 窓である

季節は 窓拭き掃除人である



目は 読む力である

歴史は かぎりない 書物である



目は 自然をたたえる

涙は 世界で一ばん小さな 海である



目は 宥(ゆる)す光である

視線は ことばの水平線である



目は いつも 二つある

一つは おまえを 見るために

もう一つは ぼく自身をみるために




中原中也            月夜の浜辺

2011-05-27 | 中原 中也
月夜の晩に、ボタンが一つ

波打際に、落ちてゐた。



それを拾つて、役立てようと

僕は思つたわけでもないが

なぜだかそれを捨てるに忍びず

僕はそれを、袂(たもと)に入れた。



月夜の晩に、ボタンが一つ

波打際に、落ちてゐた。



それを拾つて、役立てようと

僕は思つたわけでもないが

月に向つてそれは抛(はふ)れず

浪に向つてそれは抛れず

僕はそれを、袂に入れた。



月夜の晩に、拾つたボタンは

指先に沁(し)み、心に沁みた。



月夜の晩に、拾つたボタンは

どうしてそれが、捨てられようか?


八木重吉    おおぞらのこころ

2011-05-26 | 八木 重吉
                
 わたしよ   わたしよ
                 
 白鳥となり
                 
 らんらんと  透きとおって
                 
 おおぞらを  かけり
                 
 おおぞらの うるわしい こころにながれよう


中江 俊夫            夜と魚 

2011-05-23 | 
魚たちは 夜

自分たちが 地球のそとに

流れでるのを 感じる


水が 少なくなるので

尾ひれを しきりに ふりながら

夜が あまり静かなので

自分たちの水を はねる音が 気になる



誰かに きこえやしないかと思って

夜をすかして見る


すると

もう何年も前にまよい出た

一匹の水すましが

帰り道にまよって 思案も忘れたように

ぐるぐる回っているのに出会う



ハイネ      かの人に

2011-05-17 | 
かつて 胸の 深い傷口から 咲き出した

この 紅い花と、 青い花とを、

わたしは きれいな花環に編んで、

美しい君よ、 あなたに 贈りましょう。


この まことの歌を  どうぞやさしく お取りなさい、

あなたに 愛のかたみを 残さぬうちは

わたしは この世を 立ち去ることができません――

わたしを 覚えていて下さい、 わたしが 死んだなら!

だが 君よ、 わたしを お悼(いた)みになるには 及びません、

わたしの苦痛の生涯さえ 羨まるべき ものでした――

あなたを この胸に 抱いていましたから。

それに わたしは 一層幸福になれるのです、

わたしの霊は あなたの頭のまわりを漂うて

平和の挨拶を あなたの胸へ送りましょう。