yasminn

ナビゲーターは魂だ

へルマン ヘッセ 短く切られたカシの木

2013-12-27 | 
カシの木よ、お前はなんと切り詰められたことよ!
なんとお前は異様に奇妙に立っていることよ!
お前はなんと度々苦しめられたことだろう!
とうとうお前の中にあるものは反抗と意志だけになった。

私もお前と同じように、切り詰められ、
悩まされても、生活と絶縁せず、
毎日むごい仕打ちを散々なめながらも、
光に向かって額を上げるのだ。

私の中にあった優しいもの柔らかいものを
世間が嘲(あざけ)って息の根を止めてしまった。

だが、私というものは金剛不壊(ふえ)だ。

私は満足し、和解し、
根気よく新しい葉を枝から出す、
いくど引き裂かれても。

そして、どんな悲しみにも逆らい、
私は狂った世間を愛し続ける。

高橋 揆一郎 「北の絃」より

2013-12-23 | 箏のこと
ーーー固く縒(よ)られた 十三本の白糸は 等間隔で竜角(りゅうかく)を渡り、競い合って 遥かな雲角(うんかく)に達するあたりで 霞んでいる。

糸はさらに 胴の底をくぐり抜け、竜尾(りゅうび)を経て 雲角に這い戻り、結び合わされた残りが美しい二葉の柏葉となって束ねられているのである。

その糸たちの強い張力を頭上で支え、両脚を踏まえて片雁行(かたがんこう)に並ぶ白衣の人形(ひとがた)十三人。

平調子、雲井調子、乃木調子と、陰陽の曲調に合わせて 都度 忙しく立つところを変えてゆく白い楽人たちーーー

草野 心平 ごびらっふの独白

2013-12-22 | 
るてえる びる もれとりり がいく。
ぐう であとびん むはありんく るてえる。
けえる さみんだ げらげれんで。
くろおむ てやあら ろん るるむ かみ う りりうむ。
なみかんた りんり。
なみかんたい りんり もろうふ ける げんけ しらすてえる。
けるぱ うりりる うりりる びる るてえる。
きり ろうふ ぷりりん びる けんせりあ。
じゆろうで いろあ ぼらあむ でる あんぶりりよ。
ぷう せりを てる。
りりん てる。
ぼろびいろ てる。
ぐう しありる う ぐらびら とれも でる ぐりせりや ろとうる ける ありたぶりあ。
ぷう かんせりて る りりかんだ う きんきたんげ。
ぐうら しありるだ けんた るてえる とれかんだ。
いい げるせいた。
でるけ ぷりむ かににん りんり。
おりぢぐらん う ぐうて たんたけえる。
びる さりを とうかんてりを。
いい びりやん げるせえた。
ばらあら ばらあ。



 日本語訳
幸福といふものはたわいなくつていいものだ。
おれはいま土のなかの靄のような幸福に包まれてゐる。
地上の夏の大歓喜の。
夜ひる眠らない馬力のはてに暗闇のなかの世界がくる。
みんな孤独で。
みんなの孤独が通じあふたしかな存在をほのぼの意識し。
うつらうつらの日をすごすことは幸福である。
この設計は神に通ずるわれわれの。
侏羅紀の先祖がやってくれた。
考へることをしないこと。
素直なこと。
夢をみること。
地上の動物のなかで最も永い歴史をわれわれがもってゐるといふことは平凡ではあるが偉大である。
とおれは思ふ。
悲劇とか痛憤とかそんな道程のことではない。
われわれはただたわいない幸福をこそうれしいとする。
ああ虹が。
おれの孤独に虹がみえる。
おれの単簡な脳の組織は。
言わば即ち天である。
美しい虹だ。
ばらあら ばらあ。

檀一雄 太宰治より

2013-12-17 | 
。。。中原中也と 草野心平氏が、私の家にやって来て、ちょうど、居合わせた太宰と、四人で連れ立って、「おかめ」に出掛けていった。

初めのうちは、太宰と中原は、いかにも睦まじ気に話し合っていたが、酔が廻るにつれて、例の凄絶な、中原の搦みになり、
「はい」「そうは思わない」などと、太宰はしきりに中原の鋭鋒を、さけていた。

しかし、中原を尊敬していただけに、いつのまにかその声は例の、甘くたるんだような響きになる。
「あい。そうかしら?」そんなふうに聞こえてくる。
「何だ、おめえは。青鯖が空に浮かんだような顔をしやがって。全体、おめえは何の花が好きだい?」
太宰は閉口して、泣き出しそうな顔だった。

「ええ? 何だいおめえの好きな花は」
まるで断崖から飛び降りるような思いつめた表情で、しかし甘ったるい、今にも泣き出しそうな声で、とぎれとぎれに太宰は云った。
「モ、モ、ノ、ハ、ナ」
云い終って、例の愛情、不信、含羞、拒絶何とも云えないような、くしゃくしゃな悲しいうす笑いを泛べながら、しばらくじっと、中原の顔をみつめていた。

「チェッ、だからおめえは」と中原の声が、肝に顫うようだった。

そのあとの乱闘は、一体、誰が誰と組み合ったのか、その発端のいきさつが、全くわからない。

少なくとも私は、太宰の救援に立って、中原の抑制に努めただろう。
気がついてみると、私は草野心平氏の蓬髪を握って掴みあっていた。
それから、ドウと倒れた。

「おかめ」のガラス戸が、粉微塵に四散した事を覚えている。

いつの間にか太宰の姿は見えなかった。

私は「おかめ」から少し手前の路地の中で、大きな丸太を一本、手に持っていて、かまえていた。

中原と心平氏が、やってきたなら、一撃の下に脳天を割る。

その時の、自分の心の平衡の状態は、今どう考えても納得はゆかないが、しかし、その興奮状態だけははっきりと覚えている。
不思議だ。 あんな時期がある。

幸いにして、中原も心平氏も、別な通りに抜けて帰ったようだった。

古谷綱武夫妻が、驚いてなだめながら私のその丸太を奪い取った。

すると、古谷夫妻も一緒に飲んでいたはずだったが、酒場の情景の中には、どうしても思い起こせない。。。。