yasminn

ナビゲーターは魂だ

安部公房      夜だった

2015-02-15 | 
夜だつた
クリームのやうに濡れた
奇妙な風がふいてゐた
部屋の中ではふと天上や壁を
まるで自分の皮膚の延長のやうに
しかし外では
ああ 破風をゆるがし
数々の過ぎ去つた太陽が涙となつて
眼の中に逆流する
そんな風が吹いてゐた
冬はよごれて道端にうづくまり
どこからか春が
まぎれこんでくる
町に出よう
ショーウィンドウの中では
もう人絹の華が咲き出てゐる
影が二つづつ
その中に映つてゐる
ひたひたと風にひたつて
すべての眼が涙をすすり込みながら
唇から早くも散つた赤い花びらが
ほんのちよつぽり煙草のやにを落し込み
ああ 世界が風邪をひいてゐる。。。三月