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ナビゲーターは魂だ

中原 中也   修羅街輓歌

2012-09-30 | 中原 中也
   序歌

忌(いま)はしい 憶(おも)ひ出よ、

去れ!  そしてむかしの

憐みの感情と

ゆたかな心よ、

返つて来い!


  今日は 日曜日

  縁側には 陽が当る。

  ――もういっぺん 母親に連れられて

    祭の日には 風船玉が買つてもらひたい、

    空は青く、すべてのものは まぶしく かゞやかしかった……


  忌はしい憶ひ出よ、

  去れ!
       去れ去れ!



 酔生

私の 青春も 過ぎた、

――この 寒い明け方の 鶏鳴よ!

  私の 青春も 過ぎた。


ほんに 前後もみないで 生きて来た……

私は あむまり陽気にすぎた?

――無邪気な戦士、私の心よ!


それにしても 私は 憎む、

対外意識にだけ 生きる人々を。

――パラドクサルな人生よ。


いま 茲(ここ)に 傷つきはてて、

――この 寒い 明け方の 鶏鳴よ!

おゝ、霜にしみらの 鶏鳴よ……



 独語

器の中の 水が 揺れないやうに、

器を 持ち運ぶことは 大切なのだ。

さうでさへ あるならば

モーションは 大きい程いい。


しかし さうするために、

もはや 工夫(くふう)を凝らす余地も ないなら……

心よ、

謙抑にして 神恵を待てよ。



 IIII

いといと淡き 今日の日は

雨 蕭々(せうせう)と 降り洒(そそ)ぎ

水より 淡(あは)き 空気にて

林の香り すなりけり。


げに 秋深き 今日の日は

石の 響きの 如くなり。

思ひ出だにも あらぬがに

まして 夢など あるべきか。


まことや 我は 石のごと

影の如くは 生きてきぬ……

呼ばんとするに 言葉なく

空の如くは はてもなし。


それよ かなしき わが心

いはれもなくて 拳(こぶし)する

誰をか 責むる ことかある?

せつなきことの かぎりなり。

                        

                


谷川 俊太郎              籐椅子

2012-09-24 | 
ほんとうに 長いこと

雨ざらしに しておいたものです

いつから そこに 置き放していたのか

それさえ 思い出せないくらい


今日「昆虫記」の頁の間から

あの夏の写真が 出てきたのです

あなたは ラムネの瓶を片手に坐り

怒ったように ふりむいている


かわらない同じ狭い庭先の

百日紅(さるすべり)が今年も花をつけて

その籐椅子は 直すにはもう古すぎるけれど

捨てることも私にはできません

八木 重吉          皎皎(こうこう)とのぼってゆきたい

2012-09-19 | 八木 重吉
それが ことによくすみわたった日であるならば

そして 君のこころが あまりにもつよく

説きがたく 消しがたく かなしさにうずく日なら

君は この坂道を いつまでものぼりつめて

あの丘よりも もっともっとたかく

皎皎と のぼってゆきたいとは おもわないか