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ナビゲーターは魂だ

富岡 啓二 遠い内部

2011-11-29 | 

遠い内部から 今 私は あなたに手紙を書いています

あなたは 忘れなかったでしょうか

時々 秋が不安な身ぶりで 夥しい枯葉を 降らせました

私たちは びっくりするほど 枯葉を集めました

それから 私たちは 淋しそうに微笑して 別れましたね

あなたは お知りにならねばなりません

あの時 秋の中でふるえたのは 私だったのです

あの時 夥しい枯葉となって散ったのは

私の 血の滲んだ言葉だったのです



あれから 私は 遠い内部に 住んでいます

ここでは みんな病気です

夜になると 私は 不安に 身をふるわせながら

眠れない 樹木に なるのでした

声のない 叫び  意味のない 身ぶり

私は 傷ましい 森でした

或は 私は 風化された 廃墟



荒れて 見捨てられた 港  孤独な 塔

歪んだ 不幸な 地平線なのでした

そして 今では 私は ボロボロに 破れた風景なのです



又 季節が 帰ってきて

夥しい枯葉が 悲しみのように

払っても 払っても 肩に 降りかゝります

それは あるリズムとなって 私の 遠い内部を 波立たせます

すると あの日のように 秋の 経験が

なつかしいあなたになって 帰ってくるのです

あなたは きっと 忘れなかったでしょうね――

私は 今 遠い内部から あなたに 手紙を書いているのです

あなたは お知りにならねば いけません

私の中に 今 無数に散っているのは 私なのです


三吉 良太郎 雨

2011-11-25 | 

小粒な 空色の草花が 家を とりまいて、

しつとりと 息を ふくみ

柔らかい雨に なよなよと つゝましく 搖れてゐる。



窓を きり開いた 額繪は ほんのりと うすぼけて

遠い 連山の 殘雪と 新芽の 植林が やゝ 色をもち

暗い 常緑林帶の上に 新しい パン菓子のやうに のつてゐる。


お茶の 香りをはさんで 二人

お互に 別な事をし、 お互に 違つた事を 思ひながら

ちらりと 面を盗んでは 同じことを ぽつちりと 語る。


薄すゝけた壁色に 何時か 雨がにぢんでゐる。

寢そべつた 思想の弱さ、 二人ある部屋は 果實のやうだ。

同じ 一頁を操つて 煙草の 輪を流す。


緑の戸を開かせて しつとりとした 風を入れ

ただただ 古い 夢の中に お互 ゆれながら

言葉少ない 晝間は 映像のごとく 對座する。


石川 啄木 公孫樹(いてふじゅ)

2011-11-23 | 

秋風 死ぬる 夕べの

入り日の 映(はえ)の ひと時、

ものみな 息を ひそめて、

さびしさ 深く 流るる。



心の潤(うる)み 切(せち)なき

ひと時、 あはれ、 仰ぐは

黄金(こがね)の 秋の 雲をし

まとへる 丘の 公孫樹。



光栄(さかえ)の 色よ、 などさは

深くも 黙(もだ)し 立てるや。

さながら、 遠き 昔の

聖(ひじり)の 墓とばかりに。



ましろき 鴿(はと)の ひと群

天(あめ)の 羽羽矢(はばや)と 降り来て、

黄金の 雲に 入りぬる。 ―――

これ、はた、 何に似るらむ。



樹(こ)の 下(もと) 馬を 曳(ひ)く子は

戯れに 小(ち)さき足もて

幹をし踏みぬ。 ああ、 これ

はた、また、 何と たとへむ。



ましろき 鴿の ひと群

羽ばたき 飛びぬ。  黄金の

雲の葉、 あはれ、 法恵(はふゑ)の

雨とし散りぞ みだるる。


今、 日ぞ落つれ、 夜(よ)は 来れ。

真夜中 時雨 また来(こ)め。―――

公孫樹(いてふ)よ、 明日の 裸身(はだかみ)、

我はた 何に 儔(たぐ)へむ。



伊藤 松超著     新道成寺

2011-11-21 | 箏のこと
花の ほかには 松ばかり、  暮れ初(そ)めて 鐘や ひびくらん。

暮れ初めて 鐘や 響くらん。



鐘に 恨みは かずかずござる。 

まず 初夜の 鐘を 撞(つ)くときは、 諸行無情(しょぎょうむじょう)と 響くなり。

後夜(ごや)の 鐘を 撞くときは、 是生滅法(ぜしょうめっぽう)と 響くなり。

晨朝(じんじょう)の ひびきは 生滅滅己(しょうめつめつい)、

入相(いりあい)は 寂滅為楽(じゃくめついらく)と ひびけども、

我は 五障(ごしょう)の 雲はれて、 真如(しんにょ)の 月を 眺めあかさん。



道成卿(みちなりきょう)は うけたまはり、 はじめて伽藍(がらん)、 橘(たちばな)の、

道成興行の寺 なればとて、 道成寺(どうじょうじ)とは 名づけたり。


山寺の 春の夕暮 来てみれば、 入相の鐘に 花や 散るらん。

入相の鐘に 花や 散るらん。


さるほどに、 さるほどに、 寺々の鐘、 月落ち 鳥鳴いて、 霜雪 天に 満潮、

ほどなく 日高の寺の、 江村(こうそん)の漁火(ぎょか)、

愁(うれ)いに対して 人々眠れば、 よきひまぞとて 立ち舞うように、

狙い寄って 撞かんとせしが、  思えば この鐘 恨めしやとて、

竜頭(りゅうず)に 手をかけ 飛ぶよと見えしが、 引きかつぎてぞ 失せにける。



                                    山田流箏曲







佐藤 清          どくだみ

2011-11-20 | 
さきの とがった、 まるい、 どくだみの葉は

あかい、 へりどりをつけて、 どぎつく、

どすぐろく、 路傍に 干された、 どぶどろのやうな、

蛇や、 とかげや、 がまや、 イヤゴーや、

リチャード三世や、 耀蔵(えうざう)などを 侍(はん)べらせて、

酢醤油の、 荒い舌ざはりのする匂ひを発し、

同じ土地に育ち、 同じ雨、 同じ空気を吸ひ、

同じ日光をうけながら、 しかも、クラリネットのやうな

薔薇のかほりと まざりあひ、 糞尿のなかに

嗅がれる、 丁字にほひあぶらの 剃りのやうに、

劣等感のなかに けされずにある 優越感のやうに、

道鏡や、 玄(げんぼう)や、 鼠小僧が、 空たかく冲(ひ)いる 雲雀や、

うぐひすや、 デスデモーナと ごたまぜになったやうに、

少し、 陰気くさい この庭さきに たなびいてゐる。


中野 鈴子 五十の春に

2011-11-18 | 
いま ようやく ここまで 歩いてきたところだ

誰かが 呼んだ と思うときもあったが

それは 空耳だった


振り返って 返事をしているわたしに

呼び止めた と思った人は 気のつかぬ如く

とっとっと 先の方を 歩いて行った


わたしは 一人 とぼとぼと ここまで たどりついた


花の咲く頃には 却って 身を細くして

自動車を よけるような格好に なったものだ


ようやく ここまで たどりつき

山道に さしかかったところだ


この山道を入ってゆくと 道が分らないようにもなったり

高い崖や 危うい海岸へ 出るようなことが あるかも知れない


誰も わたしを 呼び止めないように


もう 返事を するひまもない