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ナビゲーターは魂だ

谷川 俊太郎      生きる

2011-10-30 | 
生きている ということ

いま 生きている ということ

それは のどがかわく ということ

木漏れ日が まぶしい ということ

ふっと 或る メロディを 思い出す ということ

くしゃみをすること

あなたと手をつなぐこと



生きている ということ

いま 生きている ということ

それは ミニスカート

それは プラネタリウム

それは ヨハン・シュトラウス

それは ピカソ

それは アルプス

すべての 美しいもの に 出会う ということ

そして

かくされた 悪を 注意深く こばむ こと



生きている ということ

いま 生きている ということ

泣ける ということ

笑える ということ

怒れる ということ

自由 ということ



生きている ということ

いま 生きている ということ



いま 遠くで 犬が 吠える ということ

いま 地球が廻っている ということ

いま どこかで 産声があがる ということ

いま どこかで 兵士が傷つく ということ

いま ぶらんこが ゆれている ということ



いま いまが すぎてゆく こと



生きている ということ

いま 生きてる ということ

鳥は はばたく ということ

海は とどろく ということ

かたつむりは はう ということ



人は 愛する ということ



あなたの 手のぬくみ

いのち ということ



中原 中也                秋

2011-10-27 | 中原 中也


昨日まで 燃えてゐた野が

今日 茫然として、 曇つた空の下(もと)に つづく。

一雨毎に 秋になるのだ、 と 人は 云ふ

秋蝉は、 もはや かしこに 鳴いてゐる、

草の中の、 ひともとの 木の中に。



僕は 煙草を 喫ふ。  その煙が

澱(よど)んだ 空気の中を くねりながら 昇る。

地平線は みつめようにも みつめられない

陽炎(かげろふ)の 亡霊達が 起(た)つたり 坐つたり してゐるので、

――僕は 蹲(しやが)んでしまふ。



鈍い 金色を 帯びて、 空は 曇つてゐる、  ――相変らずだ、――

とても 高いので、 僕は 俯(うつむ)いてしまふ。

僕は 倦怠を 観念して生きてゐるのだよ、

煙草の味が 三通りくらゐにする。

死も もう、 とほくはない のかもしれない……





『それでは さよなら といつて、

めうに 真鍮(しんちゆう)の 光沢かなんぞのやうな 笑(ゑみ)を 湛(たた)へて 彼奴(あいつ)は、

あの ドアの所を 立ち去つたのだつたあね。

あの 笑ひがどうも、生きてる 者のやうぢやあなかつたあね。

彼奴の目は、沼の水が 澄んだ時かなんかのやうな 色を していたあね。

話してる時、ほかのことを 考へてゐるやうだつたあね。

短く切つて、物を云ふくせがあつたあね。

つまらない事を、細かく覚えていたりしたあね。』


『ええさうよ。――死ぬつてことが分かつてゐたのだわ?

星をみてると、星が僕になるんだなんて笑つてたわよ、たつた先達(せんだつて)よ。

たつた先達よ、自分の下駄を、これあどうしても僕のぢやないつていふのよ。』





草が ちつとも ゆれなかつたのよ、

その上を 蝶々が とんでゐたのよ。

浴衣(ゆかた)を着て、あの人 縁側に立つて それを見てるのよ。

あたし こつちから あの人の様子 見てたわよ。

あの人 ジッと見てるのよ、黄色い蝶々を。

お豆腐屋の笛が 方々で聞えてゐたわ、

あの電信柱が、夕空に クッキリしてて、

―― 僕、つてあの人 あたしの方を 振向くのよ、

 昨日 三十貫くらゐある石を コジ起しちやつた、つてのよ。

―― まあ どうして、どこで? つて あたし訊(き)いたのよ。

 するとね、あの人 あたしの目を ジッとみるのよ、

 怒つてるやうなのよ、まあ……あたし 怖かつたわ。

 死ぬまへつて へんなものねえ……


谷川 俊太郎        私が歌う理由(わけ)

2011-10-24 | 
 私が 歌うわけは

 いっぴきの 仔猫

 ずぶぬれで 死んでゆく

 いっぴきの 仔猫



 私が 歌うわけは

 いっぽんの けやき
 
 根をたたれ 枯れてゆく
 
 いっぽんの けやき



 私が うたうわけは

 ひとりの 子ども

 目をみはり 立ちすくむ

 ひとりの 子ども



 私が 歌うわけは
 
 ひとりの おとこ

 目をそむけ うずくまる

 ひとりの おとこ



 私が 歌うわけは

 一滴の 涙
 
 くやしさと いらだちの

 一滴の 涙

谷川 俊太郎    朝

2011-10-20 | 

また朝が来て ぼくは生きていた

夜の間の夢を すっかり 忘れて ぼくは 見た

柿の木の 裸の枝が 風に ゆれ

首輪のない犬が 日だまりに 寝そべっているのを


 
百年前 ぼくは ここに いなかった

百年後 ぼくは ここに いないだろう

あたり前なところ のようでいて

地上は きっと 思いがけない場所 なんだ


 
いつだったか 子宮の中で

ぼくは 小さな 小さな 卵だった

それから 小さな 小さな 魚になって

それから 小さな 小さな 鳥になって


 
それから やっと ぼくは 人間になった

十ヶ月を 何千億年もかかって 生きて

そんなことも ぼくら 復習しなきゃ

今まで 予習ばっかり しすぎたから


 
今朝 一滴の水の すきとおった冷たさが

ぼくに 人間とは何か を教える

魚たちと 鳥たちと そして

ぼくを 殺すかもしれぬ けもの とすら

その 水を わかちあいたい