旅支度もすっかり整うと有馬は極楽蜻蛉の安気な金持ちの態を装う事にやっきである。道中でも、道楽者なら、「こういうのだろう」を口に出してみる。「そこの茶店の団子を買い占めてきてくれま・・いや・買占めてこいですね」付け焼刃の大店の旦那はやけに丁寧に命令するものだから、桧田は笑い転げながら、旦那のわがままを宥める。「そんなにいっぱい、たべきれませんよ」数馬は有馬が思いつく旦那の豪放ぶりが、「茶店の団子買占 . . . 本文を読む
宿に着けばいっさきに上り框で足をすすぎ、板の廊下を素足で踏みながら有馬は宿屋の主人をよぶ。何を言うか知らないが、今度は有馬が一人で采配を振るっているのは確かで有馬の言葉にふんふんと頷きながら宿の之主人は確かめるように数馬と絹を見返ると「わかりました」の声だけが急に大きくなった。 宿屋の主人の様子からもよほど馬鹿でもない限り、有馬が宿の主に何を言ったか判る。案の定、宿の主は数馬と絹に此処でお待ちくだ . . . 本文を読む
部屋に戻った数馬はもう一度絹を綺麗だといった。絹はうつむいたまま、数馬にたずねた。「御社の瑠墺と云う、男はなにものなのですか」数馬に尋ねなくとも、もう直ぐ有馬は御社の瑠墺にあうことになる。「俺もはっきりとはわかっていない」和国天領の自社仏閣の総帥の位置にまでのし上がった男が、人の定めを読むときく。それが御社の瑠墺とよばれているということしかしらない。「その男に逢って、何がわかるというのですか?」「 . . . 本文を読む
翌朝早く宿をでると一行はこの先の行程を確認しあった。「まず、神津山をこえる。この先道は二本に分かれるが北道をえらぶ」北の道はけわしい。だが、都への最短距離をもつ。海路を選べば、安全は保障されるであろうが、日数は着いた港からの迂回をふくめると、北路の三倍はかかる。やむを得ず陸路を選んだ有馬達はさらに大湖の南を周遊する平坦な道と都に一直線に伸びる山路とのどちらを選ぶかを考えた。大きすぎる湖を廻る道とて . . . 本文を読む
「御社の」孝道はときに瑠墺をそう呼ぶ。宮中の中庭。えんじゅの木の根方に静かに眠る菩提に手を合わせた孝道は御社の瑠墺もまた、孝道と同じに手を合わせ終わるのを待った。「崩御もひたかくしで弔廟に祭る事もかなわぬ。我らは公に悼むことさえできず、いつまでえんじゅの根方を薫王の褥にしておくつもりでいるのか?」腹の底に薫王に殉ずる決意を忍ばせた男は静かにではあるが、引きを許さぬ口調で御社の瑠墺に問いかける。「も . . . 本文を読む
「あと、ふつか」御社の瑠墺は有馬達がやってくる日に検討をつけていた。
大きな湖は望月のかけた格好である。垂線には湖のきわで聳え立つ孤高の山々が連なり大きな屏風をつくっている。膨らんだ弧は平坦な平野と喫水しており、湖からの疎水が畑に肥沃な実りを与えていた。確かに弧を廻る道はなだらかであるが湖が抱いた弧はおおきすぎた。湖を迂回して一端北上してから帝都に入る道は賑わい、道端には旅人を癒す宿も充分に完備 . . . 本文を読む
星読みの哀しい横顔がまだ瞳の中にのこっているのかと瑠墺は思った。有馬たちが伴ってきた女間者は量王の懐刀である星読みに良く似ていた。なるほどと瑠墺は思う。星読みの哀しい顔がなぜだったか、見て取れた。星読みと女間者には血のつながりがある。それも、かなり濃い・・・。姉妹と考えて間違いないだろう。
そして、瑠墺が読み取ったように女間者が量王の正妃であるはずだった。どうやら、実の姉である、星読みが女間者と . . . 本文を読む
沈黙が長すぎる。数馬のいらだちが堰を切りそうになると瑠墺はもう一度、なるほどと頷いた。「なにが、なるほどなのでしょうか」数馬に口を開かせぬために象二郎が機先を制して、柔らかな口で瑠墺にたずねた。そうせねば数馬の苛立ちがきっさきだってしまう。「あなたの思ってらっしゃるように、そちらの方は事を急ぐ。でも、今回はそれが、功を奏している」象二郎が数馬を押さえるために、有馬をさしおいて、口を開いたと見抜いて . . . 本文を読む
「瑠璃波?」日中であるというのに、瑠璃波は何を思うか杯をあおっている。量王の傍らから姿をくらますと、酩酊するほど、酒瓶をころがしている。「何を・・?いったい、どうしたという?」瑠璃波は一点をみつめたままである。「わしの定めが落ちるか?それで・・・この杯か?」瑠璃波は首を振るしかない。「事実を知ったとて、わしはかまいはせぬ。ここまで、のしあがったのだ。十分、思うように生きた。それに、ひとはいつまでも . . . 本文を読む
御社の瑠墺は流れ込んでくる星読みの思念を振り払った。
「星読みは、どうやら、量王を絹さんに託す気ですね」と、なると、今、絹を渤海につれいくは絹を量王に渡しにいくにしかないとなる。だが・・・、と象二郎はうなった。「少人数でも量王の懐に飛び込めるということでもある」「その通りです」事実だけを言えば象二郎の言うとおりである。量王に近づく手段さえなかったものが、星読みの采配により、たやすく量王に近づける . . . 本文を読む
今さら、君主の崩御を隠してみてもせんない。渤国の間者に知れたところでこれも、瑠墺の言うとおり量王はすでに、星読みによりて和国の君主の死を知っている。へたに隠す必要もないと踏んだ心がいっそう、孝道の心の垣を取り払っていた。「御社のが・・、私のように、死に急ぐものが、増えてはいかぬと、まだ、領民には伏せていますので、私も死に装束を羽織っているだけです」はやる決起が生み出す結果は良くない。それは、才蔵の . . . 本文を読む
「私が遣わされた先の小さな旅籠に志士たちが集まってきていたのです。仲間の才蔵が有馬を付けねらっていたのですが、有馬の宿に忍び込んだ所を一殺されました。私は才蔵をやった人間を知りたいと思いました」孝道は少なからず驚愕を感じている。有馬を狙う間者がいる。孝道にすれば、有馬の存在は瑠墺によて、初めて知らされたものでしかない。だが、間者たちの判断でしかないのかもしれないがいずれにしろ、有馬が重要視されてい . . . 本文を読む
やがて・・・。「私には、正しい選択を見出すことは出来ません。流れのまま、なるがまま、自然という大きな川に身を任すしかない気がします」瑠墺が結んだ言葉にすかさず数馬が異を唱えだす。「だから、絹を量王に合わせてみろというのか?なるにまかせてしまえというのか?」瑠墺は数馬を見つめる。どういえばこの男に得心を与えられるか。その思いにたって、沸いてくる感情を口に乗せていくしかなかった。「数馬さん。貴方という . . . 本文を読む
甘やかな時がすぎると、量王は衣をかつぐ。なにおか、決意するか、ひきつまった顔で瑠璃波は身支度を整えていた。
あまりにきりつまった顔の瑠璃波に量王はかける言葉をみつけられずにいた。闇の中、庭へ歩み出ると瑠璃波はいつものように空を見上げた。「星・・?」小さな星がひとつ、瞬いている。蒼白く、凍てつく冴えをみせ、まばゆい。これが、有馬か?はたまた、瑠墺か?絹波の星は相変わらず灼熱の赤。これが、量王を照ら . . . 本文を読む
「達者で」孝道のはなむけは一言でおえたが、誰よりも絹の心に響いた。渤国へ行くと数馬に告げられた絹は孝道に打ち明けたように成り行きに従っていた。「絹」数馬が絹を呼ぶ。数馬の指が震えているのはなぜだろう。絹が渤国へいけば、絹は渤国の者数馬は和国の者絹が渤国へ行くは、国を分かたれたものの定めがごとく別れを意味する。数馬との別れ・・・。それでよいのだろうか?絹は心の軋みを振り払った。それも、成り行きならば . . . 本文を読む