沙織が手にしたストップウオッチを止めるとじっと時計を覗き込んだ。通り過ぎた隆介の乗るフォミュラーのエキゾスノートの音が遠ざかると続いて走り去る車の爆音が隆介の軌跡をけしさってゆく。『いい・・タイム・・』つぶやいた沙織が急に顔を伏せた。「どうした?」矢島が沙織を覗き込んだ。「よくないのか?」隆介のタイムがはかばかしくなかったのだと思ったのである。「死…死んじゃう・・隆介が死んじゃう」沙 . . . 本文を読む
沙織の腹がせり出してこないうちに俺は沙織の籍をいれ、形ばかりの結婚式を挙げた。石川に住んでいる沙織の両親は隆介のことをまだ、沙織からきかされていなかった。だから、俺は沙織の腹の子のことを逆手にとって出来ちゃった結婚ということで、両親に有無を言わせぬ事ができた。チームの仲間もまだ、沙織の妊娠には気がついてなかった。いずれ、取りざたされることがあったとしても、どこの誰が、隆介の子供じゃないのかと俺たち . . . 本文を読む
沙織が俺との結婚を決意したのは、まず、隆介の子供をうみたい。
これが一番の理由だったろう。
だが、生活を共にする相手を俺にえらんだのは、沙織の事情を理解しているからという理由だけじゃないと思う。沙織が隆介を思うように、俺も隆介を思っている。この理由が沙織をうなづかせたと思う。一つの目的に向かってチームが結束するように、俺と沙織は結婚という制約書にサインをした。同じ思い。隆介という男を愛し続けて . . . 本文を読む
次の日・・・。
事務所から帰ってきた俺を待っていたのは
誰も居なくなった部屋におかれた手紙だけだった。
沙織が出て行ったことが事実の全てで、
これ以上の補足も説明もいりゃしない。
俺はテーブルの上の手紙に手を伸ばしかける自分を
何度も説得していた。
それを読んでどうする?
沙織は石川に帰ったんだ。
シングルマザーじゃ帰ることも出来なかった実家に
離婚なら、
帰れる沙織になって . . . 本文を読む
俺達の異変に気がついていたのは、事務所の皆だったろうが、
誰ひとり、何も、聞こうとしなかった。
けれど、
貴子女史だけはその範疇に入る気になれなかったようで、
夕刻、事務所を引ける俺をよびとめた。
「ちょっと・・・つきあいなさいよ」
どこか、静かなところで飲みながら話そうと、
付け加えた貴子女史が
静かな所を指定して見せた。
「アンタの家でも、いいけど・・」
貴子女史に直ぐに返 . . . 本文を読む
明かりのついた俺の部屋をぐるりと見渡すと
貴子女史は溜め息をついた。
リビングの真ん中のテーブルの上には
手直しをかけていたオイルシールが有る。
「アンタ・・・本当に仕事人だね・・・」
取り散らかした工具一式を片付け始めた俺を貴子女史は制した。
「いいよ。ダイニングテーブルに行こう。
ヘタにさわっちゃ、後が困るでしょ?」
帰ったら直ぐにさわれるように、してあるって事は
一目瞭然の . . . 本文を読む
「あのさ・・・。
沙織ちゃんが事務所に来て、アンタが一番最初に
あの子に仕事をおしえたよね。
その時にあんた・・・もう、あのこを好きになっていたんだよ。
でも、その頃って丁度、シャーシ部分の劣化問題がでて、
アンタ・・それどころじゃなかった。
そんなときに隆介が沙織ちゃんに目をつけたわけだよね。
アンタが隆介のことを大事に思っていたのは
事務所の皆も周知のことだけど、
ソレはね、 . . . 本文を読む