「只事では無いでないか。これはいかん。
黒龍が所に言ってこねば、小言どころですまぬ」
歩み寄ってくる八代神に聞き及びたい事が有るという顔で黒龍は待っていた。
「なんぞききたいようじゃな」
八代神も目敏い者である。
「あ、いや。白峰がの」
「気になるか?」
白峰が降り下ったのに気がついていた黒龍も
流石に、白峰の行く宛てを探るのは差し控えていたが
やはり・・・気になるようであった。
「ひのえが所じゃ」
「な、何?」
瞬時に黒龍の顔色が変わったので八代神も白峰を庇う。
「案ずるな。もう馬鹿な気はおこさぬわ。それよりも、かのとと政勝の方にも」
半分も告げぬ内に黒龍が
「な、なんぞ?」
不安気な声で尋ね返してきた。
「どうやら双神に目をつけられておるようじゃ」
「双神?双神というは、あの?」
「森羅山に社があっての。そこに政勝が入りこんだらしい。それから、おかしいらしい」
「森羅山の社?」
「社なぞ無い筈じゃがの。
どうも、双神が時空の狭間に隠れおるのではないかと思うての」
八代神は自分の推量を口にだしていた。
黒龍が頭の中では、ひのえが何を知っているのか、
政勝とかのとに何があったのかと、考えていたが
黒龍の知らぬ事を口にだされると目を伏せて森羅山の事を考えだしていた。
やがて、俯いた顔が上がると、
「森羅山の中に透かせぬ場所があるの?」
確かめる様に尋ねて来た。
「ああ?あれは雷神が落ちて姿が掻き消えてから怨亡を塞込んだ場所じゃろうが」
随分昔に雷神が何をまかり間違えたか榛の木に
己の雷と共に落ちて命を無くした事があったのである。
正確には雷神の亡骸も見つかっておらず亡くなったかどうかさえ定かな事ではない。が、その時から雷神は姿を消してしまったのである。
その雷神の存念が残りたたり神になる事を恐れて
その場所を塞ぎ込んであるのである。
「関係はないと思うか?」
「判らぬ。社が在ったと言う場所と近くもあるしの」
「双神というのは結局何者だったのじゃ?」
「どうも、判らぬ。ただ、ひのえが魂を食い付くされたような女鬼を見ておるに。
それがどうやら一穂の後ろについてる影と同じ禍禍しさでな」
「一穂?ああ?主膳の・・・・それに?」
「どう考えても双神じゃろう?」
「マントラも他と違うておったしの。あれは厭な気配があった」
「政勝が思念を振られておるらしいのじゃ」
「判った」
どうやら、黒龍も、政勝とかのとの二人の守護に入る気であるらしく
「よう、知らせてくれたの」
地上に目を向けるともう八代神を振向きもしなかった。
が、八代神は黒龍と同じ様についと下を覗き込んだ。
黒龍はかのと政勝の二人を見ているようであったが、
八代神は白峰を探していた。
その白峰は自らの社に入りきれずに
鳥居にもたれかかって社の中のひのえ達の気配を窺っていた。
ひのえはまだ、当分、白銅の腕の中であろう事は判っていたが
その事がひのえに生への執着を施す大事な作業であるならば
邪魔立ても出来ぬ事であり、それが為にも白峰は三日の猶予を与えたのである。
「たんと味あわせてもらえばよいわ」
淋し気な白峰が自分の指を口元に運んでいたが、
周りの気配には神経を尖らせていた。
「ん?」
石段の下に座りこむ人の影に気がついた白峰にはそれが誰であるかすぐに判った。そして、その者が一穂に付きまとう黒い影の正体を曝す事に結びつく内報を
包していると見ぬくと、その者の所に白峰が降り立っていった。
「あ?」
白峰に姿を現された伽羅の方が驚いた。
伽羅は白峰の神域にはまかり越せぬと判っていたから、
鳥居の石段の下で澄明を待ち受けていたのであった。
「伽羅というたかの?」
白峰である事は一目で伽羅にも判っていた。
噂に聞く血の凍るような美しさにまさに伽羅もこごまっていたのである。
「し・・白峰大神・・あ、や・・と、なんで?」
「澄明への用事。三日後にしてもらえぬかの?三日後、ここで待っておれ」
「は?はい」
優し気な口をきいて大神御ん自らの頼み事かと思えば
後はねめつけるような命令でしかない。
が、白峰に逆らう事など叶うわけもなく伽羅は踵を返すしかなかった。
白銅とひのえが並び揃うて正眼の元に帰って来たので
正眼はにこやかに二人を出迎えた。
「ささ。白銅。上がれ」
正眼のめがねに適った白銅であらば
この度の事件も二人が組んでおれば、
はやに解決するだろうと思ってはいても
やはり主家の一子の事であるとなると正眼も事の成り行きが気懸りでもある。
その上、心の内に塞ぎをして中々読まさせぬひのえの事も気懸りで在り、
口を開けぬひのえに聞くよりも早いと白銅の来訪を喜んだのである。
正眼の前に立った白銅は軽く礼をすると正眼の手を掴み、
その手を己の胸に当て込んでゆく。
正眼の方は悟って白銅が胸の内を読み下し始めたのである。
『ははあ。これは何ぞ読めという事だな』
結果的にそれで正眼は白銅を、
ひのえの元に三日の間居続ける事を許す羽目になっただけでなく、
何時ぞやの様にあてられても適わぬと
この三日の間は都度都度、この寒い空の下で庭先に出て
松の枝振りを眺めて見たり、落葉を掃いたりしている事になったのである。
『何時ぞやの時の様に結界を張ったほうが良いかの?』
正眼は青龍の白銅と朱雀のひのえであらば、
東南の方から基を起こしてやるかと南庭に廻って念の為に結界を張りこんで、
ふと、一息ついた。
と、置石の上に座っている人影に気がついた。
「親父殿も念の入れようじゃの」
正眼に語りかけるその者が誰あろう白峰であるので正眼の方もぎょっとした。
白銅を読んでいた正眼も白峰の計りが、ひのえが為であると判っていたので
「見届けにきたかな?」
尋ねると共に
「ひのえの守護に入る気であるや?」
聞きただした。
「むろん。それと、親父殿。判っておろうが性と魂は一つ所でつながっておる」
正眼に二人の行状を庇う様に話し始める白峰であったので
正眼の方も余り、つまびらやかに言いたくもない事であったが
「なに、気にするな。わしとて判っておる。あれから後も、二人が事。
なんじゃな、その、その事が無い様に思えて気にしておったくらいじゃ」
「わしの性を早う変えてやってくれとかの?」
ずばりと白峰が言うので
「あははは。まあ、それもある」
笑って答えると正眼は白峰に真正面から
「千年の思いを打ち砕いてしもうて、すまなんだの」
初めて詫びたのである。
「言うな。正眼。わしはこれを期にひのえと白銅の」
そこまで言うと言葉を止めた。
白峰が言おうとした先に綴られる白峰の思いに正眼が度肝を抜かれていた。
『白峰大神が、ひのえが白銅が式神に落ちてよいと言うか?
二人の軍門に下ると言うか?』
驚きを顔に出している正眼に白峰も
「何。千年見とった女子の事じゃ。どうせいでも気に掛かる。
それなら、いっその事と思うての。それに放っておくと危なかしい事ばかり考えよる。
おちおち昼寝も出来ぬ」
白峰が言うと
「他にする事が無いとみえるの」
と、正眼もいつか八代神が言った事と同じ事をいうので
「早い話しがそういう事じゃ」
白峰が己の頭を所在なさ気に撫ぜながら答えるのを、見て、
『存外、可愛らしい男なのじゃの』
と、正眼は思ったのである。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます