「達者で」
孝道のはなむけは一言でおえたが、
誰よりも絹の心に響いた。
渤国へ行くと数馬に告げられた絹は
孝道に打ち明けたように
成り行きに従っていた。
「絹」
数馬が絹を呼ぶ。
数馬の指が震えているのはなぜだろう。
絹が渤国へいけば、
絹は渤国の者
数馬は和国の者
絹が渤国へ行くは、
国を分かたれたものの定めがごとく
別れを意味する。
数馬との別れ・・・。
それでよいのだろうか?
絹は心の軋みを振り払った。
それも、成り行きならば従うしかない。
渤国への舟は瑠墺が手配してくれた。
交易の舟に乗り込み、渤国へ入る。
とり調べはたやすくあるまいが、
絹が剣牙の印を持っている。
いくつか、間者から取り上げた印もある。
それを見せれば・・・
数馬の策に
「言葉はどうする」
と、象二郎が笑った。
私が、と、絹が申し出た。
量王の懐刀である、星読み、瑠璃波を渤国で、知らぬものは無い。
まずは、検印で、瑠璃波との通信を取る。
だが、それより先に瑠璃波が絹の帰国を読んで、先手を打っているかもしれない。
絹が見越したとおり
瑠璃波の命は国中に敷き詰められていた。
絹が瑠璃波の名前を出しただけで
量王の座である首都へ丁重に案内された。
量王に絹波の保護を願い出ると
瑠璃波は、量王に暇乞いを願い出た。
「何ゆえ?」
瑠璃波の挙動が不可思議なのも周知のことである。
瑠璃波の転心がありえるとは、思っていた量王であるが
理由もわからず、星読みから見放されるは民心を乱す元になりかねない。
「おまえがわしを捨てるは、それはそれでかまわない。
人の心は移ろいやすいものだ。
だが、わしにはわしの立場がある。
一国の首が抱えた星読みに逃げられる。
これは、人心に不安と不信を呼び込む。
それでも、わしを捨てなければならないのなら、それは、すなわち、おまえの星読みにわしの衰退か滅亡が映しだされているということか?
そうであるのなら、致し方ないことだ」
量王の言葉に瑠璃波は返事を窮した。
量王に衰退の影一つさえない。
それどころか、絹波を娶れば、間違いなく地球全土をも掌握できる。
だが・・・。
量王のためと成そうとしたことが
逆に量王の足をすくう。
そんなことさえ、先読みできぬ盲執に囚われる瑠璃波になっていた。
ここは一端引くしかないと瑠璃波は思った。
絹波にあえば量王は変わる。
自分が置かれた位置と余波ひとつ、見えなくなった星読みは、もういらない。
確実な安泰をあがなう絹波に勝る存在はない。
「解かりました。
先行きも
量王の立場も
周りの心も
考えられぬようなくすぶりを抱かえ、
つい、足手まといになるばかりと
身を引こうと考えてしまいましたが
それが、かえって量王の不利をよぶ。
あさはかでした」
量おうがここまでのし上がるに、
人の心に疎かったらなりえなかったことである。
「瑠璃波。なぜ、くすぶりがあるか?
この量王に話して貰えぬものなのか?」
あっと瑠璃波は口を押さえた。
かくも、うかつで、ありすぎる。
はからずも、一番触れてはならぬ部分に
矛先を向かせる言葉を選んでいたのである。
「それは・・・」
妹、絹波がどういう宿星の人間か。
その宿星を知った上で量王から、絹波を遠ざけた。
その行動が量王を追い詰めるとわかってから、初めて絹波を差し出そうとしている。
これだけで、量王に対し、我田引水を行っているか。
かてて言えば、絹波が他の男に嬲られたのも、瑠璃波のせいである。
その口をぬぐって、絹波を差し出そうとしているのも
量王を侮り、こけにしたと、同義である。
瑠璃波から、事実を話せるわけがない。
「量王には、話せぬか?
瑠璃波にとって、量王はそれだけの男か?」
違う。
ほとばしりそうになる声を抑えて
瑠璃波は取り繕う言葉を捜す。
「今は・・・。
絹波が無事に帰ってくるまでは、
私は落ちついて、話すことができませぬ。
もう、しばらく猶予をください」
嘘の言いぬけは些細な孔をつくろえぬものである。
それだけの男ではないらしいと、
量王は、いくばくか男としての尊厳を取り戻していたが、
瑠璃波に更なる疑問を感じていた。
『かほど、妹のことで心落ち着かぬものが、なぜに、自ら妹を和国へ差し向けることができたのだろう?』
瑠璃波の言葉が嘘でくるめられているのか、
あるいは、なにか、得体の知れぬものを読んでいるのか?
量王にわかるはずもないからこそ
瑠璃波に聞くしかない。
その瑠璃波が猶予をくれというのなら、
聞き分けてやるしかないと量王は思った。
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