頭の中で怒号する声に政勝が意識を取戻した時、
政勝は自分のしている事に頭を叩かれたよりもひどい痛みを感じた。
政勝の胸の中に身体を預けている一穂のその口を啜り、
あらぬ事か政勝の手は一穂のまだ幼い陽の物を弄っていたのである。
一穂の方はそれを望んでいたかのように、
うっとりと政勝に身体の重み全てを預けて政勝にされるままにいたようなのである。
『わしは!?な、何を?』
政勝の驚愕に気が付きもせず
一穂は魂ここに在らずという逞である。
政勝はその一穂の肩を掴み激しく揺さ振ると
「一穂様。一穂様。気をしっかり取り直して、ここを早う出ましょう」
一穂を呼覚ます。
「政勝?何をしよる?ここは何処じゃ?」
揺すぶられた事に些か気を悪くして、
不服な顔をして見せたが、
不思議な面持ちのかわると、
己の所在を確かめるのか、
ゆっくりと、辺りを見渡していた。
が、
髑髏の炎が目に映った途端に
「なぜ?かような所にわしを連れてきおった?お、恐ろしい」
政勝にむしゃぶりついて
「は、早う、出よう。ああ、早う、城へ帰ろう」
と、言い出すのである。
「気を取戻されましたな?」
政勝は一穂の手を引いて、社を飛び出し
森羅山の入り口に繋いだ馬のもとに逃げる様に走り出したのである。
怖気が細かく身体を震わせている一穂を葦毛に供にのせて駆け出して行く後を
解き放たれた黒毛が追っていた。
その姿を時空の狭間から小さな舌打ちで見ている者がいたのを
政勝、一穂は元より誰一人として知る者はなかった。
社が在る筈だと言われた場所で二人がじっと立ち竦んでいた。
一穂が政勝に怖いとむしゃぶりつくと
二人がその場から大急ぎで走り去るを見ていた八代神は
「何があった?」
険しい目付きで黒龍に尋ねた。目を閉じたまま黒龍は言った。
「御主にも一穂の後ろの黒き影は見えておったろう?」
「ああ。じゃが、変わった様子では」
「一穂が政勝にしかけおったわ」
「な、何を・・・?」
「政勝の首に腕を絡めて、あれの方から政勝の口を啜りだしたわ」
「ま、まさか」
「政勝の思念がのうなっておったし、一穂もその影に躍らされておる。
自らの意思ではない」
「ど、どういう事じゃ」
「当りはついておろう?」
む、と口を閉じた八代神である。
八代神にも、黒龍が推した事と同じ考えが沸いていた。
「やはり。双神に間違いないの」
「ああ。」
双神がたたらを組んでいたに違いないのである。
一人が一穂に付き纏い一穂を差配し、
もう、一人が多分、時空の狭間から政勝の思念を操ったのである。
「だが、何の為?」
「判らぬ。かのとにもあのような振舞い。性を手繰って何を求め様としている?」
「女鬼の有り様。あれもどう思う?」
「・・・・・」
「白峰のほうが性と魂の事はよう判っておるの」
八代神が呟くと黒龍がはっとした顔を見せた。
八代神に示唆されて黒竜の中でひとつの点を結んでいたのである。
「ま、まさか?」
思い至った事を黒龍は口に出すのを憚った。
黒龍のその様子になおさら八代神もおぼろげに感じていた事が
どうにも的を得ている様に思えていた。
「そうとしか考えられぬ。でなければマントラなぞ必要なかろう?」
「お、恐ろしいものに目を着けられよってからに」
「仕方なかろう?政勝の生命力は強い。おまけにお前の・・・」
「む・・・」
気まずそうに黒龍が咳払いをし始めていた。
政勝の精の強さは一つに黒龍の満たせぬ欲求が流れ込むせいでもあった。
「采女にしろ、あの精の強さとおまえの血とに焦がれておったのだろうに」
「双神は子を孕みたい妖怪の類とは違うわ。・・・やっかいな」
「そうじゃの」
まだまだ煩悩の昇華のできない黒龍を若いのと思いながら
もう一人の若い男の方にこの事を知らせてやった方がよいのかのと腕を組んで
八代神は地上に居る白峰をもう一度覗き込んだ。
ひのえと白銅の為に囲炉裏に火を起こし始めてた白峰の姿に
「さてもさても。大事なものよの」
八代神が呟いて感心する程に、
凡そ、自ら雑事などに手を染める事のない白峰が
粗朶を折って種火をいこらすため、
空消しを入れ始めると社の中に、白い煙が上がり始めた。
粗朶が炎を上げ始めると、細い枝をくべ始め、
火のついた空消しを跨がせ薪を乗せると
その隙間に粗朶をついで枝を足して火を大きくしていく。
やがて社の扉を開けて現われたひのえ達を横目でみると
白峰は来いと手を拱いて見せた。
「まあ、座るが良いわ」
よく炭もいこりだし炎を上げていたし炎に当てられて薪も爆ぜる音を立て始めていた。
「大神自らですか?」
炎が上がる薪の造作無い置き方に慣れぬ事をした後が窺えており、
聞くまでの事もなかったのであるが白銅は尋ねた。
「何。何時もなら蛇は寒い折には奥でうつうつと寝入っていての。
ここには滅多とおらなんだ。
下の婆が祷りて、わしを呼ばう折には、もう火をいこらせてあったしな。
わしもよう勝手が判らん」
「何、うまいものです」
白銅が澄明を振り返り火の近くに寄る様に
庇う様子を見せているので白峰も
「せっかくわしが火を起こしたのじゃ。よう近よって暖を取るがいい」
白銅の後ろに着くようなひのえに声を懸けた。
一歩下がりて白銅に従い、
羽の下に自ら庇われるひのえの所作に
この三日でひのえの中の機軸が白銅に縋り服従する女子の情を
ひのえ自身に見せつけたのだと読み取れた。
くしくもそれを一番に感じているのは白銅であり、
また、そのひのえを見定め
己が手中に乗った事を確信すればこそ供に連れのうて、ここに来ているのである。
白峰にとっては淋しい事ではあるが
これならば、もう二度と血気に盛るような短絡的な救いに
己の身を呈する馬鹿もしないと安心するとともに
これなら、双神の事を話しても良いとも、
あの伽羅を呼んで伽羅が見知った事を直にひのえに話させても良いな
と、踏んだのである。
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