雲(くも)主人公。元々は武士であったが、現在は品川宿の問屋「夢屋」の頭(かしら・現代で言う代表取締役社長)である。
仕事は二の次で、作中では仕事をしている描写はほとんどないが、番頭の欲次郎が病気で寝込んだ際、誰も仕事をする者がいないため、その際には渋々仕事をしている。
何を言われても暖簾に腕押しであり、女を見れば老若美醜にお構いなく「おねえちゃん、あちきと遊ばない?」と決め台詞をやることで有名 . . . 本文を読む
ひょっとこの女将とてつないのお弓が
口をそろえて、ほめそやす。
浮浪のだんなは、その話を黙ってきいているのか、
酒のつまみにしているのか。
「それがさ、ほんとに、目の前さ。ねえ、お弓ちゃん」
「うんうん」と、頷くお弓の頬が上気しているのもわけがある。
「そりゃあ、見事な采配だけど、それだけじゃないんだよ。
これが、いい男っぷりでねえ」
お弓の上気のわけはそれらしい。
「胸がすくっ . . . 本文を読む
女将がいくら考えても
すりの「どうりで」の内訳など判るわけがない。
すりは、すりで、
浮浪のだんなに酒を注ぎにいく。
「その節は・・」
と、詫びを入れるすりに
浮浪のだんなは、
「なんだっけ?」と、覚えていない様子を見せる。
「あ・・まあ・・・あの」
他に人が居るせいで、仔細を語りたくないようだった。
が、思い切って告げる。
「あんときと、同じようなていたらくで、こっちのだん . . . 本文を読む
朝から かめのおしゃべりを聞かされ
やっと話が止まったころに
浮浪のだんなは、外に飛び出した。
ひょっとこは、朝飯にありつこうと人足たちが
集まっているだろう。
しかたがない、 どこへゆくでもなく
ぶらぶらと歩いていると
大川の河原端に黒山の人だかりがある。
あれが、かめの言っていた人相書きだなと
近くに寄って、眺めることにした。
かめは、人に押され 背も高くないため
まとも . . . 本文を読む
朝から黒山の人だかりがある。
これを見過ごす手はないと
三治が懐の厚そうな奴を物色していたところに
ー浮浪のだんなだー
昨日の今日でもある
だんなの目の届くところで
すりは、できねえと
浮浪のだんなが 人相書きをながめおえて
立ち去るのを待つことにした。
ところが、
浮浪のだんなが
「島をぬけたんだ。仲間をひとり、ぶち殺している」
と、言った途端 人波が消えた。
波どころ . . . 本文を読む
お弓が答えるより先に
女将がまくしたて始めた。
「いえね・・・この子の岡惚れでしかないんだけど・・」
どうやら、お弓は昨日の男に
ぞっこんになってしまったらしい。
「いい男っぷりで、心も広い みなりもこざっぱりしていて
なにより粋を絵に描いたようで
そりゃあ、あたしだって、なにも思わないっていったら
嘘になる」
が、女将をはるだけのことはある
人を見る目の幅が違う。
「そんな . . . 本文を読む
浮浪のだんなは、酒で良いが、
三治はどうだろう。
「三治さんは、飯だろ?」
あたりを付ければ案の定
「そうしてくれ」と答えるが
なんだか、うかぬ顔つきになっている。
無理もない。
確かに織田は良い男っぷりすぎる。
が、一言のもとに
ー織田とひきくらべるなんて、しょってるー
と、いなされると
気分があがってこないだろう。
三治だって、別段不細工という面構えではない。
だが、 . . . 本文を読む
ひょっとこからでてくると
三治は大川の人相書きを見に行くことにした。
悪い事などしそうもない顔というのがどういうものかと思ったのもある。
ちらりと頭をかすめたこともあるが、
ありえないと、思った。
人相書きの前で
浮浪のだんなが
「島をぬけたんだ。仲間をひとり、ぶち殺している」といった。
だから、ありえないと思った。
だが、三治のまなこに映った人相書きのその顔は与吉に思えた。
. . . 本文を読む
あれから三日。
三治はひょっとこと大川をなんど往復しただろう。
浮浪のだんなは、なにか掴んできてくれるはずだ
と、思うが
そんなに簡単ではないのだろうとも思う。
大川の人相書きを眺めていたら
浮浪のだんながひょいとあらわれはしないか?
ひょっとこで、飯をくらってたら
浮浪のだんながひょいとあらわれはしないか?
と・・・
ひょっとこから
またも、大川ばたに足をのばした三治の目に . . . 本文を読む
あれから数えて五日になる。
もしかして、今日は浮浪のだんなに逢えるかと思う。
が、逢えるということは
織田のだんなのいう「つらい思い」をすることかもしれない。
ひょっとこの暖簾をくぐるのが
なんだか、気が重い。
だいたい、人生なんてのは皮肉なもんだ。
待ち焦がれてる時には相手はやってこない。
逢いたくないと思うときに、相手がやってくる。
だから、なおさら気が重い。
三治の予感は . . . 本文を読む
浮浪のだんなの報せは
三治が覚悟した通りだった。
取り乱さずに話を聞けたのは
織田のだんなの助言があったからだと思う。
「浮浪のだんなの報せは、おそらく、おまえには、つらい話になる」
「浮浪のだんなが、話つらくならねえようにもな」
話一つするにも、細かな気配りがいる。
浮浪のだんなの気持ちも
三治の気持ちも推し量れる織田のだんなだからこそ
浮浪のだんなと
逢ったしょっぱなから、 . . . 本文を読む
三治は、やっと、気が付いた。
浮浪のだんなが言う
「ですからね、あちきは、お奉行をつれていった。そういうことですよ」
と、いうのは、
そも最初、人相書きを見たときから
兆治が島の役人を手先にしているということも
役人が、悪事を働いている事にも
察しがついていたということだ。
そして、気の優しい与吉が
罠にはめられたということと
兆治が、与吉の気弱さに漬け込んこんだんだろう。
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兆治を探す・・・
みかけない顔
やさぐれた男
日に焼けた男
三治はぶつかっていっては
よろけた勢いを装い
袖をめくりあげ
2本の筋が入っていないか確かめた。
だが、そんな入れ墨を入れられた男が
そこらを堂々と歩いている事も少なかろうし
その少ない機会で、
うまいこと、兆治にいきあたると考えるほうが無理がある。
こんなことを繰り返していたら
ごろつきどもにどんな因縁をふっか . . . 本文を読む
もしも、三治が兆治の人相書きを見ていなかったら
三治の前を横切った男が兆治だと判らなかっただろう。
日に焼けていると思った肌は
半年の間、お日様の当たらない場所に隠れ潜んだのだろう
浅黒かっただろう肌の色は抜けて、むしろ生っちろくみえていた。
身なりも整えている。古手屋でずいぶん、はずんだのだろう。
地味にみえるが生地が良く、品も良い、まだ新しい着物と見えた。
ーどういうことだ。こい . . . 本文を読む
兆治を見つけた。
黒門町の甚兵衛長屋 右手の四軒目
黒門町の甚兵衛長屋 右手の四軒目
今なら ひょっとこに
浮浪のだんなも織田のだんなも
雁首揃えてる。
と、急ぎに急いで
ひょっとこの暖簾を押した。
ーあれ?織田のだんながいないー
だが、そんなことより
まず浮浪のだんなに・・
息せきって飛び込んできた三治をみると
浮浪のだんなは、
ーおや、さんちゃん、おはやいお帰りで・・ . . . 本文を読む