井戸の柊二郎をふさぎこんだ二人は屋敷を見ていた。「白銅のいうとおりでしたね」ひのえは柊二郎と比佐のさまをいった。「おもうよりはやかったの」「ええ」だが、これで井戸の柊二郎の諦念が定まることであろう。「あきらめがつくかの?」「つきましょう」井戸の柊二郎は、他の男を知る女子を嫌った。おそらく、あの最後の「由女」と、いう呟きもそうであろう。本当は妻である由女をのぞんでいたのであろう。が、どういう心情の絡 . . . 本文を読む
家にたどり着くと、この前のように白銅は寝入るかとおもった。が、「ひのえ」と、呼ぶ。「どうなさいました」「わしも、わしだけのひのえを確かめとうなった」言うが早く白銅はひのえを捕まえた。なんの遠慮も要らぬ夫婦になった二人である。ひのえもまた白銅の腕に包まれながら、自ら帯を解いていった。「ひのえ」「はい」ひのえが滴りを覚えるのも早い。白銅もいちはやくそれに気付く。「ほしかったかや?」ひのえが白銅の問いに . . . 本文を読む
玄関を立ち去った柊二郎の姿が門をくぐるのを見届けるとひのえはくどに戻ることにした。朝の用意がまだ途中であった。くどに戻りかけたひのえは寝間の気配が変わっているのに気が付いた。「白銅?」小さな声で白銅の目覚めを確かめてみると「おう?」と、返事があった。襖を開けながら、「おこしてしまいましたか?」「なにや・・話し声がきこえたが?」白銅の声はまだ眠たげであったが、ひのえは襖を開き中に入った。陰陽ごとの報 . . . 本文を読む
どのくらい、そうしていたのか、再び眠りの中に落ちていたひのえを呼び覚ます声がきこえた。白銅から身体を離すと、ひのえは聴こえてきた声の主の居る玄関をあけてみた。戸を開けるとそこには、托鉢を求める鉢を差し出す僧都がいた。「ああ。おまちなさい」ひのえはくどにはいり、米びつを開け三合ほどの米を布の袋にうつし僧都の元に戻り鉢の中に入れてやった。僧都は手をかざすと深い礼をひのえにささげながら「亭主殿の悋気は厄 . . . 本文を読む
「ひのえ」白銅の声にひのえははっとして、振り向いた。―目覚めた横にひのえがいない―白銅の猜疑を煽るにたる、ひのえの行動がむしかえされたのであろう。「わしの眼をあざむいて、どこにいっていた?」「どこにも・・いっておりません」「わしの目をぬすんで、白峰の所にいったことがあるに」「あ・・・」すんだことでしかない。其の事とて、白銅は重々承知していた事である。それがむしかえされるのは、井戸の柊二郎のせいであ . . . 本文を読む
「やれ・・」托鉢に巡り歩いた村の外れの古ぼけたお堂に上がりこむと法祥は托鉢の鉢の中を覗き込んだ。確か、蔀葉に包んだ握り飯をくれたものがいたはずである。はたして、鉢の中には、大きな蔀葉飯があった。「かたじけなや」直ぐに食せるものは其れはそれで、有り難い。竹筒の水を確かめると法祥は握り飯にかぶりついた。―しかし。あの陰陽師は今頃弱り果てておろうの―托鉢に歩く村の中の屋敷に井戸がある。其の中に、優しく悲 . . . 本文を読む
「いつまでそうしておる気じゃ」突然の声に法祥は辺りを見回した。「げっ」目の前に湧いて出てきたものに法祥の度肝は抜かれ、大きく口を開けたまま揺らめきあがる影を見詰るばかりであった。「し・・・白、白峰大神?」噂に聞く美しい姿態から蛇の性が揺らめき立っている。
「な・・?」なんで?「ひのえをすくえ。白銅をときはなて・・」其の名が二人の陰陽師のものである事は法祥にもわかった。なぜ、白峰大神が二人を護る? . . . 本文を読む
井戸の存念の正体は先祖の柊二郎である。その柊二郎は、次男にうまれた。当然、立場的には世で言う冷や飯喰らいである。おらぬ方が良いくらいなのに、役にも立たぬばかりか、生きている限りくわねばならぬわけである。おらぬ方が良い存在。と、なった柊二郎の心に、哀しいひがみが生じる。なにかにつけ、兄の存在が柊二郎をさいなむ。ところが、どうしたことか、その兄は病魔に冒されるとあっけなくこの世を去った。途端に手のひら . . . 本文を読む
「ふーむ」法祥は大きな溜息を付いた。「どうおもう」白峰に問われ法祥は「なぜ、由女の事を信じてやれなかったのかとおもいます」と、返した。「あやつが井戸の中で存念をだかえるようになったのは、其の由女に井戸に突き落とされ命をおとしたせいではあるがの」「あ?」「信じようにも信じれなくなった女子の挙動が何ゆえであったかなぞをもう、考え及ぶ付く柊二郎ではなくなっている」「由女の行動は何ゆえかは判りませぬが、其 . . . 本文を読む
黙り込んだまま法祥は土をかいだしている。法祥が今、やっている事は墓あばきである。(神の成させることとはおもえぬわ)法祥は白峰に一つの引導をわたされた。己の生き様を考え直せという白峰の言葉は、今までの法祥をあの世に送り出す事である。伊予と共に死ねなかったあの法祥を今度こそ黙させるのである。「でき・・ぬ」霊になって法祥の前に立つしかない伊予であるが、それでも、未来永劫、伊予を失くす定めを受け入れられな . . . 本文を読む
朝早くから戸をたたくものがいる。白銅が、嫌な目つきでひのえをみたが、その同じ眼で行ってみろと指図した。良くない状況である。ひのえに近寄る男にまで、猜疑の目を向け始める白銅になっている。が、その白銅がいってみろという。その後が思いやられるのである。おそらく、白銅はひのえをひどく、なぶることであろう。嫉妬が、白銅をとらえるだけである。どうぞ、男でなく、おかみ連の誰かである事を祈りながら、ひのえは戸口の . . . 本文を読む
白銅の淀んだ眼には白峰の真意がうつらなかったということである。白峰の仕組んだ事がひのえには読める。『何をたくらんでおる?ひのえを取り戻すつもりか?』女々しくも婚礼の朝に挑戦的に白銅の前に立った白峰の姿がおもいおこされる。『いったい、井戸の柊二郎をどう利用するきだ?』その柊二郎の様子を見るために塞ぎを解く事は白峰の思う壺にはまるようにも思える。が、このままでは柊二郎の様子は裏の世界の事であり、みえる . . . 本文を読む