猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 21 説経毘沙門之本地③

2013年05月26日 18時12分40秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

毘沙門の本地 ③

 さて、次の日の朝、金色太子は、姫君に、

「私は、これから摩耶国に行って来ます。あなたは、本国に帰って、私をお待ち下さい。

摩耶国までの道のりは、三年かかりますが、犍陟駒(こんでいごま)で行くならば、一年

でゆくことができるでしょう。しかし、三年の間は、お待ち下さい。三年が過ぎてしまった

ら、最早、私は死んだと思って、後世を弔って下さい。名残は尽きませんが・・・。」

と言うのでした。姫君は、涙ながらに、

「たった一夜だけの契で、もうお出かけになってしまわれるのですか。なんと恨めしいこと

でしょう。故郷を出たその時は、父母に引き別れ、今又、あなた様に別れて、また物思い

が増えてしまいます。」

と言うと、互いに手と手を取り合って、嘆かれるのでした。姫宮は、涙をぬぐいながら、

「しかし、摩耶国は大国ですよ。あなた、一人で摩耶国に行って、大軍に勝つことができる

のですか。」

と聞きました。金色太子は、

「ご尤もな質問です。私の家の家宝には、金石縅(きんせきおどし)の大鎧と、金剛の兜

があります。これは、どんな矢も射通すことはできません。そして、大通連(だいとうれん)

という太刀があります。この太刀を一振りすれば、一度に、千人の敵の首を落とすことがで

きます。ですから、敵がどんなに多くとも、負けるということは無いのですよ。」

と言うと、別れの歌を詠みました。

『君故に 捨つる命は 惜しからず 何時の世にかは 巡り逢うべき』

姫の返歌は、こうでした。

『何時の世と 思う君こそ 儚けれ 月日は重ねて 巡り逢うべし』

別れの憂き涙に濡れる二人の様子は、誠に哀れな限りです。離れがたきを振り切って、太子

は、門外へと出ましたが、また立ち返って、走り寄るのでした。しかし、太子は、思い切り、

犍陟駒にまたがって、摩耶国へと旅だったのでした。哀れな姫君は、金色太子の後を見送っ

て、泣き崩れておりましたが、女房達が、姫君の手を取って、輿に乗せると、クル国へと帰

って行ったのでした。やがて、故郷に帰り着いた姫君は、金色太子の事を、有りの儘に、父

母に話すのでした。王様もお后様も喜んで、金色太子の帰りを待つこととなりました。

 さて、一方、金色太子も駒を急がせて、やがて、摩耶国に辿り着きました。摩耶国の様子

を窺ってみると、明後日にはクル国へ出兵との命令に、多くの軍兵が集結し、着到状(ちゃくとうじょう)

を、付ける有様は、目も驚かすばかりです。この様子を見て、金色太子は、馬に乗せた物の

具を下ろすと、鎧兜に身を固め、手棒という杖を突いて、王宮へと向かいました。王宮の

門番は、怪しんで、

「何者。」

と、押し留めましたが、太子は、怯みもせず、

「いや、怪しい者では無い。クル国の遣いである。国王に取り次ぎ願いたい。」

と言いました。やがて、青帝王に前に通ると、金色太子は、

「勅使に参りましたのは、クル国の姫君のことでございます。承りました所、クル国の姫君

を奪い取るとの企てがあると聞きました。クル国は、小国とは言えども、人々の心は、獰猛

ですので、とても敵うものではありません。そこで、無駄な企てをやめさせるために、これ

まで参った次第です。」

と言うのでした。居並ぶ役人は、せせら笑って、

「これほどの大国を動かす大王様を、お前一人で止めに来たと申すか。おこがましい。ええ、

ひったってえ。」

と言うなり、小腕取って引っ立てると、場外へと引きずり出しました。青帝王は、怒って、

「あのような、生意気な小童(こわっぱ)を、そのまま国に帰すのも、癪に障る。軍神の

血祭りに、切って捨てよ。」

と、命じました。兵士達が、どっとばかりに繰り出して、太子を取り囲みました。金色太子は、

「なんと、物々しい。それでは、物を見せてやろう。」

と、大勢の中へ切り込みました。しかし、あっという間に、多くの兵が討たれたので、驚い

た摩耶国軍は、援軍を集めました。何千もの兵が、金色太子めがけて、攻め寄せて来ます。

この時太子は、大通連の剣を抜きました。一振りすれば、千人の首が一度に落ちました。

これには、摩耶国の軍勢も敵わずに、皆散り散りに敗退したのでした。金色太子は、勝ち鬨

を上げると、再び犍陟駒に打ちまたがって、クル国を目指して、帰って行きました。この

金色太子の活躍は、鬼神にも勝ると、感心しない者は、ありませんでした。

つづく

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