猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 37 古浄瑠璃 小篠④

2015年03月25日 12時35分01秒 | 忘れ去られた物語シリーズ
こざさ④

 兄弟を殺した国友は、兵庫の女房を、再び呼んで、
「さて、正成の妻は、何処にいるのか。正直に申せ。」
と、迫りました。女房は、
「さればです。御台様がご存命であるのならば、どうして注進などいたしましょうか。御台様は二十日前にお亡くなりになられました。」
と、答えたのでした。国友は、
「成る程、お前の注進は、山程有り難く思っておるぞ。この度の褒美である。」
と言って、謝金百両を下されました。しかし、女房は受け取らず、
「このような金銀をいただいても、誰に与える者もありません。お情けを懸けていただけるのなら、どうか、下の水仕に召し使って下さい。」
と、願い出るのでした。国友は、これが兵庫の女房の企てとも知らず
「おお、そういう事であるのなら、良きに目を掛け、使ってやろう。これより、お前の名前を、『小篠の局』と付けるぞ。」
と、答えたのは、既に運の末というべきでした。小篠は、人の仕事まで自分で引き受け、人の嫌がる仕事も進んでやったので、国友のお気に入りとなり、彼方此方と召し使う様になりました。ある時、小篠は、
「申し、我が君様。私が浪人していた時に、吉野の権現様に大願を懸けました。そのお礼にお参りをしたいと思うので、少しの暇をいただけませんでしょうか。」
と、申し出ました。国友は、すっかり小篠を信用していましたので、
「おお、神の事であるのなら、どんな用事よりも大切だ。早く行って来なさい。」
と、すんなりと許しました。
小篠は喜んで御前を罷り立つと、早速に長谷を出て、黒渕へと急ぎました。黒渕に着くと、兵庫の女房は、
「どうぞ、ご安心下さい。難なく敵を謀りました。」
と、御台様に告げるのでした。御台様は、
「如何に、主君への忠心とはいえ、我が子を殺し、後に残って悲しまない親があるはずがありません。いつの日にか、この若達が世に出たなら、必ずお礼の恩賞を授けますぞ。女房よ。」
と、すがりつくのでした。女房は、毅然として、
「どうぞ、そんな心配はおやめ下さい。私が、敵の内に潜り込みました以上は、必ず本望を遂げていただきます。」
と言うと、暇乞いをして、立ち上がりました。兄弟の人々は、門送りに立って、
「女房殿。必ず親の敵を討たせて下さい。万事よろしくお願いします。」
と、頼みましたので、女房は、
「良き時を見計らって、必ず、討たせてあげますので、ご安心下さい。明日の夜半に必ず、長谷の館に来て下さい。」
と、答えました。兄弟は喜んで、
「おお、明日は、幸い、父の三年忌です。父上の孝養の為に、敵を討つぞ。」
と息巻きました。女房は、
「必ず、お出でください。」
と言い残して、長谷へと帰って行ったのでした。
 さて、長谷に戻った小篠は、いつものように仕えています。翌日の夜半、小篠は、じっと兄弟が来るのを待ち受けていました。やがて最期の出で立ちを整えた兄弟達がやってきました。小篠は、
「お待ちしておりました。さあ、いよいよ念願の時です。慌てて、し損じなどなさらぬように。さあ、こちらです。」
と、国友が寝ている部屋へと案内しました。
「さあ、早くお討ち下さい。」
と、小篠が言うと、兄弟は、喜びましたが、
「女房殿、私たちは、母上様に暇乞いをしておりません。どうか、これよりお帰りになって、この黒髪を、兄弟の形見として届けて下さい。」
と、言うのでした。女房は、命令に背くことはできず、泣く泣く黒渕へと帰って行くのでした。さて、それから兄弟は、国友の枕元に立って、
「やあ、如何に、国友。大事の敵がありながら、このようにすやすやと寝られるのか。起きろ起きろ。」
と、言うや否や、髪の毛を掻い掴んで、引き起こしました。国友は、枕刀を抜いて起き上がろうとしましたが、桜子が切り付けて、梅若殿が国友の首を討ち落としました。それから、日頃の恨みを晴らそうと、国友の死骸を、散々に切り裂くのでした。
 この騒ぎに、目を醒ました侍達は、前後不覚の大騒ぎとなりましたが、やがて、兄弟は高手小手に捕らえられました。兄弟は都に連行されて、仇討ちの件が奏聞されたのでした。御門は大変ご立腹されて、
「明日の午(うま)の刻、六条河原で処刑せよ。」
と命じられ、処刑人を加藤兵衛に任じました。牢屋に入れられた兄弟の心の内は、哀れとも何とも、言い様がありません。
つづく

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