猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 6 説経尾州成海笠寺観音之本地②

2012年01月03日 10時36分23秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

かさでら観音の本地 ②

 まだ見ぬ姫に憧れた、右大臣頼忠は、賎しき者の姿に身をやつして、恋の闇路に迷い

出て、願掛けに、常陸帯(鹿島神社の神事:意中の人の名前を帯に書く)まで締めて、

やがて、滋賀の里にお着きになりました。

 さてその頃、菖蒲の前は、多くの女房達をうち連れて、紅葉の殿に出て、ススキや萩、

桔梗や女郎花を愛でて、秋を楽しんでいました。やがて、菖蒲の前は、

「のう、如何に、女房達。先ほどやって来た、遊び者は、どういたしましたか。呼びなさい。」

と、菖蒲の前が、言いましたので、早速に、猿回しが呼ばれました。控えの間でじっと

待っていた猿回しに扮した頼忠公は、襟を直すと、手飼いの猿の綱を引いて立ち上がり

ました。頼忠公は、

「さても、やつせし我が姿よな。その昔、用明天皇が、玉よ姫に恋焦がれて、帝位も捨

てて、身をやつし、山路と名乗って牛飼いとなり、草刈り笛を吹いたのと、同じ気持ち

だ。」(烏帽子折草子の草刈り笛物語の引用)

と、顔を赤らめて、姫の前へと、出られたのでした。ところが、御簾内の女房達は、そ

の姿を見るなり、総立ちとなって、このような賎しき身分の者でも、このように気品の

高い麗しい男が居るものなのかと、水を打ったように静まりました。ごくりと、生唾が

聞こえるようです。やがて、菖蒲の前が、奥より、

「何んでも、面白い曲を一曲奏でてみなさい。そのような美しい姿で、卑しい猿を引くのですね。」

と、言いました。頼忠公は、これを聞いて、

「はい、所謂、宗の狙公(そこう)は、朝三暮四の、栃の猿を愛して、一生の楽しみと

暮らしました。(列子または荘子の引用)布袋禅師が、幼き子供を寵愛されたのも同じ

こと。私も又、それと同じく、物言わず笑わねども、人の心を汲んで知る、猿に勝る宝

は無いと思っております。首に結んだ手綱を、私が引くように見えますが、私の思いも

同じ事。あなたが、手綱に引かされて、ここまで迷い出て来たのは、恥ずかしい次第です。」

と、口上を並べると、次のように謡いました。

 ~汝が想いに比ぶれば

  我が想いは

  勝る目出度き

  ましまし目出度き

  踊る手元を

  猿や召さるか

  小猿に教えて

  安楽(あらき)ことをば

  見ざると申せば

  人事言わざる

  悪事を聞かざる

  木の葉猿めが(※身の軽い猿)

  見ざる目元で

  ころりとこけざる

  そこらで締めろ

  踊りは山猿  

  恋の心か

 申酉戌亥

 浮きに浮き世の

 猿、豆蔵に(※門付け芸人)

 猿が狂うわば

 我が身も共に

 浮き世狂いは面白や

 駒、引き出すには

 猿の白い水干

 立て烏帽子

 折り烏帽子を

 しゃんと着ないて

 御馬の手綱をかい繰って

 立ち見馬や春の駒

 土佐に雲雀毛(ひばりげ)

 糟毛(かすげ)、柑子栗毛(こうじくりげ)額白

 槇の駒に信濃の白駒

 何々乗りたい

 心ぞ面白や

 いかにましょ~

さて、奥よりの、御望みなれば、これなる綱手を渡りて、お目に掛け申せ。」

と、縄手を切って、猿を放つと、猿は、天にも昇る心地して、大庭に躍り出ると、あっ

ちこちと駆け回り、跳び上がり、綱を渡る有様は、まるで、蜘蛛が、糸を渡る様に見事

だったので、人々は、大喜びをしました。

 西の対が、そのように大騒ぎをしているところに、北の方が、様子を窺いにやってき

ました。北の方が、

「さて、さて、賑やかなこと、いったい何が始まったのです。」

と尋ねると、菖蒲の前は、

「はい、あそこにおります猿回しが、いろいろと、秘曲を尽くして、見せ物をしてくれ

ますので、どうぞご覧ください。

外に、何か珍しい曲は無いか。母上にお見せしなさい。」

と、言うと、頼忠公は、畏まって、鞨鼓(かっこ)を取り出して、首に掛けると、

「それでは、これより、都で流行っております、「紅葉流し」という曲を、拍子に乗っ

て、舞うことにいたしましょう。」

と、言って、次の様な歌を謡いながら、踊りました。

 ~あら面白の御代のためしや

  春は先、咲く梅野かや

-->


最新の画像もっと見る

コメントを投稿