猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 40 古浄瑠璃 清水の御本地④

2015年11月11日 22時23分48秒 | 忘れ去られた物語シリーズ
清水の御本地④

 さて、真如殿の部屋に、極楽浄土が出現したことは、忽ちに知れ渡りました。洞院殿は、沢山の供人を連れて、真如の寝屋の見物にやって来ました。真如殿の戸を開いた途端に飛び込んできたのは、光明に輝き、音楽が鳴り響く極楽世界です。余りの眩しさに閉じた目を、ようく見開いて見て見ると、黄金の門や白銀の築地が見え、庭は瑠璃の砂が敷き詰められています。七間(けん)の添え殿、八間の張り殿、九間の主殿が作られ、回廊は二十四間もあります。南面の松の枝に、黄金の鶴が舞い遊び、池には、白銀の亀が甲羅干しをしているではありませんか。余りの美しさに、洞院殿が、言葉を失っていると、真如殿が、こちらへと招きました。姫君も、
「あれは、真如殿が頼り為されている洞院殿ですか。さあさあ、どうぞ。」
とお声掛けをしたので、お供の上達が、手を引いて、洞院殿を宝石で燦めく台(うてな)へと案内しました。流石の洞院殿も、呆れ果てるばかりです。それから、洞院殿は、甘露の様な百味の飲食(おんじき)を味わい、気が付いたら、もう三七日(21日間)が経ってしまったので、慌てて自分の家へと帰って行きました。
 洞院殿は、この事を、直ぐに御門へと奏聞しました。大変、興味を持たれた御門は、早速に洞院殿の館に行幸される事になりました。御門のお乗りになった御車と、数多のお供の行列が出発すると、五畿内の人々が、その行幸を見物しようと、我も我もと集まって来る程の騒ぎとなりました。さて、いよいよ御門のご一行が、真如の寝屋にお着きなり、戸を開きますと、例の様に、宮殿楼閣が甍(いらか)を並べる景色が広がります。地面の砂は金や瑠璃が敷き詰められ、金銀の花が咲き乱れます。そこに、六観音、六地蔵、八大金剛童子が顕れて、光を放ちましたので、この光に照らされて、御門を始め、卿相雲客、大臣に至るまで、皆、金色の姿と輝くのでした。
 奥の宮殿を見て見ますと、十六七歳ぐらいの女性が見えます。十二単に三重の袴、翡翠の簪に寝乱れ髪といった艶やかさです。そして、多くの天女達が、仕えている様子です。御門は、このお姿をご覧になると、
「おお、あれは、真如が妻であるか。なんと美しい女性であることか。」
と、もう一目惚れです。御門は、真如の妻を心に刻んで、やがて、ご帰還なされたのでした。
 ところで、洞院殿は、霊符菩薩(北辰妙見菩薩)を信心なされていたので、この時から、霊符を行う家には、禁中の行幸があると、言われる様になったのです。まったく有り難いお話ですから、今にいたるまで、霊符菩薩信仰は、盛んなのだということです。

つづく

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