猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 36 古浄瑠璃 ゆみつき③

2015年02月24日 14時48分40秒 | 忘れ去られた物語シリーズ
弓継 ③

 さて、玉松殿は、学問を究めて天台座主となりましたが、父母や妹の玉鶴がどうしているかが気がかりでなりませんでした。ある夜の暁方に、延昌座主は、不思議な夢を見ました。
故郷の頭川は、荒れ果てていて、どことも知らない土地のように見えます。松野尾夫婦の行方を尋ねますと、人々は、『兄妹を失ってから、行方不明となりました。』と答えるのでした。はっと、目覚めた延昌座主は、
「これは、正夢か。天の教えか。」
と、呆然としました。やがて、延昌座主は、
「私は、故郷を出る時、学問を究めるまでは、故郷へは帰らないと決心したが、今や、学問を究めたのだから、一度、帰ろう。」
と思い、早速に山王権現に、暇を告げに行くことにしました。延昌座主が、山を下りて行くと、忽然と白髪の老翁が現れて、こう言いました。
「お前は、これから、故郷へ帰ろうとしているな。お前は、この山の貫首であろう。それ、神と仏は表裏一体。影と形の如きものである。今、故郷へ帰るならば、お前の寿命は終わり、死んでしまうだろう。そこで、長寿延寿の秘法をお前に与える。急いで本坊に戻り、毎朝、この経を唱えよ。」
そして、巻物を一巻、延昌座主にあたえるのでした。延昌は、不思議に思って、
「あなたは、どなたですか。」
と問うと、老翁は、
「私は、この山の主である。」
と答えて、虚空に消え去りました。さあ、延昌は、困りました。親の行方は知りたいが、山王権現が、留める以上、下山することもできません。どうしたものかと思い煩っておりましたが、やがて、使いの者を故郷へ送ったのでした。やはり、夢のお告げのように、父も母も妹も、行方は知れませんでした。延昌は、仕方無く、人々の菩提を、深く弔うのでした。

 さて、頭川の松野尾夫婦は、飛び出して行った玉松丸は、親類を頼って、身を寄せているのだろうと考えていました。越後の国、柏崎に一番近い親戚がありましたから、そこに居るだろうと思って、夫婦は、尋ねて行ったのでした。しかし、玉松の行方は、知れませんでした。それからというもの、夫婦は、それぞれの本弭(もとはず)、末弭(うらはず)を首に掛け、取り上げては、打ち眺めて、寝ても起きても、ちらつくのは、玉松丸の面影ばかりです。ある時は、人も住まない山奥で日を送り、苔の筵に草枕。岩の床に泣き明かして、夢さえもみません。あちこちと彷徨い歩き、玉松を探すのでした。

《道行き》
越後の国を立ち出でて
出羽、ねんちゅう、かめはりさか(不明)
信夫山、忍ぶ甲斐なく、色に出でて(福島県福島市)
秋は、紅葉の摺り衣
今来て、月を、松島や(宮城県松島町)
平泉の郡まで、残らず尋ね巡れども(岩手県平泉町)
その行き方は、なかりけり
思い駿河の富士の根を(静岡県)
他所ながらも、よう打ち眺め
『風に靡くは、富士の煙
空に消えて、行方も知らぬ、我が想いかな』
(新古今和歌集:西行法師)
と、詠せし人の心をも
今、身の上に、白雪の
薄き契や、親と子の
一世に限り、夢の世に
仲、絶え絶えの蔦の細道分け行けば(静岡県静岡市)
一夜、岡部の宿を過ぎ(静岡県岡部町)
小夜の中山、掛川や(静岡県掛川市)
三河に架けし、八橋や(愛知県知立市八橋)
蜘蛛手に物を思うらん
伊良湖崎より、舟に乗り(愛知県田原市:渥美半島先端)
伊勢の泊(とまり)に上がりけり(三重県伊勢市)
大神宮に参りつつ、我が子に逢うせと祈念して(伊勢神宮)
それよりも、行く程に
熊野の参り、三つの山、尋ね給えど、行き方無し(熊野三社)
三十三年、尋ぬれど、その行き方はなかりけり
風には、脆き露の身の
只、つれなきは、命なり
九国中国、尋ねんと
四国に渡り、淡路島
豊後豊前に差し掛かり(大分県・福岡県)
「如何に、我が子の玉松」
と、問えど答うる者は無し
丹後の国に聞こえたる
天橋立、成り合し久世戸の文殊を伏し仰ぎ(知恩寺文殊堂)
但馬、過ぐれば、播磨なる(兵庫県)
こしや々かくかは(不明)宵の宿
過ぐれば、これぞ、須磨明石
早、津の国に聞こえたる
求塚(神戸市中央区生田)、箕面山(みのおやま:大阪市箕面市)
麗々と鳴る瀧の水(箕面滝)
落ちて、逢瀬となるものを
南無や楊柳観音の引く椀、もらし給わずば
兄妹がその中に、せめて一人、引き合わせ
思いを晴らさせ給うべし
あら、有り難やと、伏し拝み
豊島(てしま:大阪府豊中市)、瀬川(豊島河原瀬川宿:現箕面市)、芥川(大阪府高槻市)
行く春、春の花の散り
しどろもどろと泣かるらん
山崎、過ぎて淀の川(京都府大山崎町)
鳥羽の恋塚、眺むれば(京都市伏見区)
時雨ぞ、染むる秋の山
他所は色めく玉絹の
袖を連ぬる都人に
『行方や知ろしめされんや』と
行き来の人に尋ぬれど
その行き方は、無かりけり
哀れとも中々、申すばかりはなかりけり

つづく

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