猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 8 説経目連記 ②

2012年02月06日 20時19分15秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

目連記(八文字屋八左衛門板)②

 そんなことがあったとは、夢にも知らない大王は、御台を近付けると、

「時に、今は秋の末。しかも、今宵は空も晴れ、月の光に隈もない。南表に出て、月を

愛でて楽しもうではないか。兄弟の者達を連れて参れ。」

と、言いました。

 やがて、大王が南表に出てみると、多くの女房達を引いて御台所も既にお出でありましたが、

御台が連れていたのは、「がくまん」だけでした。これを見た大王は、

「無惨なことだ。「ほうまん」は、常に母から憎まれ、この一座に誘う者も無く、さぞ

や無念に思っていることであろう。」

と、ほうまんのことを一入(ひとしお)哀れに、愛おしく思われて、御前に女房達を呼ぶと、

「どうして、ほうまんは遅いのじゃ。連れて参れ。」

と、言いました。女房達は、あちらこちらと、ほうまん殿を探し回りましたが、姿が見えません。

どうしたことだと怒った大王が、南表の広縁に立ち出でて見てみると、花園の中に、月

の光に光っている物が目に入りました。大王はふしぎに思い、若侍を見にやらせました。

すると、なんとしたことでしょう。それは、探していたほうまん殿の変わり果てたお姿

でした。驚いた若侍達は、大王の前に遺骸を運びました。あまりに突然のことに、どう

してこんなことになったのだ、誰の仕業じゃと、大王は死骸に取り付いて押し動かしま

すが、どうしようもありません。死骸にすがり付いて泣くばかりです。そうこうしている

と、死骸の懐から、文が落ちました。大王が急いで開いて見ると

『私が、思い立つたとは、大変恐れ多いことではあります。私は、父上をお恨み申し上

げています。私は、もう死にますが、がくまんを良きに養育してください。そして、私

の菩提を弔ってください。名残惜しの父上様。』

と書かれていました。これを読んだ大王は、それほどまでに苦しんでいたのか、可哀相

なことをしたと、肝も魂も無くして死骸に泣きつくばかりです。人々の嘆き悲しみの深

さも、いかばかりか言うもでもありません。しかし、いくら嘆いても、若君は帰りません。

やがて、しめやかに野辺の送りが営まれました。その後、いったいだれの仕業なのか、

大王の御前で様々と評議がなされましたが、皆、色々なことを言うでけで、犯人は分か

りません。しかし、大王はあることに気がつきました。

「ほうまんが、このようなことになってしまっているのに、乳母(めのと)の荒道丸が

居ないのはおかしい。どうした訳じゃ。急いで出仕するように申し付けよ。」

 急ぎ荒道丸の所に使者が立ちました。待ち受けていた荒道丸は、いよいよ来たかと、

立ち上がると、使者にこう言いました。

「我が、がくまん殿を、討ち殺したことは、かねてよりの企み事である。これより、自

害するので、検死をされよ。」

これを聞いて驚いた使者は、慌てて御前に戻り、荒道丸の言ったことを大王に報告しました。

これを聞いた大王は、

「さては、荒道丸は、がくまんを殺そうとして、誤ってほうまんを殺したのだな。者ど

も、急ぎ荒道丸を捕まえて参れ。詳しい事の次第を調べよ。もし、刃向かうのであれば、

討ち取ってもかまわぬ。」

と、怒りを表して下知しました。

 侍達は、我も我もと荒道丸の館に押しかけ、二重三重に包囲すると、鬨の声をどっと

あげました。荒道丸は、門外に跳んで出て、

「我を討ち取ろうとて、そう易々と討たれるわけには行かないぞ。我と思わん者あるな

らば、押し並べて組んで取らん。いかにいかに。」

と、受けて立ちました。すると、寄せ手の軍勢の中から、朱王丸と言う者が跳んで出ると、

「如何に、荒道。譜代相伝の主君を殺したばかりでなく、我ら朋輩に楯突くとは、悪逆

不道の侍。汝、鬼にもせよ餓鬼にもせよ、この朱王丸が踏みつぶしてくれん。」

と名乗りを上げました。荒道丸は、これを聞いて、

「何、譜代相恩の主君だと。がくまん殿は譜代相恩の主君にあらず。ただ、当代の主君

にすぎず。」

と、言い返しましたが、朱王丸はカラカラと笑い、

「ははあ、さては汝は、人違いをして、ほうまん殿を討ったのか。汝が殺したのは、ほ

うまん殿であるぞ。その様な胡乱(うろん)なる侍とは、問答無益。いざ、踏みつぶせ。」

と、言うなり、朱王丸を先頭に寄せ手の軍勢は、一度にどっと攻め寄せて来ました。

 荒道丸が門外に切って出るその時、女房は、押しとどめ、

「二世まで契る夫婦の仲。例え土に骨を埋めようとも、どこまでも一所ですよ。」

と、言うと、白綾たたんで鉢巻きし、大口袴をはいて、白柄の長刀を掻い込みました。

夫婦揃って、門外に切って出ると、ここを最期と戦いました。荒道丸が手に掛け切った

人数は数知れませんが、女房の長刀で薙ぎ付せられた強者は、三十六騎でした。残った

軍勢を四方へ追い散らすと、夫婦は手に手を取り合って、とある所に腰を下ろして、よ

うやく一息つきました。荒道丸は、

「さてさて、夕べに斬り殺したのは、ほうまん殿であったのか。こうなった上からは、

急ぎ君の後を追い、冥途の御供を致すとしよう。」

と言うと、嬉しげに鎧の上帯を切って捨て、腹を十文字に掻き切りました。そうして、

女房を振り返ると、

「女房、如何に。」

と、叫んだのでした。女房は、これを見るなり、心得たりとばかりに太刀を手にすると、

ばっさりと首を切り落とし、自分は、返す太刀を口にくわえ、やっとばかりに打ち伏せ

たのでした。あっぱれ夫婦の自害の有様、誉めぬ者こそなかりけり。

つづく

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