猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 38 古浄瑠璃 とうだいき②

2015年08月13日 14時24分10秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

燈台鬼②

夜明けと共に、いよいよ、出陣です。四十万騎の軍勢が、整然と並びました。大将恋子(れんし)のその日の装束は、一段ときらびやかに見えました。唐綾に身を包み、緋縅の鎧を着けています。五枚兜に鍬形を打って、猪首に被り、大通連(だいとうれん:文殊の智剣)の剣を差して、葦毛の馬に打ち乗りました。四十万騎の西上軍が、一斉の鬨の声を上げて、南海国の王宮に攻め寄せました。南海国の軍勢は、鬨の声に驚いて、上を下への大騒ぎとはなりましたが、すかさず、大手の門から、切って出た者が、
「只今、此処に進み出でた俺は、南海国でも有名な「そゆう」官人と言う者である。さあ、来い。こちらの手並みを見せてくれる。」
と、名乗りを上げました。恋子も、負けじと、大音上げて、名乗ります。
「西上国のご命令により、南海国退治の為に、遙々参った。我こそは、四十万騎の大将、恋子である。いざ、手並みを見せん。」
恋子は、四十万騎の先頭に立って切り込んで行きました。



しかし、南海国の軍勢は、百万騎。西上国の四十万騎は、勇猛果敢に戦いはしましたが、長旅の疲れもあり、多勢に無勢、とうとう全滅してしまうのでした。もうこれまでと、恋子が腹を切ろうとした時、南海国の兵共が駆け寄りました。恋子は高手小手に縛り上げられて、やがて、南海国の王様に前に引き出されました。



南海国の王が、
「恋子というのは、お前か。剛のつわものと聞いたが、生け捕りにされて、さぞ無念なことであろう。」
と言うと、恋子は、
「大将を賜り、敵に後ろは見せるものかと、粉骨砕身に戦いましたが、運も尽き、力も及ばず。自害する所を、生け捕りにされ、本望を遂げられなかったことこそ、口惜しい限りです。魂は怨霊となり、必ずや、その首を頂戴いたします。」
と、大の眼を見開いて、睨み返すのでした。この気迫の有様に、臣下大臣達は、舌を巻かない者はありませんでした。御門は、こう答えました。
「おお、天晴れ。流石は剛の男である。誰でも、この男の様に勇敢であるべきだ。今日からは、お前を我が家臣に加えるぞ。」
これを聞くと恋子は、怒って
「何と言う愚かな。『賢人、二君(じくん)に仕えず』というのは、正にこのことではありませんか。家の名を辱め、後継を恥に曝す。例え、屍(しかばね)が、両門に埋められるとしても、名を埋めることはできないということをご存じ無いのですか。あなたの首を取るという、本意を遂げることすら出来ずに、敵の家来になるなどということは、思いもよりません。さあ、早く、首を刎ねていただきたい。」
と、答えました。これを聞いた王は、
「むう、それなれば、命を絶つことは許さぬ。顔面の皮を剥いで、額に燭台を打ち込み、燭鬼(しょくぎ)にせよ。」
と、命じたのでした。
 なんということでしょう。恋子は顔の皮を剥がされて、額に燭台をくくりつけられたので、昼夜の苦しみは、例え様もありません。しかし、喋ることのできない薬をのまされたので、苦しいとも、辛いとも言うことすらできません。明け暮れ、懐かしい故国の妻と、生まれたであろう子供の事を思うばかりです。彼の恋子の心の中は、何にも例えようがありません。

つづく