猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 37 古浄瑠璃 小篠①

2015年03月10日 21時34分05秒 | 忘れ去られた物語シリーズ
中国の前漢時代の人で、「劉向(りゅう きょう)」という人が書いた「列女伝」の中に(第5巻節義伝)「斉義継母」という話しがある。その話しというのは、兄弟の母が、どちらかの死を選ぶのに、実子の方の死を選ぶという話しである。紀元前の話しであるが、この話しをモチーフとした能が「正儀世守」(しょうぎせしゅ)であり、浄瑠璃にしたのが、大坂二郎兵衛正本の「小篠」(こざさ)である。
古浄瑠璃正本集第1(26)小篠:大坂二郎兵衛正本:とらや左兵衛板:正保年間頃と推定(1644年~1648年)

こざさ①

 冷泉天皇の時代(在位967年~969年)のことです。奈良の吉野郡、丹生(にゅう)、長谷(ながたに)(奈良県吉野郡下市町長谷)の主は、衣笠少将正成(きぬがさのしょうしょうまさしげ)と言う方でした。正成殿は、身内には厳しく、外に向かっては礼儀正しく、仁をもって国を治めましたから、領民から慕われておりました。正成殿には、子供が二人おりました。総領は、梅若十八才。次男は桜若、十二才。そして、臣下には、下原兵庫介光尚(しもはらひょうごのすけみつなお)という、文武二道の強者が控えます。
 ある時、正成は、兵庫の介に、
「光尚よ。吉野山の桜は、今が盛りと聞いた。早速、花見に行くぞ。支度をせよ。」
と、言うのでした。正成殿は、兄弟を伴い、多くの共を具し連れて、吉野山へ花見に出掛けました。山に着くと、大幕を張り巡らせて、大瓶の酒を並べて、飲めや歌えやの宴会が始まりました。
さて、酒宴も一段落すると、正成は、皆々に向かってこう言うのでした。
「さて、皆の者、良く聞けよ。私が、今、この様に栄華の身であるのは、全て我が君様のお陰である。この国にあって、我が君さまのご恩を忘れる様なことがあるのなら、万死に値する。人間というものは、今日は今日、明日は明日と思っているところがあるが、そうではないぞ。幼少の内から、道の正しい友を選び、悪い友は遠ざけよ。水は方円の器に随うというが、人の善悪は、友に依るという。このように心して、君の様な良き人を選ぶことこそ、肝要であるぞ。」
侍達は、尤もで有ると、感じ入るのでした。
 これは扨置き、二條大納言国友(にじょうのだいなごんくにとも)は、御門の宣旨によって、諸国の視察を行っていました。伊賀、伊勢、熊野と視察をしてきた國友の一行は、大和路へ出て来ました。すると、大幕を打って酒盛りをしているのに出くわしました。国友は、
「あれは、いったい誰だ。聞いて参れ。」
と命じました。使いの者が幕の辺に立ち寄って、尋ねますと、幕内の侍が、
「この所の主、衣笠少将正成殿の花見の宴です。」
と、答えました。使いが飛んで帰り報告しますと、国友は、
「なに、正成だと。御門の宣旨によっての諸国検見で、この国友が下向することを、知らないはずがない。ましてや、ここに来ることは、三日前に触れてあるのに、偉そうに酒盛りをしておるとは、御上を恐れぬ不届き者。踏み破って通るぞ。刃向かえば切って捨てよ。」
と、怒るのでした。国友の一行が、喚き叫んで進むと、驚いた正成が、
「いったい何者か。幕の前を断らずに通るとは、なんたる無礼。尋ねて参れ。」
と命じました。使いに立った侍は、
「これは、二條大納言国友の一行です。御門よりの宣旨により国廻りをしており、今、ここに御下向されたとのことです。言いがかりを付けるのなら、切って捨てると言っております。」
と報告しました。正成は、
「何、例え国友であろうが、なんたる雑言。討って捨てよ。」
と怒ると、大長刀の鞘を外して、追っかけました。
「お止まり有れ。」と、
正成の軍勢が、国友一行を取り囲みました。強がっていた国友でしたが、これは多勢に無勢であると判断し、下手に出ることにしました。
「これはこれは、正成殿がお遊びの所を、打ち通るとは、ご無礼をした。こちらの郎等の誤りである。お許し下され。」
と国友は、ぬるりと躱して通って行くのでした。これには、正成も手出しができませんでした。

つづく



新潟日報 猿八座を特集

2015年03月10日 08時16分42秒 | 猿八座
3月1日に論説編集委員の森沢真理氏が、稽古場を取材されました。どのような記事になるかと楽しみにしておりました所、3月9日の新潟日報モア(電子版)オピニオン「探る」で、今回取り組んでいる「山椒太夫全段通し狂言」を特集していただきました。大紙面を、ありがとうございました。高田世界館での公演(4月18日・19日)をご期待下さい。
http://www.niigata-nippo.co.jp/opinion/aruku/20150309167712.html
尚、この記事をご覧になるには、新潟日報モア(電子版)に登録が必要です。
新たに開設されたfacebookにも掲載されていますのでご覧下さい。
https://www.facebook.com/pages/%E4%BA%BA%E5%BD%A2%E6%B5%84%E7%91%A0%E7%92%83-%E7%8C%BF%E5%85%AB%E5%BA%A7/751115344986760