1、エコバッグで超快適
最近アマゾンで Nicoly の「肩から提げれる 保冷ショッピングバッグ 26L」を購入した。レジ袋が廃止されてから、どうにもコンビニでのレジの精算が面倒になっていたので、私も自前のエコバッグを買うことにしたのである。ところがこれが想像以上に「快適」であり、もう以前のレジ袋には戻れないほど楽チンなのである。今日はコンビニで使ってみたが、こんどマミーマートでも使おうと思っている。これは、オシャレな傘を買ってもらった子供が、雨が降るとむやみにはしゃぎ回るのと一緒で、買い物に行くのが楽しみになってきた。エコバッグ最高!。なお、今までレジ袋は家のゴミ箱に被せて再利用していたが、エコバッグ利用で貰えなくなったため、別に Amazon で100枚入りを購入した。こちらも「バイオマスが25%」入っている地球に優しいレジ袋である。やっぱ、良いことをした日は気分がいい。エコバッグ、必須アイテムである。
2、石原大臣のコロナ入院
国会議員だから優遇されているんじゃないか、と一部の市民から怨嗟の声が止まないという。自民党派閥の重鎮だからというのは、余りにも彼を持ち上げすぎていると笑うしか無いが、少なくとも80過ぎた認知症気味のコロナ患者を入院させて延命するよりは、まだまだ政治に意欲を持ち選挙で票も取っている石原議員を優先したというのは、ある意味「当然の選択」ではないだろうか。トリアージ(命の選択)などと大げさに言わなくても、若くて将来のある「知的で美しい女性」と、ヨボヨボの薄汚い嫌われ者の老人と、どちらかを選べと言われれば誰だって若い女性の方を助けるに決まっている。というか、私がその老人だったなら「自分はいいから、彼女を救ってやってくれ」と言って、人生最後のヒーローになれるチャンスを無駄にはしないけどね。カッコいいだろうなあ・・・。まあ石原大臣の場合は「若い人を押しのけて」だから問題になってるわけだが、トリアージする病院の側にしてみれば、「助け甲斐のある患者はどっち?」って考えるだろうぐらいのことは、十分に想像出来る。こういう時に、取ってつけたように「やたら批判がましいこと」を言い立てる人が結構いるが、そういう人には一言「かましてあげる」といいだろう。曰く、
「選挙でああいう人に投票するから、こんなことになるんだよ」ってね。選挙はよーく考えて投票しましょう!
3、ワクチン接種
コロナのワクチンはインフルエンザより副反応が強いらしく、10万人に何人かアナフィラキシー・ショックが出るという。これに対する世の中の反応は「私は大丈夫?」と恐る恐るである。結構不安に思う人もいて、様子を見るなど躊躇しているの人が大半のようだ。河野大臣の手腕が問われるわけだが、本当のことを言えば「これは社会がコロナと戦うためのワクチンで、あなたを救うためのものではないですよ」ということである。言うならば、9万9千人が抗体を獲得してコロナ免疫が出来たとして、その代わりに副反応で「一人、あなただけが死ぬ」としたら 、このワクチンは成功したと言えるのではないだろうか。ワクチンとは、そういうものである。何れにしても、コロナに感染・重症化するのは「ワクチンを打ってない人だけ」という状態になってきた頃には、何とかワクチンを打ってくれと「我も我もよ接種会場に押し寄せる」ことになるだろう。それにしても何千万人もワクチンを打つなんてこと、今までやったことないし、とても短期間で出来るとは思わないのだ。しかもマイナス75度の冷却設備が必要だとか、何時間以内に打たなきゃいけないとか、ワクチン自体のハードルが高すぎるのである。それに「辛坊治郎」が言っていたが、「基礎疾患のある人」は優先的に打てる、というのは間違いだそうだ。なぜなら個人データである基礎疾患などの情報を「国や保健所が知ってる筈がない」と言うのである。確かに!。これはマイナンバーカードに記載しておくのが一番早いのだが、個人情報を国に知られるのは困ると言って、散々反対しているから「使えない」のだと思う。コロナ休業補償問題でも、申請作業が膨大で何ヶ月もかかるというんで、一律給付になった経緯が記憶に新しい。国が国民一人ひとりに「適切なサービス」を行おうとする時に、その国民の個人データが隠されていたのでは「何も出来ない」のは当たり前である。せっかく税金を払っているのに、肝心なサービスが受けられないと言う馬鹿なことが起きてくるのだ。そろそろ基本的情報については「マイナンバーカード」に集約すべきじゃ無いのかな、と思うけど。ところでチラッとラジオで聞いたのだが、イスラエルでは一日30万人もワクチンを打ってるそうだ。凄い数である。ちょっと日本じゃマネできないレベルだが、一体どうやってやってるんだろう?。しかも、それでコロナ感染者数が減ったかと言うと「逆に増えている」というから謎である(これ、笑える話なのか?)。まあ、この辺は未確認だから「ちゃんと調べないといけない」が、そもそも河野大臣に任せてても大丈夫なのかなぁ、ちょっと心配。なにしろ菅政権の人達って、他人の言うこと「全然聴かないみたい」だから・・・。
4、コロナ蔓延と若者
政府や専門家会議がよく言っていることだが、「若者が無症状で感染を広めている」という。自分が無症状でも他の人に感染させる危険があり、その人が高齢者や基礎疾患があれば大変だから「不要不急の外出を自粛して」というのだそうだ。一見尤もな風に聞こえるが、実は根本的な対策は「一つも取ってない」。これが政府の「付け焼き刃」的な対策だが、感染防止の観点からは決して有効とは言えない方法である。無症状感染が蔓延の原因だと言うのは、「自分が感染していることを知らない」から、知らず識らずの内に他人に感染させてしまうのだ。それならPCR検査を一日「何十万人」でもやって、蔓延の原因だと騒いでる無症状感染者を「徹底的に洗い出せ」ばいいじゃないか、と思う。若者が無症状で悪意なく知らないうちに感染を広げているのは、ひとえに「国がPCR検査をどんどん増やして」陽性者を見つけないからである。いくら若者が能天気だと言っても、自分がコロナ陽性者と分かれば「他人に感染さない」ことぐらい当然分かるに決まっている。それを(PCR検査)やらないで一方的に自粛を求めるなんざぁ、ちゃんちゃらおかしくって「ふざけんじゃねぇ!」と言いたくもなる。特に小池都知事よ、猛省を促したい。
5、コロナ特措法
コロナ陽性者が入院拒否した場合の刑事罰法案が削除になった。諮問委員の大半が反対しているのにもかからわず、菅首相は「概ね了承されている」と国会答弁したようである。これは私がいつも説明しているように、彼らの意識の中では「自分たちは羊飼い、国民は飼育されている羊」だと認識してるのだ。そもそも陽性患者が入院拒否している場合、国が行うべきは「感染を広げないように隔離」することである。命令に従わないから「罰を与える」というのでは、感染を広げないという目的には「全く効果」がない。まず入院しない理由を確認し、幼い子供が一人になってしまうとかの正当な理由があれば「相談にのる」のが第一ではなかろうか。また、中には病院や医者にトラウマがある人もいるやも知れず、精神的に不安定な患者が拘束されるのを怖がって逃げている場合も考えられる。何れにしても、隔離してそれ以上の感染を食い止める、という目的を達成するのであれば、「何とかして入院させてあげる」のが本人の為である。「保護」するのが国の姿勢であるべきなのに、強制隔離した後に「さらに罰を与える」というのは、言わば交通違反で信号無視したら「即、逮捕投獄」というのと変わらないではないか。この考え方は「命令不服従者」への刑罰であり、むしろ「反政府活動を制圧する」ための刑罰に恐ろしく似ているのである。現在コロナ陽性者と認定されても入院させて貰えず、感染蔓延のリスクが高いのにも関わらず自宅待機・自宅療養をさせられている人が数千人いるらしい。これは要するに、国が隔離せずに「放置している」のだ。これじゃあ、入院を拒否してる患者と感染危険度においては「同じ」ではないか!。もし入院拒否患者を逮捕し刑事罰を加えるのであれば、これらの自宅待機・療養者を「放置している保健所や国の担当者」も同じように逮捕刑事罰を加えるべきだろう。それが「法の整合性」である(この理屈がわからない人、相当頭がヤバイことになってるよ)。民主主義社会で「言うことを聴かなかったから」という命令不服従罪は、無い。当然「罰」もないのだ。こんなことが分からないんじゃあ、大事な「議員バッジ」を返上して、尻尾を巻いてスゴスゴと地元に帰ったほうがいいだろう。これは問題の条文を削除すればいいと言うもんじゃない、民主主義社会における「政府の役割」を、根本から考え直す必要があるんじゃないか、と言う問題である。自民党及び菅首相は猛省すべし。
議員は卵を集める飼育者じゃないんだ、勘違いするな!、君達は我々と同じ「ニワトリ」なんだよ!
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