奈良の山里にひっそりと佇む寺、これ五木寛之の百寺巡礼のナレーションである。室生寺は私の最も好きな寺の一つだ。小さな山里にこれほどの寺が今も生き続けているのは何故なんだろう。室生寺の五重の塔はその美しい姿を新緑の鬱蒼たる林の中にポツンと立っている。室生寺は人里離れた隠れ寺の雰囲気が私の好きなところである。五木寛之の感想を聞いていて、ふと私は思いついた。
日本の仏像が皆外人の顔をしていると昔書いた記 . . . 本文を読む
モーツァルトの音楽には言葉が溢れていると言ったのはチェロの名手カザルスである。他の作曲家でも多少はあると思うが、モーツァルトは抜きん出ている。むしろ音楽で会話をしている感じだ。それは幼少の頃より言葉を覚える以上に音楽を覚えたからではないだろうか。普通の人は年を取るごとに言葉を会話の伝達道具として熟練していくと同時に、音楽が何かを伝える道具である事には遠くなって行く。夜に生活するフクロウは、赤外線ビ . . . 本文を読む
いつもリハビリに来ている70代後半の品の良いご婦人がトレーナーに向かってこう言った。「武道館でビートルズやってたの、ビートルズ知ってる?」。60代のトレーナーは「もちろん知ってますよ」と言い、30代の若いトレーナーも「私も知ってます」と声をかけた。ご婦人は「私も健康だったら行きたかったけどね、10万円」、いい値段である。「結構するねぇ」とトレーナー。私は微笑ましい会話に、しばし運動の手を休めた。「 . . . 本文を読む