明日香の細い道を尋ねて

生きて行くと言うことは考える事である。何をして何を食べて何に笑い何を求めるか、全ては考える事から始まるのだ。

「アパートの鍵貸します」を観る

2023-12-27 19:12:00 | 芸術・読書・外国語
ジャック・レモンとシャーリー・マクレーン主演の名画、監督はビリー・ワイルダー。最初は可笑しく途中は哀しく、最後はホロッとくる作品。昔の映画で何回も見ている筈なのに、また泣いてしまった。不思議なものである。筋書きはわかっている。映画の面白さの一つに、ストーリーの展開に小物を上手く効かせたり、アッと驚くどんでん返しを用意したり、ビリー・ワイルダーはそんなテクニックがとても上手い。私はどちらかと言えば、ハリウッド映画よりフランス映画やイタリア映画の方が好きなのだが、ビリー・ワイルダーはブライアン・デ・パルマと並んで好きな監督の一人である。映画らしい映画を撮る監督だ。

1945年の「失われた週末」あたりから売れ始め、「皇帝円舞曲」「サンセット大通り」「第17捕虜収容所」を経て、1954年の「麗しのサブリナ」から「七年目の浮気」「情婦」「昼下がりの情事」「翼よ!、あれが巴里の灯だ」「お熱いのがお好き」と続き、1960年のこの作品でアカデミー賞の作品・脚本・監督など5部門を取っている。レモンの人が良さそうな真面目な人物設定がドンピシャで、マクレーンの明るく一途な性格が失恋した挙句に最後に真実の愛に目覚めるストーリーは、観客に「人生のかけがえの無いもの」を示していて、何か「よかったな」としみじみ思わせる見事な演出である。今65だが、死ぬまでにもう一回くらいは見たい映画の一つにランクインである。

「いい映画だったな」と観終わった後に評価する映画は数多いが、主役のキャラが人間味豊かに「上手に」描けていること、そのキャラが何故か憎めない「いい奴」なこと、これが良い映画の条件のような気がする。アクション映画の「ダーティ・ハリー」「ロッキー」「ターミネーター」「ダイ・ハード」、全て愛すべき主人公である。だから私はホラー映画や残酷映画を見ないようにしている。後味が悪いのだ。勿論、お化け屋敷や絶叫マシーンも嫌いである。バンジージャンプなど何が面白いのかと思ってしまう生粋の「怖いもの嫌い」なのである。怖い体験をしてみたい感覚は医学的には「遺伝子の異常」だそうで、ビルからビルに渡したワイヤーの上を命綱なしで渡るとか高度1万メートルの飛行機から歯で綱を咥えてぶら下がるとか、一体何のためにそういう事をするのかわからない行動が示す典型的な症状と言えるのだそう。

世に冒険家と言われる人は植村直己さんを始め、みな「この病気」だと言えなくも無い。冒険家のやる事は「それが冒険だから」以外には何も目的と呼べるものが無い。成功か死、それだけである。そういう体験をして「生命の充実」を肌で感じた人のうち、それが無いともう生きている実感がなくなり、「生命の危険を冒して」そして戻ってくることにのみ命の輝きを感じる人が冒険家になるし、それでしか生きる喜びを得られないのだと思う。まさに「遺伝子の異常」である。私は残念ながら正常なので、波瀾万丈人生には興味が無い。ごく普通の生活の中に幸せはあると考えるタイプなのだ。だから映画も、スーパーヒーローの主人公が信じられない大活躍をして巨悪をやっつけるアクションものよりも、しみじみとした幸せをかみしめるドラマの方が好きである。例えばモンローの「王子と踊り子」なんて映画も、ラストがじんわり心に響いて彼女の魅力な別の面を見たような気がして気に入っている。

「アパートの鍵貸します」のストーリーの肝は、ラストでマクレーンの演じる女性がクリスマスパーティーでごった返す店内で、フレッドマグマレイから聞いたジャックレモンの行動だった。ビリーワイルダーは、何気ない動作の中に隠された心理の変化をサラリと描く天才である。何の言葉も説明も過剰な演出もなく、突然に浮かんでくる真実の光、そして喜び、見事である。拳銃をチラ見させて最後の伏線にしたり、トランプ遊びをラストに持ってくるあたりは名匠・名監督の面目躍如であろう。この時代は白黒映画だから4K映像に慣れてきた現代の環境ではいかにも古ぼけてみえる。時代はどんどんリアルに近づいているが、心の内面を描くという本質の部分では、逆に退化してるんじゃないかと思った。

深い色再現性やエッジの効いた映像は、所詮は感動とは無縁のものである。良い映画を観終わった夜、不思議な満足感に浸りつつ眠りについた。あと何回、こんな感動を味わえるか。年を取っても、楽しみは尽きないものである。


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1 コメント

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Unknown (1948219suisen)
2023-12-27 20:46:17
はじめまして

私も、この映画は大好きで、何度見ても感動してしまいます。

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