断章、特に経済的なテーマ

暇つぶしに、徒然思うこと。
あと、書き癖をつけようということで。
とりあえず、日銀で公表されている資料を題材に。

機能的財政論 ミンスキーとラーナーの変化の比較検討 Part 2

2019-09-07 22:59:39 | MMT & SFC

ラーナーの「機能的財政論」を、まるで昔からずっとあった思想であるかのように
考えている人がいるようである。しかしそうした人に尋ねてみたいのは、
あなた自身は、こうしてMMTに接する前に、どこかでそんな言葉、
聴いたことがありますか?ということである。

この思想自体は、確かに目新しいものではない。レイがしばしば言及する
サミュエルソンのビデオで、サミュエルソンでさえ、政府は国債の発行しすぎによって
破綻する可能性がないことを、事実として指摘している――が、
それを認めてしまえば、大げさに言えば民主主義の危機につながるので、
大っぴらに認めるわけにはいかないけれども、、、というわけで、実際には
破綻などしない。これは確かに、80年代に入るまでは
多くのエコノミストに共通してとられていたスタンスだったように思われる。
しかしながら、80年代にはこうした考え方は時代遅れとみなされるようになった。
日本では、「革新市政」が赤字を振りまきすぎた(保守市政に
そうしたことがなかったかどうかはともかく)ことが
非難され、国政では自民党が国債を累積させたことが、財政破綻を
引き起こすこと、として非難されるようになった。
なぜか。

実際、ラーナーの思想の変化を負うなら、なぜ「機能的財政論」の思想が、
MMTによって、再発見されるまで、捨てられ、忘れ去られていたのかがわかることだろう。
ラーナー自身は終生機能的財政論者であった。しかしながら、実際に行き着いた先は、
失業者がいる場合でも均衡財政を主張する機能的財政論である。そして
総需要を動かすのは中央銀行に委ねられることとなった。
これは実質的に、フリードマン流のマネタリズムへの移行であり、
そして機能的財政論は、誰からも言及されることがなくなった。

MMTが機能的財政論を、いわば「再発見」したのは、
中央銀行と中央政府(財務省)と民間金融機関の間の
オペレーションの描写・分析を通じてのことである。
中央銀行のオペレーションは、何よりまず民間金融機関間の決済を安定化させることを
中心に設計されている。なぜなら民間銀行の決済が
日々の国内経済の貨幣を媒介にした取引の場になっているのであり、
ここを混乱させることは貨幣を媒介とする取引そのものを
破壊することにつながりかねないからだ。それゆえ、中央銀行は
どれほど財務省から独立しようと、この決済の安定だけは
最優先事項として日々の日常業務の中で行われている。
中央銀行がどれほど独立して政策を決定できるとしても
それはこの民間金融機関間の決済を守るという枠組みの中でのことである。
(勿論、これに失敗して経済破たんに追い込まれる国々もないわけではない。)
それ故、中央銀行のベースマネー供給オペレーションは「受け身」に
ならざるを得ない。金利や、様々な融資条件を決定することは出来るが
最終的にベースマネーの供給量は民間金融機関の決済の必要性によって
決まってしまい、中央銀行に決定できるものではない。
ベースマネーに金利をつければその量をコントロールできるかもしれないが、
それが可能なのは、民間金融機関にとって
ベースマネーを保有していても国債を保有していても、同じだからである。
従って、こうしてベースマネーをいくら供給したところで
経済的に実質的な意味は何もない。(ただし、経済的な実体に沿った形で
取引を実行できるようにするという意味では、むしろ国債を廃止して
中央銀行が有利子負債を発行する方が好ましい。)ベースマネーは
銀行融資の原資になっているわけではなく、融資実行とは
関係ないが、決済においては重要な意味を持つ。
政府と中央銀行が常に協力関係を保ち、
共同歩調を取らざるを得ない、という事実によって、
政府と中央銀行を会計的に連結することで経済の見通しをよくすることが適切と
考えられるようになった。
ファンクショナルファイナンスが再発見されるに至るのは
こうした文脈の延長上にあるのであって、
ただ昔の経済学者が、調子のいい、気の利いた言葉を発しているのでそれを
拝借してきた、というわけではない。
アバ・ラーナー自身による定式化をそのまま受け入れることは出来ない。
ラーナー自身のファンクショナル・ファイナンスは
60年代から70年代の高インフレ・スダグフレーションの時代に
力を失っていった。いったい何がいけなかったのか。

ファンクショナル・ファイナンスの言葉と考え方自体は
ラーナーに由来するものである。その意味で
ラーナーはMMTの先行者として、依然として最重要な参照系であり続ける。
しかしながら、何故それが打ち捨てられ、忘れ去られたのかを
検討しなければ、ただの時代遅れの概念を
引っ張り出してきたに過ぎないことになる。クナップにしろケインズにしろ同じことだ。

今回の論文では、ラーナーの理論の限界や
なぜ打ち捨てられることになったのか、突っ込んだ展開は行われていない。
というのは、ミンスキーとの比較が主題だからであるり、
また、レイ自身が、現在のアメリカの状況を前提とした場合、
60年代や70年代にみられたインフレーションに再び襲われる可能性を
ほとんど重視していないからでもあろう。
しかしながら、ラーナーの「機能的財政論」という言葉を、
言葉だけ(MMTを通じて)知った人たちに対しては、
一つの警告になるだろう。機能的財政も、決してバラ色の未来を
約束しているものではない。いつも言っている通りで、
結局、貨幣的財政の上限がない、ということによって
解決できる問題は、貨幣的財政の上限の問題だけである。


+++++++++++++++++++++++++++++++++++


ラーナーの思想の変化



では、ミンスキーは機能的財務論を放棄したのだろうか?否、かつ、然り!彼が採用したのは
より繊細なバージョンであり、政府が何に支出するのかを認識し、インフレーション圧力を認識し、
そして彼の金融不安定性理論を統合したものであった。しかし、彼は機能的金融論に対する単純な
「ステアリングホイール」アプローチを拒否した。

そしてラーナーもそうだった!それどころかラーナーは、インフレーションと、全般的な「呼び水政策」が
ストップアンドゴー政策へと進み、最終的にスタグフレーション――高失業率とインフレーションの結合
――へとつながる可能性まで、懸念するようになっていた。彼の議論によれば、そんなことは
(「ケインズ主義」フィリップスカーブトレードオフ派が考えているような)パラドクスではなく、
ずっと前から予想されてしかるべきだった。彼は1977年にこう書いた。


スタグフレーションとは、我々が今苦しめられているインフレーションと不況の
同時発生のことであるが、多くの人によって経済科学の破産を示す「逆説」とされているらしい。私にはむしろ、
ここ半世紀の間発展したより深い経済への洞察を確証するもののように思える。この発展は
プレ・ケインズ主義によるミクロ経済学(これは自律的市場メカニズムを扱う)への過剰集中から、
ケインズ主義によるマクロ経済学(これは政府の政策を扱う)への過剰集中を経て、マクロ経済学と
ミクロ経済学の統合であるポスト・ケインズ主義(不況とインフレの結合を扱う)へ進んだのである。
(Lerner 1977、399;句読点は著者による)


ラーナーによると、ケインズは、賃金下落は雇用の増加よりもむしろ物価を低下させることを示すことによって、
古典派理論を完成させた。従って、完全雇用への唯一の経路は、ミクロ経済的に賃金と物価が十分に低下し、
実質貨幣供給量が増加することで(「ケインズ」及び「ピグー」効果を通じて)マクロ経済的に十分な
需要増加を産み出し完全雇用水準が達成されるのを待つことである。しかし、ラーナー(1977、402)によるなら、
ケインズは「ドルの数を増やすことによって、マネー・ストックの実質的価値を同じように
高めること」を好む。選択は貨幣に物価を合わせるか、物価に貨幣を合わせるかである。」言い換えれば、
ケインズは、物価が下がって「実質」貨幣供給量を増やすより、政府に既存より多くの貨幣を
貸出しあるいは支出させようとした。「原理的なケインズ主義革命とは基本的には政策革命であった。これは
第二の方法を選び、政府に追加的貨幣を供給することを求めることで成り立っていた」(Lerner 1977、402)。

というわけで、ケインズ革命とは、ミクロ経済学からマクロ経済学へと
議論を押し出すことであり、不況に対して(ミクロ)市場の自動治癒を待つ政策から、貨幣の総量を
規制する(緊急時には財政手法による助力も得て)政府の(マクロ)政策行使へと
変わったことであったわけだ(Lerner 1977,402)。

貨幣政策は、準備を貸し出すか、公開市場での買いオペによってまず準備、そしてその後、
民間マネーサプライを増加させるであろう。あるいは財政政策によって政府貨幣が生み出されるだろう。 [18]


この節の興味深い脚注(1977、402)で、ラーナーは続ける:


「ケインズ主義」と「マネタリズム」の間の対立が極端に目立つ形で取り上げられるようになったのは
「ケインジアン」という言葉が誤って使われたためである。この言葉は
ケインズ(だけでは全くないが)によって記述された、投資家が投資を恐れているような深刻な不況期における
特定の財政手法 measures を指す意味になってしまった。政府が支出 spending を増加させようと
減税によって受益者の支出を増加させようとしても、投資家の確信が回復しない限り支出や雇用の増加を
実際に引き起こせないような確信の崩壊があった。そこで財政性的手法 measuresが求められる。


後に見る通り、ラーナーはケインズ主義とマネタリズムの間の「偽の」二分法を排除することを提案する。

ラーナーによるなら、ケインズはミクロレベルの調整に依存した議論から離れて、
マクロ調整を制御する政策の利用に向けて舵を切った。これはまた、ラーナーがケインズ革命を、
借入と貸付、購入と売却、そして課税と補助金という三つの政策手段の組み合わせを備えた機能的財政理論として
彼流に定式化したことの意味である。 [19]

古典派の物価理論の誤りは、対称性の仮定であった。つまり超過需要は物価上昇を引き起こし、
超過供給は物価下落を引き起こす、というものだ。しかし、それが当てはまるのは、
賃金と物価が安定している場合のみである。価格が10パーセントで上昇すれば、超過供給が上昇することで、
増加率は引き下げられるだろうが、しかし物価や賃金を引き下げはしない。賃金を設定するのは市場ではなく、
管理者――労働者の代表と雇用者の代表との賃金交渉――であり、そして彼らは市場が賃金は低下すべきだ、と
告げているときでもそれに抵抗できる。このため、名目賃金は非対称的に移動し、労働力不足時には上昇するが、
超過労働があっても上昇速度が遅くなるだけである。そこで政策立案者たちが学んだことはというと、
景気悪化時に賃金を下落させる市場の機能がマヒさせられているのはなぜか、ということ、そして
これを政策に振り向け景気悪化時にも賃金を上昇させることであった。ラーナーによるなら、
スタグフレーションはこうして生まれたのである。

ラーナーはスタグフレーションに対する三つの反応を区別した。第一に「古典的」であり、
これによるならケインズ政策が誤りであり、これは放棄されなければならない。第二にケインズ派であるが、
こちらはフリップスカーブの枠内では説明できないパラドクスとみていた。最後に政府は、
これを超過需要の結果とみており、そして政府支出を減らそうと考えた――といっても、
失業率が2桁になれば結局コースを元に戻すことになるだろう。これはストップ・ゴー・ストップ政策へと
行きつくことになり、望ましい水準を上回る失業を伴うインフレーションを定着させることとなった。
ラーナー(1977、406)は、「自分もそうしたケインジアンの一人であった」と告白する。彼は、
所得政策を通じてマクロ経済的な賃金規制がとられればそのいくつかは機能しうるだろうと考えていたが、
しかしLernar(1977, 407)によると、実際の政策は想像を絶する形で実行され、矛盾しており、失敗し、最終的には
放棄された。それが機能できなかったのは、ミクロ経済あるいは市場の諸力を無視していたからであった。

これは、ミンスキーが1968年に採用した立場に似ていた。 集計的需要のみに依存して完全雇用を
達成しようとしてもうまくいかないと考えられる理由は、インフレーション効果のせいであり、
これはその後ストップ・ゴー・ストップ政策へとつながるからである。ラーナー同様、ミンスキーもまた
この種のケインズ理論は有効需要を維持することを目的として実行されるこの政策のミクロ経済的効果を
無視している 、と論じた。[20] ところが、こうした展開を見て、ミンスキーは直接支出へと転じる
――とりわけ、ニューディール型の最後の雇用主プログラム提案である。

彼の1977年の記事では、ラーナーは今度はマネタリズムのバージョンに乗っかった。彼は、
彼の機能的財政アプローチがあまりにもマクロレベルを強調しすぎており、ミクロあるいは市場分析と、
スタグフレーションの可能性とを無視していたことを認めた。 [21] というわけで、彼はケインズ派と
マネタリスト、健全財政と機能的財政の間の「平和的和解 peace settlement」を提案した。それは
上記三つの政策の主要要素からなるものだった。

1. 政府は賃金上昇を許可制とすることで、賃金インフレーションを望ましい水準にするだろう。
2.中央銀行は貨幣の伸び率を実物産出量の伸びに合わせる(これは総需要の管理を中央銀行の手に
任せることになるだろう)。 [22]
3.政府予算を、集計的需要の総水準から切り離し(言い換えると、反循環的やり方で財政政策を
利用しようという考えを排除する)、そして財政政策は、社会的効率性、外部経済の内部化、貧困の軽減に絞る。

彼の新たな戦略に従うと、何であれ政府支出の増加があるときには租税も増加させ総需要に対する効果を
相殺することで、財政が中央銀行の職責(貨幣発行を通じて総需要を規制すること)に干渉することを
避けなければならない。これは彼の機能的財政の第一原則を完全に否定するものであり、そして、
第二原理(貨幣政策を通じて利子率を設定すると解釈される)も修正し、集計的需要管理を完全に
中央銀行の管理下に置こうというものである。これはフリードマンタイプの貨幣成長率を通じて完成され、
同時に、財政政策は完全に「貨幣創造」から切り離される。注意してほしいが、彼の提案する健全財政との
「平和」は政府の債務超過あるいは債務不履行を恐れてのことではなく、むしろ、赤字支出の
インフレ的インパクトに対する恐怖のためだったのである。それでもラーナーは、中央銀行の手に
すべての力があるというのにもかかわらず、一回りして結局フリードマンの提案に戻った。

ラーナーとミンスキーの間には、ケインズの革命に対する見方の両者の違い及び、
この機能的財政についての考え方の進化に関連して、非常に興味深いやり取りがある。
ミンスキーは1975年に彼の最初の主著、『ジョン・メイナード・ケインズ』を出版した。ここでは
一般理論の重要性についてのミンスキーの見方が詳細に説明されている。本書はミンスキーの有名な
投資決定モデルと金融不安定性仮説とによってよく知られているのであるが、同時に、主流派による
新古典派総合に基づくケインズ解釈と、「原理主義的」ポスト・ケインジアンバージョン
(ミンスキーによって受け入れられた)として知られるようになったものとが対照されている。
1976年3月4日、ラーナーは『ジョン・メイナード・ケインズ』書評の原稿をミンスキーに手紙とともに
郵送し、それに対してミンスキーは3月9日に返答した。[23]

ラーナーの手紙は「あなたの気に入るかどうかわかりませんが」という言葉で始まっている。
それに対してミンスキーは「あなたは、これが私の気に入らないだろう、と記していらっしゃいますが、
その通りです」と応じている。「あなたはこの原稿の重要な論点を見落としているように思います。」
書評自体もそうだが、この二つの手紙は二人の友人の間にある深刻な理論的分裂を示している。ラーナーは
ケインズの一般理論を(先に述べた通り)政策的議論としてみていたが、ミンスキーはそれが
「主として、資本制金融システム内部の投資の理論なのであり、そして投資の投機的性格により、
我々のタイプの金融制度を持つ経済は不可避的に循環的になる」。彼は続けてこう論じる。
「戦後の「ケインズ主義」政策は経済を、一定期間の加速するインフレ、金融危機、そして
深刻な不況の脅威へと進むことを防ぐことができていません。ここ10年間で変動の振幅が増加し続けた
理由の一つは、政策が依拠している理論では、不安定化を引き起こす要因は外生的とみなされ、それゆえ
財政政策さえ正しければ(Heller)、あるいは貨幣供給の伸びさえ適切であれば(Friedman)経済は微調整できる、と
考えられたことです。私の見解では、基本的な不安定化要因というものは、私たちの生きている金融関係を伴う経済に
内生的なのです。改善するには、政策は内在的な不安定化要因に対する理解をベースにしなければ
なりません。私は同書において、基本的な不安定化要因が資本制経済を特徴づけている金融関係の中にある、と
論じました。以前にあなたが私におっしゃったことの繰り返しになりますが、資本制金融制度の下では、
安定とは不安定化のことなのです。」

もちろんこれはごく標準的なミンスキー理論であるが、だがラーナーが
『ジョン・メイナード・ケインズ』の書評において、あるいは先に論じた1976年の
彼の政策提案にて示したケインズに対する見方と著しい対照をなしている。実際、ミンスキーの
『ジョン・メイナード・ケインズ』に対する書評では、ラーナーの1976年の記事の議論が
繰り返されている。それによればケインズの「古典派」(新古典派モデル)との論争は、
実践的な問題だったのであり、理論的なものではない、とされている。賃金と物価が十分に伸縮的でさえあれば、
「古典派」モデルの結論は成立するだろう。ラーナーによれば、「理想的な伸縮性」があれば、
「ケインズとケインジアンは、古典派(あるいは新古典派)モデルが機能すると認めるであろう。
両者はただ市場が十分に伸縮的であった試しがない、と否定しているだけだ。」[24] ラーナーは続けて
ミンスキーの著書の欠点を指摘する。ミンスキーは「ケインズの基本的な貢献は、資本制経済『には、
本質的欠陥がある。というのは循環的性格だからである』」というが、「不幸なことに、ミンスキーのいう、
新古典派の自動完全雇用を無効にする『内部的なintractable 不確実性』というものが本当あるとすれば、
同様にケインズの完全雇用政策手段に対しても不都合であろう。」つまり問題は、新古典派の自動完全雇用だけでなく、
ラーナーの政策提案も無効にされてしまう、ということだ。ラーナーは主張を続ける。


ミンスキーの経済不安定性を事細かに説明する名人芸には脱帽するが、しかし
そうしたものの多くは彼が「循環論的視点」から出発していることに由来している、という印象を
避けることができない。これは古典的な経済学者の「完全雇用的視点」あるいはケインズの
「経済政策的視点」に劣らず、自分の得たいものを誇張することにつながる。評者としては、
十分検討された貨幣財政政策は、称賛に値する社会的目標はないとしても、経済全体にわたり
普通に存在する無数のかく乱要因が全面的な景気拡大へと発展し、あるいは急激に収縮して、
ミンスキーの言う手に負えない変動へと進むのを防ぐ能力がない、というのは納得できない。


このように、ラーナーは機能的財政の初期の原則を拒否したが、経済を軌道に保つために
ステアリング・ホイールを用いるという考えまで否定したわけではなかった。たとえ
「安定とは不安定化のことである」としても、ラーナーにとっては政策が適切なら不安定性を制限し
克服することができる。問題は、彼が、「理想的な」伸縮性を欠いたまま、集計的需要の呼び水に対する
「ミクロ」あるいは市場レベルの効果を無視したことである。そこで彼は政策提言を
インフレーションダイナミクスを取り扱えるように調整したのだ。

手紙には他にも興味深いいくつかの章句があるが、さほど重要ではない。この手紙の第二パラグラフで
ラーナーは「あなたもご承知の通り、私は「ポスト・ケインジアン」にはかなり批判的です」と書いている。
彼は続けてカレツキーの利潤方程式とポスト・ケインジアンの分配理論を「妥当性を失うことなしに
遡及」しうるものよりは、恒等式に基づいた「自明の理」として批判している。ミンスキーはこれに反して、
自分は「カレツキーの枠組み」を『ジョン・メイナード・ケインズ』の中では用いていない
(彼はカレツキーの利潤方程式を、同書を書き終えた後、「2~3年前」に引用しただけである)と記したが、
しかし、続けて「現在の私のポストケインズ系の著作」では「重要な行動関係を抽出するためにのみ
重要性を持つ一連の恒等式と定義」としてその利用を正統化した。
[※この「恒等式」は、原文では’ identififies [sic] ‘となっている。]

ミンスキーはこの枠組みを用いて集計レベルでの物価理論として自分自身の
「マクロ・マークアップ」アプローチを展開することになる。さらに先に論じたとおり、
ミンスキーはカルドアの分配理論をもちいて、過熱局面におけるユーフォーリアプロセスの説明した。
ミンスキーの著作では経済のインフレバイアスをマークアップの成長に起因させることになる。
手紙の中でカレツキーの枠組みを用いて「いかにして融資による投資が「余剰」を経済から取り上げるかを
説明する」ことに言及している。「それに対する貨幣賃金の反応は、
『あまりにも大きすぎる』余剰が収奪されることで消費水準が低下することをどの程度
受け入れるかを示すもの、と解釈できる。」言い換えると、生産物に占める投資のシェアが上昇するとき、
所得は資本へとシフトしている。労務者が賃金シェアを守ろうと戦うなら、貨幣賃金は上昇し、
インフレを促進することになる。これもまた、完全雇用でなければならないわけでなく
(労働力の少なくとも一部の交渉力があれば十分である)、必ずしもフィリップス曲線の問題ではない。

ここ四半世紀にわたって我々がすごしてきた低インフレ率の環境という文脈では、
ミンスキー及びラーナーは集計的需要、財政赤字とインフレーションとの結びつきを過度に
強調していたように見えてしまう。今では世界中に大きなデフレ圧力が存在している。その圧力には、
中国インドが世界経済に対する大きな供給地として登場してきたことやヨーロッパ通貨同盟圏で
強いられている緊縮政策、政界金融危機(GFC)の影響がいつまでも続いていること、そして
安いエネルギー価格を含むことができるだろう。従って、今日では集計的需要を全般的に後押しすることで
物価スパイラルが発生するとは考えにくい。とはいえ、それでラーナーやミンスキーが
主流ケインジアンのケインズ解釈の矛盾を指摘したことが誤りであったことにはならない。
財政赤字は大きくなり過ぎ得るし、実際の政府支出の構成も問題だ。失業があるときには政府はより
多くの支出を必要とする、という機能的財政の主張は、行われる支出のタイプごとにインフレへの
インパクトを分析することで緩められなくてはならない。

問題は、ラーナーとミンスキーのいずれがこの課題に対するよりよい分析を提供したのか、そして
誰がより良い解決を提案したのかである。異端派ケインジアンはラーナーのステアリング・ホイールと
一種のマネタリズムを受け入れるべきか、それともミンスキーに従うべきか。

(以下次回以降)




18 ここではラーナーは従来の預金乗数を思い描いているように見える。注意してほしいが、
ミンスキーは最初期に書かれたものから一貫してこれを拒絶しており、代わりに今日われわれが
「内生的貨幣アプローチ」と呼んでいるものを採用している。
19 注意してほしいが、ラーナーはそこかしこで、ケインズの『一般理論』を、理論的革命ではなく、
政策的革命と結びつけている。
20 これはまたケインズが『一般理論』21章で示した、価格設定、供給の弾力性およびインフレーショの議論も無視している。
21 繰り替えすが、ケインズはこの点で罪はない――これは完全に21章で論じられているのだ。
22 驚くことに、現代の「ポジティブ・マネー」運動は同じことを提案している。Nersisyan and Wray(2010)参照。
23 書簡及び草稿レヴューは the Levy Institute のミンスキー・アーカイブにて。レヴューは
Challenge 誌 (Lerner 1976)にて公開された。
24 これはラーナーの草稿レヴューから取った。彼はケインズを支持しながら引用する。『一般理論』からの
よく知られた小節であるが、そこでケインズは問題は「論理的矛盾」にあるのではなく、
「暗黙の前提」にあるのであり、それは「ほとんど、あるいはまったく満たされたことがない」といっている。
ラーナーはこの言葉を、修辞的戦略としてではなく、額面通りに受け取っている。

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2 コメント

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サムエルソン (経済素人)
2019-09-23 09:51:18
サムエルソンの動画で国家破綻は想定しないような動画がるとのことですが、何時頃でしょうか。80年代に新自由主義のフリードマンが表舞台に出てきて以降ではないかと考えるのですが、如何でしょうか。多分70年代までの経済学者にその様な発想はなかったのでは。
コメントありがとうございます (wankonyankoricky)
2019-10-06 14:31:04
https://www.youtube.com/watch?time_continue=15&v=-V6-GnsvcG0

(より長いのが
https://www.youtube.com/watch?v=4_pasHodJ-8

レイが言及していたのが正確にこれであったかどうかは確認できないんですけど(ページとか覚えていないため)、
これだと、いつ語ったものかわからないですね。
レイによれば、誰あろうフリードマン自身が48年の論文(”A Monetary and Fiscal Framework for Economic Stability")ではファンクショナル・ファイナンス流の考え方をしていたとされており、こうしたことが根拠になっているようですね。

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