ワニなつノート

『おばあちゃんが、ぼけた。』


『おばあちゃんが、ぼけた。』


医療的ケアの必要な子どもたちが、
来年、安心して学校に通えるように、
要望書や講演会や、交渉の準備をしながら、
ちょっと息抜きのつもりで、
『おばあちゃんが、ぼけた。』を手にとりました。

医療的ケアのことを調べていると、
養護学校関連のものが多く、
どうも体調がすぐれなくなるのですが、
この本で、生き返りました。

紹介したい場面はいっぱいあるのですが、
とりあえず一か所だけ(^_^)v

お年寄りの話だけれど、
いろんな子どもの顔が浮かびます。

   □    □    □   
 

《抗(あらが)う》

トメさんは居眠りの最中。
手にはお茶の入った湯呑みが握られている。

こくり、こくり、と舟をこぐトメさんのからだは
じょじょに左へと傾き始める。
手に握られた湯呑みも同時に傾き始める。
これはいつもの光景である。
トメさんは居眠りしながらお茶をこぼす。

職員の視線は一気に湯呑みへと集まる。
このままだとお茶はこぼれるに違いない。
そう判断したぼくは、
トメさんの湯呑みを取ろうとした。

するとトメさん、パッチリ目を覚まし
「何するとなぁ~」と激しく抵抗。

「お茶がこぼれそうなんです」
ぼくの声は届かない。
もみ合った末、湯呑みのお茶は
辺り一面に飛び散って終わった。


なぜ、トメさんはぼくたちに抗うのか。
お茶がこぼれることを防ごうとしたのだから
感謝されてもいいじゃないか。
でも、トメさんは栗の実の弾けるがごとく、
いきおいよく腹を立てたのだ。

どうして?
声をかけずに湯呑みを取ろうとしたからかな?
居眠りを邪魔されたから?

そういえば、ほかのお年寄りたちも
よく抵抗していたんだ。
ときには抵抗にとどまらず暴力を振るう人もいた。


トメさんはなぜ、怒ったのか。
改めて考えてみた。

トメさんは自分で結果を出すことができなかった。
そのことへの怒りであるように思う。
つまりあのお茶がこぼれるか否かという
予測を立てていたのはぼくたちであって、
トメさんではない。

まだお茶をこぼしていないのに、
湯呑みを取り上げられようとした。
自分は結果を出していない。
なのに他人から結果を予測され先手を打たれた。

トメさんに限らず、「ぼけ」を抱えたお年寄りたちは
そのことに抗っているように思えてならない。
また、人の予測に導かれて生きていくことは、
自分の存在意義すら見失わせる。


ぼくらは、トメさんがお茶をこぼすまで待つことにした。

お茶がこぼれるとトメさんは大慌て。
そこにタオルを持ってぼくたちが登場。

すると「すんまっしぇんなぁ」と言いながら
一緒に床を拭く。

彼らの生活において職員が先手を打つときは、
「命」や「権利の侵害」に関わるときだけ。

それ以外は彼らの出した結果からともに歩む。
結果がよければ喜べばいい。
悪ければ、これからどうするかを一緒に考える。


人を大事にするってどういうことだろう。
その人にとって「いいこと」か、そうでないことかを
判断するにはどうしたらいいのだろう。


まず相手の言葉に耳を傾けること。
語り合うこと。
顔を見ること。
「笑っている?」
「怒っている?」
「泣いている?」
「にらんでいる?」
「焦っている?」
「そわそわしている?」

相手の言葉や表情から、
「自分のしたこと」を考えてみること。
自分だったらどうだろうかと考えること。

「笑うかな?」
「怒るかな?」
「泣くかな?」ってね。


今日もトメさんが怒っている。
「そこはあなたたち若い者が座るところではありませんよ!
上座ですから!」

翌日、怒られないように下座に座る。
するとトメさんまた怒る。
「そこはあなたたち若い者が座るところではありませんよ!
上座ですから!」と。

日替わりで上座が変わるので大変だ。
だからぼくたちはトメさんのその日のようすで、
座るところを決めることにした。



『おばあちゃんが、ぼけた。』
村瀬孝生   理論社 1260円
(中学生も対象にしたヤングアダルトシリーズの1冊です。)



名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「本のノート」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事