リハビリの夜(その7)
または「私のわたし」(その2)
「私のわたし」の言葉が浮かんできたのは、
熊谷さんの次の言葉を読んだ時でした。
《一人暮らしをきっかけに
親との協応構造がびりびりと引き剥がされた。
そしてむき出しのまま世界に直面した私は、
初めて交渉を必要とする他者との隙間を体験した。
そして交渉を通して、
等身大の私の身体や、世界や、
便意などの生理的欲求について
徐々に知ることになったのである。》
この言葉を読んだ瞬間、
私の中に何人もの子どもの顔が浮かび、
声が聞こえてきました。
どの子も、「私のわたし」の言葉を
うれしそうに「話して」いました。
私はそれを一生懸命書きとめました。
最近の子どもでは、あーちゃんやえりちゃんの顔が浮かびました。
2年生の3学期、お母さんの付き添いがなくなった日に、
一番最初に「お姉ちゃんの教室」に
探検に行ったのはあーちゃんでした。
それは、わたしには「ふつうの行動」の一つで、
だいたいは1年生の4月に実施するプログラムです。
逆もあります。
やっちゃん4年生のときに妹が入学して、
休み時間になると妹の教室に出没していたようです。
えりちゃんが、お兄ちゃんと同じ学校に行けたのは、
3年生になってようやくでした。
3年生のこの数ヶ月の間に、
本来なら2年前にしてきたことを、
きっと体験し直したことでしょう。
そうして、たくさんの子どもの顔が浮かびました。
リサや直史や朝子やかんちゃん、
てっちゃんやとおるくんの顔が浮かびました。
でも、この言葉はフィクションです。
真実でも正解でもありません。
でも、「この子」の立場での視点の方向を、
私たちはあまりに「無視」しすぎてきました。
熊谷さんの言葉で特に新鮮だったのは、
「立ち上がる動き」とか、「起きあがる動き」といった
リハビリ的なことではなく、
「自分の便意」とも初めて向き合い、
交渉するようになった、という表現でした。
1万歩譲って、人の立ち上がり方に、
リハビリ的な専門性があるとして、
それを指導する、というのは、何となく分かります。
(熊谷さんは、それも意味がなかったと言っているのですが)
でも、いくら専門家でも、自分の「便意」と向かい合い、
交渉する術を指導することや、
マヒのある身体で採血の技術を教えることなど不可能でしょう。
18年生きてきて、10年以上リハビリに通い、
それでも自分で理解できなかった、「自分を理解すること」。
それが、「一人暮らしをきっかけに
親との協応構造がびりびりと引き剥がされ」て、
初めて「理解」が始まったというのです。
この気付きを、私たちはできる限り
大事に理解しなければなりません。
熊谷さんの障害が、脳性麻痺という障害で、
いわゆる「知的障害」がないから、
こうして私たちに分かるように、丁寧に書いてくれていること。
それは、私には、ヒデや知ちゃんのように
「言葉を話さない子ども」の、
「からだのことば」「こころの言葉」
「せかいとの出会いのことば」「人との出会いのことば」
「便意との交渉の言葉」であり、
そして「私のわたし」との出会いの言葉だと思えるのです。
私の思いこみかもしれません。
私が間違っていることもいっぱいあると思います。
でも、そんなこと、かまうもんか。
間違いは間違いでも、私たちは今まで、
彼らを「彼らの幸せのために分ける」のだとか、
「精神薄弱」とか「白痴」とかいって、
「こころ」も「自分」もないかのように間違ってきたのだから。
それに比べれば、こうして、一緒に娑婆で生活しながらの、
間違いながらの道ならば、
ときどきは、子どもたちの本当の思いに
出会える瞬間がきっとあると思うから。
PS:「私のわたし」のなかでは、
24時間介助が必要な子どものことについて、
ふれることができませんでした。
でも、基本はいっしょだと思っています。
その場合、むしろ「介助者」にとって、
「私のわたし」を極力じゃましないことが、
いちばんの介助の仕事の中身だと知っておくためにも、
必要なことだと思います。
少なくとも私は、そのことを忘れないようにしてきました。
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