それまで、鳥になにかを教えることは誰にもできませんでした。
鳥の研究者は長い間、膨大な時間をかけて、
ことばや色の概念を教えようと試みてきました。
でも、一歩でも理解に近づいた鳥は一羽もいませんでした。
なじみのあるものの名称も覚えられませんでした。
これがサルにできる、ということは誰もが分かっていました。
サルに本当の言語能力があるかどうか、疑う専門家はいるとしても、
サルが大量の言葉を覚えられるのは明らかでした。
ところが、鳥にはほんとうに三歩歩くと忘れてしまう
脳みそしかないように見えていました。
だから、ペッパーバーグ博士の成功は大きな衝撃でした。
灰色オウムのアレックスは、それまでどんな鳥もなしえなかった
色や形などのカテゴリーを覚えました。
しかも、簡単にそれを覚えることができました。
さらに、一度覚えたら、
それまで見たこともないまったく新しいものでも
「どんな色?」「どんな形?」とたずねられると
自然に答えることができました。
子どもはまず、草とブロッコリーが緑色で、
リンゴとバラが赤いことを学習するが、そのときには、
「緑」「赤」という個別のカテゴリーがあるとは思っていません。
「赤いものの仲間」といわれても、
リンゴと消防車とトマトとスカートとクレヨンが「同じ色の仲間」
だという抽象的なカテゴリーを形成するのは、
もっと後になってからだということになります。
人間の子どもにとって難しいのだから、
動物には不可能だと考えられていました。
それが、ペッパーバーグ博士とアレックスのおかげで、
そうでないことがわかったのです。
それまで、鳥の研究はどれも、
古典的な「オペラント条件づけ方式」を使っていました。
「道具的条件づけ」あるいは、
「刺激―反応訓練法」と呼ばれるものです。
こんなふうに書くと難しいことに聞こえるかもしれませんが、
いわゆる「馬の目の前にニンジンをぶらさげる」ということです。
動物が欲しいものを手に入れるために何かを学ぶやり方です。
餌をもらうために、レバーを押すことを学んだネズミは、
「オペラント条件づけされた」ということです。
鳥に青い積木と赤い積木をみせて、「青にさわりなさい」といい、
たまたま青にさわれば、餌がもらえる。
赤ならもらえない。
そういう実験方法です。
で、青をおぼえた鳥は一羽もいませんでした。
赤もおぼえませんでした。
これらは、いわば自然な環境から取り出された
「実験室」での「学び」でした。
科学では、「管理されていない実験」は評価されませんので。
ペッパーバーグ博士はこうした
オペラント条件づけにきっぱりと見切りをつけて、
「社会モデル理論」と呼ばれるものを試すことにしました。
それは、「現実の人間や動物は、現実の世界で学ぶ」
という考え方です。
動物が実験室でおこなっている「刺激―反応学習」は、
試行錯誤の学習です。
動物が個別に、あることを指示されて、
それに応じて受け身で学習することです。
動物はごほうびをもらえる行為をたくさんして、
罰を受けたり怒られる行為はだんだんしなくなります。
これは筋の通った学習方法のように思えますが、
野生ではどういういことになるのか考えると、筋が通りません。
現実の世界では、何度も「成功したり」、「失敗したり」していたら、
たくさんの動物は殺されてしまいます。
レイヨウの赤ちゃんが、ライオンから逃げることを学ぶ方法が、
「ライオンから逃げないとどうなるか」を学習することだとしたら、
レイヨウの赤ちゃんは一頭もいなくなります。
餌にするレイヨウの赤ん坊がいなくなると、
じきにライオンもいなくなってしまいます。
だから、
「動物と人間は膨大な量の観察学習をしなければならない」のです。
レイヨウの赤ちゃんは、
他のレイヨウたちがライオンから逃げるのを「見て」
「逃げる」ことを学び、自分も同じように逃げるのです。
こんなふうに考え、「社会モデル理論」を主張したのは、
アルバート・バンドゥラという人でした。
では、ペッパーバーグ博士は、オウムのアレックスに、
どんな学び方を教えたのでしょう。 (つづく)
(『動物感覚』より、ワニなつ要約です)
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