【心がゆれるということ】 (その3)
たとえば、子どもがアルバイトを始める。
最初は緊張で、言われることをこなすのに一生懸命なのだろう。
がんばったよ。疲れたー。足が痛い。
そんな話を聞きながら、よくがんばってるねーと励ますのが私の「仕事」だったりする。
半年が過ぎ、一人で仕事を任され自信もついたころ、暗い顔で「辞めたい」とつぶやく。
料理ごとに「提供時間」の基準があり、自分には「できない」とうつむく。
詳しく聞けば、その子の能力の問題ではなく、団体客が入るときや、調理設備の限界もあり、どうしても不可能な状況が、私に分かってくる。
でも、本人はそれを割り切ることができず、「怒られた」「…できない」と悩む。
そんなとき、私は、「それは、誰がやっても無理な話で、あなたが怠けているわけでも、能力がないわけでもない」と、話したりする。
実際、一度に50個しか作れない設備で、100個の注文が来たら、「提供時間」を守ることは、誰にも不可能なのだ。
私の「説明」は、ゆっくり話をしていくうち徐々に相手にも理解されていく。
そうすると、「辞めたい」という気持ちを語る「理由」は薄れていくことになる…。
話を終えて「ありがとう」と言い、少しふっきれた顏で「おやすみ」と部屋に戻る。
私はその子とただ「話をしている」つもりでいる。
命令したり、子どもの気持ちを無視して説得する気持ちはない、と自分では思う。
でも一人になると、何か違和感が残る。
私は、子どもの話を聞いて、自分の言葉で話して…、結果として何をしているのか?
「望まれる答え」を、相手が自分で気づくように、仕向けているだけなんじゃないか。
いや、そんな「関係」じゃない。「信頼関係」はできている、と思ってみる。
「でもそれは本当かな」と、こころの声がする。
「仕事を辞めないように」
「仕事を続けさせるように」
「自立のために」
その「私の仕事」を、しているだけなんじゃないか。
その子が「辞めたい」という言葉で話したかったのは、現実の作業のことよりも、それにまつわる自分の気持ちや、周りとの行き違ったときの気持ちのことだったんじゃないか。
それをうまく言葉にできなくて、一番分かりやすい「やめたい」という言葉で表現する。
私はその「理由」を聞き出して、その「理由」が「理由にならない」ことを説明する。
子どもは上手に反論できない。言葉の勝負では不利だ。
しかも、やわらかく言われたら逃げ場もない。
そのうち説得され、「やめる」という言葉をつかえなくなる。
そう、辞めたいと愚痴りたかった気持ちが、なくなったのではなく、
その気持ちをこめる言葉だった「やめる」がなくなってしまう。
「理由」を、やさしく取り上げられた子ども。
気持ちがなくなったのではない。
言える理由がなくなっただけ。
つまり言葉がなくなっただけ。
私は、その子のつむぐ言葉をていねいに取り上げて修正し、
社会が望む適応という答えを気づかせようとしているだけなんじゃないか。
(つづく)
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