エッセイ的な何か

エッセイ的な「何か」です。
エッセイなのかコラムなのかダイアリーなのか自分でもよく分かりませんが「何か」です(笑)

Googleストリートビューを体験&例の諸問題について

2008-08-19 | ちょっと考えた事

ちょっと遅ればせながらですが、巷で話題のGoogleストリートビューを体験してみました。
当然ながらというか仕方ないというか、これが出来る範囲は日本のごくごく一部に限られていて、東京、大阪近郊と東北では仙台、北海道は札幌と函館に限定されてますので、青森のような田舎都市に住んでいる俺にとっては、今のところ縁の遠いものというイメージがあって、いままで触れずじまいでした。

ただ、この中にあって名古屋、福岡を抑えて函館が入ってきているあたりは、さすがは観光都市函館ってところでしょうか。世界3大夜景の一つを持っているだけあります。

函館ならば俺も良く行くし、それなりに知っているので函館でストリートビューを体験。

・・・いや~。凄いねこれ。
同じ場所でも視点を変えて360度見渡せる所が凄いです。
読み込みに若干時間が掛かるのと、読み込んだばかりの時点ではぼやけてて、きちんと読み込んでから鮮明な画像になるのは、現時点ではしょうがないのかな?それとも、俺のネット環境が光回線じゃ無いからでしょうか?これ、光だったら、鮮明な画像のまま、待ち時間為しにグリグリ動くのかなあ?
だとしたら、凄いですね~。
そこらへん、改善されるならばこれって本当にすごいと思います。
本当に函館の町を見て回ってるようでしたよ。

あとは、対応する地域が増えると完璧ですね、これ。


と、凄いツールなのですが、なにやらこのストリートビューに関して、肖像権というかプライバシーの問題が絡んできて問題視されている部分もあるらしいですね。
たださ、俺が個人的に思うのは、そういうプライバシーやら何やらに関する部分ってのは、このストリートビューというツールの問題というよりも、

結局は使う側の問題だろ?

と思うんですよね。
包丁は料理をする為に欠かせない道具だけど、人を殺そうと思っている人が使えば凶器になるし、野球のバットだってそう。
そういうのと、本質的な部分では一緒だと思うんですよ。

俺自身、もう一つのブログ

「そうだ、「北へ。」行こう」

といブログをやってて、俺のライフワークである北海道の旅行記を更新しているけど、旅行記という性質上、当然に写真は切っても切り離せない存在で、訪れた先々で撮った写真をUPしています。
「人の立ち入らない大自然」なんてものならば、最初から全く問題ないけれど、観光スポットなんかを回ると、少なからず自分以外の人は必ず居るもので、特に人気のあるスポットなんか人が居ない事はまずありません。
そういう中で写真を撮ろうとすると、かならず人は入っちゃいますし、これはしょうがないことだと思うんです。そして、沢山の人が訪れているその状況、そのものもひっくるめて、ありのままのその場所の状況だと思うんですけど・・・だから、俺は若干人物が写り込もうとも、それは仕方のないことだと思ってUPしています。
そして、当然の事ながら目的は、「その訪れたスポットの紹介」です。たまたま移り込んだ人間には全く興味なんてありませんし(失礼)、その人のプライバシーをどうこう言いたくて撮ったわけでもありません。出来ることなら写したくないですよ。でも、物理的に無理だから、その程度の部分ではしょうがないと割り切るしか無いかな?と思うんです。

それと一緒で、ストリートビューも実際にその街を本当に散策しているような疑似体験ができるという意味では素晴らしいツールだと思えますし、見た感じ、特に
「特定の個人のプライバシーを暴いてやろう」
なんて感じは受けませんでしたけど。
そういうのって、そう言う使い方をしてやろうと思っている連中がそういう目的で使うからこそ、問題なのであって、決してこのツールそのものが悪者ってわけでも無いだろう?と思いました。

どんな道具にだって様々な側面があって、便利な面もあれば使い方によっては凶器にも、迷惑にもなるような物って沢山あると思うんです。
で、そういうのって、だからこそ使う側のモラルが問われるものだと思うし、使う側の人間がしっかりとした良識をもった人として資質を問われる部分だと思うし、使う側がきちんと責任をもって使うべきだと思うんです。
原因はむしろ使う側の人間で、人としての在り方の方が重要だと思います。
少しでも問題が出るとすぐに「じゃあそのツールはダメだ」と、物のせいにしたがる風潮、最近強いように俺個人的には感じるんですけど(公園の遊具とかもそうですね)、このストリートビューに触れてみて、そんなことを感じました。